第九十三話 新生活
今朝の七時に前話(九十二話)を投稿しました。遅くなり申し訳ないです。
ハインリヒとの模擬戦を終えて入浴を済ませた僕らは、冷え込んだ空気にせっかく温まった体温が奪われながらも食堂へと向かっていた。
「今日夕飯なんだろな」
「んー魚が良いけどなんだろね」
僕はそう言いながら大きく口を開けて欠伸をしていた。ハインリヒと並んで冷え込んだ木製の廊下を歩いているけど、もう一日の疲れがドッときてもう既に眠くなってしまっていた。
「お、今日は空いてるな」
二人で食堂へと入るといつもより人がまばらで席がかなり空いているようだった。そして僕らは今日の夕飯を食堂のおばちゃんから受け取り、なんとなくその辺に空いていた二人席へと座った。
「いただきます」
今日の夕飯どうやらは魚じゃなくて肉らしかった。何の動物の肉かは分からないが不味くは無いし、まぁ個人的には嬉しい方のメニューではある。
そんな事を考えながらその肉を切り分けていると、食事に手を付けずにハインリヒが不思議そうな顔で僕を見てきていた。
「いつもフェリクスが言ってるそれ何なんだ?」
「・・・なんのこと?」
ハインリヒは急に何か言っていただろうか。そう思いながら切り分けた肉を口に放り込みながら、さっきの自分の行動を振り返っていた。
「・・・・あぁ。いや癖というか意味の無い奴だから気にしないで」
思い当たるとしたらいただきますの事だろう。偶に癖で言っている自覚は会ったけど、ハインリヒの言い方だと普段から言ってしまってるっぽいな。
「へぇーなるほど」
まぁそこまで気になる事でも無かったらしく、ハインリヒもあっさりと受け流してすぐに食事へとありついていった。
僕はそんなハインリヒを尻目に食事を再開するが、頭の中で癖から飛躍した思考が飛び出してきていた。
未だに自分に前の世界の癖が残っているのも驚きだけど、ふと思ってしまうのがこの世界で僕が死んだらどうなるんだろうかという事だ。
また転生でもするのか今度こそ死んだら無になるか、天国地獄なりの死後の世界にでも行くのか。色々可能性は考えられるけど、元の世界で前世の記憶があるなんて奴テレビの中でしか見た事ないし、僕がイレギュラーなだけって可能性が高そうか。
そう考えると死んで次転生がある可能性は低そうか。まぁどっちにしても自分の命は大事だから老衰まで生き残ってやるつもりだが。
そんな意味の無い様な事を考えながら食事を済ませてふと顔を上げると、もう時計の短針は八の数字を回っていた。そしてそれを見た僕は食事のプレートを持って立ち上がった。
「じゃあ行こうか」
既に食べ終わっていたハインリヒと一緒にプレートを返して食堂を出ると、そのまま僕らの部屋がある階まで階段を登って行った。
そしてハインリヒが自分の部屋のノブに手を掛けた時僕を振り返って見てきた。
「じゃまた明日」
「また明日」
僕もハインリヒみたいに部屋に戻りたいが、今日はラースから剣を受け取りに行かないといけない。あれは父さんの送ってくれた大事な物だしな。あと勉強を二人に教えないといけないしさっさと行かないと。
そう足早になりながらラース達の部屋の前に立ってノックをした。
「はいはーい」
するとラースの声らしき男の間延びした声が、ドア越しに聞こえてきた。食堂にも風呂にもいなかったけど部屋にいたのか。
そしてすぐにそのラースの黄金色の髪と碧眼が扉の間から出てきた。
「お、やっと来たな」
僕の顔を見るなりラースは半開きだった扉を一気に開いた。なんか汗かいてるけどまだ部屋で訓練してたのだろうか。そんな予想は当たってたらしく、開かれたドアの先では二人のベットの間の床には、自重トレーニングをしていたらしき跡が見えた。
その片方のベットの上で焦ったように起き上がって、毛布を握りしめるライサの姿もそこにはあった。
どうやらさっきまで寝ていたらしく寝ぐせが立っているのが見えた。
そしてそのライサは寝ぐせを抑えるように手で髪の毛を抑えながら、ラースの方を見ていた。
「え、なんでフェリクスがいるの!?」
「え?言って無かったか?剣取りに来るって」
何かディスコミュニケーションでもあったのか、そう互いに言い合った後に何言ってんだって雰囲気になってしまっていた。
でもライサは段々と怒りが湧いてきたのか、ベットから降りて髪の毛を逆立たせながらラースへと詰め寄っていた。
「そういうの一言いってくれない!?私だって準備もあるんだしさ!!」
でもそんなライサと対照的にラースは困ったように後頭部を掻きながら。
「いやでもお前心読めるんだから要らないだろ」
だがそんな言葉のせいで、まるで僕がここにいるのを忘れているようにライサは、ラースへと怒りを爆発させていた。
「なんであんたの心の声いっつも聴いていないといけないの!?私の能力ってそんな便利な物じゃないの!!!あと部屋でトレーニングすんな!!!!汗臭いんだよ!!!!」
後半は今関係ない物に対する怒りだった気がするが、今まで聞いたこともないような口調でのライサの怒った声に僕は少しだけ驚いていた。まぁ今日ランニングあんだけしてここまで元気あるのは、良い事だけど同室仲は良好に保ってほしいのだが・・・・。
「ってそれは僕が人に言えた義理じゃないか」
僕はそう過熱しだしたライサとラースの間を割る様に、二人の肩を掴んで無理やり距離を離した。
「隣部屋に迷惑だから声落として。ライサが嫌ならすぐに僕も部屋出て行くからちょっとだけ我慢して。ねっ!?」
そしてそのまま二人、主にライサを宥めながら部屋の扉を閉めて部屋の中に二人を押し来んだ。するとまだライサは何か言いたげだったが、どうにか言葉を飲み込んでくれていた。
「ラース。それで剣はどこ?」
「あ、あぁ。ちょっと待っててくれ」
ラースはなんでライサが起こったのか分からないようで少し戸惑いながら、部屋の奥に積んであった荷物を漁り出した。
そしてそのラースが剣を持ってくるのを待っている内に、隣ではライサが毛先を弄りながら僕を見上げていた。
「・・・・そ、そのあれだからね!サボってたとかじゃなくて疲れてたから一旦!!一旦休んでただけだから!!!」
よほど恥ずかしかったのか顔を赤くしてライサが叫んでいた。別になんとも思って無いし、わざわざ弁明する事でもないだろうに。と、そう思いつつもライサ的には気にしている事なのだろうと納得して、探し回っているラースを見ながら僕は言った。
「ライサが頑張ってるのは分かってるからさ。そんなに気にしないで良いんだよ」
ライサは頑張りすぎてしまう所がある。それは美徳かもしれないけど自分を追い込みすぎても逆に効率が悪くなる事だってよくあるんだ。
そう思って僕は言葉を投げかけたのだが、ライサがそれに対して何か言おうとしてまた引っ込めて、口ごもってしまっていた。
そしてそんな事をしている内にやっと見つけたのかラースが剣を片手に僕の元へと走り寄ってきていた。
「あったぞ!!」
ラースの手には確かに父さんが僕に買ってくれたショートソードが握られていた。もう今の僕の体に対して小さくはあるけど、物が良いから武器としてはまだまだ使える。それに形見でもあるんだから手放したくないしな。
「ありがと」
お礼を言って一か月ぶりに受け取ったその剣は、記憶よりも軽く感じた。でもそれは僕が今まで肌身離さず持ってきた大事な物ではあるのは確かだった。
そして僕はその剣を大事に持って、もう一つここに来た目的があったと思いだして顔を上げて二人の顔を見た。
「じゃあ二人とも勉強しようか」
僕がそう言うと自慢気な顔だったラースの顔は分かりやすく歪んでいた。そしてそのラースは何か思いついたようにあっ!と声を上げると。
「俺風呂入ってくるから後で良いか?ライサが臭いって言うしさ!」
「・・・ラースはサボりたいだけでしょ」
そうライサがジト目になってラースを見ていたけど、その当人であるラースは僕の返事も待たずにさっさと着替えを持って逃げる様に部屋から走り去ってしまった。
そんな騒がしかった奴が居なくなった事で、僕とライサだけになった部屋の中がやけに静かになってしまった。だがすぐにライサは切り替えたように自分の机を指差して言った。
「じゃ、じゃあ二人で勉強する?」
「まぁそうだね。図書館で勉強しようか」
元々その約束だったからそう言ったのだが、なぜかライサは不満気な顔をしていた。だが特に直接言ってくるわけでも無かったので、ライサの支度を待ってから一緒に図書館へと歩き出した。
「そういえばライサはまだ僕の心の声分からないの?」
階段の手すりに手を置きながら、勉強する為か髪を後ろで縛ったライサにそう質問した。するとライサはその縛った髪の毛を尻尾のように揺らして僕を見てきた。
「うーん。まだ分からないかも」
なら僕はまだ僕は頭の中では日本語で思考しているって事なのか。もう二十年弱も日本語喋って無いからそろそろ切り替わったりするものかと思ったが、そんな事は無かったらしい。
そう思っていると、ライサは僕より一歩早く踊り場へと足を踏み出した。
「でも心が読めない方が私にとっては良いかな。偶に不便に思う時もあるけど」
ライサははにかんだように笑って後ろに手を組んで僕を見上げてきていた。
当人からしたら便利そうに見える心の声が聞こえるって能力も、他人では推し量れない程負担になっているんだろうな。それで僕がライサにとって楽に話せる相手であれるなら、ライサの言うように心が読めないままの方が良いのかなと思ってしまう。
「じゃあこのままが良いね」
僕はそう答えてライサの隣に並ぶと一緒に一個下の階段へと足を運んでいった。
ーーーー
そうして僕らは図書館へと入って、ラースが後で来ても分かりやすいように入り口付近の机で教本とノートを開いていた。
「じゃあ分からない事があったらどんどん聞いてね」
教えると言っても数学的な事はまだ先なので、一緒に勉強をしてライサが分からない単語の意味を教えるぐらいの事しか出来ない。だから本人のやる気次第な所が大きいのだが、ライサは大丈夫なようで気合を入れ直すように髪の毛を縛り直して、教科書へと向かって行っていた。
そしてそれを見て僕も負けてられないと今日の内容の復習を始めて行ったのだった。
それからは二人で集中して勉強をしていった。そんな僕らの周りでは誰かの咳払いや本のページが捲られる音。それにライサがノートに書きこむ音だけが静寂な図書館の中に響いていた。
そんな時間が一時間弱経った頃。散発的にあるライサの質問に答えつつ勉強をしていたのだが、そろそろラースが来ないとおかしい時間になっていた。だから今何時だろうかと顔を上げると、隣で勉強していたはずのライサの頭が上下に揺れているのが見えた。
「・・・・・疲れてるもんな」
朝五時から自分の適性以上の距離のランニングをして、夕方にも同じ距離を走ったとなればもう電池が切れてもしょうがないか。女の子とは言え申し訳ないけど無理をさせないと試験には間に合わない。
そう心を鬼にして僕はライサの肩を揺らした。
「あと一時間は頑張ろ?」
まだ開いたり閉じたりするライサの瞼を見た。かなり眠そうなのはひしひしと伝わってくるが、起こさなければと肩を今度は叩いた。
「・・・・・あー・・・・うん。起きる・・・から・・ちょっと待って」
しどろもどろながら意識が現実世界に戻り出したライサは、思いっきり両手で頬を叩いて目を覚まさせていた。でもその音のせいで周りから変な目で見られてしまっていて、僕が少し恥ずかしくなってしまったが。
「じゃあ頑張る」
でもライサはそんな視線に気付いて無いのか赤くなった頬のまま、ペンを握って再び教本へと向かって行っていた。そしてその時ちょうどタイミングよく図書館の扉が開かれ、教本を持ったラースの姿が見えた。
「おーい」
僕は周りに迷惑にならない様小声で手を振ってラースを見た。するとすぐにラースが気付いてくれたようで僕の正面の席に腰を下ろした。
「ごめんごめん。ちょっと飯食ってたらコンラートに話しかけられてな」
「何の話したの?」
飯は一旦置いておくにしても、コンラートの話が気になった僕はその話に食いついた。
何かコンラートとラースに関わりがあったようには見えなかったし何を話したのだろうか。僕の時みたいに新入生に気を使って話しかけてくれた感じだろうか。
「ただ分からない事があれば協力するってさ。あいつ良い奴だな」
やっぱりそうだったか。明日辺りにでもコンラートにはお礼言っておかないとな。
そうしてここで会話は終わりと僕はラースの教本を開いて、ペンを手渡した。
「じゃあ勉強するよ」
「あいよ」
心底面倒くさそうな顔をされたが一応真面目にやるらしく、教本を睨みながらラースは勉強を始めていた。
そんなラースを見て安心して勉強を再開したのが、十分も経たない内に僕の正面からはグゥグゥといびきが聞こえてきていた。
「はやいな」
飯を食った後は眠くなるのは分かるけど、流石に十分は早すぎないか。まだ教本も一ページめくっただけだしそのペースだと、前期の勉強すら終われないぞ。
だから僕は視界の先にあるラースのつむじにペンをツンツンして起こそうとするが、一切ラースが反応を示す事は無かった。
「ラース。起きて」
場所が場所だから大声が出せないから仕方ないが、小声で呼びかけても一切反応なし。ならばと僕は机の下の右足を揺らして、ラースの脛目掛けて蹴り上げた。
「ッ痛ってえええ!!!」
するとやりすぎてしまったようでそんな叫び声と共にラースは飛び起きた。だが司書さんや他の利用者の目があるので、僕は申し訳ないと思いつつ立ちあがったラースの肩を掴んで無理やり座り直させた。
「静かにして。あと眠いのは分かるけど勉強頑張って」
「・・・・おう」
そんなラースを呆れたようにライサが見ていたが、自分が寝ていたの忘れているのだろうか。だがすぐにそんなライサも教本へと視線を戻して勉強を再開していた。
そうしてその後は特に何かがあった訳では無く、二人の質問に答えつつなんだかんだ十一時過ぎまで僕らは勉強をしていた。
だがその時間には流石に二人ともきつそうでペンを持つ手が既に止まってしまっていたようだった。
「じゃあ今日は終わろうか。また明日も同じ時間に来て」
僕は二人の肩を揺らして立ち上がった。僕は夜型だからまだ自室で勉強を続けるが、二人はここに来て日も浅いから余計に疲れているだろうしここで一旦終わりだ。
「やぁっと終わったぁ」
「フェリクス今日はありがとう」
そうして体を伸ばす二人を立たせて図書館から出て部屋へと向かった。もうラースに至っては半目になってせっかくのイケメンが台無しだった。ライサ眠そうに眼を擦っているけどまだなんとか意識は保っているようだった。そんな二人がコケないよう気を付けながらラース達の部屋まで送ってあげて、一人になった僕は気合を入れた。
「よし。じゃあ僕は勉強だ」
閉じられた扉を見て自分にそう言い聞かせて、スタスタと自分の部屋へと歩いて行った。そして自室のドアノブを掴んで扉を開けた。
「こ、こんばんわー」
扉を開くなり机の上で勉強していたらしきアイリスのキツイ視線が僕を出迎えていた。また不機嫌そうだけどまた何かやらかしてしまったのだろうか。
そう怯えながら恐る恐る自分の机に座って勉強道具を広げだしていると、その不機嫌そうなアイリスが口を開いた。
「何してたの?」
「図書館でラース達に勉強教えてた」
「ふーん」
それだけ聞いてアイリスは自分のノートへと視線を戻してしまった。相変わらずアイリスの想っている事が分からない。
でも考えててもしょうがないと思考を切り替えて、僕も教本を開いて明日の予習を始めて行ったのだった。
ーーーーーー
「じゃあ用意は良いですか?」
私が荷物を纏めてイリーナ少尉にそう問いかけると、困ったような表情を浮かべながらも背嚢を背負っていた。
「まぁ良いけどよ。本当に大丈夫なのか?」
「建前上交渉に行くだけです。別になんら違法性も無いですし、これぐらいなら私の権限内の行動ですから」
どれだけやっても手掛かりを掴めずに詰まった私達は、イリーナ少尉が言った事を参考に攻め方を変えて誰かがあの自称エルシア様を匿っていると仮定した。だが私みたいな下級貴族の人間が強制捜索する訳にもいかないし、疑うだけでも軋轢が生じてしまう。だから今回は人手を貸して欲しいからその交渉という名目でロタール様の館へと向かう。これが上と交渉した限界ギリギリの出来うる行動だった。
「貴女が要なんですからしっかりしてくださいね」
イリーナ少尉は元その組織の一味だったから顔見知りが多いはず。だから館内に一人でもそんな人間が居れば確実にロタール様はクロだ。まぁでも仮にクロだったとしても流石にそういう人間は隠すとは思うが、手掛かりがない今は贅沢を言ってられない。今の私達は、少しだけでも可能性がある所に手を突っ込むしか出来ないのだ。
「じゃあ行きますか」
そうイリーナ少尉が扉を開くのに続いて、私や帯同する部下数名と一緒に扉をくぐった。
次にここに帰ってきてアイリスやフェリクス君と会えるのはいつになるのだろうか。いい加減アイリスとちゃんと話さないといけないし、帰ったらフェリクス君に仲介を頼んでみるか。
そんな事を考えながら私はコツコツと足音を立てて、新しい戦いに向けて歩を進めていったのだった。
自分で言った事を守れなくて申し訳ないのですが、明日も投稿が遅れてしまいます。ご迷惑をおかけします。




