17 オーバーエイト/安定/マニアック
「オーバーエイト,使うのかな…?」
「可能性はあるだろ,申請しとくのは妥当だろうな。」
いよいよ物騒になってきた。
イザナギの拡張パーツやオプション装備はたくさんあって,現場に応じてあれこれ付け変えられる。ただ,現場判断で付け変え可能なのは1番から7番ロッカーまでに格納されている基本装備だけだ。
ロッカーはさらに8番から12番まであって,これは普段は開けられないようにロックされている。9番は課長決裁,10番は警視庁本庁決裁が必要だ。さらに,11番と12番については特殊な条件がついているらしく,警視庁だけでなく、霞が関の警察庁まで許可を得る必要があって,風間君に一度聞いたけど,条件は憶えきれなかった。とにかく相当やばいときに,特別な許可が降りて始めて使えるロッカーってことは分かったけど。
この使いづらい9番以降のロッカーは通称オーバーエイトと呼ばれている。8番越えって言う人もいるけど、そっちは少数派。
9番には装甲具用小型銃が,そして10番には装甲具用の大型ショットガンが入ってる。9番の小型銃は、出動時に移送車に運び込まれるし、何度か持ったことがある。こないだのサイクロンの時も使いそうな雰囲気があった。なのでそんなに珍しい感じはしない。緊急時には撃たなきゃいけないかも,というのはある。
ただ,10番のショットガンは違う。装備点検の時に一度だけ見たことがあるし,実際に使用した映像も見たことがあるけど,至近距離で撃てば装甲具の胴体ごと吹き飛ばすような威力があって,完全に殺人兵器。
あんなの使う現場は想像つかない。第一,市街地なんかで使ったら,想定外の被害を生じかねない。使用許可なんて降りて欲しくないと思う。あれで10番なのに,それ以降に何が入っているのか,正直気味が悪い。一応機密事項らしく,補佐官以上の幹部しか中身は知らないらしい。でも,そんなんで緊急時にいきなり使えと言われても,現場のあたしたちが使えるのかという疑問はある。せめて,研修ぐらいやって欲しい。
だいたい,本当にそんな装備を使う場面が想定されうるのか。
クーデターとか戦争とか,そういったクラスの状況を想定して配備したとしか思えない。
「あ,そう言えば,あの小判町の件,ガス爆発って報道発表になったって本当?」
「そりゃ,ドヤ街とは言え,都会のど真ん中で爆弾と装甲具用砲弾はまずいだろ」
小松さんはさらっと言う。
「世の中の安定のためだからな」
「世の中の安定のためなら嘘ついていーの?」
「俺がついた嘘じゃねぇよ」
「嘘と知ってて,知らん振りするのに慣れてるなんて,結構たち悪いんじゃないですか?」
「何噛みついてんだ。全く……」
小松さんはぶつぶつ言いながら,イザナギを整備中のゲンさんの方に向かって立ち去っていった。
悪かったわよ。ごめん小松さん。
でもなんかむかつくな。別に小松さんにむかついてるわけじゃないんだけどさ。
今回の事件はほとんどちゃんと報道されていない。そりゃ,確かにいつも,多少脚色されたり,物議を醸しそうな話を少しはしょったりして発表するということはある。でも,今回はいつに増してもひどい。あたしが見た事実が全く報道されていない。
なんか気持ち悪い。
******
英理のいらいらも分からなくはない。マスコミが流している情報。
これが,今回はずいぶんガセが多い。
「浮かねぇ顔だな。小松っちゃん」
ゲンさんが1号機の後ろから顔を出した。
「そうでもないっすよ。久々のオーバーエイトで気分悪いだけです」
「同感だな。飛び道具はいけねぇよ。こいつは兵器じゃねえんだからさ」
ゲンさんの言葉には愛情と誇りがある。エンジニアとして,この装甲具への愛着がある。
装甲具は兵器じゃない。もともと,人の可能性を広げるための,人間拡張機械だったはず。
それが,今はどうだろう。人の力を増幅する夢の技術は,その暴力性や破壊性まで増幅してしまったようだ。増え続ける装甲具犯罪。そうした装甲具犯罪者達を恐れさせる,警視庁特別装甲部装甲機動課。装甲具関連事件において解決率100%を維持できているのは,犯罪者達に対して,より強い力を保有しているからに他ならない。
犯罪を潰すための圧倒的な力。
そのシンボルマーク,黒の縞模様は,犯罪者達は最後通牒と呼ぶらしい。
直接、聞いたことはないけど。
「使いそうか?」
イザナギの腕のパーツは,9番ロッカーの小銃使用時を想定し,発砲時の衝撃吸収オプションが装備されていた。
「必要なら。」
******
「風間君,もういいんじゃない?」
「だめです。内規違反です」
「もうちょっと融通利かせた方が良いよ。ほんと」
「大事故は,日頃の細かい規則違反や気のゆるみの積み重ねで起こるもんです。一応、年上としてそこは譲れません」
「むぐ……」
正論だ。何も言い返すことはない。
ってか、こういう時だけ、年上を持ち出してくるのはずるい。
階級差がない限りは、フラットな関係で。それが連携のために重要です。
強いこだわりのある風間君は、あたしに風間さんや風間先輩と呼ぶのを許さなかった。まぁ、4歳差くらいだし、今となってはなんの違和感もない。けど、時々、年上の顔するのよね……。
「58,59。0800」
風間君があたしに向かって姿勢を正す。あたしも姿勢を正す。
「当直勤務終了。引継事項特になし。施設設備火気電気系統その他異常なし。風間隊員へ当直勤務を引き継ぐ」
「西恩寺隊員より当直勤務を引き継ぐ」
びしっと敬礼。風間君の敬礼は角度も研修所の見本通り。ゲンさんがその様子を何度か写真に撮り,整備課の分度器で確認したところ,誤差は0.1度以下だったそうだ。
……二人ともマニアックだと思う。
「じゃ,風間君,後よろしくね」
あたしはすっと風間君に近づく。
少しうろたえる風間君の耳元で「今日,事務当直は夏美ちゃんだから」と重要事項を伝達する。
今日は風間君にとって至福の一日だろう。まぁ,何にも事件がなければだけど。
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