第八十七話 良くも悪くも可能性は無限大
三人が口を噤むと、沈黙が訪れる。オレステスが苦手なものだ。
重い空気を変える軽口も思い浮かばない。
「――あの」
そんな中、そろりと手を挙げたのはオレスティアだった。
「ということは、ただ単純に暴れるだけの魔物よりも性質が悪いということですよね?」
「だな」
「辺境伯はそのことをご存じなのでしょうか?」
「さて、それはわからねぇな」
オレスティアの質問は、現段階では答えられる術のないものだった。
ただオレスティアの気持ちが、期待に傾いていることだけは見て取れる。
通常よりも性質の悪い魔物と、自らの危険も省みずに戦う義人――そうあってほしいと思っている様子だった。
もちろん、オレステスとてそうあってほしいと思わないわけはない。だが過剰な期待を抱くのは無謀だった。
「前にも言ったような気はするが、辺境伯の為人をおれたちは知らない。性格や容姿だけじゃない。能力値――魔物に関しての知識がおれたち程度にはあるのかどうかもな」
「――あっ」
ひょいと肩を竦めて見せたオレステスの言いたいことをちゃんと理解できたのだろう。小さく声を上げて口元を押さえたオレスティアに、それでも念のためにと続けた。
「知ったうえで策もなくつっこむ蛮勇かもしれない。知らないのならば情報を集められない無能、もしくは戦略や戦術を軽視する脳筋の可能性だってある」
「――」
「もちろん、知っていてなおかつ、戦いを組み立てている可能性もあるわけだが」
「けれど苦戦はしている、と」
「無理はないわよ」
難しい顔で呟くオレスティアに、ルシアは軽く首を傾げて見せた。
「仮にすべての状況を正しく把握、理解して、最適解の作戦を立てたとする。でもそれを実行できる手勢がなかったら?」
実現不可能な作戦を立てる――いわゆる机上の空論とか言うだけの話ではない。本来であれば実現は可能なはずなのに、状況や条件がそろわないがために決行できないこともある。
「そもそも手勢や戦略、戦術、すべてが整っていたとしても、たとえば天候だとか人間の力じゃどうにもできないことに左右される、なんてこともあるし」
ルシアの説明に、オレスティアは深く頷いた。
貴族のご令嬢が知るはずのない知識。知る必要が無いかもしれない知識。
あえてそれを懇切丁寧に伝えるのは、これからのオレスティアを考えてこそ、か。
辺境伯の保護を受けて、この地に暮らすことになるならもちろん必要だろう。
だがもし、辺境伯が信頼に足る人物ではなかったら?
オレステスの姿のままにせよオレスティアの体に戻れるにせよ、侯爵家には帰れない、辺境伯の元にもいられないなどという事態に陥る可能性はあった。
市井に降りるのならば、魔物の知識はあった方がいい。身を守るための術になる。
オレステスとルシアが彼女を見捨てることはあり得ないが、今後一緒に行動するのであればなおさら必要になる知識ではあった。
「なにより辺境伯はお貴族サマだからな。基本的には対国、対兵士や兵団との戦いしか知らないのが当然だ」
「――たしかに。私も、まったくといっていいほど存じませんし」
男女や立場の違いもあるので、一概には言えないけれど。
口の中で呟くように発するオレスティアに、オレステスは少し笑って見せる。
「そこで、だ。おれたちが役に立つ可能性が出てくると思わないか?」




