「君を愛するつもりはない」と父に告げられた継母は僕(七歳)が幸せにしましょう
読んでいただきありがとうございます。
※R15は念のために付けてます。
よろしくお願いいたします。
「君を愛するつもりはない」
神の前で愛を誓い、初めての夜を迎えた夫婦の寝室。
しかし、男は部屋に入るなり、自身の妻になったばかりの女へ冷たく言い放つ。
「俺が君に求めるのはダルサニア辺境伯夫人としての役割だけだ。あとは好きにしてもらって構わない」
男はすでに前妻との間に男児を儲けており、女が新たに子を生む必要はない。
つまり、夫婦としての関係を築くつもりは一切なく、お飾りの妻を望んでいるのだと男は告げる。
初夜の場で、花嫁に告げるにはあまりに残酷なセリフだった。
「……承知いたしました」
しかし、純白の寝衣を纏った女は、ベッドに腰掛けたまま声を荒げることなく落ち着いた態度で返事をする。
そんな反応が予想外だったのか、男は探るように女の顔を見つめた。
翠の瞳はひどく虚ろで、まるで諦めることに慣れきったかのような表情が男の胸にわずかな動揺を走らせる。
だが、二人はそれ以上の言葉を発することなく、気まずい沈黙が室内を支配した。
──そんな重苦しい空気を切り裂くように、寝室の扉が勢いよく開け放たれる。
「ならば、フェリシア様は僕が幸せにしましょう!」
寝室に乱入した僕の声が響き渡り、室内の男女は驚きに目を見開いた。
「な、な、アイセル!? どうしてお前がここに!?」
僕の姿を捉えた男が焦ったように声を上げる。
「父上があまりに不甲斐ないからですよ」
そんな男に胡乱な目を向けながら、僕は溜息交じりに言葉を返す。
そう。非常に残念なことに、初夜に「愛するつもりはない」なんて花嫁に言ってしまう目の前の残念な男が、僕の残念な父親なのだ。
僕の名前はアイセル・ダルサニア。七歳。
母親譲りの金髪に紫の瞳を持つ美少年。
そして、ベッドに腰掛けたまま驚きのあまり固まっている女性が、父クレイブの再婚相手で僕の継母になるフェリシア・エンブリー子爵令嬢。
珍しい白銀色の髪に翠の瞳を持つ、父と一回り以上も年の離れた清楚な女性だった。
執事からフェリシアを紹介された時は、こんなに若くて可愛い子が継母になってくれるのかと感激したが、いざ挙式が始まると父とフェリシアの様子がどうにもおかしい。
視線は一切合わさず、表情も固く、まるで見知らぬ他人同士……いや、実際に他人ではあるのだけれど、これから一生を添い遂げるにしてはあまりにも殺伐とした空気が二人の間に漂っている。
(何これ……嫌な予感しかしないんだけど?)
というわけで、一抹の不安を抱いた僕は、こっそり夫婦の寝室の扉に張り付いて中の様子を探ることにした。
ちなみに使用人たちは空気を読み、今夜は寝室に近寄らないことになっている。
僕だって、こんな真似はしたくなかったんだよ?
それに、ことが始まればさっさと自室に戻るつもりだった。
だけど、中から聞こえてきたのが夫婦関係を拒絶する父の言葉だったものだから、僕は勢いよく寝室へ突撃するはめになったのだ。
僕は改めてフェリシアに向き直る。
「盗み聞きをしてしまい申し訳ございません。しかし、先程の僕の言葉に嘘はありません。父があなたを愛さないと言うのなら、僕がフェリシア様を愛します!」
「おい、何を言っているんだ!?」
「もしや子供の戯言だとお思いですか? 考えてみてください。父とあなたが白い結婚を貫くというのなら、我が家の後継者は僕で確定です。僕の将来性に賭けてみませんか?」
「待て待て待て!」
フェリシアを口説いている最中なのに、空気を読まない父が横槍を入れてくる。
「うるさいですよ、父上。ちょっと黙っていてください」
「ち、父親に向かってその口の利き方は……」
「あなたが父親を語るのですか?」
「…………」
ぴしゃりと言い放つと、父はグッと言葉を詰まらせた。
なぜなら、クレイブは一人息子の僕を別館へ遠ざけ、顔を合わせないよう徹底していたからだ。
そんな訳もあってフェリシアとの再婚を知らされたのも昨日の話で、挙式への参列はさすがに認められたが、父とのまともな会話なんて数年振りレベルである。
(まあ、それは別にどうだっていいんだけどさ)
そんなふうに思ってしまうのは、僕に前世の記憶があるからだろう。
そうでなければ、父に対してもっと複雑な感情を抱いていたはずだ。
日本で生まれ育ち、それなりに有名な企業に勤め、独身生活を謳歌していた僕。
何の因果か、気づけばアイセルに生まれ変わってしまっていた。
最初は訳もわからず混乱するばかりだったが、ふと、今の自分が置かれた状況と全く同じ設定を思い出す。
(もしかして……)
あれは、何気なくバナー広告をタップし、暇つぶしに読み始めた青年漫画。
それなりに面白かったので、いくつか似たような作品を続けて読んでいった。
日本から異世界に転生した主人公が、チート能力で成り上がっていくストーリー。
チートにも種類があり、最初から最強の能力もあれば、何の役に立つのかわからないスキルが後に開花したり、前世の知識で無双するパターンなんてものもあった。
ただ、どの作品にも共通しているのは、主人公を取り巻く魅力に溢れた女の子たちの存在。
そう。異世界転生した漫画の主人公たちは皆、ハーレムを築いていたのだ。
(それじゃあ、僕もいずれ主人公たちと同じ道を辿るってこと……?)
そんな期待通りに、五歳になると僕は少々特殊なスキルに目覚める。
この世界ではスキルを持つこと自体が珍しい。
ただし、僕のスキルは人に知られると厄介な類のもので、スキルに目覚めたことは周りに隠そうと決めた。
(そんなところも主人公っぽいな)
これはもうハーレム主人公待ったなしだろう。
将来はたくさんの女の子たちに囲まれて幸せに暮らすのだ。
漫画で読んだのだから間違いない。
そんな明るい未来しか見えない僕の前に現れたのがフェリシアだった。
正直、幸が薄そうで儚げな雰囲気が僕の好みド真ん中。
継母になるのだからと遠慮していたが、父がフェリシアを愛さないと言うのなら話は変わってくる。
(ハーレムの女の子たちは多種多様……。奴隷として売られていた獣人や、主人公を見下していた女戦士や敵対していた悪役もいたな……)
つまり、継母なんて立場は何の問題にもならないってこと。
(問題になるとすれば年齢差ぐらいか……。十年後のフェリシアは二十八か、九だから……)
アリだ。考えるまでもなく余裕でアリだ。
とりあえず口説こう。口説いて僕の異世界ハーレムの一員になってもらおう。
「こんな場所じゃ落ち着いて会話もできませんね。僕の部屋に移動しましょう。ぜひ、僕とフェリシア様の未来について語り合いたいと……」
「だから待てと言っているだろう!」
だが、再び父が横槍を入れてくる。
げんなりとした表情の僕に構うことなく、クレイブはさらに声を張り上げた。
「お前は知らぬだろうが、彼女は多くの男を誑かし貢がせる悪女だと王都中で噂になっているんだぞ!」
その噂に心当たりがあるのだろうか、フェリシアは俯いて身を固くしている。
「全く……父上は一体どこに目ん玉をくっつけているんです?」
だが、僕は父の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「男から貢がれているはずの悪女が、どうしてこんなにもガリガリに痩せているのですか? 侍女も連れずに小さな鞄一つだけで嫁いできた理由は?」
これはメイドたちの会話をこっそり盗み聞きして得たフェリシアに関する情報だ。
痩せているだけでなく髪もパサパサで、肌には張りも潤いも無く、全体的に栄養不足なのではないかとフェリシアの湯浴みを担当したメイドたちが嘆き、結婚式に向けて必死にフルエステを施したのだという。
そして、フェリシアの部屋に鞄を運んだメイドは、きっと後から馬車で荷物が届くのだろうと思って待ち構えていたのに、いつまで経っても何一つ届かないことに驚愕していた。
それらの事実を指摘すれば、「いや、それは……」と父は戸惑った様子で僕とフェリシアの間に視線を彷徨かせている。
そんな父を放置し、僕はフェリシアへ優しく語りかけた。
「もしや、生家で辛い目に遭われていたのでは?」
「………っ!」
その瞬間、びくりと肩を震わせたフェリシア。
苦しげに表情を歪ませたあと、彼女の瞳からポロリと一粒の涙が零れ落ちる。
何やらフェリシアにも事情がありそうだ。
だが、泣いている女性に根掘り葉掘り聞くような無粋な真似をするつもりはない。
僕は彼女にそっとハンカチを差し出す。
「安心してください。我が家にあなたを傷つける者はいませんよ。ああ、この筋肉老眼のことは無視して構いません」
「なっ!? 誰が老眼だ!!」
筋肉は否定しないんだな。
「間違えました。老眼ではなく、父上の目は節穴でしたね」
「おい!!」
「自分もあらぬ噂のせいで散々な目に遭ったくせに、フェリシア様の噂は頭から信じ込むなんて……節穴以外になんと呼べば?」
「………っ!」
クレイブは前妻……つまり僕の実母のせいで事実とは異なる噂を吹聴され、『猛獣辺境伯』などと周囲に呼ばれてしまっているのだ。
痛いところを突かれたのか、父はハッと目を見開いたあと黙り込んでしまう。
「あ、あの……みっともない姿を見せてしまい申し訳ありません」
そこへ、僕の手渡したハンカチで涙を拭ったフェリシアが控えめに謝罪の言葉を口にする。
「アイセル様のお気持ちはとても嬉しかったです。ですが、私が相手では歳が離れ過ぎておりますし……。それに、私はアイセル様の妻ではなく、よき母になれればいいなと……」
そのまま僕に向けてフェリシアは柔らかな笑みを浮かべた。
「………っ!!」
途端に僕の心臓が鷲掴みにされ、バクバクと激しい音を立て始める。
これまで固い表情ばかりだったせいか、思わず見惚れてしまう程にフェリシアの笑顔は愛らしかったのだ。
(やっぱり父上には勿体無い……!)
そうはいっても、いくら中身が成人しているとはいえ、フェリシアが七歳の僕に恋愛感情を抱くのが現実的でないことはわかっている。
(そう、今はまだ……)
僕はにっこりと笑みを返しながら口を開く。
「フェリシア様は慎み深い方なんですね。でも僕は諦めませんよ?」
「え?」
「だって父は老いていくだけの身ですが、僕はこれからどんどん成長していきます。つまり、あなたを口説く時間も伸び代もこれからたっぷりあるというわけです」
驚いたように目をぱちくりとさせるフェリシア。
そんなやり取りをしている僕の後ろで、クレイブが惚けたようにフェリシアを見つめていることに僕は気づいていなかった。
◇◇◇◇◇◇
フェリシアが我が家に嫁いでから二週間が経った。
今日は咲き誇る花々を観賞しようとフェリシアを温室に誘い、そのままティータイムを過ごしている最中だ。
「ここでの生活には慣れましたか?」
「ええ。皆様がよくしてくださるおかげです」
テーブルを挟んで向かいに座るフェリシアが穏やかに微笑む。
(うん。順調順調!)
手入れ不足でくすんでいた白銀の髪はキラキラと陽の光を反射させ、痩せこけていた頬はふっくらと肉付き、仄暗さを湛えていた翠の瞳は新緑のように輝いて、彼女は年相応の健康的な美しさを取り戻しつつあった。
別館のメイドや使用人たちを駆使し、フェリシアをここまで磨き上げた僕は、彼女の姿を眺めながら心の内で満足気に頷く。
(やっぱり女の子はこうでなくっちゃ!)
前世の僕もフェリシアのように傷付き弱っている女性に惹かれ、そんな彼女たちに寄り添い、元気を取り戻していく姿に満足したものだ。
ただ、元気になった彼女たちはなぜかひどく僕に依存し、執着するようになってしまうことが問題だったが……。
(まあ、異世界ハーレムの主人公なら大丈夫だよね)
女の子たち同士の仲も良く、うまくバランスを取りながらハーレムは形成されていた。
漫画で読んだのだから間違いない。
「それで……あの、クレイブ様にも声をおかけしたほうがよろしいのではないでしょうか?」
フェリシアは遠慮がちにそう言葉を続ける。
なぜなら、先程からクレイブが意味もなく温室内をうろついているからだ。
本人は散歩している体を装っているが、あの脳筋に花を愛でるような感性はない。
(全く、何を今更……)
現在、フェリシアは父の暮らす本館ではなく、別館で僕と生活を共にしている。
初夜に彼女を拒んだのだからと、僕がやや強引に手配を進めた。
それからというもの、クレイブはやたら別館に顔を出すようになったのだ。
(僕だけが暮らしていた頃は別館に見向きもしなかったくせに……なんてわかりやすい男なんだ)
そして、今日は温室にまで付いてきたというわけだった。
チラチラとこちらを伺うクレイブを軽く睨みつけてやる。
「アレは放置で構いませんよ」
「ですが……」
フェリシアはどうにもクレイブの存在が気になるようで、困ったように眉を下げる。
「アイセル様は私の噂を鵜呑みにしたクレイブ様を叱ってくださいました。けれど、私も『猛獣辺境伯』の噂を信じておりましたのでお互い様な部分も……」
「フェリシア様は何も悪くありません」
僕は食い気味にキッパリと答える。
なぜならフェリシアは可憐だからだ。それだけで全肯定に値する。
「いえ……そうではなくてですね。私のためにアイセル様が怒ってくださったことは嬉しかったのですが、そのせいでお二人が仲違いされたままなのは……」
ああ、そういうことか……と、僕はようやくフェリシアの心情を理解する。
彼女は自分のせいで僕とクレイブが喧嘩をしているのだと思い込み、心を痛めているのだろう。
「大丈夫です。僕と父上の仲が悪いのは今に始まったことではありませんから」
「え?」
「父上は僕の顔がお嫌いなんですよ」
幼い頃から剣術の鍛錬に明け暮れ、確かな実力と筋骨隆々な体躯を手に入れた父は、ダルサニア辺境伯家の私設騎士団団長も務めている。
そんな父の最初の結婚相手が、僕の実母であるリネット・ヴァーノン伯爵令嬢だった。
貴族らしく政略結婚で結ばれた二人。
ただ、父は良く言えば硬派でストイック。悪く言えば女慣れしておらず面白みがない。
ついでに野性味が溢れた顔立ちと筋肉。
対するリネットは王都生まれの王都育ちで、派手好きな享楽家。
そして無類の美形好きだった。
ちなみにワイルド系ではなく、中性的なイケメンがお好み。
………うん。どう考えても相性が悪過ぎる組み合わせ。
その結果、リネットは僕を産むと役目は終わったとばかりに男漁りを始め、若いイケメン使用人と恋仲になり、そのまま駆け落ちしてしまったのだ。
呆然自失なクレイブ。残された愛らしい赤子の僕。
ヴァーノン伯爵は娘の不始末を詫び、このままではクレイブが『妻に逃げられた男』になってしまうことを憂慮し、リネットは病で死んだことにしてはどうかと父に持ちかける。
その提案を受け入れた父。
しかし、蓋を開けてみると、『横暴で傲慢で猛獣のように恐ろしいクレイブ・ダルサニア辺境伯に酷い扱いを受けたリネットは心労により命を落とした』という噂がヴァーノン伯爵によって王都中に広められてしまったのだ。
しかも、勝手にリネットの葬式まで執り行われていた。
おそらくヴァーノン伯爵も『娘がイケメン使用人と駆け落ちした』という醜聞をどうにか隠蔽したかったのだろう。
またもや呆然自失なクレイブ。寝返りができるようになった愛らしい赤子の僕。
クレイブは慌てて噂の火消しに走るも、一度広まってしまったものを完全に消し去ることは難しい。
なんせ、リネットがイケメン使用人と駆け落ちしたという証拠がない。
リネット本人が見つかれば状況は変わるだろうと捜索を続けるしかなかった。
(いやいや、対応が下手くそ過ぎだろ)
そうは思ってみても、喃語が精一杯な赤子の僕では父にアドバイスをすることは叶わない。
ヴァーノン伯爵がリネットを匿っているのか、もしくはすでに処理されてしまったのか……。
結局、リネットは見つからないまま、真実は闇の中に葬られてしまう。
そして残されたのは、妻を死に追いやった『猛獣辺境伯』というクレイブの悪名のみ。
そのせいで、父は女性不信にあれやこれやも付随させて拗らせてしまったのだ。
──そんな出来事から七年。
さすがにダルサニア辺境伯夫人の座が空席のままはマズイだろうと、王家から後妻を娶るよう圧力がかかった。
だが、猛獣辺境伯の後妻になりたがる令嬢はなかなか見つからず……持参金なし、むしろ支度金をこちらから出すなどの好条件を提示することで、ようやくフェリシアとの婚姻が整う。
それなのに、初夜に「君を愛することはない」なんてセリフを吐くのはあり得ない。
(十以上も歳の離れた子持ち筋肉男に、こんなに可愛いお嬢さんが嫁いでくれたっていうのに)
父は相変わらず拗らせ続けていたらしい。
「というわけで、母にそっくりな僕の顔を見るたびに父上はトラウマが刺激されるようで、僕は幼い頃からずっと別館で暮らし、父上と顔を合わさない生活を続けてきました」
「…………」
僕の話を聞いたフェリシアが今にも泣き出しそうな表情になっている。
(うーん……そんなつもりじゃなかったんだけどな)
彼女の目には、僕が親に愛されなかった不憫な子供に映っているのだろう。
僕としては、むさ苦しい筋肉男に構われるほうが苦痛なので放置されたのは結果オーライなんだけど……。
「あ、アイセル……それにフェリシアも……奇遇だな」
そこへタイミングがいいのか悪いのか、クレイブがわざとらしく声をかけてきた。
僕たちから声がかかるのを待っていたが、スルーされ続けたので自分から動くことにしたのだろう。
「今はフェリシア様と二人きりの時間を楽しんでいる最中ですので、邪魔者はどこかへ行ってください」
僕はしっしっと手で父を追い払う。
「なっ!?」
「よければクレイブ様もご一緒しませんか? 今日の紅茶はとても爽やかな香りなんですよ」
激昂しかけたクレイブを宥めるように、フェリシアが慌てて口を挟んだ。
「あ、ああ……」
途端にクレイブは大人しくなり、フェリシアに促されるまま空いている椅子にちょこんと座る。
そして、思いっきり睨みつける僕から顔を逸らしたクレイブは、テーブルの上に置かれた菓子類に目を留めた。
「君は……甘いものが好きなのか?」
「は、はい!」
「そうか……。よし、彼女に追加の菓子を持ってきてくれ!」
控えていたメイドに菓子の追加を頼むクレイブ。
「そんな! ここにあるだけで充分ですから!」
「いや、まだまだ君は痩せ過ぎだ。遠慮せずに好きなだけ食べるといい」
「あ、ありがとうございます」
「それと……温室に来たのは花が好きだからか?」
「はい! 冬になってもこんなにたくさんの花が見れるとは思いもしませんでした」
「そうか……。今後は君の好きな花をここに植えればいい。よし、庭師を呼んでくれ!」
そんな二人のやり取りを見ながら、僕は口をとがらせる。
(なーにが「好きなだけ食べるがいい」「好きな花を植えればいい」だよ!)
いい夫ムーブを始めたクレイブに苛立ちを覚えた僕は、二人の会話を邪魔するべく、わざと甘えるような声を出す。
「フェリシア様、僕もお菓子が食べたいなぁ」
フェリシアの注意を引き付けることに成功すると、彼女の瞳をじっと見つめながら、こてんと首を傾けてみせる。
「ねぇ、食べさせて?」
「は、はい……!」
あーんと僕が口を開けると、フェリシアはクッキーを一つ摘み、そっと僕の口元へ近づけた。
そのクッキーにパクリと齧りついて、もぐもぐと口を動かす。
「可愛い……!」
僕の愛らしさにメロメロになるフェリシア。
(あまり子供っぽさを武器にはしたくなかったんだけどね)
だって、僕はフェリシアの息子になりたいわけじゃない。
彼女をハーレムの一員として迎え入れたいのだ。
まあ、それはそれとして、フェリシアとクレイブの会話を邪魔できたのだからヨシとしよう。
ついでにフェリシアからは見えない位置で舌を出し、クレイブを煽ることも忘れない。
「このっ、クソガキ……!」
「クレイブ様?」
怒りに震えるクレイブを不思議そうに見つめるフェリシア。
「フェリシア様。器もアソコも小さい男なんて無視で構いませんよ」
「なっ! 俺のアソコは小さくなんて……!」
「父上、女性の前で下ネタは控えてください」
「お前が言い始めたんだろうが!!」
素知らぬ顔をする僕、激昂する父、オロオロするフェリシア。
それからも、クレイブがフェリシアと交流を図ろうとするたびに僕が邪魔をしてやった。
そんなよくわからない関係のまま、月日はあっという間に過ぎていく。
◇◇◇◇◇◇
フェリシアが我が家に嫁いでから半年が経った。
残念ながら僕とフェリシアの関係に進展はない。
だが、なぜか僕と父との関係が進展してしまっていた。
(どうしてこうなるんだ……?)
これまで通りにフェリシアに接触しようとするクレイブを迎え撃ち、嫌味や煽りで撃退していただけなのに……。
(いや、それが失敗だったのかもしれない)
親子としての交流がゼロに等しかったのに、頻繁に顔を合わせるようになったせいで互いに慣れが出てしまった。
すると、クレイブは気安く僕に声をかけるようになり、いつの間にか父親らしい言動がチラホラ出てくるようになったのだ。
「アイセル。もうすぐお前の誕生日だろう? 何か欲しいものはないのか?」
「そうですね。父上がさっさと隠居して僕に当主の座を譲ってほしいです」
「お前はまたそんな可愛げのないことを……!」
「ふふっ。アイセル様は七歳とは思えない程に大人びてらっしゃいますものね」
「ふんっ。ただのませガキだ」
「きっと頭の回転が早いのですよ。将来が楽しみじゃないですか」
「まあ、それはそうかもしれないが……」
しかも、フェリシアが僕と父の仲を取り持つような言動をするせいで、なんだか家族としての形がほんのり出来上がりつつある現状。
メイドや使用人たちも、僕と父が交流することを歓迎しているらしく、皆が微笑ましそうにこちらへ視線を向けている。
どうやら僕の子供らしからぬ言動は、父親を恋しがる感情の裏返しだと考察され長年心配されていたらしい。
(……うん。心配してくれていたのは嬉しいけど、その考察は的外れなんだよね)
ただ、僕には成人男性だった前世の記憶があるだけだ。
(どうにか挽回しないと……)
このままだと、なし崩し的にフェリシアの義息子になってしまう。
そんなある日、思いもよらぬ訪問者が現れた。
「フェリシア様の異母妹……?」
事前の連絡も何もなく、突然フェリシアの異母妹を名乗る女性が我が家へ訪れたのだと使用人から報せを受ける。
間が悪いことに父は外出中で、フェリシアが対応をしているそうだ。
これまでフェリシアが生家での暮らしについて何かを語ることはなかった。
だが、初夜の日に彼女が流した涙を、もちろん僕は覚えている。
(異母妹か………)
フェリシアのことが心配になった僕は急いで本館へ向かい、応接室の扉をノックした。
そして僕が部屋に入ると、ソファに座ったフェリシアの真っ青な顔が目に飛び込んでくる。
そんなフェリシアの向かいには、栗色の髪に翠の瞳を持つ女性が座っていた。
後ろには、この女性が連れてきたらしい背の高いメイドが控えている。
「あら、もしかしてこの子がダルサニア辺境伯のご子息なの?」
フェリシアと同じ翠の瞳が僕の姿を捉えると、挨拶もなく無礼な発言が飛び出した。
慌ててフェリシアが立ち上がる。
「アイセル様、申し訳ございません。彼女が私の異母妹のレイチェルです」
いくら子供であっても、僕が辺境伯子息……つまり、レイチェルより高位の立場であることに変わりはない。
どうやらフェリシアの異母妹は随分と自由奔放な気質のようだ。
「はじめまして、アイセル・ダルサニアと申します」
僕は不快感を表に出すことなく、にっこりと笑顔を作り、そのまま目の前のレイチェルを観察する。
(フェリシアと同じ翠の瞳……顔立ちもよく似ているけど……)
栗色の長い髪は艶を放ち、白い肌は血色がよく、丁寧に化粧を施し爪の先まで手入れされたレイチェルは、ぱっと目を引く華やかな容姿をしている。
フェリシアと顔立ちは似ているはずなのに、受ける印象は全くといっていいほど違った。
(ふーん……)
我が家に嫁いできたばかりの頃のフェリシアと比べると、その差は歴然であると言える。
だが、現在のフェリシアは磨きに磨かれており、清楚で上品な美しさはレイチェルに引けを取らない。
「はじめまして。せっかく挨拶に来てくれたのに申し訳ないんだけど、私はお姉様と大事な話があるの」
「レイチェル!」
不遜なレイチェルの態度を窘めようとするフェリシアを僕は手で制した。
「ああ、構いませんよ。姉妹水入らずの時間を邪魔してしまいましたね。ごゆっくりお過ごしください」
物分りがいいフリをした僕は、応接室を出て扉を閉める。
そして、そのまま扉にべたりと張り付いてスキルを発動させた。
「アイセル様にあんな失礼な態度を取るなんて!」
「別にいいじゃない。辺境伯子息だなんていっても、父親から冷遇されているんでしょ?」
怒りをあらわにするフェリシアと、そんな彼女の言葉を鼻で笑うレイチェルの声が部屋の中から鮮明に聞こえてくる。
もちろん、しっかりと扉が閉められた応接室内での会話が外に漏れ聞こえているわけではない。
これは僕の特殊なスキル『盗み聞き』の能力のおかげだった。
名前の通り、離れた場所の音や会話をこっそり聞くことのできる能力。
ただし、能力範囲が狭いため壁一枚隔てた距離が精一杯である。
……うん。微妙だよね。自分でもわかってるよ。
だけど僕は主人公だから、いずれスキルが覚醒かレベルアップしていい感じに活躍するはずだからさ。
今はメイドや使用人たちの会話を盗み聞きすることで情報収集に役立てている。
「ああ、冷遇されているのはお姉様も同じだったわね」
嘲り混じりのレイチェルの声が続く。
「冷遇だなんて……」
「さっき、お姉様は別館で暮らしているって自分で言ってたじゃない。それって追いやられたってことでしょ? やっぱりお姉様はここでも愛されないのね」
「…………」
心底嬉しそうなレイチェルの声音に、見えていないはずの歪んだ笑みが脳裏に浮かんだ。
「そんな可哀想なお姉様に、いい話を持ってきてあげたわ」
「……いい話?」
「数ヶ月前に奥様を亡くされたフレミング男爵が後妻を探してらっしゃるそうよ。それでお姉様はどうかっていう話になってね」
「何を言っているの? 私はすでにクレイブ様と結婚しているのよ?」
「だったら離縁すればいいじゃない」
「そんな簡単に離縁なんてできるはずがないでしょう!? すでに支度金だって受け取っているんだし……」
「ええ。だから私とお姉様が交代すればいいんじゃないかって思ってるの」
「「は?」」
僕もフェリシアと同じタイミングで同じような声が出た。
それくらいレイチェルの提案は意味がわからないものだったのだ。
だが、レイチェルの言葉は止まらない。
「そうすれば貰った支度金を返す必要もないし、お姉様だって冷遇されているこの家から離れることができるでしょう?」
「そんな馬鹿な真似……」
「あら、ダルサニア辺境伯様はきっと受け入れてくださるはずよ? だって元は私に来ていた縁談だったんだもの」
その言葉に驚いた僕は息を呑む。
(そうだったの?)
言われてみれば、悪女だと噂されていたフェリシアへ女性不信な父がどうして縁談を申し込んだのかが疑問でもあったのだ。
「でも、あんなにも嫌がってたじゃない……だから私が代わり嫁ぐようにってお父様が……」
「まあ、あの時とは状況が変わったのよ」
何となく言葉を濁すレイチェル。
(なるほどね……)
フェリシアとレイチェルの父……エンブリー子爵は、我が家からの縁談の申し出を受け入れた。
だが、猛獣辺境伯へ嫁ぐことをレイチェルが嫌がったため、代わりにフェリシアを差し出すことにしたのだろう。
(理由は……支度金欲しさってところかな?)
そして、一向に縁談がまとまらなかった父が、仕方なくフェリシアを娶ったというわけだった。
まあ、フェリシアを悪女だなんて、今の父は微塵にも思っていないだろうが……。
「私がダルサニア辺境伯夫人となって子供を授かれば、さっきのアイセルって子は廃嫡すればいいし……。ああ、フレミング男爵は若い女であれば特にこだわりはないそうよ? よかったわね、お姉様」
まるで全てが決定事項のように、自身の理想をレイチェルが一方的に捲し立てている。
「ま、待って! 私はフレミング男爵へ嫁ぐつもりはないわ!」
「え?」
「たしかに私は別館で暮らしているけれど、冷遇されているわけじゃない。それにアイセル様だって、クレイブ様と親子関係を修復しているところなの。だから二人の関係を壊すような真似は……きゃあ!」
突然のフェリシアの悲鳴に、僕の心臓がドクリと跳ねる。
(もしかしてレイチェルが暴力を……!?)
慌てて応接室の扉に手をかけるも、脳内は意外と冷静に、七歳児の僕でも細身のレイチェルならば止められるだろうと算段を立てていた。
しかし、応接室の中に足を踏み入れると、予想外の光景が僕の目に飛び込んでくる。
「なっ……男!?」
レイチェルの後ろに控えていた長身のメイドが、長髪のウィッグを脱ぎ捨て、フェリシアを床に押し倒していたのだ。
はだけたスカートの裾から見える足は、どう見ても男性のもので……。
「お前……! フェリシアから離れろ!!」
それでも僕は部屋に飛び込んだ勢いのままメイドに向かって走り、フェリシアを押さえつけている左腕に飛びついた。
「邪魔なんだよ」
だが、メイドは煩わしそうに片手で僕を難なく引き剥がす。
だったらと、僕は再びメイドの左腕に飛びつくと、二の腕めがけて思いっきり噛み付いてやる。
「っ……! このクソガキがぁ!」
痛みによる怒りとともに、メイドは右手で僕の顔を鷲掴みにすると、そのまま指に力を込める。
あまりの痛さに僕が二の腕から口を離すと、今度は思いっきり腹を殴られた。
「アイセル様!!」
痛みに悶えながら床に転がされる僕へ、フェリシアが悲壮な声を上げる。
「もう、ルイスったら……子供を殴っちゃダメでしょう?」
「邪魔をしたこのガキが悪りぃんだろ!」
「はぁ……仕方ないわね。なんとか言い訳を考えないと……」
「父親に愛されてないガキなんだろ? だったら怪我したって問題になんねぇじゃねぇの?」
「うーん……それもそうかしら?」
ルイスと呼ばれたメイドは、中性的な容姿に似合わない乱暴な口調でレイチェルと会話をしながらも、その腕はフェリシアを床に押さえつけたままで、彼女も僕も身動きが取れなくなってしまった。
「どうしてこんなひどいことを!」
「お姉様が素直に離縁に応じないのが悪いのよ。でも、安心して。お姉様のためにルイスを雇ってあげたんだから」
「何を言って……」
「ほら、ルイスって女性にも見間違える程の美青年でしょう? ダルサニア辺境伯の前妻も若くて美しい男性が好きだったそうね?」
なんと、若い使用人と駆け落ちをした僕の実母が、隣国で発見されたらしい。
たまたま隣国に嫁いだ令嬢が、平民に混じって働くリネットを発見し、その噂は瞬く間に王都へ広がった。
そして、『リネットはイケメン使用人と駆け落ちした』というクレイブの主張が正しかったのだと、今更ながら貴族間の認識が変わり始めているとレイチェルがフェリシアへ告げる。
「後妻であるお姉様も、前妻と同じように若くて美しい男と浮気をしていると知ったら……きっとダルサニア辺境伯のほうから離縁を突きつけられるわよねぇ?」
レイチェルの紅い唇がゆっくりと弧を描き、恍惚の笑みを浮かべた。
「や、やめて……」
ルイスが何のためにこの場に居るのかを悟り、フェリシアの声は震え、顔はどんどんと青ざめていく。
これはもう這ってでも外へ助けを求めにいかなければと、僕は痛みに耐えながら床に手をついて力を込める。
その時、激しい音を立てながら、勢いよく応接室の扉が開いた。
「フェリシアっ……!」
切羽詰まる声で妻の名を呼びながら飛び込んできたのはクレイブだった。
そして、若い男に組み敷かれたフェリシアを見て目を見開き、次に、床に倒れている僕を見てその顔が憤怒に染まる。
「貴様ら……俺の妻と息子に何をした!!」
吠えるやいなや、フェリシアに覆い被さるルイスへ猛スピードで肉薄し、渾身の蹴りを入れるクレイブ。
まともに蹴りを喰らったルイスはごろごろと床を転がり、そのまま壁に体を打ちつけた。
だが、呻き声を上げ、壁にもたれ掛かるように立ち上がったルイスは、すぐ側の窓を開くと同時に勢いよく外へと身を躍らせる。
「あっ……!」
あまりにも軽い身のこなしと、手慣れたルイスの逃走に僕の口から思わず声が漏れた。
「大丈夫だ。我が家の敷地から逃すつもりはない」
それに応えるように、父が僕へ声をかける。
「アイセル様! 大丈夫ですか!?」
そして、自由の身となったフェリシアは僕に駆け寄り、彼女の手によって抱き起こされ、僕は強く抱きしめられた。
「さて、レイチェル嬢……。これはどういった理由だろうか?」
口調は丁寧ながらも、怒りを全く隠そうともせずにレイチェルに詰め寄るクレイブ。
「ち、違いますわ! 誤解ですのよ!」
「……誤解?」
「異母姉のフェリシアは以前から男遊びが激しくって! 今でも若い男を連れ込んでいるという噂を聞いて、居ても立ってもいられなかったのです!」
「ああ、フェリシアが悪女だという噂か?」
「ええ! 辺境伯様のお耳にも届いていたのなら話は早いですわ! お姉様の男狂いはきっと治りません。そんな異母姉を嫁がせてしまった責任を取って、代わりに私が……」
「男狂いは君のほうだろう?」
「え……?」
クレイブの言葉に、レイチェルがびくりと肩を揺らす。
「恥ずかしながら、俺もフェリシアが悪女だという噂を信じ込んでいた。だが、息子に諭され、フェリシアの噂について調査をした結果……多くの男を誑かし貢がせた悪女はレイチェル嬢だと確信している」
そもそもの始まりは、フェリシアの実母が亡くなり、エンブリー子爵が愛人と隠し子のレイチェルを屋敷に連れてきたこと。
エンブリー子爵の後妻となった愛人は、娘のレイチェルとともにフェリシアを使用人のように扱い、いじめ抜いたという。
そして、フェリシアが年頃になると、男を誑かす悪女だという噂が王都中に広まった。
「だが、フェリシアと関係を持ったとされる男たちは『白銀色の髪と翠の瞳を持つ女が、自らをフェリシア・エンブリーと名乗っていた』と証言をした。おかしいだろう?」
複数の男と関係を持つならば、自身の特徴的な髪色を隠すだろうし、わざわざ本名を名乗る必要はないはず……。
つまり、フェリシアの悪評を広めようと、誰かがフェリシアのフリをしてわざとそのような真似をしたということだ。
(それに、髪色なんてウィッグでどうとでもなる)
ルイスが置き去りにしたままの長髪のウィッグに僕はチラリと視線を向ける。
そして、今度はフェリシアと同じレイチェルの翠の瞳を見つめた。
(だけど、瞳の色や体型までは誤魔化せない)
フェリシアのフリをして悪女に仕立て上げたのはレイチェルだ。
「そして、フェリシアが王都を去ったあともレイチェル嬢の男狂いは治らなかった。婚約者のいる男に手を出したことがバレて慰謝料を請求され、それが払えないならばフレミング男爵の後妻になるようにと、手を出した男の婚約者から迫られているそうだな?」
「え? フレミング男爵……?」
そういえば、フェリシアをフレミング男爵の後妻にするとか何とかレイチェルが言っていたような……。
僕は思わず口を挟んでしまう。
「ああ。フレミング男爵の妻が亡くなったのはこれで五回目。男爵に加虐趣味があるとか……まあ、色々と黒い噂の絶えない家だ」
「…………」
貴族間のトラブルは、個人ではなく家に責任が求められる場合がほとんどだ。
だから、エンブリー子爵家へ慰謝料が請求されたのだろう。
だが、それが支払えないとなり、レイチェル個人の罰へと移行した。
そんな自身の罰すらもフェリシアへ押し付け、レイチェルは辺境伯夫人という立場に逃げ込もうとしていたのだ。
「レイチェル嬢……」
クレイブがレイチェルに向き直り、再び口を開く。
「俺の妻はフェリシアだ。そして、我が家の後継は息子のアイセル。君が我が家に入り込む隙はない! 俺の大切な妻と息子を傷付けた罪はしっかり償ってもらおう!」
「そんなっ……! あの子を殴ったのも、お姉様を襲おうとしたのもルイスが……」
「なるほど。あの男の名前はルイスというのか」
「あ………」
「君には他にも聞きたいことがある」
「いや、あの………」
「連れていけ!」
父の声を合図に、我が家の騎士たちが部屋になだれ込むと、そのままレイチェルを捕縛し部屋の外へと連れ出していった。
「フェリシア、アイセル、大丈夫だったか?」
「はい! ですがアイセル様が私を助けようと殴られてしまって……」
「アイセル。よくぞフェリシアを守ってくれた。ありがとう」
「僕は当たり前のことをしたまでだよ」
「ああ。さすが俺の息子は勇敢だな……」
そう呟くと、クレイブは僕とフェリシアに頭を下げる。
「アイセル。これまでお前を避け続けてしまったのは、全て俺の弱さが原因だ。それに……フェリシア、君を愛さないと告げたことを撤回させてほしい!」
「え?」
「二人とも、本当にすまなかった! これからは良き父や夫となれるように……二人からの信頼を回復できるように努力する!」
「クレイブ様……」
◇◇◇◇◇◇
その後、騎士たちがレイチェルを尋問したところ、予想通りフェリシアのフリをして男漁りをしていたことを認めた。
そして、応接室の窓から逃げ出したルイスも、父の言葉通り我が家の敷地内で捕らえられる。
ルイスはその美貌を武器に、いわゆる男娼のような商売をしていたらしい。
そんなルイスがレイチェルの話に乗ったのは、報酬に目が眩んだわけではなかった。
レイチェルが辺境伯夫人になれば、異母姉を襲うよう依頼した証拠をネタに金を脅し取れるだろうと踏んだからだ。
ついでに、フレミング男爵夫人となったフェリシアからも金をせびろうと考えていたらしい。
(悪党にも上には上がいるんだな……)
ルイスは容赦なく憲兵に突き出された。
だが、レイチェルは我が家の騎士たちによってフレミング男爵家へと送り届けられる。
父の話によると、すでに王都でやらかしたレイチェルの罰を、こちらの都合で変更すれば新たな火種を生むかもしれないとのことだった。
(憲兵に突き出すより、こっちのほうが罰になりそう)
まあ、それはそれとして、レイチェルがフレミング男爵夫人となった後、彼女がフェリシアのフリをしていた件についてはしっかりと名誉毀損で訴える予定らしい。
「全てが丸く治まってよかったです。ね、父上?」
「ああ。それはそうなんだが……アイセル、どうしてお前が夫婦の寝室にいるんだ?」
あの事件の後、父の提案によりフェリシアと僕は本館へ居を移すことになった。
数日かけての引っ越し作業がようやく終わり、今夜は本館で過ごす初めての夜。
風呂を終え、夫婦の寝室に足を踏み入れたクレイブは、フェリシアと並んでベッドに腰かける僕を見て目を剥いていた。
「父上は僕のことを大切な息子だと言ってくれましたよね?」
「も、もちろんだ!」
「だから、これから家族としての絆を深めようと思ったんです。家族なら一つのベッドで眠るのが当たり前でしょう?」
「いや、だが、今夜は初夜のやり直しを……」
「え? 初夜? 初夜って何ですか?」
「お前、絶対わかってやってるだろう!!」
とぼける僕、激昂するクレイブ、楽しそうに笑うフェリシア。
(うん。やっぱり彼女には笑顔が似合う!)
レイチェルの件で、父のことをほんのちょっぴりは見直した。
だが、僕のほうがフェリシアを幸せにできるという気持ちに変わりはない。
(今度から騎士団の訓練にも参加してみるか……。どうせクレイブは老いていくんだし、筋肉でも僕に勝てなくなったら諦めるだろう)
こうして、フェリシアを巡る親子の争いはまだまだ続くのだった。
アイセル……前世では『不幸な女の子を幸せにするのが好き』という業の深い性癖のせいで『メンヘラ製造機』と呼ばれていた。女の子大好き。
フェリシア……義理の息子を溺愛しているうちに夫にも溺愛されちゃう長編のヒロインだったはずが、アイセルのおかげで短編のスピードで幸せになった。
クレイブ……我が子を可愛がるフェリシアを見て徐々に惹かれていき、悪女という噂も誤解だったと気づくはずが、アイセルのおかげで爆速で誤解に気づいて速攻で惚れた。
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