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 調査のためだけに、しかも手錠で遊間と繋がれた状態で出入りしていた頃には気付かなかったことだが、この図書館は市内の図書館のなかでも一番の延べ床面積を誇るらしく、地方の公立図書館としては珍しいほど多様なジャンルの本が取り揃えられていた。

 二階の専門書のブースをぶらぶらと歩いていると、ふと「オカルト」と書かれた札が目に留まる。

 生まれてこの方、この手のジャンルの本は避けながら生きてきたので、どのような本が置いてあるのか、少しばかり興味が湧いて覗いてみることにした。

 本棚には、ムー大陸やアトランティス大陸、ノストラダムスの大予言といったオカルト嫌いの私でも耳にしたことがあるような有名な与太話を主題にした本から、レプティリアンやクトゥルーといった、あまり耳慣れない単語がタイトルに書かれた本も並んでいた。

 その中の一冊に手を伸ばした瞬間、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「おや、そこにいるのは、もしかして魔門さんですかな」

 声のした方向へ振り返ると、そこにはパリッとしたスーツを着た恰幅の良い老人が立っていた。

 どこかで見た覚えのある顔だが、果たして、誰だっただろうか。

 私が返事に窮していると、老人はそれを察したのか、背広を広げて名前が刺繍された胸元の裏地を指で指しながら言った。

「私ですよ。魔門さん。神落市立病院の精神科で診療を担当している八木山(やぎやま)です」

 神落市立病院の精神科という言葉で、私はようやくその老人の正体を思い出した。

 私の主治医である八木山医師だ。

「あ、八木山先生。すみません、すぐに気が付けなくて……」

 私がそう申し訳なさげにいうと、彼は、

「いえ、いいんです。皆さん、私が白衣以外を着ているイメージをしづらいみたいで、病院の外で人と会ってもなかなか気づいてもらえないことが多いんですよ」

 と、笑いながら言った。

 しかし、なぜ、こんなところに八木山医師が?

 頭の中にそのような疑問が真っ先に浮かんだが、その疑問は隣の本棚を見ることで、すぐに解消された。

 その棚には「医学」と書かれた札が目立つように貼られていた。

「先生、今日はお休みですか?」

「いえ、ちょっと調べものをね」

 仕事に関する調べものだろうか。彼の手元を見ると、何やら見慣れぬ文字で記された、黒いカバーの分厚い本を一冊、大事そうに抱えていた。

 高度に専門的な分野を扱う医学書のなかには、英語以外の言語で書かれている本も少なくないと、父の知り合いの医者から聞いたことがある。恐らく、それだろう。

「ところで最近、病院でお見かけしませんでしたが、その後、調子の方はいかがですか? そろそろ、薬も切れる頃かと思いますが」

 主治医からそう訊ねられ、私はまだ悪夢が続いていることや、その悪夢が正夢になったこと、今は遊間という男の力を借りて前世の記憶について調べていることまで、すべてを包み隠さず話した。

 彼はその間、真剣な眼差しで私の話を聞いていたが、やがて私がすべてを話し終えると、おもむろに口を開いた。

「これはですね、あなたが次に来院されたときにお話ししようと思っていたことなのですが……」

 医師は神妙な面持ちで続けた。

「あなたの治療に役立つかと思って、私も前世の記憶について個人的に色々と調べていたのですよ」

 彼はそういうと、持っていた鞄の中をごそごそと漁り始めた。

「それでですね。まず、前世の記憶というものが本当に存在するのか、ということについてですが……あ、あったあった」

 彼は鞄から一冊の本を取り出すと、私に手渡した。表紙には「前世を語る子供たち」というタイトルが印字されている。

「その筋の文献を詳しく調べてみると、前世の記憶を持つと自称する人々の例は、どうやら全世界で数多く報告されているようでして……」

 医師は話を続けた。

「だからと言って、それらの証言が即ち前世の記憶の存在を証明することにはならないのですがね」

 彼はそこまでいうと、小さくため息を吐いた。

「私が引っかかっているのはですね、この文献によると、前世の記憶について話をするのは二歳から四歳の幼児がほとんどらしいことです。さらに、前世の記憶について証言をしていた子供たちも、六歳か七歳になるころには、みんな前世の記憶について語ることをやめるそうなのです。……ほら、ここに」

 彼は、私が開いていた本を横から数ページほどめくると、その証拠となる文章を指し示した。

「ですが、魔門さん。あなたが前世の記憶を思い出し、苛まれるようになったのは、つい一年前のことですよね」

 彼は本から視線を外すと、私の瞳をじっと見つめてきた。

「はい、その通りです……」

 その鋭い眼差しに、私は思わず吸い込まれそうになる。

「私はですね。やはり、あなたの記憶の正体はデジャヴュとかそういった類の、脳の不調が原因の錯覚だと思うのです。夢で見た出来事が実際に現実でも起きたという話も、それで説明がつきます」

「でも……」

 彼は私の反論を遮り、強い口調で続けた。

「ですので、魔門さん。その正体不明の記憶を、本物の前世の記憶だと仮定して調査するようなことはもうおやめになった方がいいと思います。そのような妄想に基づいた行動は、かえってあなたの症状を悪くするばかりです」

 それに、と医師はつづけた。

「先ほどお話に出てきた遊間という人物。確か、オカルト事件専門の……悪魔探偵、でしたでしょうか。その男は本当に信頼に足る人物なのですか?」

「遊間さんがですか?」

 彼は頷いた。

「まさか、オカルトだなんて非科学的で信憑性に欠ける話、魔門教授の娘であるあなたが本当に信じているわけないですよね」

「……」

 医師は反論できずにいる私の様子を暫く眺めた後、再び元の柔和な顔つきに戻り、

「まぁ、探偵ごっこはほどほどにして、またきちんと病院にいらしてくださいね。お待ちしておりますよ」

 と言って、その場を後にした。

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