第五十一話 なにを根拠に発せられた言葉か
鏡の前でもないのに「自分」に見つめられるという、奇妙な状況に陥っていた。
しかもなにやら、感動の面持ちで。
事態も理解できず、それでなくとも複雑な気分になっていると、ルシアがくすくすと笑い始めた。
「だから言ったでしょ、オレステスはこうなんだって」
「こう? ってなんだ?」
なにかおかしなことをしただろうか。困惑を隠せず首を捻ると、オレスティアは軽く伏せた目元で穏やかに笑う。
「――とても信頼できる人物だと、ルシアさんに伺っておりました」
「え゛? ルシアがそんなこと?」
嘘だろう。それはたしかに、警戒されていないのは自覚していた。オレステスもまた、ルシアに対してある種の信用を抱いていたことも事実だ。
それでも、見た目と違って毒舌な所もある彼女が、そんな風にオレステスを語っていたことに驚きを隠せない。
驚愕の目を向けると、素直にオレステスを褒めていたことを知られて気まずそうに、あるいは恥ずかしそうにするかと思われたルシアは、ふふんと胸を張った。
「あたし、こう見えても人を見る目には自信があるの。凶悪そうな外見だし、言動もならず者っぽいけど、あなたは間違いなく善人よ!」
「――……あー、そうかい。ありがとよ」
照れたりしたら、「なんだ惚れたか?」とでもからかってやろうと思ったが、開き直られると面白くない。つまらなくなって頬杖をつき、そっぽを向く。
「まぁとにかく、お前はルシアからおれのことを、大体は聞いて知ってるんだな?」
「知り合ってからそんなに長くないからと、そこまで詳しい話は聞いていませんが」
「ルシアと会う前も会ってからも、大した差なんかねぇよ」
にへっと笑って見せる。
「たまには傭兵だの護衛だの請け負ってる、何の変哲もない冒険者だ。隠すべきバックボーンはない。もちろん前科もな」
「あっても困るわね」
冗談はさらっと流されてしまった。さすがはルシアというか、可愛らしい容姿の割りには時折見せるこの冷淡さが妙に癖になる。
まぁここは全幅の信頼を置かれていると、自惚れておくことにする。
「で、だ。どうせ掘り下げてみたってなにも出ないのがわかっているおれのことじゃなく、まずはオレスティアの話を聞いてみるのがいいと思ってるんだが」
どうだろう?
促すように、オレスティアの方を見る。
オレスティアはそんなおれの目に気づいているのかいないのか、膝の上で組んだ自分の両手を見つめていた。
口にしたい話ではないのだろう。みるみる暗くなったオレスティアの顔に、多少の罪悪感を覚える。
「――正直、お前の置かれてた環境はなんとなく把握できてるつもりだ」
オレステスにしては言葉を選びつつ、続ける。
「けど、それはあくまでの周囲の状況を見た上での推測にすぎない。だからできるならお前の考えってか気持ちってか、そう言うものを聞いてみたいと思ってる」
その上で、出来る限りお前の希望に添えるよう協力は惜しまない。
思ってはいるものの、口にするのはなんとなく憚られた。侯爵令嬢のために一介の冒険者がしてやれることなどたかが知れている。偉そうに言えたものではない。
「そうね。あたしも、さらっと事情を聞いているだけだしね」
オレステスに同意しつつ、ルシアもオレスティアを見つめた。
二人の視線を受けたオレスティアは、さらに俯く。よく見ると、組んだ指先がかすかに震えているようにも見受けられた。
言い辛そうに一瞬言いよどんだあと、オレスティアがぽつんと洩らす。
「申し訳ありません。この事態――私のせいかもしれません」




