第六十三話 それは既視感か同調か
「――まだ決定事項ではありませんが、婚姻話の流れが変わってきています」
ちらりとルシアやオレスティアを見るのは、できるだけ部外者には聞かせたくないということだろう。
だがアレクサンドルにはもうわかっているのだ。「オレスティア」が二人を追い出すはずがないことを。
そもそも「オレスティア」から辺境伯との話を彼らにして見せているのだから、今更隠したところで、との思いもあるのかもしれない。
「初めは一度、辺境伯が都市を訪れて顔合わせ、婚約式を行う予定でした。その後姉さんを伴って辺境へと戻る手はずだったのですが、状況が変わってしまって」
「オレスティアさんの記憶喪失、ですか?」
「そうです」
ルシアの問いかけに首肯し、けれど、とさらに続ける。
「それだけではありません」
「というと?」
「国境でなにやらキナ臭い動きがあるようで――その地を守る辺境伯が持ち場を離れられなくなったのです」
なにやらキナ臭い動き、とアレクサンドルは言う。内容を彼自身も把握していないのか、あえて隠しているのかは判然としない。
「過去二度の結婚式で、辺境伯は盛大な式を行うことはなかったそうです。なので今回も元々その予定ではあったのですが、より簡略化されたものになりそうだと」
「――ねぇ」
淡々と状況を説明するアレクサンドルに、胡散臭そうな目を向けたのはルシアだった。
「もしかしても、婚約式も結婚式もなく、ただただ辺境へ赴いて嫁ぐだけ、とか?」
片眉を上げ、「まさかねぇ」と皮肉たっぷり、呆れ気味に言うルシアに、アレクサンドルは渋面のまま首を縦に振る。
思わず、はっ、と吐き捨てた。
「ネコの子のやりとりでももう少しまともな扱いするだろ」
オレスティアの真似をすることも忘れて口の中で呟く。幸い、隣りのアレクサンドルにも聞き取れていない程度には抑えられたらしい。さきほど吐き捨てたのも、ため息とでも思ってくれたのか。
しかし、庶民の間でも結納くらいは交わすものだろうに、仮にも侯爵令嬢の婚姻でそれらがすっ飛ばされるとは。
ルシアが口にした通り、まさに「まさか」という出来事だった。
「辺境伯からは状況が状況だからと、結婚の延期、もしくは白紙化を打診されたそうですが――」
「侯爵家が断って、とりあえず嫁がせるという話になったのね?」
質問の形をとってはいたが、ルシアが発したのは確信に満ちた声だった。アレクサンドルは当然のような顔をしたまま、はい、と頷く。
「代わりという訳でもないのでしょうが、辺境伯は結納金というか、支度金の名目で結構な額を送ってきたそうです。本来であればこちらが用意すべき持参金も必要ないと」
「それは――」
随分と太っ腹なことだ。内心で口笛を吹く。
侯爵家にとってはむしろ、うまい具合に話が運ばれたというのが本音だろう。
なにせ、侯爵夫妻にとって「オレスティア」は邪魔者だ。だが貴族同士の婚姻ともなれば、体裁を整えなければならない。
おそらくはその手間や金銭的負担は、侯爵にとっては痛手ではなくとも不服だっただろう。
それを「辺境伯からの申し出」という理由で免除できる。
言うなれば、タダで厄介払いができることとなったのだ。
――本当に、ムナクソ悪い。
ふふっと笑みを洩らしたのは、オレスティアだった。
急にどうした、とでも言いたげな、怪訝なアレクサンドルの視線に気づいたのだろう。「失礼」と言いながらも、くすりという笑いまじりにオレスティアが小首を傾げた。
「あ、いえ。清々しいほどのクズだな、と思って」
とてもオレスティアらしいとは言えない台詞が飛び出してきて、驚きを隠せない。
だが同時に、オレステスは思う。
そういやおれも、まったく同じ台詞を口にしたことがあったな、と。




