15 砲弾/小判/矢島さん
太陽工業に入社したのは,何年前だったか。始めは,社長と自分を合わせて4人だけの,本当に小さな会社だった。会社という言葉自体あてはまるのかどうか,というような。
キックボクシングのプロで食っていくつもりだった。社長が格闘技好きで,自分の試合もよく見に来てくれていた。
試合中にのアクシデントで膝を痛め,長期休養でスポンサーも離れていった。行き場を失っていた自分を拾ってもらってから,社長と一緒にがむしゃらに働いてきた。
気付けば,副社長という肩書きが付くようになっていた。
どんな仕事でも,とにかく受注して,こなしてきた。徐々に社員も増えていき,装甲具の数も増え,業績も順調に伸びていた。
大手の建設会社が近隣にやってきて,根こそぎ仕事を受注するようになった,あの頃から全部狂っていった。太陽工業の仕事は激減した。悪いことに,ちょうど装甲具を増やしたところだったため,そのローン繰りも厳しくなり,従業員の給料の支払いも滞るようになった。
そんな頃,近づいてきたのが,高島組だった。
組と近づくのだけは止めた方が良いと,社長に対してずっと言い続けた。しかし,組が申し出た支援金額は,当時の太陽工業の財政難をほぼ解消できるくらいのものだった。さらに,組の口利きで,様々な工事現場の受注もできるようになるという話だった。
社長は,飛びついた。
その見返りが,薬物の密輸の片棒を担ぐことだった。海沿いに位置する太陽工業の敷地は,密輸してきた薬物の受け渡しに最適の立地だった。
あの時,無理やりにでも社長を止めておけば良かったと思っている。
確かに,一時的に,会社の業績は持ち直した。何とかローンの支払いも出来て,工事の受注も継続してできるようになった。
しかしそこからが地獄だった。組からの薬物の仕事を引き受けなければ,仕事が受注できなくなった。他のルートから仕事を受注したら,薬物の密輸に手を染めていることをばらすと,脅されるようになった。そして,仕事は定期的に入ってきたが,現状をぎりぎり維持できる程度の収入しか得られなかった。その収入も,組が斡旋してくる装甲具の購入で削られることが多かった。
飼い殺しだった。そんな状態を何年も続けてきた。
そして今,自分の手には,工事用の道具ではなく,物騒な兵器が握られている。噂では聞いたことがある。
対装甲具用砲弾。
戦争映画や,海外のニュースで見たことがある,そんな,非現実的な武器だ。
ずいぶん,遠くに来てしまったな。
何となく,そう思った。
ドヤ街が近づいてきた。バイクのブレーキを踏む。
この砲弾で,目標を全部吹き飛ばせ。
そういうシンプルな指示だった。
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「小判町?」
「どうやらそこに,最近労働者の間で出回ってる脱法ドラッグの売人がいるみたいなんだと。刑事部の捜査第五課が生活安全部の薬物対策課とも協力してずっと追っていたらしい」
小松さんの連絡で,あたしと風間君はミーティングルームに呼び出された。部屋には小松さんのほかに,刑事部捜査第五課の矢島さんと佐藤補佐が座っていた。
「あそこかぁ…。」
日雇いの労働者やバックパッカーが多数集まる,小判町。繁華街と官公庁街の裏手にある、日当たりの悪い一角。いわゆるドヤ街。
昼間から道ばたで缶ビールを飲みながらたむろしてるおじさんや、車いすに乗ったおばあさん、見たことない髪色の若者、やくざ系の人など、素性不明な色とりどりの人々が独特の空気を作り出している。それらの人々が,格安の簡易宿泊所を流れ流れて生活していて、街の実体をつかむことは不可能に近い。足がつきにくいという特性は、もちろん様々な犯罪の温床になりがちだった。
最近の小判町で流行っていたのが、日雇い労働者向けのドラッグだった。今年に入ってからも何度となく、違法ドラッグ所持で逮捕者は出ているものの、誰も彼もが「路上で買った。」と言った程度の証言しかせず、売人の特定には至っていなかった。労働者が装着具使用の際に使うことが多いので,基本的には捜査第五課が主導で捜査しているけど,生活安全部の薬物対策課も別口で動いているらしい。
「あそこ、道が狭いからイザナギ持っていきずらいじゃんね」
「装甲具を使うような事態になるでしょうか?あそこに装甲具を持っている人間がいるとは思えませんが」
確かに。風間君のおっしゃる通り。装甲具を個人所有する金があったら,ドヤなんかにいないだろうか……。
「いや,なにがあるか分からないぞ」
存在感の無い声で、矢島さんがつぶやくように言う。
「最近の小判町は,薬物の流れが活発で,表向きは簡易宿泊所が集まっているが,実際は違法組織の事務所になっているビルもある。さすがにB級以上の装甲具はないだろうが,装着具,C級装甲具程度なら出てきてもおかしくない」
矢島さんは真ん中分けでサイドを軽く刈った髪に,一重まぶたののぺっとした顔で,黒縁のめがねがトレードマーク。メガネを外すと,特徴という特徴がない。街中では周囲にとけ込んで本当に目立たない。
どこにいっても、存在感を消せる人。うっかりすると、署内でも気づかずにすれ違ってしまう。
「捜査第五課の調べで,いくつか分かったことがある。まず,最近の事件の3人はいずれも小判町のドヤにいたことがある。高速道路で暴れていた山中大介が今年の3月頃まで,サイクロンに乗っていた木島義男が5月まで,そして,こないだ第2小隊が取り押さえた,B級のリキラクⅡを装着していた高森茂美は、事件の時まで,約半年ほどドヤに住みながら生活していた」
矢島さんが資料に目を落としながら話す。
「全員そこで売人と知り合ったってこと?」
「可能性はある。どうも、三人とも同じ簡易宿泊所にいた時期があるらしい。とりあえず,高森のすんでいた部屋が関係機関からの情報で分かったから,ガサ入れしてみようってわけ。三人とも薬物反応はばっちり陽性だし,器物損壊,公務執行妨害もついてるから令状はあっさり取れた」
さすが矢島さん。仕事が早い。
「あんまり手薄にできないから,この件は西恩寺と風間の二人で行ってくれ。小松坂は待機」
「えっ?隊長が待機ですか?」
「護衛だからな。何か起きれば小松坂と第1小隊の力も借りるが,とりあえず二人で行って。ちょっと今は装甲具をあまり分散させたくない。まぁ,どうしようもなくなったら,俺が出動してもいいけどさ。」
「え?補佐が?」
「俺,結構強いんだよ」
補佐がにやにや笑う。
「まぁそんなこたぁ,どうでもいい。とりあえずよろしく。矢島ちゃん,二人の事、頼むね」
なによー、それ。一応、私たちが矢島さんの護衛なんだけど……。
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