第九十話 適材適所
からからと馬車の車輪が回る音に、空を切るような馬に鞭打つ音が響く中。私達は真夜中の街道を進んでいた。
「いやぁ楽しかったねぇ」
今回私を巻き込んで滅茶苦茶やってくれたクソジジイが、愉快そうに御者台で笑顔を浮かべていた。でもそんな変人に返事をするのも面倒くさい。それに疲れたからそれを無視して、隣でウトウトしてしまっていたラウラに毛布を掛けていた。
「いつの間に回収したの?」
馬車に乗り込んだときには既にいたけど、衛兵たちに捕まってから一度も姿を見ていなかったからどういう経緯でここにいるか分からない。このジジイの事だから見捨てたものだとばかり思っていたのだが。
「ん~まぁついでにね。これから寂しくなるだろうからね」
「・・・・・?」
何を意図してそう言った事かは分からないけど、まぁそこまで考えての発言では無いのだろう。でもっどっちにしても、この子が死んでようが生きてようがどうでも良かったんだけどね。
それよりも気になるのはさっきから私たちの馬車以外に他の馬車が無いし、広場だと数十人もいたはずなのにどこへ行ったのだろうか。
「心読める子とか皆置いて来たからね。寂しくなるけどいつか戦えるといいねぇ」
はぁ置いて来たと。それするメリットあるのかとも思うけど、ライサの奴は会えて喜んでるんだろうな。私は絶対にこの世界では思い人には会えないから少しうらやましく感じてしまう。
でもそんな事考えてても仕方ないか。
「計画はあるの?」
「今の所は理想通りすぎて怖いぐらいだよ。そろそろ何か想定外の事が起きてほしんだけどねぇ」
これも本当なのか分かんないな。ラインフルトでの一件も明らかアドリブっぽかったし、ちゃんと考えてあるのだろうか。そろそろ面倒くさくなってきたし、フェリクス殺してやり直しても良いだろうか。おおよそ得れそうな情報手に入れたのだろうし。
「・・・寝よ」
まぁどうせ一年以内に動くのは決定事項っぽいし、後はなるようになるだろう。この世界で私がやるべき事はやったし、後は流れに身を任せよう。
そんな思考も終わらせ、ゆりかごの様に馬車に揺られながら段々と睡眠を誘引させようとしていると、私の睡眠を邪魔するかのように私の膝にくすぐったい感覚がした。
「・・・・・ッチ」
渋々開いた視線の先では、ラウラの頭が私の膝の上に乗っかっていた。寝るなら一人で寝て欲しいんだが。でも変に頭どかすと騒ぎそうで面倒くさそうだしなぁ・・・。これだから子供は嫌いなんだよ。
「ツイてな」
私は白く冷たいため息をついて、膝の上の小さな頭に手を置いたまま瞼を閉じていったのだった。
ーーーーーー
それから更に馬車に揺られる事一週間。どうやらいつもの拠点には戻らないのか、以前訪れた貴族の館に私たちは連れて来られていた。
「しばらくここでお世話になるから失礼の無いようにね」
そう言われた時には、いつ準備したのかまた私とラウラは歩きずらいドレスを着させられていた。
そしてこの靴早く脱ぎたいとか思いながらも、私はラウラの手を引いて馬車から降りると、この館の主である貴族が私達を出迎えてくれていた。
と、言っても歓迎というよりは怒りの感情の方が強そうで、一緒に降りてきたジジイの顔を見るなり距離を詰めていた。
「よくもあんな勝手な事しておいて顔を出せたものだな」
「いやぁ行けそうだったからさ。これから一緒に頑張ろうね」
ジジイより貴族の方がガタイが良いのだが、ジジイはそう煽る様に肩をポンポンと叩いてその脇を通り過ぎようとしていた。するとやっぱりその行動が貴族は怒りが更に増幅されたのか、額に血管を浮かべてジジイの胸倉を掴みかかっていた。
「今のお前の立場分かってんのか?すぐにでも処刑台を用意してもいいんだぞ?」
「ロタール君も冗談がきついねぇ。私が捕まったら君も巻き添えだよ?」
首元を抑えられているのにも変わらずニヤニヤして、全く焦るような素振りすら見せなかった。そんな態度にロタールと呼ばれた貴族も、今にも殴りかかりそうな雰囲気だったのだが、ジジイの言った事も事実なのかなんとか後一歩の所で踏みとどまっていた。
「私達は一蓮托生って奴なんだよ。頑張ってよね」
そう言ってロタールの手を無理やり引き離すと、ジジイは私を一瞥して館へと歩いて行った。多分ついて来いって事だろうからついて行くけど、ロタールって人の明らか怒気を含んだ視線を向けてきていて不快だった。
「本当に計画通りなの?」
「うん?でもどっちにしろ君は従うしかないでしょ?」
まぁ私の人生が一回きりならそうなるのだろうけどな。でも残念。私は今死んだって正直良いから、お前に従う義理も理由も何もない。お前の言いなりになるのも気分が悪いし、どっかでやり返してやりたいな。
そんな思考を巡らせていると、ジジイが珍しく目を細めて不快そうに私を見てきた。
「・・・・君って変だね」
お前に言われたくないって言葉が喉まで出かけていた。いや変な奴に変だと言われたのなら、それは普通って事か?いやこれもクソ程どうでも良い思考か。
そんな会話を挟みながらも館へと入っていくと、ロタールはあんな事を言っていたけど部屋は用意してあるらしく、館に入るなり使用人らしき老人に部屋に案内された。
「ひ、広いですね!」
ずっと元気が無さげだったラウラが、珍しくはしゃいでいた。まぁ確かにお姫様の部屋って感じで煌びやかで子供は憧れそうだけど、逆に寝ずらそうに感じてしまう。
てかあの使用人一緒にこの部屋に案内してきたけど、こいつと一緒の部屋かよ。使用人部屋に入れておけよ。
「・・・・とりあえず飯食べようか」
腹が減った。これだけの貴族ならさぞ美味しい飯が出てくるのだろうし。そう後ろにいた使用人に確認をすると、部屋からは出てはダメなのか私達に待つように言って扉を開けて出て行ってしまった。
「・・・・・・・はぁ」
そして二人だけになった部屋で落ち着けると思ったのだが。ラウラが部屋の装飾に興味深々なのかソワソワして辺りをキョロキョロしていた。
「私寝てるからその辺掃除しておいて」
私ははしゃいで掃除用なのか布を手に走り出したラウラを呆れながらも、歩きずらい靴を脱ぎ棄てて用意されたベットへと体を預けた。
「あ、これ良い」
体が沈むってこんな感じなんだ。寝藁と全く別物過ぎて、これ次の世界で寝不足になってしまいそうだ。最近は面倒くさい事ばっかでイライラしてたけど、あのクソジジイも偶には良い仕事もするものだな。
「こ、これ!見てください!!ねぇ!!」
でもやっと良くなり出した機嫌も、そんなラウラがうるさい声に再び悪くなってしまった。一人で楽しむのは良いが私を巻き込まないで欲しい。
しy主人の眠りを妨害すんなと思いつつ寝返りをうって、窓際にいるラウラの方を見た。
「・・・なに?」
「これ!すごい良い匂いしますよ!!なんでしょうね!!!」
私の目の前に持ってこなくても良いのに・・・・。って前行った薬草屋で嗅いだような匂いのする奴だな。前ラウラも同じところに居たのに覚えてないのだろうか。
「はいはいすごいね。ご飯来るまで話しかけないでね」
そう瞼を閉じたのだが私が眠ることは許されないのか、再び部屋の扉がノックされてしまった。もうご飯が来たのだろうか。そう思いラウラに視線をやって開けさせると、クソジジイと共に随分懐かしい顔がドアから覗いて来た。
「この子達君の知り合いでしょ?護衛とか勝手に役割振っといて」
そう部屋に入ってきたのはルーカスと・・・・誰だっけ。あ、このブロンド髪ってエマちゃんの妹のカーラだっけ。しばらく会って無いし印象も無いからすっかり忘れてた。
「じゃあ私はやる事あるからよろしく~」
十秒も経たずにジジイが扉をバタンと閉めて、部屋には私達四人だけが残されてしまった。それぞれ関係性が薄すぎて何を話せばいいのだろうか。ルーカスとかずっと病弱気味だけど、それと関係なしに引っ込み思案なせいかモジモジしてるし。
「えーっと。カーラちゃんだっけ?何が出来るとかある?」
正直ラースと一緒にフェリクスにキレてたイメージしかない。それにそもそも大分年下な事もあって、あんまり話す事も無かったから人物像が分からない。
でも見た目で分かる事と言えば、歳は多分十二、三だと思うけど、この歳で目が座ってる上に死んでてちょっと怖い。
「戦うのは出来る。魔法も剣術も一通りは教わってる」
随分バーサーカーに成長させられてしまったらしい。まぁ実力があるならこいつは護衛として役に立ちそうだし良さそうか。
そう思っているとカーラは目元を暗くして更に不穏な事を口走っていた。
「絶対にあいつ殺す」
あいつってフェリクスの事だろうか。いやまぁ姉と父親を目の前で殺されているんだし当たり前ではあるけど、あいつも面倒くさそうな奴にいっつも付きまとわれてんな。
「で、ルーカスは・・・・」
どうしたものか。頭も良い方ではあるけどそこまで特筆するほどでもだし、度胸も実力も魔力も無いし正味使いどころない。別に悪い奴では無いんだけどなぁ・・・・。
「ぼ、僕は足手まといだろうから気にしなくていいよ。雑用やっとくからさ・・・」
「・・・うんまぁ、お願いね」
可哀そうだけどそれしか無いか。なんか自尊心もいつもの世界より小さいし、心なしか体も小さい気がする。割とルーカスにとっては悪いルート踏んでるんだろうなこの世界。
「二人とも部屋は貰ってる?」
私がそう聞くと二人とも頷いていた。流石にこの部屋に四人が押し込まれる訳では無さそうで良かった。てかそこまでするならラウラの部屋も用意しとけよ。
「じゃあ二人とも一旦部屋戻って。私はもう寝るから、、、、」
今度こそ寝ようと横になろうとしたのだが、昼食を持ってきたらしいさっきの使用人がドアをノックして、それをラウラが扉を開けて招き入れていた。
その時なんか寝不足なせいかイライラして、一瞬この使用人の涼しい顔をぶん殴りたくなった。
「・・・ありがとうございます」
でも流石に理不尽に投げるほど傍若無人でも無いので、私は黙って食事を受け取ってベットから離れた。ちょうど食事用なのかそれなりのテーブルもある事だし。
「・・・・帰らないの?」
私が席に座って食事を始めようとしていたのだが、使用人に連れて出たルーカスと違い、カーラがジッと私の食事を見て部屋を出て行こうとはしてなかった
「・・・食べる?」
私の目の前には複数品置いてあるが、一つの皿に良く分からないプルプルした何かに野菜が包まれた物が置いてあった。
これって食べ物なのだろうか。ちょっと初見で食べたくないし毒見させてみるか。そう一部を取り分けて小皿に乗せて差し出すと、カールはコクっと頷いて近寄ってきた。
「・・・・美味しい?」
私がそう聞くと不思議そうな顔をして首を傾げていた。あんまり美味しいって反応じゃないけど、腹に入れば良いのか一応全部腹には収めていた。
まぁ他にも色々品はあるしこの謎の物体はカーラに上げるか。そう子犬というか野良犬みたいなカーラにそれを上げて、私は手早く食事を終えてやっと寝れるとベットへと顔を埋め込んだ。
「じゃあラウラ人が来たらお願いね」
私はやっと寝れるとすぐに眠りの世界へと落ちて行ったのだった。
ーーーーーー
「で、この後はどうするつもりなんだ?」
不機嫌そうにテーブルの上でコツコツと指で音を立てながら、ロタール君が私にそう質問してきていた。
わざわざこんな広い部屋でかつ長いテーブル越しにやらなくてもいいのに、貴族様のプライドって奴なのだろうね。どこまでも底の浅い人間に育ってしまったものだな。
「どうするも何も国を貰うんだよ」
まぁ私としてはそんな事も目的の為の方便なんだけどね。今良い感じにフェリクス君に仲間集めて、これから最終決戦に向けて進められてるんだから邪魔しないで欲しい。
「お前の無茶のせいで中央の監視の目も強くなっている。一年以内になんて土台無理だぞ」
反乱さえ起こしてフェリクス君と戦えれば良いから、私としてはその結果失敗しても良い。でも目の前の男は本気で国を奪おうとしてるから、どうにかそれっぽい理屈で丸め込まないといけないのかなぁ。面倒くさいけど多少は融通を効かさないといけないかな。
「民衆の力を舐めちゃいけないよ。とりあえず帝都で掴みは出来たから、地道に不安を扇動していくつもりだよ」
「・・・・そんな悠長で大丈夫なのか?」
んーロタール君って貴族としての政治力とかは優秀だけど、大局的な視点に掛けてるよなぁ。言っちゃえば一地方の有力者止まりで終わりそうな小物って感じ。
「だって南の国がもう攻めてくるんでしょ?それで内側から民衆の不安を煽れば、内と外ですぐに瓦解するでしょ」
まぁ思ったよりこの国強いからそれでも潰れるか怪しいけど。でも勝確な状態でフェリクス君と戦ってもつまらないし、拮抗する中で趨勢を決める戦いをフェリクス君とするのが理想なんだけどなぁ。
「・・・・・その南の国とは交渉が難航しているが、それはどうするんだ?王冠だけを奪っても土地を占領されてたら意味が無いぞ」
確か南の国って魔力至上主義っていうかそんな感じだから、基本対外姿勢が攻撃的なんだよねぇ。その辺気付かなければいいのに、中途半端に知恵があるとコントロールしづらくて面倒くさいなぁ。
「でも実際ディアナは一年前に停戦交渉纏めれたでしょ?そこは君の実力次第じゃない?」
「・・・不快だな」
そう不機嫌そうに眼を細めたが、実際こいつプライド高いし女王のディアナに対抗心異様に燃やしてて、その辺刺激すれば良いからその辺が楽だね。まだ小さい頃みたいに子供っぽい所が抜けきっていない様だし。
「・・・・事前に報告と勝手な行動をしない事」
ほらやっぱり来た。なんだかんだ扱いやすくて助かる。
とまぁ、今の出これ以上私がここにいる意味も無くなったので、さっさとこんな部屋から出て行きたい。どうせ私にこれ以上要件も無いんだろうし、私としてもつまらない人間の相手なんてしてたら、貴重な老後の時間が勿体ない。
「次はどうやったら面白いかね」
私はそう呟きながら不必要な程広い豪華な通路を歩きながら思考していた。
試しにフェリクス君の友達一人殺してみるのも良いし、それか誘拐ぐらいはやってもいいかな?上手い具合に私を恨んでくれるようにしてくれたら良いけど、エルシアだけじゃ弱いかなぁ。逆にこれ以降一切接触しずに唐突に帝都を攻めて仲間を次々殺すってのも、急に日常を壊すって感じにもなりそうかな?あの子の殺意をもっと沢山感じていたい。
「いやぁこういう時が一番楽しいね」
フェリクス君のお陰で最近はご飯も美味しいし、寝る前も早く次の日が来いと楽しみになった。やっぱ人生には目標が大事なんだって分かるね。
「ん~がんばろっと!」