第四話:二ヶ月間、ただくっついて
王都で冒険者になって、あっという間に二ヶ月が経っていた。
俺の毎日は、変わらない。
ダグラスたちのパーティーにくっついて、森へ、遺跡へ、谷へ、洞窟へ。
ひたすら彼らの背中を追い、邪魔にならないように、静かに歩き、静かに佇み、戦いが終わるのを見届ける。
そして──
戦闘が終わったタイミングで、ボードが表示される。
【経験値獲得:39】
【経験値獲得:52】
【経験値獲得:41】
それだけだ。
スキル《金魚のフン》は、**“くっついているだけで経験値がもらえる”**という異質な能力。
だがその代わり、戦闘には一切関与できない。攻撃も、防御も、補助も、なに一つない。
「……ほんと、地味なスキルだよな」
ある日の依頼帰り、ダグラスがぽつりとつぶやいた。
「けど、くっついてるだけで、ちゃんと成長してるんだろ? レベル、もう5とかか?」
「はい。今日で6になりました」
「はえぇな……まあ、こっちは命張ってるのにな!」
ヨルンが笑いながら突っ込んでくる。
それでも、前みたいな嘲笑ではない。
この2ヶ月の間、俺は“ちゃんと離れずについてくる奴”として、少しだけ認められ始めていた。
⸻
ある日の依頼。
森の奥、湿地地帯にて。
足元が悪く、視界も霞んでいる中、魔物との小規模な交戦が起きた。
「……っ、くそっ! 足が滑った!」
バルドが転倒しかけ、敵の矢が迫る。
その瞬間、俺は――思わずバルドの背にしがみついた。
いや、ただ《くっついていた》だけだった。だが──
そのタイミングで、矢が俺の頭の上をすれすれで通過し、後ろの木に突き刺さった。
「……助かった」
「えっ……俺、何も……」
「……後ろにいたから、倒れすぎずにすんだ」
それは偶然だった。俺の判断じゃない。ただの結果だ。
けれど、バルドはその一言を、ちゃんと“感謝”として言ってくれた。
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夜。安宿のベッドで、俺はステータスを開く。
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【ステータス表示】
名前 :レグラム
種族 :人間
年齢 :16歳
スキル :《金魚のフン》(Lv1)
レベル :Lv.6
HP :74 / 74
MP :39 / 39
EXP :次のLvまであと63
【能力値】
筋力 :16
敏捷 :18
知力 :15
魔力 :12
耐久 :19
幸運 :14
能力値も少しずつ上がってきた。
だが、未だスキルは“経験値獲得”にしか使えない。支援も、補助も、ない。
「……でも、いい。今はこれでいい」
くっついているだけ。されど、それを“完璧に”やるために、俺は地形を記憶し、視界と距離感覚を鍛えた。
いつかきっと、《金魚のフン》は……この先に、何かを見せてくれる。
そんな気がしていた。
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その日、ギルドの受付嬢――リーネさんに、声をかけられた。
「レグラムさん。最近、よく戻って来られてますね。生還率が高いです」
「あ、はい。ありがとうございます」
「……その、“金魚のフン”ってスキル。冗談だと思ってましたけど、本当に有効なのかもしれませんね」
笑いながらも、どこか認められたような気がした。
⸻
次の依頼も、その次も、俺はまた三人の背中を追う。
ただの金魚のフン。それでも、二ヶ月もくっついていれば、見えてくるものがある。
「……次のレベルまで、あと63。もう少しだな」
どこまでも地味で、目立たない。
でも、これは俺だけの戦い方だ。
“動かない勇気”と、“黙って見つめる根気”――それが、今の俺のすべてだった。