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「魔門さん、魔門愛さん。診察室へお入りください」

 名前を呼ばれて、私は待合室の席を立った。

 白い扉を軽くノックしてから診察室へ入ると、私の主治医である八木山医師が難しそうな顔でカルテと睨めっこしていた。

 所作のひとつひとつが丁寧で、きっちりとした性格が伝わってくる、老齢の男性医師だ。

「薬を変えてから、何か変化はありましたか?」

「いえ、相変わらず、眠れない日々が続いています」

 私のその返答に、八木山医師は困ったようにうーんと唸り、その真っ白に染まった頭髪を何度も手のひらで撫でつけた。

「恐らく、不安によるストレスから来る、一時的な症状だと思うのですがね」

 一時的な症状が、こうも長く続くものだろうか。

「先生、私は一刻も早く、この症状の原因を掴んで、悪夢から解放されたいんです」

 老医の心許ない様子に、思わず口調が強くなってしまう。

「まぁ、落ち着いてください」

 興奮する私を落ち着かせるために、医師は肩のあたりをぽんぽんと優しく叩いた。

「魔門さん。あなた、デジャヴュって言葉、聞いたことあります?」

「デジャヴュ、ですか? 確か、はじめて体験することにもかかわらず、過去にも同じような体験をしたことがあるかのような感覚に陥るという」

 私はテレビで見聞きした知識を反射的に答えていた。

「ええ、それです」

 八木山医師は大きく頷いた。

「デジャヴュの原因は、一説には脳のバグと考えられていてですね。はじめての体験であっても、過去に体験したことがある似たような記憶を脳が想起することによって、まるでそれを、二度目の体験であるかのように錯覚してしまう。それがデジャヴュの起こるメカニズムだと言われています」

「脳のバグ、つまり、脳の欠陥によって引き起こされる現象だということでしょうか」

 自分の解釈が間違っていないか、私は八木山医師に確認した。

「はい。魔門さん、あなたの言う前世の記憶というのも、デジャヴュと同じく脳のバグが原因だと考えられます。恐らく何かの拍子に、映画やドラマで見たような映像を、かつて自分の身に起こったことかのように脳が想起して、記憶に結び付けてしまったのでしょう」

 その説明ならば、確かに、いま私の身に起こっていることについて説明がつく。しかし……。

「だから何も恐れる必要なんてないんです。悪い夢でも見たと思って、忘れてしまいましょう。第一、前世の記憶だなんてナンセンスでしょう。あなたも、それくらいおわかりですよね?」

「はい、わかります。わかるのですが……」

 そう、日ごろからオカルトに対して嫌悪感を抱いている私が、前世の記憶だなんて非科学的な現象をそうやすやすと信じるはずがない。

 そう、信じるはずがないのだが……。

「では、前回と同じお薬を処方しておきますので、毎日夕食後にそれぞれ一錠ずつ、忘れずに飲んでくださいね」

「はい、ありがとうございました……」

 しかし、絶対にあり得ないと一蹴するには、その記憶にはあまりにも現実感がありすぎるのだ。

 私は毎度のことのように、どこか釈然としない気持ちを抱えながらも、診察室を後にした。

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