第十一話 侯爵令嬢
父親らしき男の命令で皆が出て行った後、部屋にはオレステスと、弟アレクサンドルだけが残された。
気まずい沈黙。
とりあえず父の命令に逆らう気はないのか、歩み寄ってくるとベッドの端に腰を下ろす。
「で、なにを説明すればいいですか?」
「なにもわからねぇって言ってんだろ」
ため息混じり、いかにも渋々といった調子で問われ、咄嗟に言い返す。
「――え?」
「あっ、いいえ、なんでも」
オレスティアという貴族のご令嬢だけでなく、一般庶民の女ですら言わないような語調はさすがにダメだろう。
なにごとかと目を点にしたアレクサンドルに、慌てて愛想笑いを向けた。
「えぇっと、まずはあなたや私のこと――あと、先程の方々のこと。私の両親なのでしょうか?」
「正確に言うなら、違います」
「え?」
今度はオレステスがきょとんとする番だった。様子を見る限り、間違いないと思っていたのだけれど。
「父はたしかにあなたの実父ですが、母は、あなたから見れば義母にあたります」
「私から見れば、ということは、あなたからは?」
「実母ですね。姉さんの母上は、あなたを生んですぐに亡くなったと聞いています」
ああ、と納得のために頷く。産後の肥立ちが悪くて死亡するというのは、よくある話だ。
そのあと後妻を娶るのもよく聞く話だし、後妻が最初の妻との子を疎ましく思うのも自然の流れだろう。
不憫ではあっても、オレスティアだけが特別不幸なわけではない。――ここまでならば。
「僕はあなたの弟で、アレクサンドル。あなたの名は、オレスティア・スピリティス。侯爵である父の長女です」
まさかの侯爵令嬢か……!
アレクサンドルの話を聞きながら、内心で叫ぶ。
たしかに金持ちそうな家だし、侍女や主治医が邸に居たり、貴族であるのは疑っていなかったが、そこまで爵位が高いとは思っていなかった。そう考えると、あの父親がとっていた偉そうな態度も納得できる。――承服はしないけれど。
「我がスピリティス家は、建国のときに王を助けたとして由緒ある家柄です」
スピリティスという家名もなんとなく聞いたような気もするが、上流階級とは縁遠いオレステスから見ればどこも似たような名に思えるので、確証はない。
「建国――では、国の名は?」
「アパメアです」
「――おう」
アレクサンドルが口にした国名に、思わず令嬢らしからぬ低い声が洩れた。
アパメアは知っている国だ。行ったこともある。
――というよりも、「オレステス」が覚えている最後に行った国が、アパメアだった。
ここ数年国内の治安が良くなくて、魔物達もよく闊歩していると聞いた。だからこそいい仕事があるのではないかとやって来たのだ。
「ちなみに、国王の名は……?」
王の名がわかれば、時代を探る手助けになる。
無論、オレステスが歴代国王の名を知っているわけではないが、調べるための一助となるのは間違いない。
もっとも、まだ見ぬ未来であればなんの役にも立たないけれど。
「ファンニウス・グナエウス十三世陛下、ですが……」
オレステスでも知っている。グナエウス十三世――オレステスの生きた時代の、アパメア国王だ。
そして聞いた話によると、高齢なはずだった。たしか七十歳だからそこらへんだったと思う。
ならば仮に未来であったとしても、さほど隔てた時代ではないだろう。
また、前王が長生きしたため即位したのも五十を過ぎていたという。過去に戻っていたのだとしても、二十年以上はあり得ないということだ。
いや、ここまできたら同時代のままの可能性だってあり得る。
「けど姉さん、ご自分のこともわからないのに陛下の名など聞いてどうするんですか?」
胡散臭げなアレクサンドルに、こっちはこっちの考えはあるんだ、と思いはするものの、「ではその考えとは?」と訊き返されても面倒なので、違う質問をぶつけることにした。
「そう、私のことを聞きたいのです」
後半の質問をバッサリ切って、前半部分のみに焦点を当てた。
まっすぐにアレクサンドルを見上げて、口を開く。
「それで――どうして私は疎まれているのですか?」