第九十一話 早朝
ライサ達が学校に来てから次の日の朝を迎えた。
今日の朝も相も変わらず宿舎は暖房設備が貧弱なせいで、毛布の外に顔を出すだけで眠気が一瞬で覚めそうになる。だから毛布に包まって微睡んだ意識のまま時間いっぱいまで粘ろうとしていたのだが、いつものように僕より早く起きた人物が同室にいた。
「朝。起きて」
そんな声が毛布越しに聞こえてきていたが、問答無用なのか僕が何かを返事する前に毛布を思いっきり引っ張ってきた。そのせいで寝間着の隙間という隙間から凍えるような空気が入り込んできて、さっきまでの温かさが一瞬でどこかへと行ってしまった。
「・・・・・おはようございます」
もう眠気も冷めかけてしまったので、まだ閉じていたい目を渋々開くと僕の毛布を手に取ったアイリスがそこに立っていた。しかも呆れたように見下した目線と一緒にだ。
「早く行くよ」
「・・・はい」
のそりのそりとベットから降りるけど、やっぱり寒すぎる。多少日の出が早くなったとはいえ、まだまだ暗いこんな時間にランニングするとかアホすぎる。まぁこんな思考もう何十回も繰り返してるけど、意味も無く結局黙って走らなきゃいけないのが辛い。
そう不満をぶつくさと思いつつ訓練着を手に着替えようとしていると、ふと背後に視線を感じた。
「・・・着替えたいんですけど」
アイリスがなぜか部屋から出て行ってくれてなかった。流石にガン見されながら恥ずかしいから、出て行って欲しいのだが。それに今上脱いでて寒いから要件があるなら早く言ってくれ。
するとアイリスは自分の肩を指で差しながら僕に言ってきた。
「傷。痛まない?」
「ん?あぁそう言う事。大丈夫だよ」
僕が上脱いでたから気になったのか、少しだけ心配そうに聞いてきていた。右肩が痛いっちゃ痛いけど、激し目に動かさなければ大丈夫そうかな?でもどっちにしても右腕はしばらく絶対安静だな。
「・・・そう。早くしてね」
僕の返事を聞くなりアイリスが特に反応も見せずにバタンとドアを閉めてしまった。目に入ってなんとなく気になっただけなのだろうか。
「うし、行くか」
そうして訓練着に着替え部屋の外にいたアイリスと合流しつつ、ランニングの為にグラウンドへと降りるた。
するとそこには既に運動をしていたのか汗まみれになったラースの姿があった。他にもちらほらクラスの子がいるが、皆も触れずらいのか誰も話しかけてないし、何か浮いてるけど周りと馴染めるか心配だな。
「何してたの?」
「ん?自主練をな。しばらく日課だったから続けたくて」
もう熱を方室してるのか肩から湯気みたいの出てるし、既に息切れしてるしでどんだけハードに鍛えてたんだよ。こんな寒いのに腕まくってるのは置いといても、流石に汗かきすぎてて気持ち悪そうだな。
「これ使って」
僕がランニング終わった後に使うようだったけど、流石にこのまま放置すると体冷えちゃうしな。
完全に善意からの行動だったのだが、少しだけラースは戸惑ったような表情を見せながら僕のタオルを受け取った。人の使った物はあんまり使いたくないタイプだったっけか。
「おう。ありがとな」
そんな僕の心配をよそに、ラースは天を仰ぐようにしてタオルで顔を拭いていた。今のラースって見た目が爽やかなタイプなだけあってか、こういう運動終わりの所を見ると夏の飲料水CMに出てそうな感じだった。
「お、おはよ!」
もうそろそろ始まるって時間ギリギリになって、ライサも遅れてやってきていたようだった。遅いから朝弱いのかと思ったけど、割と声も出てて眠そうでは無さそうだった。
「おはよ。昨日は寝れた?」
振り返ってライサの顔を見ると、寝ぐせが気になるのか髪をいじって視線が合わなかった。まぁ女の子だし朝セットとかあって気になってるんだろう、知らんけど。
するとその時に丁度鐘の音が鳴ったので、僕らは隊列を組んで敷地内を走り出した。まだ空も紫色だから足元が見えづらくて走りずらい。
だがいつもと違うのが教官がいるのだがここ一週間はいない。そのせいか普段の様に隊列を組んで一定ペースで走るのではなく、各々のペースで走ってしまっているからかなり隊列がばらけるようになっていた。まぁ僕としても自分のペースで走れるからそっちの方が楽だから助かる。
「・・・ラースはっや」
そうは言っても手を抜いてないはずだったのだが、始まって数分も経つと僕の視線の先ではラースに既に数十メートルも離れた位置にいた。
全く呼吸も乱れてないようだし体力お化け過ぎないか。でも逆にライサは体力が無いのか二十分経った頃にはゼェゼェ言いながら僕の後ろを走っていた。元々運動得意そうでは無かったからこれでも頑張っている方だとは思うのだが。
「フェリクスー?」
「ん?どうした?」
ライサを心配して後ろを気にして振り返っていると、何か用事があるのか横で走っていたハインリヒに話しかけられた。そうして視線を戻すと見えた横顔は相変わらず銀色の髪に眼鏡、それに鋭い目つきでクール系のイケメンだなと改めて思った。てかコンラートやラースと言い周りが皆容姿が良すぎて、自尊心が削られていく。
「ラース君って何やってたんだ?身体能力かなり高いよな」
「あーそうだね・・・・」
正直聞かれても僕も最近のラースは知らないから、何とも答えることが出来ない。でも黙ってるのもおかしいから何かそれっぽく答えておくか。
「昔色々あったからそれ関係で頑張ったんだろうね」
かなり濁しながらそう言うだけに留めておいた。あんまりラースとしても家族の事は言いふらされて欲しくないだろうし、もちろん盗賊の事もいう訳にはいかないから、ぼんやりとそう答えるしかなかった。
でもそれでハインリヒは察してくれたのか納得したようにしてくれていた。だがその時に僕らの間を割り込むようにしてコンラートが無理やり入ってきた。
「てかフェリクスも同じ故郷って話だけど、その地域で何かあったのか?」
どうやら僕らの会話を聞いていたのか、どうも答えずらい質問をしてきた。ハインリヒはその辺察して聞いて来なかったっぽいけど、コンラートは割とこういうグイグイ来る所がある。別に嫌な奴では無いけど、他人に興味がありすぎると言うか情報を集めるのが好きだよなこいつ。
「んーあんまり言いたくないかも。それとラースにも聞かないであげて」
僕が変に嘘をつくとラースと食い違って面倒くさい事になりそうだったから、一応色々考えた上でこう答えた。それにラースにとってもあんまり思い出したくない事かもしれないしな。
するとそんな僕の気持ちをあっさり分かってくれたようで、コンラートは少しの沈黙の後申し訳なさそうにして、謝罪の意を示すように両手を合わせてきた。
「あ、すまん。気ぃ使えてなかった」
「大丈夫だよ。別に怒ったりしてないから」
そんな会話をしている内にもその当人であるラースが僕らの視界から消えてしまっていた。僕らが話してて遅いだけなのか、ラースが早すぎるのか分からないがそれでもラースすごいな。
そう思っているとそのラースの声がなぜか後ろから聞こえてきた。
「フェリクスー!なんかペース落ちて無いかー!?」
振り返るとさっき見た時より汗をかきつつもとんでもないペースで走るラースが見えた。まだ三十分ぐらいしか走ってないけど、ずっとそのペースで走り続けるつもりなのだろうか。
「ラースが早すぎるんだよー!」
微妙にまだラースが後ろにいるせいで、少し声を張り上げて返事をしないといけないから周りの視線が恥ずかしい。話しかけるなら追い抜くときとかで良いのに、僕が見えた瞬間になんて焦らないでもと思う。
「そうか!後で風呂行こーぜ!」
だがそんな事を思っている内にもラースは僕らの元まで迫っており、そう言ってそのまま追い抜いて行ってしまった。絶対気のせいだろうが、ラースが近くにいた時体感温度十度は上がった気がする。
「ラース君元気だね・・・」
ハインリヒがそう引き気味にラースを見ていた。昨日会った時は大人になったなと思ったけど、今のラースはまんま昔のラースだな。昨日が演技していたというか猫を被っていたって事なのだろうか。
「あれはあれで良い所でもあるから」
別にラースのそういう所は嫌いじゃない。ルーカスは常々嫌がってたけど、元気がもらえるタイプの明るさだから鬱陶しいのを除けば好ましい。それにやっとあの盗賊から解放されて嬉しいのもあるんだろうし、変に押さえつけたくない。
そう思って思い出したかのようにもう一人の転入生であるライサを見たのだが、今にも吐きそうな青い顔でもう足もフラフラとしてしまっていた。
「ちょ、ちょっと無理かも・・・・」
教官も居ないし多少休ませても大丈夫だろうか。普段は絶対そんな事許されないけど、ライサは初日だし流石にこれで吐いたりしたら可哀そうか。
「一回休憩挟む?」
僕はライサのペースに合わせるように緩めて並走を始めた。だがライサは僕の問いかけに首を振って、足を止めようとしてなかった。
「初日だし仕方ないよ。ラースがおかしいぐらいだしさ」
僕がそう言ってもライサは何かを気にしているのか、周りをチラチラ見て一向に走るのを辞めなかった。もしかして皆の心の声を気にして走るのを辞めないのか。
でもそれをここで大っぴらに聞くわけにはいかないし、原因が探りようが無くて困るな・・・・。
「じゃあもうちょっとペース落とそうか。最後まで走り切るつもりなら猶更さ」
ライサの肩に手を置いてそう言って、僕は先にペースを落とし始めた。別に僕は遅刻ばっかりしてたし、周りの評価は今更だろうからなんでもいい。それにせっかく外に出れたライサに無理をして欲しくないしな。
「・・・ありがと」
短くそう言葉を発するだけでライサは、喉元まで来ているのか吐きそうに口を押えていた。でもそれでもなんとか耐えて前を向いて走り続けようとしていた。
やっぱり明らか無理しているしこれ以上走らせるの可哀そうだけど、本人が走るって意思表示してるしどうしようも出来ないか。
そう困っているとまた前方から速度を落としてやってくる人物がいた。
「フェリクス。私代わるから先走ってて」
すると今度はアイリスが僕らを見かねたのか、ペースを落としてやってきてくれていた。案外優しい所もあるじゃないか。
「アイリスは良いの?」
「大丈夫。私もライサちゃんと話してみたかったし」
話すって今のライサ話す所の状態ではない気がするが、アイリスなりに僕が気を使わない様言ってくれたのだろうな。それに女の子同士の方がライサにとっても楽だろうしそうするか。
僕はそう解釈してアイリスに小さくお辞儀をしてペースを上げた。
「ありがと。じゃあ頼むよ」
僕はライサに小さく手を振ってからコンラート達の集団へと走って行った。でも少し心配だからペース遅めで見守るつもりではあるが。
私はそんな走り去っていくフェリクスの背中を見て、隣で青い顔して今にも死にそうなライサさんに声を掛けた。
「ここで吐くとフェリクスとラースさんにも迷惑かかりますよ。自分でやばいって分かるなら休みませんか」
なんで自分がこの人に気を使っているのか分からない。でもなんかフェリクスと一緒にライサさんを居るのを見ると、気になって嫌だったからつい代わってしまった。
「・・・ここで辞めたら明日はもっとすぐに諦めちゃうから」
以外に意固地なのかそう言って足を前に出すのを諦めてなかった。こんなランニングでそこまで覚悟を決めなくても良いと思うんだけど、何をそこまでこの人を突き動かすのやら。
「そっすか。じゃあ吐かないでくださいね」
「・・・・わ、分かってる」
この人とフェリクスはどんな関係なんだろうか。仲は悪くなさそうだけどなんか微妙に二人に温度感の差があるし良く分からない。でも明らかフェリクスはこの人の事を気に掛けてはいるようだし、ライサさんもフェリクスと話す時だけ緊張して声も高い。
・・・・・なんかモヤっとするなぁ。
私は少しだけ上がった息を抑えながらそんな事を考えて走っていた。そしてそのまま私の隣でライサさんはなんとか走り続けて、終了の鐘が鳴るその時まで足を止めることは無かった。
「・・・・・むり」
だが鐘の音が聞こえると同時にふらっと顔面から地面へと倒れようとしてしまっていた。正直この人汗で服がベタベタしてるから触りたくないけど仕方ない。そう私は地面とライサさんの体の間に両腕を差し込んで、この人の顔が血まみれになるのを回避した。
「しっかりしてください。医務局行きますよ」
朝ごはん食べたかったけど仕方ないか。もうここまで来たら見捨てられれないしと、私はライサさんに肩を貸して医務局まで歩き出した。
「大丈夫そう?」
すると息を切らしながらもフェリクスが駆け寄ってきた。なんだかんだライサさんが見える位置でずっと走ってて心配そうにしてたから、来るんだろうなと予想は出来てたけど。
「今度飯奢って」
普通に私がやるって言えばいいのに、恩着せがましく言うのは良くないって分かってる。でも素直に言うのは恥ずかしいし、こいつ相手に無条件で善意を見せるのはなんか嫌。
「・・・助かるよ。今度奢らせてもらうね」
それに嫌そうな顔一つせずにこういう事言われるのも嫌だ。なんか私の思っている事全部見透かしている様なその顔が腹が立つ。
でもこんな面倒くさい私と未だに会話をしてくれる。大体の人なんて一か月も経てば誰も話しかけてこなくなったのに、まだ私を見ていてくれるのは少しだけ本当に少しだけ嬉しい。
「・・・・・・ほんとに」
そう呟いてフェリクスから背を向けて歩き出した時。なぜかライサさんが私をジッと見てきていて、少し怖かった。
ーーーーー
「・・・おき・・・・・おきて・・・・・・・起きてください!」
この館に来てから一日目の朝。私は朝からラウラに叩き起こされて少しだけ不機嫌だった。
だけど起きないわけにもいかないと瞼を開けると、それと同時にラウラがカーテンを開け一瞬視界が真っ白になった。
「何?」
「もう昼前ですよ!朝ごはん冷めちゃいますって!」
昨日何にもせず寝たせいか髪の毛がゴワゴワして気になる。手入れ面倒くさいし今度短く切っちゃうか。
私がそんな事を考えながら毛先を触っていると、まだ何かあるのかラウラがベットで横になる私の前に立った。
「聞いてますか!?」
「朝からうるさいって。なに?どうしたの?」
やる気出しすぎだろと思いつつ、目の前のいつの間にか給仕服になっていたラウラにそう聞くと、呆れたように肩を落としてどこかを指差した。
「だから言ってるじゃないですか。朝ごはんあるので冷めない内に食べてくださいって」
「・・・ん?あぁはいはい」
別に朝はそんなにお腹減らないんだけどなぁ。
そう私は渋々起き上がって朝食らしきテーブルに並べられた食事を見たのだが。
「品数多いな」
別にパンとスープがあればそれでいいのに、こんなに手を込んだものを出さなくても・・・・。
と、そうは言っても文句が言える立場じゃないから食事に手を付けていると、ラウラがどこかから持ち出したのか櫛で私の髪を梳き始めていた。
「エルシア様って髪長いですよねー!」
そんな事を色々言っていた気がしたけど、私は反応せず淡々と味の薄い食事を取っていた。もっと貴族のご飯って美味しい物だと思ってたけど、私の舌が貧乏なだけなのだろうか。
そんな事を思いつつ真っ白なパンを口に運ぼうとした時、後ろの小さな体から腹の音が聞こえてきた。
「あ、すみません・・・。まだ朝まだでして」
振り返ってラウラの方を見ると恥ずかしそうに頭を掻いていた。部屋の端にラウラの食事っぽいものが見えてたけど、もしかして私が食べるのを待ってたのだろうか。
「先食べな。髪は後でお願い」
「え!良いんですか!!」
そう目を輝かせて櫛を置いて自分の食事を取りに行ってしまった。言ったのは私だけどもう少し遠慮するものだと思ったのだけど、子供だし仕方ないか。
そしてラウラは急ぐように走って自分の食事の乗ったプレートを取りに行ったかと思うと、今度は私のテーブルの上に置いて、向かい合って座ってしまっていた。
「・・・・まじか」
「どうしました!?」
あんまり使用人が主と食事を共にするって無い気がするんだけど、私が指摘する前に食べ始めてしまっていた。まぁ別に今更貴族ぶるつもりも無いから良いけど、なんかモヤっとするなぁ。
「美味しいですね!!」
でもまぁ放っておくか。注意すると落ち込んで面倒くさそうだし。あ、でももう少しマナーは必要だな。
「食べ方汚いから、後で教わってきな」
「はい!分かりました!!」
口に物を入れたままそうでかい声を出すラウラに、やっぱり別で食べたい気持ちを覚えつつも私の貴族としての初日の朝が過ぎていったのだった。
明日は投稿が遅れるもしくは投稿出来ないかもしれません。申し訳ないです




