13 佐藤/もう20歳
「こないだの記憶はあるのか?」
補佐官室は結構きれいにしてある。というか,物が少ない。補佐官用のロッカーが二つあるのに,佐藤補佐はどっちも使っていない。
ただ,補佐の事務机の上には,いつも週刊誌が散らばっていて,時々エロいグラビアのページが開きっぱなしになっている。第1小隊の海原さんが,以前佐藤補佐に呼び出された際,ヌードグラビアのページを机の上に放置していたために、冬見補佐に訴える事態になったことがある。補佐官は「議員さん関係の取材記事呼んでてさ、夏だし,風でめくれたんだ」と弁明していたが、海島さんの証言では,クーラーの効いた部屋で、窓は閉まっていたとの話もあり、真相は定かではない。
事務机脇に置かれた来客対応用のソファーに座って,あたしはプリンの残りを食べる。
「いや~,ははは,それが,やっぱり…。途中までは記憶あるんですけどね…。二回腕を振り降ろしたところまでは記憶があるんですけど……」
「ちょうどそこで時間切れだったしな。その後の話は聞いた?」
「だいたい聞きました。あたしの振り下ろした腕は,地面にめり込んで,抜けなくなったらしいですね。でも,あたしが馬乗りになっててサイクロンは動けず、そのままの状態で小松さんと風間君が解体したと」
「うん,そうなった。」
「……すみません……」
三回目が当たらなくて良かった。
自分のやったことなのに,どうしても自分がやったと思えない。
「やはり,30秒付近から,制御が効かないのか?」
「境目ははっきりしないんです。だんだん,体が勝手に動いているような感じになってしまって」
あたしは左手で右腕をさすった。
「体の限界も超えてしまうってことか」
「そういう怖さは昔から,ずっと感じてるんです。どうなるか分からない怖さがあって……」
「何だ,西恩寺にも怖いって感覚があるのか。」
補佐がニヤニヤしている。
「当たり前じゃないですか!人を何だと思ってるんです?!」
補佐はニヤニヤしたままだ。
いや,わざとそうしてくれてるのかも。
補佐がふっと真顔に戻る。
「今回で何回目だ?リミッター解除は?」
「えっと…研修の頃もあわせたら,6?6回目だと思います」
「そうか。やっぱり回数重ねても慣れるもんでもないのかなぁ」
「いえ,だんだん制御できる時間は延びてると思います。至極さんほどじゃないですけど……」
「了解。いずれにせよ,しばらくは使わないようにするつもりだし,使わずに済むような作戦を考えるからさ。今回は助かった。ありがとう」
補佐がソファーの後ろをガサゴソしている。板チョコがでてきて,それを差し出してきた。
「…補佐,あたしももう20歳ですが……」
「嫌いじゃないだろう?」
あたしはすっと手を伸ばして,頂いた。
「大好きです!ありがとうございます!失礼します!」
大きな声でお礼を言って,くるりと向きを変え,そそくさと補佐官室を出た。
泣いてるのに気づかれたくなかったから。