第六話:影に寄り添い、壁に凭れ──残り二つの“背中”
《剣術・一ノ型》を会得してから、数週間。
俺は少しずつ、戦場で“立ち止まらない”ようになっていた。
とはいえ、前に出るのはあくまで「必要なとき」だけ。
基本は今までどおり、誰かの背後にぴたりとつく。
……ただ、その“誰か”が、変わった。
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その日、俺がぴたりと追い続けていたのは、ヨルンだった。
森の中。薄暗い木漏れ日と、枯葉が敷き詰められた静かな狩場。
ヨルンは弓を手に、音もなく動いていた。
足音を消し、枝を踏まず、風の流れさえ利用して気配を散らす。
そのあとを、ぴたりと追う。
ヨルンは最初、かなり困惑していた。
「おいおいレグラム、森の中で“ぴったりついて来る”ってのは、暗殺未遂って言うんだぜ……」
でも、数日経てば、それも口癖みたいになった。
ヨルンの影を踏まない距離。
視線の先にかぶらない立ち位置。
スカウトの足取りを完全に読み、真後ろに溶け込むように歩く。
――気づけば、俺の視界には、木々と風と、ヨルンの背しか映っていなかった。
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それは、山岳の夜だった。
静かに弓を引き、一本の矢が、獣の喉を貫いた瞬間。
【スキル《金魚のフン》が効果を発動しました】
◆条件達成:追従対象・ヨルン/累計180時間/信頼度:安定
▶︎ 習得スキル:《影歩き》(Lv1)を正式獲得しました
……風の中に溶け込むような感覚が、足元に宿った。
「……おいおい、今の、まさか……」
「はい。今度は、ヨルンさんの《影歩き》、俺の中に入ったみたいです」
ヨルンが、ぽかんとした顔のまま、笑った。
「マジか……俺の立ち回り、全部見てたのか。……なんか、くすぐったいな」
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そして――最後は、バルドだった。
黙して語らず、ただ“壁”として立ち塞がる男。
その背中は、誰よりも無骨で、重くて、まっすぐだった。
バルドにくっつくのは、簡単ではなかった。
動きは少ないが、一歩の重みが違う。
常に敵の正面に立ち、被弾覚悟で前に出る。
その背を追うには、覚悟が必要だった。
だが――ある日。
バルドの前に出ようとしたヨルンを、俺が思わず引き戻した瞬間。
敵の突進が、風を裂いて通り過ぎた。
バルドが、無言でうなずいた。
その夜。宿に戻った俺のステータスに、新たな通知が届いた。
【スキル《金魚のフン》が効果を発動しました】
◆条件達成:追従対象・バルド/累計160時間/信頼度:安定
▶︎ 習得スキル:《鉄壁》(Lv1)を正式獲得しました
そのとき、不思議と“重さ”が、体に宿った気がした。
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夜、静かな部屋で、ステータスを開く。
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【ステータス表示】
名前 :レグラム
種族 :人間
年齢 :16歳
スキル :《金魚のフン》(Lv2)
《剣術・一ノ型》(Lv1)
《影歩き》(Lv1)【NEW】
《鉄壁》(Lv1)【NEW】
レベル :Lv.11
HP :104 / 104
MP :49 / 49
EXP :次のLvまであと73
【能力値】
筋力 :21
敏捷 :23
知力 :18
魔力 :14
耐久 :25
幸運 :16
三人の背中から得た、それぞれの力。
剣の鋭さ、影の静かさ、壁の重さ――それらが、確かに自分の中で混ざり始めていた。
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「おい、レグラム」
次の朝、ダグラスがふいに言った。
「……そろそろ、隊列の後ろじゃなくてもいいぞ」
俺は一瞬、返事に詰まった。
けれど、すぐに微笑んで、こう答えた。
「じゃあ……真ん中で、みんなの背中を見守ります」