第五十五話 溢れるのは魔力と絶望と
オレスティアから魔力が溢れている。
さも当然のようにルシアは言ってのけたけれど――と、オレスティアを見た。
彼女もやはりオレステス同様、いや、それ以上の狼狽を乗せた瞳を左右に揺らしている。
顔を見合わせ動揺している二人に気づかないのか、ルシアは淡々と続けた。
「オレスティアさんがあたしに向かって、魔術が使えるのが凄い、羨ましい、なんて言ってたからまったく使えないのかと思ってたけど、すごい魔力の保有量じゃないの」
「――え?」
「なんならあたしの比じゃないくらいあるのに――って、あ、それともうまく魔力を使いこなせないとかそういう話? だったらあたしが役に立てるかもしれないわね」
「いやいやいやちょっと待ってくれルシア」
ぺらぺらと並べられる高説に、我に返ったのはオレスティアよりもオレステスの方が早かった。
「オレスティアには魔力があるのか?」
「あるわよ。まぁ魔力感知能力のない人にはわからないかもだけど」
ルシアの言葉を受けて改めてオレスティアを見ると、慌てた仕草で頭を振った。
「そのようなはずがありません。だって魔術師の方に鑑定していただいて、一般人以下だと」
「それって子供の頃の話じゃない? 成長とともに現れることもあるけど」
「いえ、見て頂いたのは一度や二度ではなく――定期的に、鑑定は行われていました」
成長と共に魔力が現れることもあると侯爵も知っていたのなら、ずっと悪あがきを続けていたということか。
ほとほと嫌になる。ましてそうやって鑑定を受ける度にオレスティアが悲嘆に暮れていたかと思うと、ムナクソ悪い。
「ちなみに訊くけど、直近ではいつだったの?」
「半年ほど前です」
「そのときには片鱗も見えなかったってことよね?」
問いかけに、オレスティアが素直に頷く。
おかしいわね、とっぽつりと呟いたのはルシアだった。
「なんらかの原因で突発的に目覚めることはあるらしいけど、基本的には徐々に育つはずなのよね」
「あ」
ぶつぶつと、語るのと独り言の中間のようなルシアの声に、オレスティアとオレステス、二人が同時に声を上げた。
おそらく、同じ事柄に思い至ったのだろう。
「――急に目覚めたんだろうな、たぶん」
「ええ、きっと……」
オレスティアは両手で顔を覆い、オレステスは片手を口元に当てる。
二人の反応に、ルシアがかたんと首を傾げた。
「なにか心当たりがあるの?」
ちらりと向けられた視線に、オレステスは苦笑して見せた。
「婚約がそれほど嫌だったってことか」
タイミングとしては、おそらくそうなのだろう。
婚約の話自体は、前からあったのだろうと思う。だが相手に会うためのドレスを新調する段階で、いよいよ現実味を帯びてきた。
実感したが故に絶望感も増し――そして逃げたい、助けてほしいと、今までの比ではないほどに強く願ったのか。
ルシアとオレステスが視線を向ける先で、オレスティアはますます項垂れた。




