12 捜査第5課/アマテラス/バケツプリン
「問題は、今回の件の背景ね。」
「3つの事件の関連性でしょ? みんな同じ薬物を使ってるみたいじゃん」
「国際的な問題になっちゃいそうよ。リミッターを長時間解除できるクスリなんて。欲しがる人間は世界中にいるでしょうね」
「軍事,産業,研究機関,などなど,ってところ?」
冬見ちゃんが,何かの資料に目を落とした。
「三人とも共通してるのは,前科があるってことくらいね。あとは,工場作業員ってことくらいか……」
「捜査第5課の矢島ちゃんも動いてるんでしょ。なんか情報あるの?」
警視庁刑事部捜査第5課は,装甲具関係の事件を専門に扱う課だ。特別装甲部は単独の部として独立しているが,装甲具関係事件の捜査部門は,あえて刑事部内に課が作られている。
これには組織を作った人間の意図を色々と感じるところだ。好意的に考えれば,装甲具の事件も,捜査第1課から第4課,暴力団対策課,国際捜査課などが扱う事件と関連することが多いので、刑事部内と特別装甲部との情報共有を円滑にするため,刑事部内に捜査部門が置かれているように見えなくもない。
しかし,実際のところは,特別装甲部自体の監視という意味合が強いのではないかと思う。
特別装甲部は予備も含めて8体の装甲具を保有している。現在保有する「カグラⅡ」と「イザナギ」はいずれも世界的に見て最先端のA+級機体だ。さらにそのオプションとして,装甲具用の銃器類を多数保管している。装甲具のバッテリーを充電しながら移動できる武田重工製の移送用車両も3台配備されている。そして,サポート課として,情報処理課,装甲具整備課も併設されている。
さらに、これらの各課の情報処理から装甲具の制御までを総合的に管理する、警察庁最大の情報処理システム「アマテラス」が、なぜか,警視庁総務部通信指令課を通じて活用可能で,特別装甲部全体の動きを下支えしている。
つまり、作戦の実行から装甲具のメンテナンスまで,完全に独立して行なうことができる。
これは、戦力だ。
特別装甲部には日本警察最強の戦力が構築されている。悪用すれば,自衛隊とも正面切って渡り合えるだろう。都市部を中心に頻発する装甲具関係の事件に対して,重点的に増強を図った結果,戦力として肥大化していく特別装甲部。そこに、捜査第5課のような部署を監視機関として置く必要があると考えるのは,ごく自然な流れだ。
その証拠に,捜査第5課にはやたらと警察庁から出向してきてる職員が多い。
「捜査第5課は今,三人の素行調査や家族・友人関係等を調べてるところだけど,あんまりつながりはなさそうね。最近流行の労働用麻薬みたいな感じで手を出したのかもしれないけど」
労働用麻薬は最近専ら,捜査第5課と薬物対策課が標的にしている薬物だ。
装甲具の発展とともに,新たに生まれた現代病、装甲具症候群。これは工事作業等で長時間,装着具や装甲具を使用する人間に生じる様々な症状の総称である。ある者は頭痛,ある者は間接痛,精神的な症状を訴える者もいる。これらが,装甲具を着用している最中や,装着後に発生し,その程度がひどい場合に診断が下るが,単なる心気症のような事例も多く,認定に関しては裁判まで行って、もめることも多い。結局は半ば無理矢理労働を続けさせられることになる。そんな中,苦痛や不快感を紛らわせるための薬物が一部の労働者で流行している。ただ、どれも依存性が高く、幻覚・幻聴などの精神異常を引き起こすため、当然規制薬物となっている。
「まあ,あるかも知れないけど,あのリストバンドから注入されてるんでしょ。誰かに巻かれて,無理やり暴れるように仕向けられてたんじゃないの」
「第5課もその辺が分からなくていらいらしてたわよ。まぁ、捜査を進めるしかないわね」
「了解です。冬見補佐殿」
たばこを吸い殻捨てに入れて立ち上がる。
あまり良い予感がしないな。
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「もう、大丈夫なのか?」
「あ、はい、身体の数値も神経系統も全部正常でした」
「そっか。まぁ、それなら良いが……」
珍しく小松さんが気遣うような口調で話しかけてくる。
「なんかあったんですか?」
「別に……お前、あの機能使った後、調子悪いだろ、いつも」
あれー。珍しい。
「え、心配してくれてるんですか?」
「部下の管理も仕事だからな。次の現場で急に頭痛いとか体痛いとか言われてもかなわん。だから、チェックしてるだけだ。調子悪いなら置いていくから、その時はすぐ言えよ」
「~……! あー、そうですか、分かりました」
やっぱり小松さんは小松さんだ、そりゃそうでしょうけど、もう少し、こう、優しさというか、温かさというか。
お昼のチャイムが鳴る。ため息をつきながら私は昼食のサンドイッチを取り出した。
「湿布臭ぇ。あっちのソファで食ったら」
1つ目のカップラーメンをすすりながら、小松さんがぶっきらぼうにそう言った。
それで、さすがにあたしもカチンときてしまった。
「そっちこそ,ラーメン臭いんで,窓開けてもらえます?」
まったく,頭にくる。本当は少ししびれている右手でサンドイッチを口に詰め込み,昼食後の楽しみである「ビッグリプリン」を食べ始めたところで、小松さんは2つ目のカップラーメンを食べ始めた。
「ラーメンは匂いも含めて味わうもんだ。だから俺は窓は開けない。そして,ラーメンの匂いに湿布臭という異物が混ざっているこの状態は非常に不快だ。ついでに,そのバケツみたいな品のないサイズの甘そうな菓子の見た目も不快だ。分かるか西恩寺,とても不快だ。なので,俺の嗅覚も視覚も刺激しないよう,窓際のソファに行ってくれ」
「はぁ?! 何なんですかそれ?!」
普段の作戦中の指示はざっくりしてるくせに,ラーメンが絡むとやたらと細々した話をしてくる。
むかついてきた……。
「さ、西園寺さん…落ち着いて……」
「何?風間君、小松さんの味方するの?」
「いや、そういうわけじゃ……多分体長は……」
「何だ、風間。そのバカプリンの味方するのか?」
「バ…プっ!!」
「西恩寺,ちょっといいか? 昼休みに悪いけど……」
あたしが小松さんにくってかかろうとしたところ,佐藤補佐が執務室の入り口から,手招きしてきた。
ちっ、小松さんをやりこめてやるつもりだったのだが。
「昼休みなので,プリン持ってって良いですか」
「はい,良いよ」
補佐は良い補佐だと思う。
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「右手、痛そうだから、ソファで休んだらって、言えば良いじゃないですか」
「俺は、本当に湿布の臭いが嫌だっただけだ」
ソファに、柔らかいビーズクッション、置いておいたくせに。
めんどくさい人たちだなぁ。相変わらず。
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