第三十五話 衝撃の真実(というほどではないけれど)(オレスティア視点)
本当ならこのような荒唐無稽の話を信じてくれたことに対し、真摯に礼を言うべきだ。
わかっている。充分にわかってはいるのだけれど。
「あ、あのっ……」
切羽詰まった状況に気づいてしまった以上、悠長にもしていられない。説明と、さらには頼みごとをしなければならないので、そのための時間もいる。
矢も楯もいられず、ガバッと立ち上がった。
「すみません、あの、席を外しても?」
「あたしは別に構わないけど――むしろ大丈夫なの?」
記憶喪失というのも変だが、普通ではない状態のオレスティアを心配してくれての発言だった。
「はい、あの――お、お花を摘みに」
頬の熱さで、顔まで真っ赤になっているのを自覚する。
一瞬きょとんとしたあと、ルシアはふきだした。
「はいはい、行ってらっしゃい。――けど、オレステスの姿でその表現はちょっと……」
くっくっと笑われるけれど、オレスティアとしてはそれどころではない。多少気は引けるけれど、お願い事を言わないわけにはいかなかった。
「それで、その――手伝っていただきたくて」
「は?」
ルシアは再びきょとんとし、すぐそのあとで呆れた顔になる。
「なぁに、ご令嬢は一人で用も足せないの?」
「いえ、そうではなくて……だって、その、脱がなくてはいけませんでしょう?」
「それは当然ね。――あ、服の構造がわからなくて脱げないかもってこと?」
実際、普段オレスティアが来ているドレスとは服の作りが全く違う。スカートの場合は裾をたくし上げるだけだけれども、今、オレステスが着ているズボンはなにやらガッチリしたベルトもついている。
そういった違いに気づき、指摘できるルシアはやはり鋭いのだろう。
「大丈夫よ。そんなに複雑じゃないし。ちょっと触ってみたらすぐに構造くらいわかるって」
「いえ、そういうことでもなくて――」
「じゃあなぁに?」
いよいよわからない。かたんと首を傾げる仕草を、体を縮ませ、上目遣いに見上げる。
もじもじとしてしまうのは恥ずかしさもあり、生理現象のせいでもあった。
割りと限界が近い。
「脱ぐと……見えるでしょう……?」
「そりゃあまぁ、見ないことにはできないでしょう――」
ね、と続けるつもりだったのだろう。その途中でオレスティアの意図に気づいたらしく、ルシアがハッとしたように声を上げた。
「もしかしてあなた、それをあたしにさせようって言うの!?」
ムリムリムリ!
悲鳴じみた声で叫ぶルシアの顔が、真っ赤に染まっていた。
「ど、どうしてですか!?」
頼れるお姉さん的なルシアのこと、「もーしょーがないなー」とかゆるく言いながら頷いてくれることしか想定していなかったので、思い切り拒絶されて取り乱してしまう。
「だってルシアさん、このオレステスさんの恋人でしょう!?」
「はぁ!? 違うわよ!」
だったら平気なはずだ。そう続けたかったのに、まるで遮るように叫び返される。
オレステスがそんな嘘をつくはずがない――ルシアが言ったのは、このオレステスという人物への信頼に他ならなかった。
謝るの禁止ね、といたずらっぽく「オレステス」の唇に指で触れる親密さもあった。
だから二人は恋人同士だと信じて疑わなかったのに。
「――どうして……」
「どうして、じゃないわよ。あーもう、とりあえずさっさと行ってらっしゃい!」
オレスティアに続き、ルシアも立ち上がる。背中に手をかけられ、後ろから扉の方へと押しやられてしまった。
かくてオレスティアは、ルシアに送り出された――というか、追い出されたのだった。




