第四十三話 本格的なトレーニング
オレスティアには魔力がなく、魔術が使えない。ならば「魔法そのもの」ではなく、それを受け継ぐ家系を調べることにした。
その中でオレスティアの母に――母方に繋がる情報が得られるかもしれない。そうしたら侯爵家に留まるのではなく、オレスティア本人が嫌がっていた辺境伯の元でもなく、ここから逃げ出せる算段がつく可能性があった。
もっとも、調べる方向性をシフトしたところで、実際に取る行動としてはそれまでと大差なかった。
第一に筋トレ。時点で体力づくりのための食事、第三として書庫での調べものだ。
しいて言うのならば、重点を置く割合が変わったくらいだろうか。
オレスティアの体に宿ってからというもの、性に合わない考え事を巡らせることも増えたが、所詮は脳筋のオレステスだ。頑張って調べたところで、易々と成果が上がるとは思えない。
ならば体作りの方にウェイトを置き、調べものはなにかわかればラッキー、くらいの心構えとして開き直った。
トレーニングは、むやみやたらと数をこなして鍛えればいいというものではない。筋肉が鍛えられるための仕組みを理解することで、効率よくトレーニングができる。
トレーニングによって疲弊させた筋肉は、組織が壊れた状態だ。それを回復するために、組織と組織を繋ぎ合わせる。そうすることでもとより太くなり、強くなるのだ。
だから、回復させてやるためには休息も必要だった。疲弊した筋肉を休ませ、また、筋肉だけではなく、徐々に枯渇していく体力を落とし過ぎないように調節しなければならない。
その調節が大変だった。
オレステス自身は、幼少の頃から頑強な体の持ち主だった。筋力だけではなく体力もずば抜けていたから、並の人間――ましてやか弱い侯爵令嬢を鍛えるための加減などわからない。
頭では理解していても、ついうっかりオレステスの調子で体への負荷をかけそうになる。
いけないと途中で気づいたが時すでに遅く、回復が間に合わず、翌日まで寝込む羽目になったこともあった。
まったく時間がないわけではない。とはいえ、それほど時間に余裕があるわけでもない。寝込んでしまうのは、あきらかに時間のロスだ。
そういった失敗を数日やってしまったのもあって、より気を付けるようになった。むしろ鍛え足りないくらいの余力を残していた方がよいと気づいたのは、十日近く経ってからなのだから鈍い話だ。
それからはまず腕を鍛え、翌日は腕の筋肉を休ませるために胸、そしてその翌日は脚、といった風に鍛える箇所を変更していった。それを控えめにやっていれば毎日トレーニングをすることができ、結果的には効率がよくなる。
実際、少しずつではあるが確実に体作りは進んでいた。筋肉だけではなく、まだうっすらとではあるがほどよく脂肪もついてきている。
少なくともあの初めに見た、病的なまでに細い体よりは今の方がオレステスの好みだ。
――ま、おれの好みなんてのは、この際どうでもいいんだけどな。
浮かんだ感想がなんだかエロおやじじみて感じられて、慌てて自嘲と共に打ち消した。
さて、今日は腕の筋肉を重点的に鍛える日だ。多少控えめにして、木刀での剣術を組み入れてもいいかもしれない。
軽い準備運動を始めたときだった。
「姉さん!」
遠くから呼びかけと共に、アレクサンドルが姿を現した。




