10 嫌だ怖い/限界時間/ツブシテ
びっくりした。
崖から装甲具が落っこちてくる所なんか見たことない。あたしらが配置した目の前に、第1小隊がとっちめるはずだった「サイクロン」がうつ伏せに倒れていた。
「第2小隊へ。サイクロンが第1小隊から逃げる途中,崖から転落した。以後は第2小隊主体で制圧することとする。第1小隊は援護まで十五分ほどかかるので,よろしく。」
佐藤補佐官の指示が飛ぶ。
そのとき、サイクロンからかん高いモーター音が上がった。
うつ伏せになって倒れた状態から、両腕を抜かるんだ地面につけて、ゆっくりと起きあがろうとしている。装甲のあちこちに土がついて、まるで西洋の昔話に出てくる土巨人のようだ。
「抵抗をやめて,装甲を解除しろ。」
小松坂さんが声を張り上げて警告する。
サイクロンは地面に膝をつき、その場に立ち上がった。次の瞬間,いきなりあたしに向けて突進を始めた。
その図体のでかさからは想像できないほど速い。6、7メートルほどの距離が瞬時に詰まる。あたしは左足を軸に体を横にさばき、サイクロンの突進をかわす。
かわしたはずだった。
激しい衝撃に,一瞬意識が遠くなった。モニター越しに公園の木と夕焼けに染まる空が見える。自分の視線の角度で自分が転倒しているのが分かった。
ありえない。あたしの横を通り過ぎる瞬間に方向を変えて体当たりしてきたんだ。
そんなことをしたら,足がちぎれてもおかしくないのに。
「英理!早く立て!聞こえてんのか!?」
「英理さん!!」
小松坂さんと風間君の悲鳴が聞こえる。と同時にあたしのイザナギを覆う影に気づく。
サイクロンが右腕を振り上げる。
かわさないと。あたしの脳内で全力で警報が鳴る。
イヤだ。怖い。
死ぬ。
でも脳が、体が、しびれて動かない。
本当にやばいと思った瞬間。振りおろされたはずのサイクロンの右腕は,あたしの目前で消滅した。
「英理さん早く!」
風間君があたしの背中に手を添えて起こしてくれた。やっと頭がはっきりしてきた。
目の前には,うつ伏せに転倒したサイクロンとその上に覆い被さる小松坂さんのイザナギが居た。すんでのところで小松さんが体当たりしたのだ。
「っ、ごめん!小松さん!風間君!」
「英理!風間!このまま押さえ込…!?」
うつ伏せに倒れ,上から小松さんに押さえつけられた圧倒的に不利な状態から、サイクロンが起き上がろうとしていた。信じられない光景だった。A+級機体がA級機体を上から押さえ込んで、力負けしている。
あたしと風間君が加勢するために近づく間に,サイクロンが小松さんを払いのけて立ち上がる。小松さんはよろけながら、どうにか持ちこたえてあたしたちの前に立った。
「補佐!信じられないが、やはりリミッター解除状態が長時間続いてる!」
「……西恩寺。リミッター解除を課長代理許可する」
ぞくっとした。
さっき四極さんが解除したと聞いたから、ちょっと覚悟していたけど。
やだな。しばらく休養じゃん。
「補佐!小隊長としてそれはやらせたくない!武器の使用は?!」
「許可がない。用件も満たさない。だが相手が悪い。西恩寺、すまないが、頼む」
「…いつでもいけますよ。」
あたしは全身の力を抜いて、待った。
「篠崎,イザナギ2号機のリミッター解除を、課長補佐官権限で代理許可!」
「イザナギ2号機のリミッター、解除します!」
リミッター解除コードが夏美ちゃんの手で打ち込まれた。
モニター越しの世界の輝度が、二段階ほど上がる。
地面の細かな粒子や、空気の振動まで見えるような気がしてくる。
イザナギを装着している感覚が無くなっていく。イザナギに吸い込まれていくようだ。装甲具はあくまで道具で、体とは違う。普段は操作しているという感覚がある。でもそれが無くなっていく。むしろ、自分の体以上に体が軽くなっていく。自分がどんどん拡張されていく。
あたしは,いつもこの瞬間に自分の中に湧き上がる感情を否定しようとしている。
職務中に抱いてはいけない感覚。
恐怖と歓喜だ。
これは,車に乗り,高速道路でスピードを上げた途端,ブレーキが効かなくなるような,そんな感じ。
ああ,もう止められないんだっていうような。
そして,その感覚に駆り立てられ、喜んでいる自分。
全身に,脳の裏まで,鳥肌が立つような。
「リミッター解除完了しました!解除限界時間,1分30秒です!」
「了解。」
あたしのモニターの右上に,赤文字で「限界時間」と浮かび,その下に1分30秒のカウントダウンが始まった。
あたしは2歩でサイクロンとの間合いを詰めた。サイクロンがあたしを払いのけようと右手を振ろうとし始めたのが,スローモーションで見える。
時間の感覚もリミッター解除中は変わる。一瞬で普段の数十倍の情報を処理しているように感じる。
あたしは,サイクロンの振った腕を上に飛んでかわす。そのまま,サイクロンの頭部に向かって右の回し蹴りを加える。サイクロンが横に吹っ飛ぶ。吹っ飛んだサイクロンにあたしは飛び掛り,あたしを見失ったサイクロンの両肩をつかんで地面に押し倒した。
サイクロンに馬乗りになったあたしは、右腕をサイクロンに振り降ろす。サイクロンの顔にひびが入る。
もう一発叩き込む。
もう一発叩き込む。
どこかで小松さんの声が聞こえた気がした。
あたしはもう一度右腕を振りあげ、振り降ろす。サイクロンがあたしの拳を左腕でつかんで抑える。あたしは構わず力を込め続ける。少しずつあたしの力が勝り始める。
小松さんの声が聞こえた気がした。
あたしは力を込め続け,モニターが赤くなり,「限界時間」の文字が点滅し,けいほうがなっているのが聞こえる。
ツブシテヤル。
あたしはさらにちからをこめる。なつみちゃんとかざまくんのこえも きこえt
ツブシテ や る
なにかがきしむおとがした。
みぎてが、なにか、ぬるっと、したものに、つつまれた。
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