第九十八話 残された者達
私の名前はカーラ。
普通の家に普通の家族の元に産まれてなんてことの無い普通の人生を送るはずだった私。
でも私の普通の人生は五歳の時に全て崩れ去ってしまった。
もう今ではお姉ちゃんの顔もパパとママの顔も名前もほとんど覚えていない。家の食卓もベットも一緒に遊んだおもちゃもほとんどがどこか記憶の奥底へと行ってしまったのだ。
そんな私にはもう帰る場所もどこにも残されていない。ただ一つだけ残ったのが、私の心に永遠に満たされない寂しさだけだった。
でもそんな空っぽな心を埋めるように注ぎ込まれたのがある人物への恨みだった。これが今の私の生きる理由とでも言えば良いのだろうか。
その気持ちが生まれたのがまさに私の普通が壊れた五歳の時だった。
確かその日は何かのお祭りで私達家族は総出で街に繰り出していた。
とてもとても楽しかったのを覚えている。普段忙しいパパに学校に行って最近は構ってくれなくなったお姉ちゃん。その二人にいつも優しいママと一緒で出掛けれたのが、子供ながらに嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
でもそれが最後に見たお姉ちゃんたちの笑顔だった。
それはもう祭りも落ち着き出して街が穏やかに暗くなってきた頃。どこからかその暗さをかき消すように、街のあちこちから夕暮れの空のような色をした炎があちこちから上がっていた。
「三人は先に逃げて。俺は一度屯所に行く」
パパが街の異変に気付いて私達を逃げるよう背中を押した。パパは国にお勤めをしていたから、この時は一人で職場に戻ろうとしていたのだと思う。
そしてそう言われたママが私とお姉ちゃんの手を握って走り出そうとした時。ある人物が私たちの前に現れた。
「あァ?こいつが例のガキかァ」
私達が帰ろうとした進路の先に、赤い髪色をしたガラの悪い男が剣を携えて立っていた。明らかに今の状況からして碌な人物じゃないし、それを察したのかママが強く手を握ってくれたのを覚えてる。
「あァ~?どっちだっけか。確か姉の方は要らないんだっけかァ?」
剣を肩に当ててカチャカチャと音を鳴らしながら、その男は嫌な笑みで私達へと一歩ずつ近づいてきていた。そしてその赤い男が私に影を作った時ママに向かって言った。
「おい。そのガキ寄越せ」
そう男がママに脅すように睨みつけていたけど、ママは引くどころか更に前へと一歩出ていた。そしてお姉ちゃんを見る事なく言葉だけで伝えた。
「エマ。カーラをお願いね」
そうママが言うと私達から手を離して、赤髪の男から私達を守る様に背後にやってくれた。その背中がすごく頼もしく感じたのを覚えている。
「嫌です。貴方の様な人に私の娘は預けれません」
その時にパパも剣を抜いて私達を後ろに下げさせてくれて私には謎に安心感を得ていた。でもその赤い髪の男は何でもないように笑うと。
「あーはいはい。そうかァそうかァ。じゃあな」
その瞬間赤髪の男が何をしたか分からなかった。でも私の目の前で頼もしく立っていたママの背中が、私の視界から見えなくなってしまっていた。
「え・・・・・・ママ?」
視線をゆっくりと下ろすと、ママが地面にうつ伏せになって倒れてしまっていた。そしてどこからか石畳の隙間に赤い血が流れ私の靴を赤く染み込ませていた。
「あんま殺すなって言われてんだけどなァ。まァ一人ぐらい良いか」
するとどこからか赤髪の男の仲間なのか、どこからともなく私達を囲むように粗暴そうな男たちが迫ってきていた。
「こいつら縄で縛っとけ。俺ァあのクソガキの迎え行ってくるわ」
それからは私達は何も出来なかった。パパは戦おうとしてくれたけど地面に押さえつけられ、抵抗していたお姉ちゃんも腹を蹴られて蹲っていた。そして私は何も出来ずに流されるまま縄で縛られて広場へと連れていかれてしまっていた。
「カーラは大人しくしてて」
広場の一角に私達子供は集められていて、お姉ちゃんもママの事で悲しいはずなのに気丈にふるまって私を慰めてくれていた。でも私たちの視線の先の広場の中心にはパパが座らされていて、これから何が起こるのか不穏な雰囲気が漂っていた。
幼いながらも当時の私もママの事もあって恐怖で固まってしまって、口の中が異様に乾いていたのを覚えている。
「・・・・だれ?」
パパの所にさっきの赤髪の男は連れてきたのか、お姉ちゃんと同い年ぐらいの男の子が立っていた。でもここからだと何か話しているようだけどうまく声が聞こえなかった。
でもその男の子の腰の剣を見て嫌な予感だけはしていて、しばらくするとその男の子は予感通り剣を抜いてパパの首元に当てていた。
「父さんッ!」
それを見てお姉ちゃんが動こうと立ち上がっていたけど、すぐに見張りの盗賊に取り押さえられてしまっていた。私はこの時も全く足も腕も喉もすべてが岩の様に動く事が出来なかった。
そうしている内に何か父さんと男の子が話しているように見えた。でもそれもすぐに終わってしばらくすると男の子が剣を振り上げていた。
「あ、っあ、あああああああああ!!!早く死ねェええええええ!!!!」
そうして目の前で私のパパは殺された。しかも男の子に何度も何度も切り付けられ、遠いここでもパパの血が飛び散っているのが見えた。何度も何度も夢に出てきて血を見る度に思い出した光景。どれだけそれで胃の中の物を戻したか分からない嫌な記憶。そして何度も恨みも復讐心が空っぽになった腹に満たしてくれる想い出。
でもこの当時の私はただ状況が分からず受け入れらず混乱していた。そんなパパとママの事で既に限界だった私に、それ以上に追い打ちをかける事が起きた。
「え、嫌ッ!!離して!!!!辞めてよッ!!!!!!」
隣で押さえつけられていたお姉ちゃんが、広場のパパの所へと盗賊達に連れ去られて行ってしまった。
そして私のパパを殺した男の子の前に引き出されていて、幼かった私でも流石に次何が起こるかは察しがついてしまっていた。
でも分かった所でなんだ。私は涙を流して声にならないような擦れた呼吸音を発するだけで、その光景を茫然と見ている事しか出来なかったのだ。
でもその時にいつも頼りになって優しいお姉ちゃんが、ひどく怯えた顔で泣いているのが見えた。私には一度も見せた事のない表情。それで私の凍っていた私の体は震えながらもやっと動いた。
「お姉ちゃんッッ!!!!!」
走った。小さな歩幅だけど精一杯足を広げ、お姉ちゃんを守ろうと動いた。
でも所詮はただの子供で都合の良い事なんて起こらない。結局そんな抵抗もむなしく抑えられてしまい、私はただ叫び続ける事しか出来なかった。
もうそれからはよく覚えてない。鼻水と涙で顔がぐしゃぐしゃになってた叫び続けていた。
そして気づいた頃にはそいつが握った鈍く光った剣がお姉ちゃんの首に振り下ろされていた。
その時私の家族も想い出も居場所も全て奪われたのだった。それからはただただ恨みと過去にとらわれ続ける私という存在が残ったのだった。
ーーーーーー
その次の新しい居場所は、湿っぽくて暗くて薄気味の悪い洞窟の中だった。それだけでも最悪なのに、私の近くにはあのお姉ちゃんとパパを殺した男がいた。
すぐにでも殺してやりたいけど私は五歳の子供でそんな事が出来るはずがない。だから必死になって訓練して、いつか償わせてやるとその一心で頑張ってきた。
そんな生活の中で私の仇つまりフェリクスの奴の事とは、目も合わせず口も聞かずに生活していたのだけど、段々慣れてきた頃に一言言ってやろうと二人っきりで話した事がある。
あれは確か私が捕まってからフェリクスが初めて遠征に行った後の事だったと思う。フェリクスがラースさんと喧嘩して色々ゴタゴタしていた時に、夜中に目が覚めた私が食堂へ行くとそこにフェリクスの奴がいた。
「・・・・・・」
食堂に入った私を見ると気まずそうに頭を下げて、手に持った水瓶を置いて外に出て行こうとしていた。この時の私はどちらかと言うとフェリクスに対して恨みよりも恐怖の感情が強かったと思う。だってあんな人の殺し方をする人間なんて恐怖でしか無いから。
でもその恐怖を押し殺してなんで私のパパやお姉ちゃんを殺したのか、それをただ聞きたくてその袖を掴んだ。
「・・・・どうしたの?」
フェリクスは扉に手を掛けたまま視線を合わせようとしない。もちろんこの時の私は五歳だから身長的にも自然に目線が合う事はありえない。
「なんでころしたの」
私も顔を見ないように俯いて声が震えているのをバレないよう、精一杯声色を強くしてそう聞いた。でもその男は私を見下ろす事も無く、月明りで陰になった顔を見せないまま静かに言った。
「自分の為だよ。自分が生き残りたいから君の家族を殺した。それだけ」
そう言い残して私の手を振り払って扉を開けて出て行ってしまった。私にはその残された言葉が酷く冷たく感じた。
「・・・・・・・なんで」
まだこの時言い訳してくれた方が私にとっては良かったかもしれない。この言葉のせいで私は今でもこの時抱いた深くて暗い恨みを引きずり続ける事になってしまったのだから。
「なんでお姉ちゃんとパパ殺したの!!」
それからは少しずつあいつにこうやって問い詰めるようになった。これをしていれば一瞬でも一瞬だけでも寂しさや悲しさを忘れられる気がしていたからだ。
「理由はないよ。僕が殺さないといけなかったってだけ」
でもいつも返ってくるのは同じ言葉で、どれも私への謝罪なんて無くて最早私に嫌われようとしているんじゃないかと思うほどだった。でもそういう時決まってラースさんやエルシアさんが仲間をしてくれた。
「ちょっと言い方ってのがあるんじゃないの!?それにさっきから言い訳ばっかしてさ、まず謝罪でしょ!?」
今考えるとこうやって二人に構って庇ってもらえて、少しでも寂しさを紛らわせれるからフェリクスを責めていたのかなとも思う。でもそれで私の心は晴れる事なんてあるはずのも無く、一年ぐらい経った時にフェリクスの奴だけが逃げ出してもうそれきりになってしまった。
そしてそこから更に少しした時、私はラースさん達と離され別の区画に移された。
「君はこれからどうしたい?」
この時は目の前のほとんど始めて会う白髪のおじさんをいい人そうだと思った。でも後から知るけどこいつがこのクソみたいな盗賊のリーダーだったなんてこの時の私に知る由もなかった。
「そうか。じゃあ鍛えないとだね」
私がこの時なんて言ったかは覚えてない。でも大方仇つまりフェリクスを殺したいとかそんな事を言っていたんだと思う。
「今君が七歳だから十歳までには立派に戦えるようにするからね」
私はこの男の口車に乗った。私にとって生きる意味なんて五歳の時フェリクスとこの盗賊に奪われたんだから、後はこの仇だけが原動力だったからだ。それがないともう早く家族の元へ行っていたかもしれない。でもこの仇を果たすことでそれが皆への手向けになるとそう今でも信じている。
こうして訓練が始まったけどかなり厳しかった。でもその厳しさのお陰で寂しい事も悲しい過去も全て考えないで済んだ。だから私はずっと剣を握って魔力が回復したならすぐに使っての生活を二、三年続けた。頭のジジイがいつかフェリクスに復讐させてくれるって言うから、それのただ一心で頑張った。
そんなある日だった。何か大掛かりな事でもあるのかかなりの盗賊がドタバタしている時に、その盗賊の頭が私の元へ来た。
「君はちょっとある貴族の館に行って貰うから。そこで待っててね」
それだけが私に言われた指示だった。この時は十歳で世間的に見たらまだ子供かもしれないけど、それなりに戦えるようになったと思ってたから、戦いに行けない事を知って肩透かしを食らった。でもまだフェリクスに復讐するチャンスはあるはずだ。そう信じてまたその男の言葉を信じた。
そう馬車に乗り込むと久々に会ったルーカスさんが同乗していた。ルーカスさんは年上の癖におどおどしてて、あまり話したことも無いからイメージがない。でも久々に会ったルーカスさんは馬車に乗り込んだ私を見るなり話しかけてきた。
「髪。切ったんだね」
お姉ちゃんとママ譲りのブロンド髪で大事にしたいけど、戦闘だと邪魔だから短く切ってある。
そう私が昔の事を少し思い出し前髪を触っていると、ルーカスさんが続けて言った。
「エルシアとは逆だね」
そう言うルーカスさんは未だに眼鏡を掛けてるしそこまで身長も伸びていないように見える。
そんな会話をしながらも馬車は動き出し、とぎれとぎれだったけどルーカスさんは定期的に私に話しかけてきた。でもどれもうわべだけの会話で何が目的なのか全く分からなかった。
「ラースがずっと心配してたよ。ひどい事とかされてない?」
「・・・・大丈夫です」
これ以上酷い状況なんて無いし。でもパパもママもお姉ちゃんもいるあの街で過ごしていられたなら、今十歳の私とは全く別人に育っていたのではと妄想してしまう。そんなありもしない可能性を考えてしまうと、今の状況を仕方ないと割り切るには私の心が耐えられない。
だからこそあいつに復讐をする事でそれも全て終わらせたいと思っているのだけど。
「・・・・カーラちゃんってさ。まだフェリクスの事嫌い?」
そんな私の感情が伝わったのかルーカスはフェリクスの奴の話題を出して来た。
でもそれよりも私の中に怒りが湧いてきていた。まだってこいつは私の家族の事をもう終わった事のように扱うのかと。
そう怒りが喉元を逆流して出てきそうになったけど、目の前で心配そうに私を見つめるレンズ越しの瞳を見て一度それを抑え込んだ。
「嫌い。大っ嫌い。あいつが死ぬまで私は死なない」
もう相打ちになっても良いと思ってる。というかあいつを殺して私も死ぬ。そうすれば少しは天国のお姉ちゃんたちも報われるはずだから。それだけが私が生きる意味だから。
「・・・・・そう」
でもそんな私を見てルーカスさんは悲しそうに視線を落としてしまった。さっきから単発で質問ばかりしてくるから、何が言いたいのか良く分からない。
でも再び視線を私に向けると。
「僕はいつか君が笑えるようになればいいと思ってる」
そんな意味の分からない事を大真面目な顔をして言うだけだった。私はそれを無視してそっぽを向いて馬車は進んで行ってしまって行った。
それからは流れるように色々物事が動いた。
馬車が到着した先は貴族の館らしくてそこで私達は使用人服を着させられた。しかもその主がエルシアさんで私は護衛の役目らしい。前に比べて良い暮らしは出来ているけど、頭のジジイに問い詰めてもいつフェリクスと戦えるか教えてくれないから不満は溜まる一方だった。
そんな生活が一週間程経とうとした頃。夜中に私とルーカスさんの生活している使用人部屋に、この館の主であるロタール様がやってきた。
「話がある」
問答無用と言った感じで返事を待たずに、一人の使用人と一緒に部屋へと無遠慮に入ってくるとそのまま扉を閉めてしまった。話があると言っていたけど、こんな女の子供と何も出来ない病弱な男に何の用なのだろうか。
そう疑問に思いながら眠い目を擦っていると、ロタール様がルーカスさんに話しかけていた。
「四日後か五日後に私はあの男を殺す。その時に保険としてお前らにも裏切ってもらう」
あの男って頭のクソジジイの事だろうか。この人も名前知らないんだとなんとなく思っていると、ルーカス君が眼鏡を掛け直して答えた。
「僕はあまり戦えませんよ?」
「お前が戦えないからこそ使えるんだ。それに保険だと言っただろう。貴様らにとっても悪い話じゃないだろう?」
子供の私は交渉外なのか全く無視されて、二人だけで話が進められていた。後の話を聞いて分かる範囲でまとめると、一応味方したら平民として土地と少しの金をくれるらしい。今のままだと私達も一緒にあいつと破滅するから乗り換えるなら今みたいな事も言っていた気がする。
私としてはフェリクスを殺せれば何でも良いけど、平民になっちゃったらやりずらそうだからその提案を断りたかった。でもルーカスさんは違ったようで。
「エルシアを保護してくれるならその提案乗ります」
珍しくルーカスさんが迷わずはっきり言っていた。でもルーカスさん自体に戦闘力は無いし裏切るって言っても何をする気なんだろう。何か作戦があるっぽいけどあのクソジジイかなり強いから無理な気がするんだけど。
「じゃあ交渉成立だ。言う通りに動けばいいからな」
そうロタール様が右手を差し出して、それを見て少し迷った後ルーカスさんも握り返していた。そしてその時初めてロタール様の視線が私を向いた。
「もしこの事漏らせば君らも一緒に死んでもらう」
話を聞いた時点でもうその提案を受けるしか無かったかの様な言い方だった。
そしてロタール様は時間が無いのかルーカスさんの手を離すとすぐに部屋から出て行ってしまった。
三年ぐらいあの人に訓練されたから分かるけど、あの人かなり強いから私にはどうやって殺すかも想像できない。でもそれでも殺すって言っている事は、保険とは言えルーカスさんがその作戦で大事な役割って事なのは確かだ。
そんな静かになった部屋でルーカスさんはただ一言。
「僕だって覚悟決めなきゃ」
私はそんなルーカスさんを他所にどうしようか顎に手をやっていたのだった。
ーーーーーー
帝都ラインフルトの王城にて私は、宰相含めた配下とこれからの会議をしていた。と言っても私は所詮お飾りだから発言をしても意味がないはずなのだが。
「なぜあのような約定を勝手にしたのですか」
私から見て右側に座る宰相の男は、最近寝れて無いのかかなり疲れた表情をしながら私を恨めしそうに見てきていた。
それはそうで実権はないとはいえ私だってこの国の女王だ。エルシアの事に関してはこいつらを無視して色々手を尽くしている。それが気に食わないのかこうやって一々口出しをしてくるのだが。
「エルシアを取り戻す為です。それにロタールなんて適当に閑職に追いやれば良いでしょう」
「・・・そんな事したらそれこそロタール様が反乱の準備始めますよ」
そう言われても私はエルシアを取り戻さないといけない。だから以前私は政敵であるはずのロタールと取引をした。それが宰相からしたら気に食わないらしい。
「とにかく婚姻など私は反対です。エルシア様がロタール様の館にいるならば、反乱に加担したとして取り潰すなり爵位の剥奪をすればいいではないですか。なぜわざわざ交渉なんてするのですか?」
本当にうるさいなこいつ。お父様からの時代の宰相だから任せていたけど、ここまで口出ししてくると鬱陶しく感じる。なんでエルシアを助ける事をそんなに邪魔をするんだろうか。普段好き勝手に国を動かしているんだから、これぐらい許すぐらいの器はない物なのか。
それに宰相の言う通りにしたらエルシアがどうなるのかも想像が出来ないのかこいつは。
「無理やりやってエルシアが殺されでもしたらどうするんですか」
私がなぜ分からないんだと思って呆れたように言うと、宰相はまだ理解できていないのか深いため息をつくと。
「だからエルシア様の存在がこの国にとって良くないって事なんです。私あの時も処刑するよう進言しましたよね?その結果この反乱騒ぎですよ!」
段々と感情を抑えきれなくなってきたのか、目じりを吊り上げてテーブルに手をついて立ち上がってしまっていた。
流石にイラついてきて一度はっきり言ってやろうと、私も立ち上がって一色卒初になったその時。扉が乱暴にノックされる音が部屋の中に響いた。
「・・・・・開けろ」
私がそう指示すると入ってきた伝令らしき兵士が、衛兵に何か紙を渡していた。かなり急いでいるようだけど何かがあったのだろうか。
そう突然の来訪者に私宰相も一度冷静さを取り戻して席へと戻った。
「で、何があったんですか」
でも明らかイライラした様子の宰相が衛兵にそう尋ねると、急ぎ足で駆け寄って耳打ちをしていた。そしてその報告が進むにつれて宰相の顔に焦りの色が浮かんでいって、耳打ちが終わるとすぐに立ち上がって声を張っていた。
「ロタール様に反乱の予兆ありとのことです」
「・・・・・・貴方の捏造では無く?」
さっきからロタールの家を取り潰したがってるから、今の一連の流れのすぐあとだと一芝居打っているようにしか見えなかった。そもそも今ロタールが反乱起こす理由も準備も出来ていないのは、偵察と内偵で分かってるはずだし急にそんな動きがあるはずが無い。
だが本人としては大真面目は話なのか、再び怒った顔で私を見ると手渡されていた紙を見せてきた。
「既に館付近では百人以上の冒険者や兵士を集めているんですよ!?しかも領内各地から常備兵を館に集めているって反乱以外に何があります!?」
だからそれも全部お前がでっち上げた虚報なのではと言っているのだけど、あえて無視しているのだろうか。だが他の配下はそれにすら気づかないのか宰相に同意の声を上げだして、すぐに鎮圧の兵を出そうと言い出す始末だ。そんな事したらエルシアが殺されてしまうかもしれないのにバカな奴らだ。
でも事実こんな配下の支持がないと私はすぐにこの玉座を引き下ろされる。殆ど傀儡政権と言っても差し支えないし、私が口を出しているのなんてエルシア関係の事だけで政治は丸投げだし。それもこれもこの宰相がそう差し向けて権力を掌握しているせいに他ならないのだが。
そうどうにか止めれないか思案していると、手際の良い事で既に総員の意見をまとめたのか宰相が私の顔色を窺ってきた。
「じゃあとりあえずブリューゲル大佐を鎮圧に向かわせるという事で良いですね?」
私が拒否した所で勝手に派遣する癖にわざとらしい男だな。私はこの国の王なのに妹の事すら自由に干渉が出来ないのか。
そう血が流れ出そうな程手を強く握って、従うしかないと小さくそれに頷いた。するとそれを見た宰相は一転作ったような笑みをすると、私を背に配下たちに向き直った。
「陛下の同意も取れた事ですし兵は神速を貴ぶです!今日中にでも派遣させてさっさと鎮圧しましょう!!」
私に子飼いの部隊でも居ればいいのだけどそれすらいないから、この空っぽな王座でこれ傍観するしか出来ない。
でも今回は事情が違う。エルシアの事まで見捨てるなら私が私である意味なんてない。だから何が何でもエルシアだけは救って見せる。
私は解散していく配下を眺めつつある人物に会うために、宰相の目を盗んで使用人にその人物を呼びつけるように指示を出したのだった。




