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 気が付くと、辺り一面、真っ赤な火の海だった。

 目の前にそびえ立つ巨大な洋館が、炎の渦に呑まれながら、音を立ててぼろぼろと崩れ落ちていく。

 火の勢いは衰えることを知らず、吹き付ける強風にますますその力強さを増し、冷たい夜の森を赤々と照らし出している。

 その光景を前に、僕は涙を流していた。

 なぜ、泣いているのだろう。

 思い出の詰まった建物が目の前で焼け落ちていくから?

 ――否。例え物質的な象徴(シンボル)が失われたとしても、思い出は心の中に生き続ける。

 では、大切な家族や友人を大勢失ってしまったから?

 ――否。その分は、とうに泣きつくしている。

 だとしたら、なぜ、今、僕は泣いているのだろう。

「大ちゃん」

 後ろから自分の名前を呼ぶ声がして、僕は振り返った。

 声の主を確認して、その名前を呼び返す。

万由(まゆ)姉さん」

 そして、彼女の赤く美しい瞳を見て、ようやく、自分が泣いている理由を思い出す。

 僕が泣いているのは、目の前で起きている悲劇に対してではない。

 彼女がこれから辿ろうとしている昏く永い滅亡(めつぼう)への道。

 その過程で起こるであろう、すべての悲劇のことを想い、憂い泣いていたのだ。

「大丈夫。大丈夫よ」

 彼女はそう言って屈むと、まだ小さな僕を正面から抱きしめた。

「お姉ちゃんがすべて終わらせるから……」

 僕は気付いていた。

 彼女と、彼女を取り巻く世界のすべてが、静かな怒りとともに、深い絶望の底へと沈んでゆこうとしていることに。

 僕は気付いていた。

 彼女の絶望が、どう足掻いても抗いようのない真実から生まれてきていることに。

 しかし、今の僕にはどうすることもできない。

 今の、何の力もない、ただの人間に過ぎない、遊間大には……。

 僕はもう一度、彼女の瞳を見つめなおす。

 その眼差しはすべてを諦めたかのように冷たく、しかし哀しい決意とともに、ゆらゆらと静かに燃えているようにも見えた。

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