第四十六話 感動の再会と不安と
もう二度とその姿を見られないと思っていた。けれど門前で衛士と大声でやりあっているのは間違いなく「オレステス」だった。
「――おれ?」
オレスティアが発したとは思えぬ大声に驚いていた様子のアレクサンドルが、眉をひそめる。
「え……っと、あの、おれ……ステス、さん……?」
慌ててごまかそうと困ったように笑って見せるが、すぐにそれどころではないことを思い出した。
急いで駆け寄るも、門扉の鉄格子に阻まれる。
もちろんオレステスだけではない。「オレステス」の方も駆け寄ってきて、「二人」は鉄格子越しながら再会を果たした。
「ケガはない!? 無事か!? っていうかああ、よかった、生きてる……っ!」
腕を伸ばして「オレステス」の両頬を両手で挟む。歓喜のあまり周囲を気にすることすらできなかった。
ならず者風の男に駆け寄り、触れ、安否を大声で叫ぶなど侯爵令嬢としてはあるまじき行為ではあったが、抑えが効くはずもない。
叫ぶオレステスと同様、「オレステス」も感無量の風情だった。ただただ涙を浮かべて、幾度も頷いている。
大粒の涙が「自分の瞳」から零れ落ちたのを見て――急激に、すんっと冷めた。
気持ち悪い。
「――びっっっっっっくりしたわ」
「ルシア……?」
オレステスの姿に気を取られ過ぎて、近くにいたルシアの存在にまったく気づいていなかった。そちらに目を向けるオレステスを改めて見つめ、ルシアがぽつんと呟く。
「めっちゃ美少女……」
まぁたしかにオレスティアは美少女だな、と謎の納得をする。
「――姉さん、この方たちはお知り合いですか?」
オレステスと「オレステス」にとっては感動の再会ではあっても、傍から見て異様な光景であることは疑いない。アレクサンドルが胡散臭げに問うのは、至極もっともだった。
「ええ、その、恩人なんです」
どう答えたものかと迷い、とりあえず適当にそれらしいことを言っておく。ルシアはオレステスと違って頭の回転も速いはずだから、後でなんとでも話の帳尻を合わせてくれるだろう。
「――ご自分のことも覚えてなかった記憶喪失なのに?」
アレクサンドルの顔が、さらに怪訝そうに歪んだ。
しまった、そんな設定にしてた。
「記憶喪失?」
怪訝そうな顔をしたのはアレクサンドルだけではない。ぽそっと呟くルシアが、やはり眉根を寄せてオレステスを見る。
「えっとあの、そう、そうなんですけど」
目が合って、ルシアにパチパチとウィンクを送る。別に何か考えているわけではないが、目配せで焦っていることに気づいてほしかった。
ああ、とルシアの口から洩れた息は、納得とも呆れともつかぬもの。
「――記憶を失っていらっしゃるの? それでもなにか――ひっかかるものがあったのでしょうか。それだけあたしたちとの出会いが衝撃的だったとか……?」
「そう! きっとそうだと思います。この方たちのお姿を見たら、なんかこう、ぱっとなにかが閃いたというか」
オレステスの視線を受けて、事情はわからないまでも困っていること、ごまかさなければならないことは察してくれたのだろう。ルシアが出してくれた助け船に全力で乗っかった。
もちろんそれで完全にごまかされてくれたりはしないだろう。アレクサンドルは眉間の皺を深くしながら、「オレステス」を見た。
「――あなた、本当にオレステスさんとおっしゃるのですか?」
疑いの眼差しを向けるアレクサンドルを、「オレステス」が振り返る。その目つきがなにやら、複雑そうなものだった。
弟を前に、実は姉だと名乗れないことが気まずく、もどかしいのだろうか。周囲からの反応から推測するオレスティアの、気弱でおとなしい性格ならばありえるかもしれない。
――いや。
本当に「オレスティア」なんだよな?
ふいに浮かんだのは、疑問と呼ぶよりは不安に近いものだった。




