14 6回/私が/モルモット
西恩寺の出ていった,部屋のドアをじっと見つめる。
6回じゃない。7回なんだが。
あの1回は,完全に記憶がないのか。
泣いてたな。ってか,泣かせちまった。
やっぱ,俺は女の子と話すの下手くそだよ。
モテないおっさんだ。
今回の件も,明るく振舞っているが,また無理をしているようだ。
それはそうだろうな。自分が何をしたか,記憶がないなんて,そんな恐ろしいことはない。
それでも,あいつにとって,リミッター解除は必要な力だ。
あいつが並居る同期を押しのけ、この部隊に配属された大きな理由の一つが,リミッター解除が出来ることだったからだ。そして本人自身,それが配属理由だということは、嫌っていうほど分かっているだろう。
純粋な装甲具運用能力だけなら,西園寺を上回っている同期は数名いたのだから。
少し残酷な話だ。自分の居場所を守るために,自分が恐れる力に,すがらざるをおえないのだから。
いや,その力にすがっているのは,俺達も一緒か。
指紋錠付きの引き出しを解除し,黒い表紙のファイルを取り出す。
ファイルナンバー757。西恩寺英理。
ノックの音が2回鳴る。
「どうぞ」
「失礼します」
「まぁ座ってよ」
篠崎夏美を,補佐官室のソファーに案内する。
「これは知ってるよね。て言うか,夏美ちゃんが書いたのはどこだっけ」
「……12ページ以降です」
課長補佐官以上に閲覧が許可されている,警視庁の事故ファイル。そこに載っているものの中でも,機密レベルの最も高いものに,西園寺の事件はランクされていた。科学警察研究所での,装甲具装着実験中に起きた暴走事案。暴れる西園寺を,当時の科学警察研究所に配備されていた,カグラⅡ2体と,カグラⅠ2体,イザナギのプロトタイプ1体の計5体でやっと制圧したという事案だ。
何度読んでも信じられない。A+級以上の装甲具の五体同時展開というのは,国家基準で「戦力」と見なされる水準だ。許可なくA+級の機体を5体結集して行動すれば,それだけで犯罪行為として認定される可能性がある。それだけの「戦力」をもってして,西園寺をやっと止めることができた…いや,止めるのがやっとだったと言うべきか。
「リミッター解除についてだが,率直に言って,危険な機能だと思っている。あれは使わずに済めば一番良い。特に,西園寺はそうだ。あいつのリミッター解除は,どうも質が違う。至極の場合は,腕力や敏捷性の向上,といった感じだが,西園寺のあれは…。リミッター解除後の力は誰よりも上だろう。もしかしたら松井の力でも止められないかも知れない。そして,このファイルの事故のような暴走事案がまたいつ起きるとも知れない」
篠崎夏美の表情は変わらない。うっすらとした笑顔を浮かべている。
「しかし,そのリスクを勘案して,なお……いえ,その事故を起すほどの能力的な可能性,スペックがあったからこそ,西園寺さんはイザナギの装着者に抜擢されたわけですから……」
「そうだな。そして,特別装甲部の戦力を集結すれば,万一、西園寺が暴走しても,他の5体でかかれば止められる,という計算を踏まえて,だな」
ほんの一瞬,篠崎夏美の顔が強張った。
「…かつて事故に立ち会った者として,どう思う?先日のサイクロンの時も,解除時間が限界に達する頃には,西園寺は危険な状態だったんじゃないか?」
「そのための,強制シャットダウン信号です。また同様のことがあれば,私が,きちんと英理さんを止めます。ご安心を」
篠崎夏美が笑った。
綺麗な女だ。
私が,止める,か。
信用ならないな。
「了解だ。また,よろしく頼む」
失礼します,と,よく澄んだ声で言って篠崎は補佐官室を出て行った。
篠崎が出て行ったのを確認して,俺はもう1つのファイルを取り出す。
―リミッター解除の機序に関する報告―
科学警察研究所で篠崎夏美が続けていた研究。捜査五課の矢島ちゃんから流してもらったものだ。矢島ちゃんが,警察庁の人脈を頼って見つけた,科学警察研究所の部外秘扱いの資料。警察庁や警視庁の各課課長補佐官より下には閲覧不可とされている文書。
分量がやたらと多く,細かな数値や図表,計算結果だらけだが,しつこく読んでいくと,四極と西園寺の例も記載されていることが分かった。そして,最も分量が割かれているのが、西園寺に関しての部分だ。そもそも,リミッター解除後の精密検査は,西園寺の状態があまりにも危険かつ不安定だったことから、その必要性が主張され、今に至っているようだ。
あらゆる角度からリミッター解除状態の西園寺について分析が行われている。
まるで、モルモットの様に。
引っかかる記述も多い。
リミッター解除状態時の脳波。夢を見ている時と同様の脳波。
悪い夢を見ている時と同様の。
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