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鍛えよ、侯爵令嬢!~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~  作者: 月島 成生


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第二十話 役立たず(オレスティア視点)



 太い腕。自分の腕の、優に二倍はありそうだ。

 手も大きい。手の甲には筋と血管が浮いているのが見える。

 ベッドについた手を、そのまま顔の前まで持っていく。手のひらの皮がごつごつとしていて、触らなくても硬いことがわかった。


 握って、開く。開いて、握る。

 思った通りに動かすことができた。


 けれど、どう見ても自分の腕ではない。


 どういうことだろうと考えることもできなかった。ただ呆然と、自分の腕ではないのに同じように動く腕を眺める。


「――びっくりした。なに気持ち悪い話し方してるの」

「え?」


 呆れた、というか、変なものでも見るかのような目つきで、女性が言う。

 気持ちの悪い話し方、だっただろうか。いつも通りだったのだけれど。

 口調も文法だって、決したおかしなものではなかったはずだ。

 おかしいのが声だと言われれば、その通りではあるのだが。


 いや、おかしいのは声だけではない。この腕もおかしかった。

 自分が発し、自分の耳にも届いた声は男性のようだった。

 この腕も男性の、それも一般の人よりも逞しい。女性の中ですら華奢なオレスティアとは、まるで別人である。


 まるでというか、別人か。


 困惑の中、ぐるぐると意味がありそうでないことばかりが頭を駆け巡る。


「っていうか様子がおかしいけど――頭の打ちどころでも悪かったのかしら」


 最後には心配する口調になる女性に、ふと、生じた疑問を尋ねる。


「打ちどころ、ですか?」

「――もしかしなくても、自分が倒れた経緯も覚えてない?」


 逆に訊き返されて、頷く。そもそも目を開ける前まで、オレスティアは部屋に居た記憶しかない。

 はう、と女性がため息を吐く。


「あたしもあなたも、仕事が終わったとちょっと油断してしまっていたんだと思うの。急に現れたトロールに、あなた、吹き飛ばされて」


 女性が語る内容は、疑問を晴らしてくれるどころか謎が増えるばかりだった。

 仕事とは何なのか。

 そしてトロールとは? あの、モンスターのことだろうか。

 というか、そんなものに吹き飛ばされて無事でいられるのか。


 きょとんと見やるオレスティアに、女性は少し言いよどんだあと、続ける。


「――正確には、あたしの目前にトロールが現れて、あなたが庇ってくれたのよ。あの状況であたしの前に立ちふさがって、なんてなかなかできるもんじゃないわ。ありがとう」


 ちらり、とこちらを見上げる上目遣いが可愛らしい。


「でも、そのせいであなた、思いっきり頭を右から左に殴り倒されてしまって」

「ちょっと待ってください。モンスターに殴り倒されて、どうして生きていられるんです……?」


 もしかしたら、なんとか死なずにすんだのかもしれない。とはいえ、たしかに言われてみれば少し側頭部が痛いかな、という気はするが、とてもではないがトロールに殴られたにしてはダメージが少なすぎる。


「それはあたしがとっさに、あなたに強化の術をかけたから」


 なるほど、補助系の魔法を使えると先程言っていた、と思い出して納得する。


「そのあと自分にバフかけて、トロールをなんとか倒して。そのあと倒れたあなたをここまで運んで今に至る、っていうわけ」


 思い出した?

 訊かれて、首を左右する。そもそもどうしてこの人と一緒に、魔物が出没するような場所に居たのかすらわからない。

 ただ、わかったことがひとつだけあった。


「ということは結局、私はなにもお役に立てなかったのですね。やっぱりご迷惑をおかけしていまったみたいで――申し訳ございません」

「は?」


 重ねて詫びるオレスティアに、女性は心底呆れた声を出す。


「なに言ってるの。あなたがスキを作ってくれたから対処できたんでしょう? 仮にあなたが庇ってくれてなかったら、あたし、即死してたわよ。結果的に二人とも生きてるのはあなたのおかげなの。わかる?」

「でも――」

「ああもう! たしかに元から恩着せがましさからは縁遠かったけど、さすがにそれは卑屈すぎるでしょ。一体どうしたのよ、オレステス!」


 オレステス。


 女性が叫んだ名前に、ハッとなる。

 慌てて立ち上がり、先程まで女性が座っていた机――鏡台に向かった。


 そこに映っていたのは、見知らぬ男性。


 オレスティアは思わず、ぽつりと呟いた。


「――――ごつい」

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