勇者の再会は 向こう側で
――よかった、まだこの店は残ってた。
マスターの息子が 継いだのかな?
とある酒場の前に、杖をつきながら1人立つのは元勇者 シリウス。
この世界に魔族が現れ人々を襲い、略奪し、喰らい始めたのは
私が生まれる数十年前のこと。
両親を魔族に喰われた、あの日
私は奴等を滅ぼそうと決め 数年後に仲間達とパーティを組み、魔王討伐の旅が始まった。
辛く厳しい旅だったが、彼等と共に魔王を倒したのは、今でも誇りだ。
あの旅から、はや半世紀近く。
魔王討伐の旅が終わり、我々 勇者パーティも解散したが
便りの無いのは良い便り と、言ったのは誰だったっけ?
本当は仲間達と過ごしたかったが、魔王にかけられた『刻短の呪い」は
魔法使いのローディ曰く、我々が共に居ると
常人の、10倍の早さで人生が過ぎてしまうなんて、恐ろしい呪いもあったものだね。
解散から、再び集まることが無いまま我々は、それぞれの人生を歩んだ。
――そんな中で先月
かつての仲間 治癒師・ウェンディの訃報が
彼女が亡くなったと聞き、昔の仲間達を探してもらい、彼等に手紙を送った。
《久しぶりに、勇者パーティのみんなで集まらないか?》と
ウェンディの墓参りも兼ね、こうして王都を訪れたが
あの頃より、少し寂しくなった髪を隠すために被っている
少し長いヴィッグと、ふさふさにたくわえた髭で、顔の半分は隠れている。
私のことを、彼等はわかるだろうか?
そんな一抹の不安を抱えながら、約束の店へと入ると……
ギィィィィ
「シリウス?シリウスだろ! シャム、ローディ、やっと来たぜ」
「も~、相変わらずシリウスはのんびり屋ねぇ」
「あはははは! いくつになっても、変わってなくて安心した
今回の言い出しっぺだっていうのに、遅刻してるとか昔と変わってないじゃん」
あの懐かしい みんなの声が、少し遠くなった耳に入ってくる。
かつての仲間達、ヴィリアムとシャム、そしてローディの3人がテーブルを囲んでいた。
「すまないね、今回も、私が1番最後だったか」
「シリウスの遅刻癖は、いくつになっても変わらないね?」
「シリウスらしいけどな、これで彼が1番最初に来てたら
驚きのあまり、ウェンディと同じ墓に入ってたぜ」
みんな、どこか今も面影が――
「待ってくれ。ローディ、それにシャム、君達はなんで若いままなんだね?」
私と2~3歳しか変わらないのに
あの頃のままの姿の、ローディ達を見て尋ねると
「ふぅ~、また説明が必要なの? ついさっき話したばかりなのに」
「シリウス、解散した時に言った、あたしの言葉 忘れちゃった?
半世紀近くかかったけど、ちゃんと魔法を取得したんだから」
なんと、シャムまで、魔法を覚えていたのか!
旅の道中や、魔王と戦う前日でも 肌荒れを気にしていた彼女達だ。
おかげで、決戦に挑む緊張感がほぐれたのも、今では懐かしい思い出。
「なんだ、私に変わってないと言いながら、ローディ達も変わってないじゃないか」
「それとこれとは、話が別! 老いた勇者様でも、乙女心は理解なかったか~」
ふぅ~ とため息をつく私に、ケラケラと返す彼女達はあの頃のままで懐かしい。
そんな私達のやり取りを、微笑みながら眺めていたヴィリアムが
「やっと4人そろったんだ、シリウス、まずは1杯頼めよ
亡きウェンディのために、献杯といこうぜ」
「マスター! シリウスにクルスを1杯頼む」
「あいよ~」
グラスを拭いていた、マスターがチラリと、こちらを見た後ヴェルズを持ってやってくる。
「おや? この店の、マスターは変わったのかい?
以前……昔、ハイネルってマスターに、よく世話になったんだがね」
彼に、ハイネルの事を尋ねると
「ハイネル? 爺さん、あんた俺の祖父を知っているのか?
先々代のマスターだよ、祖父がこの店のマスターを辞めたのは、もう21年前だぜ?」
「俺の親父……先代のマスター ハインも数年前に、病気で亡くなってな。
今は俺がマスターだ。 俺はハーストス、今後もどうぞごひいきに なんてな」
久しぶりに、祖父のことを思い出したのか
懐かしそうな表情を浮かべながら、ハーストスがカウンターへと戻る。
そうか……もう、そんなに時間は経ったんだな。
「よし、みんな酒はもったな? それじゃあ……ヴェンディに」
「「 ヴェンディに 」」
みんなで唱和し、クルスを飲み干す。
クルスの焼けるような、喉を焦がす感覚と共に、うっすらと涙がこみあげる。
「このメンバーで集まるのは、何十年ぶりだ?
シリウスは雪だるまみたいな姿になってるのに、ローディや、シャムはあの頃のままか
みんな人生を、どこに置いてきちまったんだよ」
「相変わらず、お子様なヴィリアムはわかってないのね
あたしの乙女心は、今でもあの頃のまま!」
「魔法で若作りしてて、よく言うぜ」
シャム達をからかう、2人のやり取りも、あの頃と変わってない。
「そういえば、ローディ
君は解散した時、 「最高の相手を見つけるの!」
って意気込んでたけど、結局、理想の相手は見つかったのかね?」
ローディの熱意は凄かった。
流石に魔族相手に、色目を使っていた時は引いた、たしかにアイツはかっこよかったけど!
「ふふん、男を落とすなんて簡単よ。
わたしなんて、6回も 結婚したんだからね!」
「はい勝った~、あたしは8回!
あたし等みたいな魅力的な女性だと、結婚も増えちゃうのよね」
どうやら、恋の勝負はシャムに軍配が上がった…
待て、結婚した回数が多い方が、勝ちなのか?
シャムの最初の結婚式は、風の便りに聞いたものの、その後の彼女の生活は知らなかったが
何度も、相手を見つけていたらしいな。
旅の道中も、シャムとローディによる、恋の喧嘩はあったが
ヴィリアムが無言で苦笑いを浮かべながら、首を振っている姿は、あの頃を思い出す。
そうだ、いつもこのタイミングでボソリと、ヴェンディの毒舌が入ってたっけ。
「君たち、2人とも結婚しすぎじゃないか。
最高の相手って、そんなに何人も居るのかい?」
あの頃みたいにつっこむと、2人はチラリと、顔を見合わせた後
「シリウスも、見た目は老いたのに、まだまだお子様ね~」
「そうそう、愛する人の人数ってのは、人生の長さと比例するものなの」
相変わらず、この2人は妙な所で息が合う。
最後まで、彼女達の価値観は 私には理解不能だね。
「ヴェンディの話も聞きたかったな~。ねぇ聞いた?
彼女、あたし達が解散した後
王都で、治癒師として尽くしたんだとか」
「おう、聞いた聞いた! 王族の王族の連中まで看取ってくれたんだろ?
葬儀にも参列してくれるなんて、光栄だよな」
私達の中で、1番口数が少ないが、強い意志を目に浮かべていた、ヴェンディの姿が浮かぶ。
そうか、彼女はこの国のために、最後まで捧げたのか。
「それでシリウス、あなたはどうしてたのよ?」
「ちなみにヴィリアムったら、変な女に引っかかってばかりだったんだって」
「馬鹿、余計なことは言わなくていいだろ!」
わかってたけど、やっぱりトラブルばかりの人生だったか。
私達の旅で、男女トラブルを起こさなかった、思い出がないからね。
「私かい? 私は、あれからも戦い続けたよ……
魔王を討ったからといって、魔族が全て滅びたわけじゃないから。
いわゆる、残党狩りってヤツさ」
みんなと別れた日から始まった、2度目の旅
これが思っていた以上に、辛い日々となるとは思わなかった。
残党を狩るのは苦ではなかった。
私の両親を殺した、魔族を倒すという、復讐の炎が消えた事は無かったから。
だが1人旅というのが、あんなに孤独とは思わなかったな。
シャムやローディの喧嘩や、ヴィリアムが行く先々で起こす女性トラブル
方向音痴なヴェンディを、大都市グリュンデルで捜索した時なんか、ひと月もかかったが
いざ1人で旅を始めてみると、みんなに振り回されるあの日々が、充実していたのだと、2度目の旅で思い知らされた。
全ては、過去となって去って行く。
「シリウスが1番、わたし達の中で、魔族を恨んでたしね」
「そっか~、あれからもシリウスは、旅を続けてたんだ」
彼女達の労うような、優しい瞳をうけると 少し照れくさい。
――こうしてみんなとの思い出話は、尽きる事のなく、話に花が咲いた。
なんて楽しい時間なんだろう
私はずっと、彼等と集まる日を待っていた。
ヴェンディが居ないことだけが、本当に惜しい。
楽しい時間というのは、残酷なほどに 早く過ぎ去っていく
「さて それじゃあ、俺達がこうして集まるのも最後かな?次はヴェンディも一緒だぜ。
話したい事はまだまだ、山のようにあるんだからよ!」
「久しぶりだけど、嬉しかったし 楽しかった。
みんな良い人生を送ってたから、安心したわ」
「あ~もう! 2人共、あたしの言いたいことを、先に言っちゃって
ま、楽しかったからいっか。
シリウス、その長い髪とひげって、とっても邪魔そうだから切っておきなよ?
……今頃言うのかっていうのは、無しね!」
「ふふ、悪いね。
私の自慢の髪とひげだから、上手に整えるのがなかなか難しいんだ」
ひげはともかく、この白髪はヴィッグなので、バッサリ切ると光ってしまうから無理なのだが……
この秘密は、墓の中まで持っていこう。
「――それじゃあ。また、いつか!」
「おう、久々に会えてうれしかったぜ。今度は墓の中でな」
「ばいば~い」
「次はヴェンディも一緒だからね!」
こうして私達は東西南北と、それぞれの家に向かって解散した。
さて、村に帰るまで馬車で3日くらいか。
長生きすると、過去が重荷になると聞いたけど、彼女達のおかげで軽くなったな。
次に、みんなが集まれるのは、ヴェンディが待つ向こう側。
また遅刻してしまうけど、彼女も仕方ないなぁ と、あの懐かしい苦笑を浮かべながら
待っててくれると嬉しいね。
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「ふぅ~、おばあちゃんの言った通りだった。
やっぱり、勇者パーティの人達って凄いね!
わたしに、代わりが務まるか心配だったけど、約束は果たしたよ おばあちゃん」
ローディの孫娘、ロディが帰り道で振り返る。
おばあちゃんが亡くなったのは、ヴェンディさんの訃報を聞いてしばらくのことだった。
最近はよく、床に伏せるようになっていた中での、旧友の訃報が堪えたらしい。
そんなおばあちゃんの、最後の心残りは、亡くなる数日前に届いた
勇者シリウスから届いた1通の手紙
かつてのパーティで、最後に、もう1度集まらないかという内容だったが
自分の死期を悟ったのか、この集まりに自分は参加出来ないから
私の代わりに行って欲しいと、頼まれた。
おばあちゃんの冒険譚は、小さい頃から毎日聞いていたので勇者達との、昔話には合わせれたものの
やっぱり、おばあちゃんに行って欲しかったなという
心残りと 少しの罪悪感を胸に、家へ帰る。
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「あたしに代役を頼むなんて、祖母も酷い人だよね!」
シャムの孫娘、シャディが思わず心の声を、漏らしてしまう。
せっかく勇者・シリウスから、集まりの手紙が届いたのに
「老いた今の姿を、彼等の最後の記憶として残したくない」
と言い張り、あたし達、家族の説得も虚しく
結局、祖母の若い頃とそっくりな私を向かわせた。
これが最後の機会なんだし、本当に会いに行かなくていいの?って聞いたのにね。
ホント見栄っ張りなんだから!
あの人達が、祖母がよく話してくれた英雄か。
祖母の昔話はとても面白かった。
遅刻の多い勇者に、女好きの戦士。
毎日喧嘩する仲なのに 変な所で馬が合う魔法使い、そして毒舌の多い治癒師。
何度も聞きたいとせがんだっけ。
帰ったら「みんな、今でも素敵だったよ」って祖母に教えてあげないと……
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「結局、集まったのは俺とシリウスだけだったか」
馬車に揺られながら、ポツリとひと言。
最初は魔法で、姿を、あの頃に戻しているかと思ったが
彼女達の言動から漏れる、幼さは隠しきれていなかった。
見栄っ張りなあの2人の事だ、老いた姿を見せたくないとかそんな理由だろ?
最後の集まりくらい参加してくれよ。
老いがなんだ、シリウスなんてカツラを被ってまで来てくれたんだぜ。
長いカツラのせいか視界が悪く、耳も遠くなっていたのか
彼女達が、本人ではないことに、気付けなかったようだが
そのことに触れることは出来なかったな。
ま、言わない方が幸せなことも、人生にはたくさんあると学んできたしな。
今度、ヴェンディ達と一緒に、再会する時は
「あの日、来なかっただろ?」
と、彼女達をからかってやろうと口元を緩めながら、馬車に揺られる。
あの、懐かしい笑顔と再会する日を夢見た勇者、そんなお話