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鍛えよ、侯爵令嬢!~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~  作者: 月島 成生


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第五十六話 上げるも下げるも




「婚約?」


 まったくの初耳なのか、ルシアが首を傾げる。きょとんとした顔だった。


「そんなに悪い相手なの?」

「――」


 質問を向けられたオレスティアは答えられない。

 考えてみれば、一カ月ほども道中を共に過ごしたというのに伝えていなかったということは、話しづらいからなのかもしれなかった。

 ならばと、オレステスは軽く片手を上げる。


「それはおれから話そう」


 助け船を出すつもりで名乗り出る。


「けど聞きかじりや推論混じりの話にもなるから、違ってたら言ってくれ」


 オレステスの提案に、少し安堵した様子でオレスティアは頷いた。


「相手は辺境伯。年は三十一だそうだ」

「うん」

「なんでもあまり領地を離れないらしく、為人はよく知られていないらしい」

「――うん」

「ただ、戦陣切って戦うことが多いそうでな。全身が傷だらけ、顔にも大きな刀傷があるらしい」

「――うん……?」

「状況を聞いてもらえば想像できるかもしれんが、クマのような大男ということだ。なお、デブでもハゲでもないらしい」

「えっ」


 なにやら思案顔で聞いていたルシアだが、驚いたように声を上げる。それから少しテーブルごしに身を乗り出した。


「――優良物件では?」

「おれもそう思う」


 小声での問いかけに、同じく軽く身を乗り出しながら首肯する。

 うーん、と口元に指をあてて、考える仕草でルシアが続けた。


「まぁ、気になると言えば年が上なことだけど……貴族の中には孫ほど離れた嫁を金にものを言わせて娶るヤバイ爺さんもいるくらいだし」

「だな。それに比べりゃ全然常識の範囲内だ」


 同意を示しておいて、ただまぁ、と頬を指先でこりこりとかく。


「戦陣切って戦うのも、下の者たちのためだとか義務感だとかの清廉さではなく、ただの戦闘狂の可能性もないこともないから、無条件で優良とも言えねぇが」


 オレステスやルシアのように「戦わされる」ことのある人間にとって、トップが最前線に立つというだけでつい、英雄視する傾向がある。

 あえて言うのは、ルシアに釘をさす意味もあり、自戒の意図もあった。

 そして忘れてはならない、さらなる問題点もある。


「あと、二度の離婚歴があるらしい」

「――はい? 死別ではなくて?」

「そう。それもここ数年の間に立て続けらしい」

「ちょっと! それを早く言いなさいよ!」


 全然優良じゃないじゃない!

 不満げに言うルシアに、オレステスは頭を振って見せた。


「けどよ、離婚の理由は知られていない。どちらが有責だとかそんな話も洩れ聞こえてこないそうだ」


 もしかしたら妻側に問題があったのかもしれないと示唆する。

 もっとも二度も続けてということは、その可能性は低いのではないかとも内心では思っていたが。


「しかもな。その離婚のときにもただ放り出すんじゃなくて、持参金の倍以上の金を持たせて送り出すらしい」

「――は?」

「配慮ある処遇だろうし、根っからの悪人とも思えない」

「――ねぇ、オレステス」


 続けたオレステスを、ルシアはじとっと据わった目で見る。


「あなたはその辺境伯を上げたいの? 下げたいの?」

「どっちでもねぇよ」


 ルシアが疑問に思うのも理解できる。

 が、オレステスにはオレステスの意図もあった。


「言っただろ。おれは聞きかじった話に、おれの推論を混ぜて語るだけだ。判断するのはおれじゃねぇ。オレスティアだ」


 オレステスにとっては他人事、とまでは言わない。ここまで関わった以上、たとえ二人が元の体に戻れたとして、はいそれまで、と放り出す気はなかった。

 けれどオレスティアにはオレスティアの未来がある。情報提供や提案はするが、決めるのはオレスティア自身でなければならない。


 これまでの人生、ただ流されるように生きてきたオレスティアだからこそ。


 オレステスの発言を受けて、ルシアもオレスティアを見る。

 ルシアとオレステス、二人の注目を受けたオレスティアは、きゅっと唇を噛んで俯いていた。

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