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 一階へ下りると、店の仕込みをしていたマスターが私たちを繋ぐ手錠に気付いて、にやにやと笑った。

「あらあら、まあまあ」

「ち、違うんです、これは!」

 変な誤解を与えぬよう、私は必死に左手を左右に振った。

「うんうん、分かってるわよ」

 マスターはそう言い残すと、最後までにやついた表情を崩すことなく、カウンターの奥へ入ってしまった。……本当に分かっているのだろうか。

 遊間の方はというと、マスターがにやにやしていた理由が分からなかったらしく、彼女がカウンターの奥へ隠れるまで、ずっと怪訝な表情をしていた。

 外へ出ると、日差しはますます強くなっており、ただじっとしているだけでも汗が流れ落ちるほどの蒸し暑さであった。

 遊間はハンカチで汗を拭いながら手錠の鎖を引っ張ると、ついてこい、とだけ言い、商店街の大通りへ向かって歩き出した。

「今日はなぜだか妙に視線を感じるな」

 手錠で繋がれたまま大通りに出て、十分ほど歩いたところで、遊間が不思議そうな表情を浮かべて言った。

「手錠で繋がれた男女が街中を歩いていれば、誰だって目を向けずにはいられませんよ……」

「なぜだ? 別に何かやましいことをしているわけではあるまいし。解せん」

 その自称悪魔的な頭脳には、どうやら世間一般の常識はインストールされていないらしい。

「よし、着いたぞ」

 猛暑のなか、三十分ほど歩き続けた末に辿り着いたのは、市の公立図書館であった。

 エントランスを抜けると、かぐわしい本の匂いと、クーラーのガンガン効いた空調が私たちを出迎えた。

 炎天下で火照った身体に、その冷たい空気がたまらなく心地よい。

 暑さと羞恥のせいで、すっかりへとへとになっていた私は、ようやく一息つけそうだと、安堵のため息を漏らした。

 しかし、遊間という男に対して体調への気遣いだとか思いやりといった行為を期待することが、端から間違いなのだということを、この後すぐに思い知らされる。

「ここで、過去に起こった殺人事件を片っ端から洗い上げる。きみも手伝いたまえ」

 彼はそういうと、私の腕を手錠越しにぐっと引き、本棚の整理をしていた司書を捕まえて、あれこれと質問しだした。

 その間、司書の視線は絶えず手錠と私たちの顔を交互に行き来していたが、私はひたすら俯き続けて視線を合わせないようにすることで何とかその場をやり過ごした。

「コンピューター室にある電子端末から過去の新聞を閲覧できるらしい。行くぞ」

 火照った身体を冷ます暇もなく、遊間はぐいぐいと廊下を進んでいく。

 エスカレーターで二階へ上がり、コンピューター利用室と札がかけられた部屋に入ると、型落ちの古いパソコンが壁際にずらりと並んでいた。

 彼は端の席から順に、ひとつひとつ椅子の座り心地を確かめながら座っていき、やがて気に入った椅子が見つかったのか、満足気な表情でそのなかのひとつに腰をかけた。

「いいか、過去にこの地域周辺で起きた、未成年による児童殺傷事件の記事がないか調べるんだ」

 私が左隣の席に腰かけるや否や、彼はそう指示を出した。

「それと全国紙は無視していい。地方紙だけ調べろ。五年前の新聞から、過去へ遡るように調べれば、きっと探し物は見つかるはずだ」

「なぜそこまでわかるんですか?」

「なに、これも簡単な推理さ。実を言うと、きみのその不可解な記憶想起の原因については、おおよその予想はついているのだがね、ただ……」

「今はまだ明かすべきときではない、ですか?」

「……そうだ」

 彼は自分の台詞を横取りされたのがよほど気に入らなかったのか、不満げにキーボードのエンターキーを強く叩いた。

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