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第十六話 決意も新たに




「そもそも彼が表舞台に出てきたのは、五年ほど前のことだそうです」


 はっ、と軽く嘆息して、アレクサンドルは続けた。


「それまでは先代が治めていたそうですが、急に病に倒れ、現在の辺境伯が後を継いだと聞いています」


 珍しい話ではない。病はじわじわと身体を蝕むものだけではなく、急激に襲ってくるものもあった。

 倒れた父親に代わって息子が領地を治める、至極まっとうだ。


「それまで現辺境伯が社交界に出てくることはまったくありませんでした。ご子息が居るとは言われていても、誰も姿を見たことがなく――本物かどうかを疑う声もあるそうです。先代が倒れたのも、本当に病のせいなのかと」


 なにかおかしいだろうかと目で問いかけていたのだが、答えはそれだった。


 ――なるほど、誰も姿を知らないのをいいことに偽者が成りすましている可能性がある、と。

 なにより、毒でも盛ってその地位を奪った、そんな噂すらあるということか。


 もっとも、毒はともかく偽者説はないだろう、というのがオレステスの感想だった。

 たとえばずっと領地を離れていたとして、戻ったのが別人であればさすがに気づかれるのではないか。そのために先代を毒なりで黙らせたのだとしても、長年仕えている侍従などの使用人もいる。

 それらを完全に騙すのは至難の業だし、仮に本物を知るものすべてを殺す、追い出すなり派手な行動をすれば目立つに決まっていた。


「そしてまずは子爵家から、次には伯爵家から花嫁をもらい受け、いずれも一年ほどで離婚しています」

「離婚理由は?」

「大っぴらに言いふらしたりはされていないので、詳しいところは知りません。ただ、一方的に言い渡され、令嬢たちは実家に追い返されたと。――おそらくは飽きたから、ではないかと」


 いやそんな理由でかよ。

 羨ましい、とは喉元まで出かかった言葉だった。


「それまでの二家は、自分達から辺境伯に婚姻を申し込んだそうです。領地において特権を持ち、強い兵を持つ辺境伯を味方につけるために。けれど格下であるからこそ、簡単に切り捨てられた」


 辺境伯としては、すり寄ってきた家の娘たちを受け入れてやった、という意識があったのだろうか。だから適当に弄んで、飽きたから送り返した、そう言われている、と。


「国王はそれを問題視されたようです。最近は魔物も活発になっています。辺境を守る彼に跡継ぎがないのは困ると、次は同格の家から娘を送り出そうと」

「――それで、スピリティス侯爵家に目をつけた、と」


 オレステスの言葉に、アレクサンドルが頷く。


「けれど、両親はよくそんな悪い噂のある男の元へ娘を嫁がせようとしますね。国王からは命令として下されたのですか?」


 かたんと首を傾げて見せると、アレクサンドルは頭を振った。


「打診されたのだと聞いています。それを承諾したのだと」

「――なぜ?」

「辺境伯は、花嫁たちを送り返すときには持参金を倍近くにして返しているのだそうです」

「はぁ」


 たとえば辺境伯がオレスティアを気に入らず、今までの令嬢と同じように送り返されてきても金が手に入る。

 万が一気に入られて辺境伯領に留まることとなっても、彼を味方にすることができる。そもそも両親はオレスティアを疎んでいるのだから、厄介払いになる。


 どちらにせよ、スピリティス家にとっての損はない。


 思わず、くすりと笑いが洩れた。


「――姉さん?」

「あ、いえ。清々しいほどのクズだな、と思って」


 急にどうしたのか、とでも問いたそうな目に、笑顔で返す。辛辣ではあっても、「それを止めないお前も同罪だな」とは言わないでやっただけ、優しいと思う。

 もっとも、それでもアレクサンドルは、ぐっとつまっていたけれど。


 しかし、どうしたものか。

 話を聞けば聞くほど、最初は「男に嫁ぐなんて冗談じゃねぇ」くらいの考えだったのが、オレスティアのためには絶対に回避しなければならないのでは、と思えてくる。


 そのためには――


「あー……たぶん、ないとは思うけど――私に、武術の心得は?」

「は? あるわけないでしょう」


 急になにを言い始めるのかと、呆れた顔が如実に物語っていた。オレステスは生温く笑いながら、「ですよねぇ」と返す。

 と、なればやることは決まった。


 やっぱり、鍛えるところから始めるか、と。

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