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「やったか?」

 私が地上へ戻ると、遊間は先回りをしていたかのように、その入口で電子タバコをふかしていた。

「シャンの群れはどうなったんですか?」

「ああ、それなら問題ない。今頃、僕の仕掛けた罠にかかって、身動き取れなくなっているだろう」

 遊間は得意げに答えた。

「……」

「その様子だと、奴は死んだのか?」

 私の浮かない表情を見て、遊間は口を開いた。

「気にするな。それは、きみのせいではない」

 遊間はそういうと、ポケットからハンカチを取り出して、私に手渡した。

 それを受け取った瞬間、涙が自然と滝のようにあふれ出してきた。

「私、自分が恐いんです」

 私は遊間に、シャンの本当の力について話した。

 シャンの真の能力は、人格の移植であること。

 記憶の移植と人格の凶暴化は、その副産物に過ぎないこと。

 八木山医師の手によって、私に喪六紫杏の人格が移植されていたこと。

 そして何より、殺人を犯すことに愉悦を感じ、あまつさえ、遊間を殺そうとしたこと。

「私はもう、きっと元の私には戻れないんです」

 私は、涙ながらに呟いた。

「何だ。そんなことか」

 それを聞いた遊間は、平然とした様子でそう答えた。

「そんなことかって……」

 反論しようとする私の唇を、遊間は人差し指でそっと押さえた。

「でも、きみは抗ったんだろう? その殺人衝動に……」

 その目つきは、今まで見せたことのないくらい優しいものだった。

「そもそもだ」

 彼はつづけた。

「人間というのは、周囲の環境と相互に影響を与え合い、日々変化しながら生きていく生き物だ。変化することそれ自体は、ごく自然な人類としての営みであり、それを過度に恐れる必要などない。それに……」

 遊間はそこで、少し言いよどんだ。

「それに?」

 私が先を促す。

「その変化を経ても、なお変わらない部分というのが人には存在する。その変わらなかった部分こそが……助手、きみの本質なのだ」

 気が付けば、遊間の私に対する呼び方が、また助手に戻っている。

 そのことに気が付いた私は、思わず遊間の顔をじっと見つめてしまった。

 薄暗くてよく見えなかったが、心なしか、少し赤く火照っているように見えた。

「変わらなかった部分が、私の本質……ですか。そうですね、ありがとうございます」

「当たり前のことを言っただけだ。お礼を言われる筋合いはない」

 遊間は、つっけんどんに言った。

 窓を見ると、月はすっかりと落ちており、朝焼けの光がさんさんと花壇の植物を照らしていた。

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