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9 カグラ/四極/落下箇所

 「了解です。どう動きます?」

 

 「この地点にサイクロンがいる。松井が北,四極が東、海原が西をそれぞれ押さえて取り囲んでいる。そして、ここは林の中の広場になっている。」


 補佐が広場の図をタッチして拡大する。


 「ここに行くには北・西・東のランニングコースを通るしかなく、こいつの図体だと、コース外の林の中に逃げても、木をなぎ倒しながらじゃないと進めないから、実質無理。今三方向のランニングコースから第1小隊の三人で接近してる。これで逃げ場はないし、この広場の中で一気に取り押さえる予定だ。」。

 

 なんだ、じゃあもう大丈夫そうじゃん?

 そんな雰囲気を察してか、補佐が続けた。

 

 「ただ、この南側、ここがネックだ。ここだけ林が薄い。もし木を何本かなぎ倒すことができると、この先は、高さ3メートルほどの急な傾斜になっていて、その先にはグラウンドが広がってる。可能性としては、サイクロンがここを強行突破した結果、下に落ちてくることが考えられる。」

 

 落ちてくる?なんか変だな。

 

 「では我々はこのグラウンドで待機ですかね?」小松さんが平坦な口調で聞いた。

 「うん。基本的には上でけりをつけたいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()、そこで捕獲して欲しい。」

 

 「了解しました。」

 

 「補佐。そろそろよろしいですか?対象が沈黙している今を逃したくないのですが。」

 

 松井第1小隊長が再度割り込んできた。

 

 「了解だ。第2小隊が5分後に配置に付く。その直後に作戦決行とする。予定時刻は変更なく,1650だ。」

 

 「では,第2小隊、配置に向かいます。英理、風間、行くぞ。」

 「了解。」

 

 あたしは、妙な緊張感を感じながら小松さんの後を追った。

 

 ******

 

 冬見補佐官の不在は痛手だ。

 第1小隊が独立して行動しづらい。佐藤補佐官は,第2小隊を使うことにこだわってる。おそらく,今回の件を上に報告することを念頭に置いているのだろう。第1小隊だけでA級機体を押さえ込むのと,形だけでも第2小隊と共同作戦で押さえ込んだというのでは、課長以上の幹部の印象は変わってくる。

 特に今回は課長も冬見補佐官も不在。実質佐藤補佐官がトップだ。報告書も嘘のない範囲で、佐藤補佐官の主観を色濃く反映したものにできる。

 

 組織の長としては妥当な判断か。

 

 冬見補佐官は裏表がない。知性と技能とカリスマ性で現場を牽引する。

 

 佐藤補佐官は違う。底が読めない。少なくとも、普段の飄々とした態度は、自分からすれば演技にしか見えない。

 

 「隊長。もう突っ込んじまおーぜ。」

 「駄目だ四極。補佐官の合図を待つ。」

 「突入して、一気に終わらせた方がいいじゃねーか!何考えてんだ!あの補佐官は!」

 「四極さん…落ち着いて…。」

 「うるせーぞ,海島は黙ってろよ。」

 「…すみません…。」

 

 四極の気持ちは,正直言えば同感だった。だが、組織として、今はこうせざるを得ない。

 小松坂,早くしろよ。

 

 「松井。第2小隊が配置についた。作戦開始。三方向から同時に接近し、取り押さえてくれ。」

 「了解。四極,海原,作戦開始だ。1650,同時発進だ。」

 「「了解」」

 

 さて,A級機体を相手にするのは久々だ。呼吸を整え,時計が16時50分00秒になるのを待つ。

 

 厄介なのは,こいつがリミッターを外せる可能性があることだ。いかにA級とは言え,A+級機体のカグラ3体にかなう理屈はない。しかし,リミッターを外せるとなると話は別だ。もし危険な状態になれば,四極のリミッター解除申請も念頭に置く必要があるか。

 

 時計に目を向ける。

 

 時間だ。

 

 「作戦開始!」

 

 足部ローラーを起動し,一気にサイクロンとの距離を縮める。

 サイクロンの右方から海原が近づいた。海原をなぎ払うようにサイクロンが右腕を振り回す。海原が姿勢を下げてそれを避ける。

 

 「!!」 

 

 自分の現場の勘が,全力で警報を鳴らしていた。

 サイクロンが振り抜いた右手は,サイクロンの背後の杉の木を2本なぎ倒し,サイクロン自身がその勢いでほぼ一回転し,やや姿勢を崩した。

 考えられない。

 直径30センチほどの太さがある木を,腕の一振りでなぎ倒すなんて。

 

 「海原!四極!距離を取れ!」

 「何すか!隊長!やっちまいましょうよぉ!」

 「駄目だ!こいつ,リミッター解除状態だ!」

 

 こいつとの白兵戦は危険すぎる。

 長年の勘が激しく警報を鳴らす。

 

 「佐藤補佐!発砲許可を!」

 「駄目だ、松井。装甲具用銃器使用の代理決裁権は預かっていない。民間人は全て退避しているはずだが,広大な公園で万一のこともある。3対1の通常状況である以上、白兵戦で抑えてくれ。お前なら可能だろう。」

 

 「接近戦は危険すぎます。相手のデータが少なすぎる。無傷ではすまないおそれがある。」

 

 どうする,佐藤補佐官。

 数秒間の沈黙が流れた。

 「……四極のリミッター解除を使う」

 「隊長!こっちはいつでもいいぜ」

 まぁ、そうするんだろうな。

 はっきり言えば、好きな機能ではない。

 

 西園寺のリミッター解除ほどではないが、四極の方も制御のできている機能とはいいがたい。第一,リミッター解除後2週間は,四極は検査のために休養することになる。

 

 距離を取った状態で、対象は微動だにせず、我々を睨みつけるように仁王立ちになっている。

 現場では,味方の損害可能性を限りなくゼロにしなくてはいけない。そのためには戦力増強が必要だ。

 銃器が使えないならば、いたしかたない。

 

 「……補佐、お願いします」

 

 「第1小隊「カグラ」2号機のリミッター解除を,補佐官権限において、課長代理許可。篠崎,解除コードを起動して」

 

 篠崎夏美か。あの女も,若いが,底が見えん。

 

 リミッター解除機能と同様,気味が悪い。

 

 「「カグラ」2号機のリミッター,解除します」


  四極の装着するカグラの各関節モーターの音が一段高くなる。

 「四極、無茶するなよ。そいつの動きを止めるだけで良い。海原と俺でハッチを開ける」

 「りぃぃよぉうかぁぁぁい!!」


  そう叫ぶやいなや,四極のカグラはもうサイクロンの目の前にいた。つかみかかろうとした四極の両手に呼応するように,サイクロンは四極の両手をつかみ,膠着状態に陥った。しかし,徐々に四極の力が勝り,サイクロンを後ろに押しだしていく。

 

 それでも、信じられない光景だ。リミッターを解除したA+級の「カグラ」の力にA級のサイクロンが対応している。今の四極は、軽トラック程度の重量であれば,片手で持ち上げるほどの力を出しているはずなのに。

 スペック詐称。整備課の笑い話かと思ったが。


 海原と一緒にサイクロンの後ろに回り込み、海原がサイクロンの足を押さえようとした。

 

 その瞬間、サイクロンが四極の力を受け流すように右に回転し、我々に背を向け、走りだした。肩すかしをくらった状態の四極はバランスを崩してよろけた。

 

 サイクロンはそのまま背後の林に向かって走る。その先には薄い林になっている。木々の隙間から下に広がるグラウンドが見える。逃げる背中を海原とともに追った。足をつかめばそのまま前のめりに倒せる。林に突っ込んだところで,身動きがとれなくなるだけだ。

 

 そう思った矢先だった。林に飛び込むところまでは予想の範囲だった。しかし,数本の細い木をなぎ倒した直後,サイクロンの姿が視界から消えた。

 

 「?!」

 

 激しく地面をこするような音が聞こえた後,鉄の塊が地面に落下したことを示す鈍い音が響いた。

 サイクロンが消えた辺りに急ぐ。すると,足下のセンサーから重量オーバーの警報が響く。それは、地盤がカグラの重量を支えきれない恐れがあることを示していた。

 

 カメラをズームインすると,サイクロンが消えた辺りの地面が,細い木ごと崩れている。足下に雨上がりの湿った土が付着している。

 「……補佐。対象が林に入って,下に落下した模様だ。落下した付近は地盤が緩く,同じ経路で追うことは危険でできない。」

 

 「了解した。念のためだったが,その落下箇所付近に配置させていた第2小隊に対応させる。第1小隊は東西のランニングコースを通って下のグラウンドまで至急応援願う。」

 

 その落下箇所付近?

 

 念のため?

 

 ランニングコース?

 

 再度公園のマップを見る。下のグラウンドへ続く道は,東西1・5キロほどに延びた長いランニングコースを迂回しなくてはいけない。足下は置き石などででこぼこしており,ローラー走行をするのも難しい。

 

 「……四極,海原,第2小隊の援護に向かうぞ。」

 

 これは,はめられたのかもな。

 ふとそんな考えが頭をよぎった。

 佐藤補佐官は,こうなることを知っていたのではないか。初めから第2小隊にやらせるつもりだったか……。

 いや,こちらがサイクロンを取り押さえる可能性もあったはず。だが……。

 まぁ,地形を利用した作戦とも言えるか。

 何にせよ,やはり,冬見補佐の不在は痛手だったな。


読んでいただいてありがとうございます!

なるべく毎週数回の更新をしています、もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!

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