第九十五話 作戦開始
六月九日追記
最後の台詞を一部変更。大筋に変化はありません。
私が館にやってきてからの生活が始まって一ヶ月経とうとしていた。
この館では私達は客人なはずなのに迷惑な奴らな扱いなのか、トイレ入浴以外の時は常に部屋の中での生活を強要されていて、まるで鳥かごの中の鳥の気分だった。
「・・・・暇だな」
だけど生活自体には不満はない。今だって窓際で庭を眺めながら優雅にお茶を楽しめてるし、高そうな飯は一日三食ちゃんと出る。以前のほとんど洞窟な住居よりかは数倍もましだ。
でも外に出もしないのに動きずらいドレスを着させられて、何も変化が無い毎日を送っているとやる事が本当に無くなってしまう。
「お代わりください!」
そう小さな両手で持ったティーカップを私に差し出す使用人服の子供はラウラだ。使用人なはずだけど、まだ子供なせいで出来ない事が多いし、今だってお茶も淹れれないから何故か主である私が淹れないといけない。最早私の方が家事をやっているんじゃないかと思えるほどだ。
そうは思いつつも私はポットを差し出されたティーカップに向け傾けて、茶葉の香りと共に白い湯気を立たせた。そしてそのティーカップが黄金色の液体で満たされていくにつれ、ラウラの顔も釣られて笑顔になって行った。
「ありがとうございます!」
そんなにこのお茶おいしいのかと疑問に思いながら、フーフーとお茶を冷ましているラウラを眺めていた。
すると珍しく来客なのかこの部屋のドアがコンコンとノックされる音がした。その音を聞くなりラウラは両手で持っていたティーカップに口を付けずに、カタンと音を立てて立ち上がった。
「あ、私開けてきますね!」
そう笑顔でラウラが言うと、扉まで走って行って背伸びをしてドアノブを掴んでいた。そしてラウラがその扉を開くと、そこにはこの館の使用人である老人の顔が見えた。
「どうしました?」
私は片手に持っていたティーカップを受け皿に戻してそう訪れた要件を訪ねた。すると要件はすぐに済む事なのか部屋に足を踏み入れようとはせず、使用人はそのまま直立した姿勢で話し出した。
「今日は来客があるので部屋からは出ないようにお願いします。それだけ伝えに来ましたので、ではこれで」
そうさっさと要件だけ言い終えると使用人は、バタン扉を閉めてしまった。冷たい様な雑な様な態度にムッとは来るが、まぁ私が何を言っても意味はないだろうなと諦めた。
「お客さんってだれでしょーね!」
相変わらず私達がどんな扱いをされているのか気付いて無いのか、ラウラは能天気な笑顔で目の前の席に座り直してお茶に口を付けていた。私はそんなラウラの楽観さがうらやましい様なアホらしい様な感じがして頬杖を突いて外を眺めた
「そーだね」
まぁ私の存在があればそれだけで周りにとってみれば良いのだろう。差し詰めお飾りって事だろうし嫌々働かせられるよりはましだろう。
そう今日もなんでもない一日なのだろうと、庭の向こうに見える正門に到着した馬車を眺めながらティーカップを口に付けたのだった。
ーーーーー
「じゃあ手筈通りお願いしますねイリーナ少尉」
そろそろ目的のロタール様の館へと到着しそうな馬車の中。私は最終確認とイリーナ少尉と同伴の高級将校と打ち合わせをしていた。高級将校と言っても直前に押し付けられてた暫く前線に出てない退役軍人だから、あまり期待はしていないが。
「でも見つかったらお前もやばいんじゃないか?」
事前に決めた差薫染なのだが今更ながらイリーナ少尉がそう心配そうにしていた。だがそれに私がそれに答える前に、白いひげを蓄えたアーレンス少佐が不機嫌そうにイリーナ少尉を睨んだ。
「まともに上官を呼べないのか貴様は」
それに対してイリーナ少尉は眉を吊り上げていかにも言い返してしまいそうな雰囲気だった。だが私は到着直前に面倒な喧嘩を起こして欲しくないので、イリーナ少尉に言葉を被せた。
「アーレンス少佐今は後にしてください。それで見つかったらの話ですがその時は貴方の独断行動だと見捨てます。まぁ私も多少処分を下されるでしょうが仕方ないです」
そう今回この館に訪れるのは二人と先方には連絡してある。だから馬車が敷地内に入ったらイリーナ少尉には、別行動をしてもらいエルシア様他仲間を探してもらう。だがもし見つかったらもちろん問題になるから、イリーナ少尉に泥をかぶってもらう。
「でも失敗しなければ良いんです。元盗賊の実力見せてくださいよ」
私が柄にもなく自身の無さげなイリーナ少尉に発破をかけると、やっぱりアーレンス少佐は盗賊という言葉に不快そうな表情を見せていた。まぁこの世代はそもそも貴族以外士官になるのが、ルール上認められてない時代の軍人だから仕方ない。現場からしたらただでさえ人が死んで士官が足りてないという現状を分かって欲しいのだが。
「じゃあ門をくぐったらいつでもいいので、行けそうなタイミングで馬車の床下扉から庭のどこかへと姿を隠してください」
「ッチ・・簡単に言うけどよぉ」
イリーナ少尉は自身が無いようだけどやってもらうしかない。都合が良い事にロタール様は先の戦争でかなり軍費と人員を消耗して余裕が無いのか館の警備は少ないのは事前調査で知っている。
と、丁度良くその時私たちの馬車が止まった。どうやら館に到着したらしく、窓の外には館を外界から遮る様に高く張り巡らされている鉄柵が見えた。
「・・・懐かしいな」
アーレンス少佐がボソッとそう呟いていたが、かなり上流階級の出な上軍歴も長いしロタール様とも何か関わりがあるのだろうか。そうアーレンス少佐をチラッと見るが、腕を組んだまま固い表情をしているだけだった。
そうして門番が遠目に私の姿を窓越しに確認したようで目が合った。イリーナ少尉は私の正面に座っているから気づかれはしないだろうけど、確認が済んだ事だし馬車の中を隠したほうが良さそうですか。
「じゃあカーテン閉めてください」
そうして真っ暗になった馬車は、すぐに手続きが済んだの再び動き出した。事前に敷地内の図面を確認はしたが、館と門の丁度間ぐらいに隠れれそうな生垣があるのは確認している。他にもいくつか候補はあるけど、それはイリーナ少尉の勘に任せた。
だがそんなイリーナ少尉はまだ正門をくぐったばっかだと言うのに、床下の扉を開けようと手を伸ばしていた。
「・・・・・もう行くわ」
「え、任せるとは言いましたけど流石に・・・」
そう私が言うとイリーナ少尉は気づけと言わんばかりにカーテンを少し捲って私を見た。
「・・・・・あ」
その視線を追って外を見ると、庭師の物なのか生垣の所から館に向かって奥の広範囲にハサミの刃先やら帽子がチラチラと見えていた。あれを見てここしかないと判断したのかそう納得していると、既にイリーナ少尉は扉を開けて馬車裏にしがみつこうとしていた。
「失敗したらフェリクスとライサ達頼んだ」
死ぬ覚悟は出来ているとでも言わんばかりに、腹の座った目をしていた。だけどさっきはああ言ったけど、見つかった時にイリーナ少尉を助ける手立てだって考えてある。
「はい。じゃあ閉めます」
私はそう床の扉を閉めて後はイリーナ少尉が上手く庭に隠れれる事を願った。そしてその後はすぐにイリーナ少尉は見つかる事が無かったのか、馬車を誰かに止められることは無く館の前に到着した。
そして真っ暗な馬車の中。アーレンス少佐が先に馬車を下りるのを待っていると、不機嫌そうに私を見てきた。
「・・・・早く先に降りてくれませんかフェレンツ中佐」
「ん?あっ!すみません!」
アーレンス少佐って私が軍に入った時から上の階級だったから、つい癖で部下の様に振舞ってしまっていた。それにアーレンス少佐からしてもこんな私が中佐なんて気に食わないのか、上官だから仕方ないといつも苦い顔をして私に敬語を使ってくる。
そして私は焦り気味に急いで馬車から降りると、出迎えらしく使用人の初老辺りの男が馬車の前に立っていた。
「お待ちしていました。ささこちらへ」
「はい、ありがとうございます」
私とアーレンス少佐は一緒に使用人に続いて館へと入って行った。
そして入った館の内装は大帝国派閥の首魁なだけあってか、廊下には大帝国の属州時代の美術品や絵画がずらりと並べられていた。戦争のせいで財政的にに厳しいからと本国への納税も滞納しているくせに、こんな物を買う余裕があるらしい。
そう冷めた目で煌びやかな内装を見ながら廊下へと進んで行くと、私たちはある部屋へと案内された。
「・・・・・・」
そして入れられたその部屋は日当たりも悪くかなり狭かった。私達が歓迎されていないのはこの部屋を見るだけで良く分かってしまう。
「では後でご当主様の代理がいらっしゃいますので、少々お待ちください」
一応私たちは本国の公的な使者って扱いのはずなのに、顔すら見せる気が無いらしい。まぁどこまでもディアナ様を嫌いって話が絶えない人だから、ロタール様的には嫌がらせのつもりなのだろうな。
でも一応人の耳を気にして不満を呑み込んでいたのだが、隣のアーレンス少佐は違うらしく。
「小さい奴だな」
「ちょ、ちょっと!静かにしてください!どこで聞いてるか分からないんですから!」
私が声を抑えながらも責めるような声色で言うのだが、あまり私の声を聞いていないのか反応を示していなかった。こういうのを見るとアーレンス少佐は良くも悪くも他人に慮る事が無いって事を思い出す。
別にそれを私にするのは良いのだけど、こんだけ冷遇してくる相手なんだからどこかで盗み聞きしていても不思議じゃないのによくやる。
「昔王宮で権勢を誇っていた頃はもう少し骨のある男だと思ってたんだがな・・・・」
やはりロタール様を知っているかの様な口ぶりだった。だが私の注意も聞かずに悪口を言い続けるのやめて欲しいのだが、どう言ったらこの人のボヤキを止めれるんだろうか。
そしてまた何かアーレンス少佐が呟こうとした時にタイミングよく扉が開かれた。
だがそこにはさっき私達を案内した使用人の男の姿だけしか無かった。
「申し訳ありませんが、代理の方も忙しい様なので私が対応させていただきますね」
そう当たり前の事のように私たちの前に使用人服の男が腰を下ろした。これは流石に私も舐められすぎだとカチンときたが、それよりも先にアーレンス少佐が低い声で使用人に話しかけた。
「爵位はあるかね」
「・・・・いや、ただの雇われ使用人ですのでありません」
「じゃあ会話は出来ないな。他を連れてこい」
私以上に腹が立っているのかかなり高圧的な態度だった。使用人もたじろいでせわしなく視線をキョロキョロさせて汗を拭いているが、何か言い返してくる事が無かった。
そしてそんな気まずい沈黙が数分続いた時、やっと使用人が耐えれなくなったのか席を立ちあがった。
「・・・・少々お待ちください」
それだけ言ってバタンと扉を閉めて外に出て行ってしまった。でも実は私達にとっては交渉が主目的じゃなくて、イリーナ少尉が捜索する時間稼ぎをするのが目的だから、私らにとってはこの対応はありがたい。腹は立つのを除けばの話だが。
「・・・・・次代理が来ても突っぱねます」
アーレンス少佐もそれが分かっているのか、まだ粘る気ではあるようだった。私みたいな血筋も無い、しかも女だとあれだけど、アーレンス少佐だと強く出ても波風立ちづらいからそういう役回りをしてくれるのはありがたい。ていうかこの感じさっきも演技であんな事言っていたのか。
そんなアーレンス少佐に頼もしさを感じて今の所は上手く行っていると少し自信を付けていたのだが、この館の主は徹底的に私達を軽視しているのか十分経ってもニ十分経っても扉が開かれる事が無かった。
ここまで待たされるとイリーナ少尉が捕まって、その対応をしているのではとか心配が増してくる。実際時間稼ぎをすると言っても、既にイリーナ少尉が目的を達成したならば時間が延びれば延びるだけ発見されるリスクが上がってしまう。だから丁度終わるであろう三十分から一時間で交渉を終わらせたいのだがそうはいかなそうか。
「恐らくですが大丈夫ですよ。足音からして見回りの動きは変わっていないようですし」
色々思索していた私の考えを読み取りでもしたのか、アーレンス少佐が天井を見上げて言っていた。
確かにそう言われれば足音が聞こえるような気はするけど、もしかしてずっと黙っていたのは足音から状況把握してたのだろうか。
「すごいですね」
「これぐらい当然の事です」
アーレンス少佐はぶっきらぼうにそう言うだけで、目を瞑ってしまった。今の出最初は面倒くさい部下を押し付けられたと思ったけど、それは間違いだったと認識を更新するとになった。
そして更に数分経った時。アーレンス少佐が閉じた目を再び開いた。
「潜入したようだな。しかも二階からか」
一応盗み聞きを警戒しているのか小声でそう呟いていた。恐らく足音でそう判断したのだろうけど、イリーナ少尉も随分潜入に時間をかけたらしい。何かアクシデントがあったりしたのか心配したが、結果論これまたロタール様の嫌がらせが役に立ったって事になって良かった。
「案外あの少尉役に立つのか。礼儀はなってないのが残念だが」
アーレンス少佐はブツブツと独り言のように呟いていた。見た目堅物って感じだけど意外にお喋りが好きなのだろうか。まぁ敬語じゃないし私に向かって話しかけてるんじゃなくて、ただの独り言なんだろうけど。
そうして私達が二人して天井を見上げていると、やっとこの部屋の扉が開かた。その音に泥いて振り返ると、そこにはこの館の主であるロタール様が立っていた。
「いやぁお待たせしました。ちょっと雑用がありましてね」
どうやら中央からの公的な使者を待たせる程の雑用をしていたらしい。ここまで分かりやすく嫌味を言われると清々しいな。
「で、私の領内での捜索要請でしたっけ?」
目の前の椅子に座ったロタール様は、これだけ待たせた癖にさっさと終わらせる気なのかすぐに話題に入ってきた。だが今イリーナ少尉が潜入したタイミングだからもう少し時間を稼いでおきたい。
そう私はテーブルの上で手を組んでロタール様を見た。
「そうです。南方はロタール様の協力が無いと捜索はかなり難航すると思いまして」
「へぇ。ですが私共も先の戦争で余裕が無く手ですね・・・・」
やっぱり協力の意志は無いらしい。でもこれなら交渉を名目に引き延ばせるし、少しずつ譲歩する形で会話を稼ぐか。
「もちろん森や断崖絶壁を捜索して欲しいと言っているわけではありません。街での検問に特徴の合致する人物を拘留していただくとかでも構わないんです」
いかにも切羽詰まっている雰囲気を出すために、組んだ手を強く握って必死そうに言った。するとそれを見て私を下に見たのか舐めたのか、ロタール様がニヤッと嫌な笑いを浮かべたかと思うと。
「ですがねぇ。今でさえは敗残兵の対処で街の治安が著しく低いんですよ。そんな中衛兵に更なる負担を強いるなんて私には出来ませんよ・・・・」
ロタール様は分かりやすく頭を抱える仕草をしていたけど、絶対にただの嫌がらせなのは分かる。そもそも指名手配の似顔絵捜索なんて普段からやっているから、そこに一人二人増えた所で負担は増えないだろうに。
「ですがこれ以上この国を荒廃させる訳にはいかないんです。どうかご協力いただけないでしょうか?」
「んーでもそれは私の様な田舎貴族ではどうしようも出来ないですよぉ。中央の”優秀”な方達なら何とかしてくれるんじゃないんですか?」
時間稼ぎになっているから良いが、ロタール様の話し方が一々腹が立つ。いかに今の政権が嫌いで気に食わないのかがひしひしと伝わってくる。
そうは思いつつ次の台詞を考えていると、それより先に今まで黙っていたアーレンス少佐が口を開いた。
「では留意だけしておいて頂けませんか?また協力できるようになったならば、その時にまたお伺いさせていただきますから」
おそらくイリーナ少尉が出たと判断したのだろう。そうアーレンス少佐は交渉を終わらせる方向へと進めていった。
そしてそれに対してロタール様はオーバーに喜ぶとアーレンス少佐の両手を握って上下に振っていた。
「私としても協力できないのは心苦しいです。ですからそう言って下さるとありがたい限りです」
そうロタール様は軽く頭を下げると、すぐに席を立って部屋から出て行ってしまった。一応客人である私達が出るのを待たない辺り、本当に舐めているのだろうな。まぁでも目的は達成したから後はイリーナ少尉を回収するだけだ。
「じゃあ行きましょうか」
アーレンス様にお礼がてら軽く頭を下げると私もすぐに席を立って部屋から出て行った。
そしてその後は私達は使用人のお付きの元、玄関先の馬車まで案内されて行った。ここからも大事だがあとはいかにバレないようにイリーナ少尉を回収するかだ。
そう気を緩めないようにしていたのだが、開かれた玄関外の景色では予想外の出来事が起こってしまっていた。
「な、なんか警備多いですね」
「あぁ~これはお見送りですよ。きっと御屋形様のお気遣いですよ」
兵士が正門までの道の両脇にずらっと並んでいた。これでは行と同じように馬車の下の扉を使った回収が出来ない。ここまでするとは思っておらず先に共有したどの計画にもこの想定は無い。この先はアドリブでなんとかしないといけないって事らしい。
「・・・・ッチ、面倒くさいな」
私は目の前の光景でいかに回収するかを使用人に悟られない様、必死に頭を回転させて思案していたのだった。
私達の作戦はまだ終わっていないようだった。




