16 日本の市街地/ジャミング/9番ロッカー
「あんまり考えたことなかったけど,補佐って装甲具の免許持ってるんだよね?」
昼間のこの時間帯は少し渋滞する。予定よりプラス10分ほどかかりそうだった。
あたしと風間君はイザナギを装着して,移送車両の中で待機していた。ドヤに向かうということで,矢島さんは官用の普通乗用車に乗り,あたしらは市街地で目立たないなように,地味な中型トラック風の移送車両に乗った。一見するとどっかの運送屋にしか見えない,運転席部分が白,積み荷部分が銀色のコンテナタイプだ。
「補佐は,英理先輩が第2小隊に配属される以前,装甲具を着て出動していたことがあるそうです。自分も実際には見たことはないですし,補佐がどういった経歴なのかは,存じ上げていないのですが……」
「あら,珍しい。風間君なら補佐の経歴も全部知ってるかと思った」
「さすがに上司の経歴まで全部把握してないですよ。それに……」
「ん?」
「そういえば補佐って意外と自分の経歴とか話さないですよね」
まぁ,確かにそう言われればそうかなと思う。あんまり気にしたことなかったけど。
「もうすぐ着くぞ。何かあったら呼ぶから,いつでも出れるようにしといてくれ。篠崎,頼むぞ」
前の車に乗っている矢島さんから通信が入る。
「了解です。イザナギ2号機,3号機,待機状態から起動前駆状態に入ります。英理さん,風間さん,よろしくお願いします」
本部のオペレーティングルームから,夏美ちゃんの通信が入る。名前を呼ばれた風間君の通信ラインから,わずかに「もふっ」という鼻息が聞こえたのをあたしは聞き逃さなかった。
「風間さん,夏美ちゃんの声で,鼻の下が伸びきってますよ」
あたしと風間君だけの直通ラインで話してあげるのは,先輩としての優しさである。
「っ!伸びてません!何言ってるんで…、あ,直通か!いや,ほんとに……」
うん。良い感じでてんぱった。満足した。
「夏美ちゃん、二機ともOKよ。何もないことを祈りましょ。本当に……」
小松さんが居ないって言うのは,何となく背中がすーすーする。もちろん,風間君のことは信頼してるが,隊長というのは,やっぱり居た方がいい。居るとムカつくこともあるけど。
直通ラインでなにやらぶつぶつ言ってる風間君を放置し,あたしはモニター越しに外の様子をうかがう。風間君には現場に集中して欲しいものだ。
道ばたには生ゴミなのか,泥なのか判然としない半ば固形化した液体が散乱し,汚れた作業服姿のおじさんや,車いすに乗った老人が通りを行き交う。簡易宿泊所の壁にもたれて,3人ほどが缶ビールを飲んで酔っぱらっている。その向こうには立ち飲み屋があるようで,のれんのすきまからやはり酒を飲んでいる人たちの姿と,かすかなカラオケの声が聞こえてくる。
道路の脇に車を止めて,矢島さんを先頭に捜査五課の係員二人が目的の簡易宿泊所に近づいていった。
「痛っ!!」
轟音が鼓膜を突き刺し,あたしは反射的に外部音声マイクのボリュームをゼロにした。
モニターは煙で真っ白で何も見えない。
「夏美ちゃん!開けて!風間君行くよ!」
移送車の側面が一気に開く。熱気を帯びた煙が移送車の中に一気に流れ込む。あたしは煙の中に飛び降りて,モニターのノイズリダクション機能を最大にする。荒い画面の先に,現場から大通りに向けて走り去ろうとする小型バイクが見える。
「止まりなさい!」
なんて言われて止まる奴は始めから逃げない。とは言え,制止を無視したという事実は重要だ。やましいことがあるってことだから。
「風間君はこっち頼むね!」
あたしはローラーを起動する。舗装されたアスファルトの上を滑走し,バイクとの距離を一気に詰める。
「!!」
信じらんない。研修所の海外視察で一度だけ見たことがある、対装甲具用ロケット砲だ。バイクには二人乗っていた。後ろに乗っている方が肩に担いであたしに向けてるのは間違いなくそのロケット砲だった。
あたしは急速に減速し,進行方向を変える。その脇を砲弾が飛んでいき,すぐ近くの地面に着弾する。地面がぐらついて爆風にあおられる。体勢を低くし,爆風をやり過ごしてから通りに目をやると,すでに小型バイクは大通りに入って視界から消えていた。
「夏美ちゃん!ちゃんと撮れてた?!」
「映像,解析に回してますが…ノイズが多く,時間がかかりそうです……」
「小型バイクの二人乗りは目立つから,地域課にも連絡して!」
「連絡済みです……あ,佐藤補佐と通信がつながりました」
勘弁してよ補佐。
「当たりだったじゃないですか!」
「悪かったよ。さっき小松坂も向かわせたけどさ。」
もう遅いよな,って言葉は飲み込んだらしい。言ったら噛みついてやったのになぁ。
「とりあえず,矢島ちゃんと一緒に現場検証してよ。後,お前砲撃食らったんだって?」
「対装甲具用の砲弾撃たれましたよ…。ここ日本の市街地ですよね……」
ぼそっと,ありえないなぁ,と補佐がつぶやいたのが聞こえた。
本当,ありえない。
******
「バイクは乗り捨ててあって,先週北区で盗難届けが出てた奴だったって。」
ドヤ街に行く前と同じ面子に,2課の冬美補佐も加わって,再びみんなでミーティングルームに集まっていた。
「そこから犯人の足取りはつかめないの?」
「指紋はいくつか出てるけど,データベースにはヒットしてないな。防犯カメラをつなぎ合わせてるけど,ジャミングのスモークが炊かれてる。派手なことやってるわりに、結構用意周到なんだよな。後は例の対装甲具用砲弾だな…」
矢島さんがぱらぱらと資料をめくる。その横で佐藤補佐と夏美ちゃんが二人して難しい顔をしている。
「軍事用の対装甲具砲弾なんですよ,これ。しかも中東の紛争地域の方で使われているもので,日本にあるようなものじゃないんです」
「こんなものが税関を通るはずもないんで,まぁ密輸だろうが」
「本庁も捜査に乗り出すことになったわ。捜査本部を設置するそうよ」
両補佐と夏美ちゃんがそれぞれ困った顔で半分独り言のように発言する。
「結局何が目的だったんですかね。部屋ごと吹き飛ばして。証拠隠滅?」
これはあたしの素朴な疑問。
「それにしてはちょっと派手すぎるけどな。まぁ,でも本当に隠したい物があったなら,あながち馬鹿な方法でもない。ネットにつなげてなくて、物理的に保存していた物は、物理的に吹き飛ばしてしまえば,調べられないものもあるからなぁ。あと、紙の資料とか」
「データとかね。部屋の中にあったパソコンのハードディスクは復元作業中だけど,粉々になってて,ちょっと意味のあるデータを引き出すのは難しそうね。メモ類も……」
佐藤補佐は頭を掻いている。
冬見補佐は腕を組んでいる。
「何にせよ,今後は装甲具に対する兵器による攻撃も予想されるわけだ。なので,9番ロッカーを常時開けてもらうよう,課長に決裁上げようと思ってるんだ。ね,冬見ちゃん」
「ちゃん,はつけないで。セクハラの被害届も上げるわよ」
うわ,9番ロッカー……銃器装備、開封だ。
読んでいただいてありがとうございます!
なるべく毎週数回の更新をしています、もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!