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鍛えよ、侯爵令嬢!~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~  作者: 月島 成生


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第六十六話 その偽りは誰がために



 軍配は完全にルシアへと挙がっていた。

 こんな風にされれば、疑うことを知らないご令嬢などイチコロだろう。

 ――ご令息もか。「そんなに姉さんのことを」とでも言いたげなアレクサンドルに、やっぱり単純な奴だなと感じる。


「――お二人のご厚意に、甘えさせていただこうと思っています」


 とはいえせっかく作ってくれた流れに乗らない手はなかった。神妙な面持ちを作って、言葉を作る。


「というよりも、私に残された道はきっと、それしかありません」


 だから四の五の言ってないで協力しろ。

 言外の台詞に気づかないほどに鈍くはないのだろう。アレクサンドルはきゅっと唇を噛みしめる。

 実際どれだけ考えても、これ以上の案など思いつかないはずだ。――侯爵夫妻が手のひらを返し、オレスティアを守るべき動かない限りは。


 そして、そのようなことはありえない。それはオレステスよりも――なんならオレスティア自身よりもアレクサンドルの方が認識出来ているかもしれない。


「――わかりました」


 頷くような、俯くような仕草と共に、アレクサンドルはため息を落とす。


「では、お二人を辺境伯からの遣いということにしましょう」


 覚悟を決めたら割り切れたのか。顔を上げて続ける。


「すでに支度金は支払われています。ですがその後、迎えるための護衛もつけようと思い直し、お二人を遣わした。あなた方は辺境伯からの書状を持っていたけれど、現在それがないのは紛失したためだということにします」


 いや、主からの書状をなくすのはヤバくないか。


 子供の遣いではないのだ。もし実際にそのようなことが起これば、話に訊く東の国では切腹ものだろう。


「紛失の理由は――そうですね。ならず者から姉さんを助けるために奮闘し、その間に荷を奪われてしまった」

「――おお」


 ルシアとオレステスをマヌケにするつもりかというツッコミは、アレクサンドルの説明で飲みこんだ。

 荷物を奪われた失態は拭えないまでも、これならばオレスティアを――不運な女性を守るのを優先としたのだと弁明できる。人道を重んじる相手ならば、むしろプラスに働くのではないか。

 ――もっとも、侯爵はそのようなタイプではなさそうだが。


「姉さんが街にいたのは、記憶を失って一時的な錯乱状態にあったから」


 アレクサンドルにした偽りの出会いは、記憶喪失の前ということにはしてある。だがその時系列を入れ替えてみれば、たしかにありそうな話ではあった。


「お二人はなくした書状を探すも見つけられず、とうとう諦めてここ、侯爵邸へとやってきた。そこであのとき助けた娘が姉さん――侯爵令嬢と知り、また、運命の再会を果たした」

「――すごい」


 アレクサンドルの語りに、思わず感嘆した。


「辻褄が合っているように聞こえる」

「無理矢理合わせてますから。深く考えたらツッコミどころは満載ですよ」


 疲れた口調で言って、はう、と嘆息した。その裏には「侯爵夫妻はオレスティアのことについて深く考えることはないだろう」という感情が見え隠れしている。


「お二人の姿も辺境伯が使わしたにしてはアレですが、道中、騎士と侍女の姿では目立つ、馴染ませるためにあえて冒険者風にしていた――こんなところですか」


 同意を求めるように、オレステスへ、そしてオレスティアとルシアへと視線を向ける。

 ざっと聞いた限りでは、反対しなければならないほどの矛盾は感じられない。オレスティアが頷くのを待って、ルシアとオレステスも首肯した。


「ここを出立するときには、オレステスさんに甲冑一式を用意します。ルシアさんには侍女用のお仕着せを。そうすれば形くらいは整うと思います」


 至れり尽くせりだな。オレステスの姿であれば、間違いなく下品にも口笛を吹いたことだろう。


「――ありがとうございます」


 オレスティアを守るために考えられた偽言。それを他でもないアレクサンドルが――オレスティアの記憶の中では、両親と共に敵に等しかったはずの弟が動いた。

 オレスティアの中にあるのはどのような感情なのだろう。感謝なのか、今更なにをと感じているのか。


 ――まあオレスティアの性格なら、額面通りの感謝かな。

 頭を下げるオレスティアに、なんとなく思う。


「べつにあなた方のためではありません」


 むすっと言い返すアレクサンドルの頬が、わずかながらに赤くなっている。

 ――なんだ、ツンデレか?


「姉さんのためです」


 腕を組みながら視線を逸らすアレクサンドルに、苦笑する。

 オレスティアとて、充分にわかっているのだ。だからこその「ありがとう」なのだが、入れ替わりの事情を知らぬ者にはわかりえぬことだった。

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