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デッドリィ・ストライプ  作者: 鳩峰浦
第一章 デッドリィ・ストライプ
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1 起動(2)

 小松坂さんが古典的な形の拡声器を口元に当てて警告を発する。何も,装甲具には拡声器が付いているので,そのような物は使う必要はない。そもそも普通の警察官も拡声器で犯人に呼びかけたりはしない。小松坂さんのポーズに意味はない。


 だが,対装甲具事案では「見た目的に警告してる感じ。」が大事だと小松坂さんも佐藤課長補佐官も言っていた。その映像を記録に残しておけば、その後の制圧が多少荒くなっても、対外的に理屈が立つんだそうだ。


 まあそうかなと思う。


 そして,無反応。


 装着具2体と装甲具1体は,黙々と工場のガス管を折ったり,壁を殴って破壊したりしている。


 「…ちょっとイッちゃってんじゃないの??風間君気をつけてね。」


 「大丈夫です。」さらっとした声で風間君が答える。


 もうちょっと愛想があればオペレーターの夏美ちゃんにも振り向いてもらえそうなもんだが。


 「最後の警告だ。装着具・装甲具を解除して投降しなさい。」


 B級のリキラクⅡがピタっと動きを止めた。


 お、話通じんの?


 と思った矢先。


 リキラクⅡが足下の金属パイプを持つ。リキラクⅡの右腕の辺りから排気音が聞こえ,その音がどんどん大きくなる。


 危ない。


 3人とも同じ事を感じて,左右に散る。その瞬間,あたしのいた辺りに高速の金属パイプが飛び込み,移送車両の側面を突き破って、刺さった。


 盾で守ればよかったな,また報告書だ…


 あたしと小松坂さんはローラーのスイッチを入れてリキラクⅡとの距離を詰める。風間君が一拍置いてF級の方に向かうのが見えた。


 リキラクⅡが太い鉄パイプを拾い上げ,あたしに向かって横になぎ払うように振り回す。あたしは飛んで鉄パイプをかわし,そのまま膝をリキラクⅡのごつい頭部にたたき込む。


 重い。堅い。


 ローラーで加速を付けたあたしの膝を受けてなお,リキラクⅡはぐらつきながら踏みとどまる。


 背後に回り込んだ小松坂さんがリキラクⅡの背中部分に搭載されているバッテリーを強制的に外すため,バッテリーハッチに手をかける。


 あたしはリキラクⅡの前から、その両手首を掴んで動きを止める。


 夏美ちゃんから事前に送られていたB級の機体情報を一瞬再確認する。


 光山社製「リキラクⅡ」。正式名称B17型2036工事用装甲具。光山システム社製2079年モデル。

 「ラクラクラクラクリキッラ~ク♪今度も工事がラクッラ~ク♪」のCMで一昨年ヒットを飛ばした装甲具だ。間抜けなCMとは裏腹に中身はかなり硬派な重装甲で,総重量は500キロ級。


 「リキラク」シリーズは光山システム社の工事用装甲具のヒット商品で,この新作はさまざまな工事現場用オプションが追加されてる。建設現場から下水処理場,マグロ漁用のオプションまであると聞く。その分,こうした破壊活動への利用が懸念される機体として、国際装甲具評議委員会が注意喚起リストに加えた一体だ。


 ただ,何か問題が起きたときのために,オーソドックスなタイプの作りになっている。バッテリーは外部から、解除ノブを回せば容易に外すことができ,行動停止には持っていき易い。

 

 しかし,小松さんが遅い。

 

 手こずっている。あたしはリキラクⅡの両腕をつかんで抑え続けていたが,徐々にB級の両腕のモーター音が高くなる。

 

 「こいつ,ハッチを溶接してやがる!こじあけないとだめだ!英理,引き倒すぞ。」

 

 「了解!」

 

 弱点対策までしてある。警察とやる気満々だったってわけだ。

 

 いよいよモーター音が高くなる。リキラクⅡの右腕先のドリルが回転を始めたのがわかる。

 

 あたしは,リキラクⅡの右手首を抑えていた左手をぱっと離す。その瞬間リキラクⅡは右腕のドリルを、あたしの顔めがけて下から斜め上に振り抜く。

 ドリルのモーター音が歯医者にいるようないやな気分にさせる。リキラクⅡがバランスを崩したところを狙い,その右手をつかんでリキラクⅡの進行方向に引っ張る。

 よろけたところを,後ろから小松坂さんが蹴りを入れ,リキラクⅡはうつ伏せに地面に倒れた。あたしは,装甲具用の第一種手錠をドリルが装着してある方の手首にかける。

 第一種手錠は対装甲具用の電動型簡易手錠。輪のサイズも鎖の長さも調整可能だ。夏美ちゃんがあらかじめ「リキラクⅡ」の規格に合わせてくれていたため,すんなりとロックできた。

 

 脳震盪でも起したのか,ピクリともしないB級の左手もつかみ,手錠をかける。

 

 小松坂さんが電動ナイフを使って,バッテリーハッチの溶接部を切り込んではがし,ロックを回して開けた。バッテリー緊急射出ボタンも作動しないらしく,小松さんが力づくでバッテリーを引き抜く。光山社製のバッテリーが顔を出す。

 

 「高森茂美。器物損壊,威力業務妨害,及び装甲法違反により,現行犯で逮捕する。」

 あたしが、モニターに映された逮捕要件情報を確認しながら読み上げる。それでも何ら反応がない。

 

 ここまで来てこの態度とは…いらっとする。


 「小松さん。ひっくり返すから足持って。」


 「はぁ?怪我させねーようにな。」

 

 あたしがリキラクⅡの腕を持って,小松坂さんが足を持つ。さすがにかなり重いので、両腕のモーターの出力を8割くらいまで上げる。


 「右回りね。せーの。」

 

 一気に回して仰向けにさせる。ちょっと地面が揺れるくらいの衝撃とともにリキラクⅡが仰向けになる。あたしは仰向けになったリキラクⅡの顔の部分のパーツを探る。装甲具には,緊急時用に,顔の部分が開閉できる装置が付いていることがほとんどだ。リキラクⅡにもその機能は付いているので,スイッチを見つけて顔を出させた。装甲具を相手にする中,装甲が外れて生身の部分を,特に顔をさらす恐怖心をあたしは嫌というほどよく知っている。

 

 これだけのことをやって無反応を決め込むやつには,今後の更正を考え、少し怖い思いをして反省させた方がよい。そう思ってのことだったが。

 

 「…ちょっと…。」

 

 ぞっとした。

 瞳孔が開ききった目。だらしなく開いた口。顔の周りは涎やら血の混じった鼻水やらが多量に垂れ流されていた。

 

 その異様な光景が,あたしが,警視庁特別装甲部装甲機動課第2小隊に配属されて以来,最悪の事件の始まりだった。


これから事件が拡大していきます……

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