第八話 続く日常
ブレンダさんに転生者と打ち明けてから二週間が経過し、この体の誕生日まで二週間を切っていた。
その間で変わった事を挙げるとすれば村の子供と遊ぶことが増えた事だ。精神年齢の違いからして関わるのはかなり大変だけど、その方が子供らしいしクラウスさん達も心配しないだろうから鍛錬以外の時は遊ぶようにしている。
だから今日も僕は一人で村の広場に向かっていた。正直ふと冷静になった時何してるんだと心が苦しくなるが、これも子供らしくあるためだ。
そんな事を考えながら田園風景の中歩いていると、遠くに見えた村の中心に人だかりができていた。珍しい事もあるのだなと思いつつ、村の中へと入りその集まりの少し外にいたルーカスに聞いてみる。
「これ何の集まり?」
「あ、フェリクス!前に僕が言ってたブラッツさんだよ!」
そう興奮気味にルーカスが指さした先には、高身長、糸目、金髪イケメンの商人っぽい風貌をした男が荷車の傍に立っていた。初対面で失礼なのは分かっているが、正直あんまり信用できなさそうな軽薄な雰囲気を感じた。
そしてその後ろにある荷車へと視線をやると、やはり商人らしく見たことないような食べ物やら商品が見えた。
どんな物が売っているのか興味が湧き背伸びをしてその荷台を覗こうとすると、ふとその集まりの中心人物と目が合った。そしてその目が合ったのは偶然では無かったらしく、商人はヘラヘラと笑いながら歩み寄ってきた。
「おや?はじめてお目にかかりますけどこちらの子は?」
物の良さそうな靴をコツコツと鳴らしながら近づいてきた。近くで見ると百九十cmはありそうな身長で、見上げるだけで首が痛くなる。それに顔が陰になってて余計に風貌が怪しくなっていた。
そう僕が話しかけられたのにも関わらずボーっと見上げていると、代わりにルーカスが僕を紹介してくれた。
「僕の友達のフェリクスです!この村の騎士様のご子息です!」
「あぁこれはこれは、商人をやらせてもらってるブラッツと申します。以後お見知りおきを」
ブラッツさんが頭の帽子をとり深々とお辞儀をしてきたので僕も返す。ちょっと前にブレンダさんに教えてもらっててよかった。
そして頭を上げルーカスの方の様子を見ると、余程嬉しいのか子犬の様にピョンピョン跳ねてブラッツさんに話しかけていた。そしてそれをブラッツさん側も満更じゃないのか、二人で話し始めたので僕は商人の荷台へと再び視線をやった。
「へぇ」
荷車の商品を見ると香辛料っぽいのもあるし、割と遠方から来た人なのは察しが付くがどこから来たのだろうか。
いい加減この世界の事も知って行かないといけないし、良い機会だし聞いてみようかな。そう僕はルーカスに悪いと思いつつも、二人の会話に割って入る様に声を上げた。
「ところでブラッツさんはどこからいらっしゃったのですか?」
「ん~?あぁ私は北のレーベックという港町から来ましたよ。ちょうどエースイの街まで商売に行く途中でして。その途中にあるこの村に助けられてますよ」
恐らく北の方角であろう方を指差して教えてくれた。そっちが北なら村から見て東側にクラウスさんの家があるって事か。
そんな副産物的な情報を得つつも、僕はまだ気になる事があるので質問を続けた。
「ブラッツさん以外の商人の人が来たの見たことないですけど、なんか理由あるんですか?」
すると多少困ったようにブラッツさんは頭を上げ後頭部を掻いていた。
「あーまぁ大体の人は野宿で済ますからじゃないですか?この辺野盗が出るなんて話ここ数年聞いてないですしね」
ならこの人がエルム村に寄る理由はなんなんだろうか
「なら猶更なんでなんです?」
「まぁ私はこの子のためですかね。この子がいろんな話を聞きたいというので、近くを通るときは寄るようにしてるんです」
そう言って優しく笑ってルーカスの頭を撫でた。それにルーカスもまんざらでもなさそうで、その二人の関係性が透けて見えた気がした。
ずいぶん仲が良さそうで微笑ましいな。わざわざ二人の会話に割って入っちゃって申し訳ない事したな。もう聞きたい事は割と聞いたし、ルーカスが入りやすい話に切り替えてみるか。
「いつもどんな話してるんです?」
「いろんな話してるからなぁ。なんか好きな話あるか?」
ブラッツさんが撫でる手を止めルーカスの顔を見下ろして話を振った。するとその撫でる手をルーカスが掴みぱぁっと笑顔を咲かせた。
「ぼ、僕はやっぱ星の話が好きです!ブラッツさんが色々教えてくれますし!」
確か初めてルーカスと会った日も、同じように星が好きって言っていたな。
それにこういう小さい頃の好きなことを話せる相手がいるのは、ルーカスにとってもいい事だと思う。
でも星とかの学術的なことって、こういう時代観だとあんまり庶民が知る機会なさそうだけど、もしかしてブレッツさんって学者だったりするのだろうか。
「ブラッツさんはなんで星に詳しいんです?」
「ん~~~まぁ商人はいろんなものに精通してるんです。まあ俺が興味あるから調べてるってのもあるけど」
割と庶民でも学問は触れようと思えば触れられる距離感らしい。じゃあ将来はルーカスもブラッツさんに付いて行って学者になったりできると良いな。
そう二人を微笑ましく見ていると、僕と遊ぶもう一人の男子供であるラース君がこっちに走ってきているのが見えた。
「おーい!フェリクスー!」
どうやらラースは妹であるエルシアの手を引いてこっちに来ているようだった。畑の手伝いをしていたのか頬に土がついている。
と、その二人が来るのを待っていると、ラースが強く手を引きすぎたせいかエルシアと繋いだ手が離れてコケさせてしまっていた。
「いったッ」
「・・・ったく、なにしてんだよ!お前歩くの遅いんだよ」
大分派手なコケ方してて遠目でも痛そうに見えるけど大丈夫だろうか。そう僕とブラッツさんは顔を合わせ、とりあえず一緒にエルシアに駆け寄った。
「大丈夫そう?」
「・・・・また違う」
僕が左手を差し出した時エルシアが何かボソッと呟いてたけど、小さすぎてなんて言ったか聞こえなかった。まぁ大方兄に対する恨み言だろうけど、それよりも今は傷だ。
そう僕はハンカチを取り出して傷口の土を軽くはらった。
「・・・って」
「やっぱ沁みる?」
エルシアが静かに首を縦に振った。一回水で流した方が良さそうか。
このまま傷口を放置すると、可能性は低くても破傷風とかになったらやばいしな。どうせ医療が発展してないんだろうから事前に予防しないと。
「ブラッツさん井戸の水汲んでくれませんか?」
「あ、はい。分かりました。少々お待ちを」
大人が近くにいて良かった。流石にこの体の力だと井戸水汲むなんて出来ないしな。
そしてすブラッツさんの動きは早く一分も経たずに水入りの桶を持ってきた。そしてその水桶ハンカチを付け優しく傷口をトントンとしていると、それが嫌なのかエルシアは少し不機嫌そうに言った。
「そんな大げさにしなくても・・・・」
「いやこういうので意外と人は死ぬんだから気を付けないと」
遠慮するエルシアをよそに、とりあえず傷口を清潔にするため水で洗いつつ、綺麗な所を傷口に当てて空気から遮断した。浅知恵だけどこれなら今できる最大限だと思う。
「よし。じゃあ立てる?」
エルシアを立たせようと手を差し出す。これで前僕が怪我をした時のお礼は出来ただろうか。
「・・・ん、大丈夫ありがとう」
僕の助けは要らないらしく、エルシアは僕の手を振り払いそのまま自力で立ち上がった。
そして大丈夫そうなエルシアを見つつ、兄であるラースを叱る様に厳しく言った。
「ラースも気を付けなよ」
「・・・・おう」
これでちょっとは落ち着いてくれたら良いけど。いっつもルーカスとラースが喧嘩してるのを仲裁するの大変だしな。
まぁただ今はこれでひと段落したな。抗生物質なんて文系の僕が異世界で作れるわけないし、こういう出来る所から気を付けないと。
そう僕がやり切ったと体を起こすと、ブラッツさんが感心したように褒めてきてくれた。
「フェリクス様すごいですね~。どこでそんな知識を身につけたんです?」
「・・・え、ま、まぁうちの使用人が詳しくて、その受け売りです、はい」
「それはぜひ会ってみたいものですねぇ」
そういえば僕はまだ六歳なんだ。流石に今の行動は違和感があるか。
今回は誤魔化せたっぽいけど、何回もこういうのが積み重なるのはまずいかもしれないな。子供らしく普通っぽくあの二人が自分の子供だと錯覚できるように。まだ転生の事打ち明けるか決めかねている以上、僕は僕で出来る事をしないと。
それからは僕が余分なことを言わないよう気を付けつつ、雑談を続けて一時間ほどたったころ解散になった。と言っても離してたのはルーカスとラースブラッツさんで、僕とエルシアはただそれを眺めていただけだが。
そして僕も昼からは剣術の指南があるからと帰宅し、家で昼食を取るためにテーブルに腰を下ろした。相変わらずこの時間はクラウスさんが仕事でいないからニーナさんと二人での食事だが。
「「・・・・・・」」
カチャカチャとナイフが皿に当たる音だけが、二人で使うには広い部屋に響く。ここ最近は余計に話す事が減った気がする。前何か言いかけた事も教えてくれない。
「・・・・・僕なんかしました?」
僕は沈黙に耐えかねてつい言葉に出してしまった。出してしまったのだがちゃんとニーナさんの顔を直視できなかった。
「・・・・何かした心当たりはあるの?」
「いやぁそれは無いですけど・・・」
言ってしまえば僕の存在が何かした事に該当してしまうが、ニーナさんはそう言う事を聞いている訳じゃないんだろう。
でも適当な答えが浮かばずスプーンをスープに浮かべながら悩んでいると、ニーナさんは小さくため息をつくと先に皿を片付け始めてしまった。
「ごめん何でもないから。食器はそこ置いておいて」
「あ、はい・・・」
やっぱ何かしてしまった雰囲気はかなりあった。でも心当たりが無い以上下手に触れない方が良さそうだろうか。
そうして僕の昼ごはんは静かに一人で終わって行き、午後の鍛錬の為に僕は庭でクラウスさんを待っていた。
すると泥が服のあちこちに付いた状態のクラウスさんが、庭の入り口から入ってきた。僕はそれを見て木刀を手に立ちあがったのだが、クラウスさんの手には剣が握られて無かった。
「よし!待たせたな!今日は魔法の練習してみようか!」
「っえ?剣術の方は?」
「魔法が使えるならそれに越したことはないしな、とりあえずだ!」
なんか突発的に色々動く人だなぁ。まぁ魔法が使えた方が戦闘面で有利なのはそうだろうけど、僕に魔力がある前提の話だしなぁ。
そう僕が怪訝そうにクラウスさんの言葉にしていると、その当人はそそくさと道端に落ちてそうな小石をとり出して手渡してきた。
どうやらクラウスさんが自慢げに説明してくれたけど、魔法は無から取り出すんじゃなくて、実物を複製?する方が簡単だかららしい。
「じゃこの小石を大きくするのをイメージするんだ。なんかこうモリモリ!っとする感じでな」
そう言われ前のクラウスさんの魔法を思い出しつつ、言われるがまま右腕を小石に向け差し出して力んでみたが、やはりそう簡単には出来なかった。やっぱ僕に魔力が無いんだろうか。
どこかそう落ち込みそうになっていると、我慢したけど出来なかったような漏れた笑い声が聞こえた。
「・・・・・っふ」
その笑い声に視線を向けると、今クラウスさんがなぜか口を押えてそっぽを向いた。
自分も同じ事してたくせに子供がやって笑うのかよ。笑う暇あるならもっと論理的に教えてほしいんだが。
そんな何とも言えない空気の中家のドアが開く音がした。
「・・・・旦那様方何をしてらっしゃるので?」
「ん?今フェリクスに魔法を教えようとしててな。ちょっと苦戦中だ」
僕はいつまでこのポーズを続けていればいいのだろうか。いくらやっても魔法が出来る気配が無いのだけど。
こういう事やってると、なんか小さい頃手からビーム出ないかキャラクターの決め技を真似してた時を思い出す。あの時も今のクラウスさんみたいに母さんに見られて笑われたっけか・・・
「・・・・ちょっと私が教えてもよろしいですか?」
するとそう言ったブレンダさんが、魔法を諦め始めていた僕に手伝いを申し出てくれた。
するとクラウスさんとしてもそれでも良いらしく、腰に手を当てブレンダさんに質問していた。
「あーまぁいいけど。ブレンダどうするんだ?」
「まぁ見ててください、では失礼しますね」
そう言うとブレンダさんが僕の背中に回って右手首を掴んできた。
「腕の意識に集中してください。これが魔力の流れですから」
「は、はい」
うん?うーーーん?
分かんないような、なんとなく右手が温かくなっているような?
これが魔力って言われたらそうかもしれないってぐらいの感覚だった。でもそうやって目を瞑っていたのだけど、次瞼を開けるとその小石だった物に変化が起きていた。
「ほら、見てください私の魔力で石が大きくなりました」
確かに目の前の小石は、二十cmぐらいの形の歪な石になっていた。これが魔法なのかとも思うけど、やっぱり絵写りの良い物では無いな。
「じゃあやってみてください。今の感覚を真似するだけです」
そう言ってブレンダさんは僕の右手首を解放した。その瞬間さっきまであった温かさが一気になくなり、魔力ってものがなんとなくわかった気がした。
そうして言われた通りにまた違う小石に向かって手を向けてみる。
だがそんなすぐ出来るなら苦労はしない、と思っていつつさっきの温かさを思い出しながらやってみる。
「・・・・・え」
割とあっさりできてしまった。そこまで大きくなっては無いけど二倍ぐらいになった。
「お!すごいですよ!フェリクス様!」
ブレンダさんがやけに大げさに褒めてくれたけど、これで一応魔法が使えたらしい。あんまり実感はなかったけど、自分が特別なこと出来たと少し嬉しかった。
「じゃ!じゃあ!!次は走りながらそれが出来るようにしようか!!実戦で使えないなら意味ないしな!!!!」
しばらく静かだったクラウスさんが唐突にそんな提案をしてきた。
もう今日は剣術じゃなくて魔法の鍛錬にシフトチェンジするらしい。まぁ僕にとってももっと魔法触ってみたいしありがたかった。
そしてその日の昼は、いつものルートを走りながら魔法をやろうと試みた。
が、そこまで順調に行くわけもなく、この日の鍛錬では立ち止まって集中した時しか魔法は使えなかった。まぁこういうのはすぐに出来るんじゃなくて順番に練習していくものだ。まだ焦る必要はない。
ーーーーーー
そうして次の日の昼。
今日は座学をやるらしく、僕の部屋でブレンダさんに教えてもらっている所だった。
ご飯の後の昼下がりは眠いから午前が良いのだけど、色々忙しいらしいし仕方ないか。
「じゃあ、昨日はちょうど魔法の話が出ましたし、魔法について説明しますね」
どうやら今日の座学は面白そうな内容だった。そんな事まで知っているのかと思ったけど、どうやらブレンダさんが孤児院の時に読んだ本の知識の話らしい。
「魔法使いの歴史。それは、かの大帝国による弾圧の歴史とも言えます」
どの世界でもそういう負の歴史はあるんだな。
そんな事を思いつつブレンダさんの続く話に耳を傾ける。
「ある時帝国内に疫病や天災が頻発した際に、時の皇帝がこれらの諸問題を魔法使いにあるとして、迫害をしたのが始まりです」
どこの歴史でも危機の時には迫害はあるけど、魔法使いって強そうなのに迫害なんてしたら、反乱とか起こされて国滅びそうだけど違うのか。
「なんでその皇帝は魔法使いをやり玉に挙げたのですか?一番敵に回したらまずそうな人たちじゃないですか?」
「そう私も疑問に思って孤児院で聞いたときは、当時の人々が愚かだったからと。それだけ説明されました」
つまり文献に残ってないか消されたかされて、今は一般庶民には理由は分からないってことか。まぁ現代みたいに色々分かっているのが恵まれているって事だろうしな。
でもここでブレンダさんが推論ですがと前置きをしてから話し出した。
「私は原因の一つにディリア教の教義にあったと考えてます」
「ディリア教の教義には、恩寵つまり魔力は神から授けられたものだから、それを一番多く有している者が人を統べるべき。みたいなのがあるんですよ」
つまりそのせいで統治を進めたい皇帝と、台頭する宗教集団の争いの中迫害が起きたってことか。まぁ確かに統治側からしたら権力基盤が揺らぐか。
「つまり当時の皇帝にしたら、統治に都合が悪かったということですね」
「流石ですね、私もそう考えました。当時から魔法使いは軍事的に重用されてましたが、やはりこの教義もあり危険視してたのでしょう」
「それで丁度よく、迫害する理由ができたと」
確かに筋は通ってるが軍人にまで魔法使いがいるってことは、迫害する上での障壁が大きそうに思えるが。
「それから次代の皇帝まで弾圧は続きました。ですが、魔法使い側の頑強な抵抗によって争いは泥沼化していきました。そしてそうこうしている内にディリア教が一般市民にも広がっていきました」
まぁそうだよな。そう簡単に弾圧は出来ないよな相手が相手だし。でもそれまでは納得だけどなんで市民に広がるんだろうか。
魔力量を至上とする集団なんて、一般市民からしたら危険極まりないと思うんだが。
「んーっと、なんで魔力を持ってないのがほとんどの市民に広がるんです?」
国に迫害されてるし魔力の無い人からしたら、入信するデメリットの方が余計に大きそうに感じてしまうが。
「・・・・えぇとですね、じゃあ仮に魔法を知らない人がいたとしましょう。そんな人が、魔法使いの魔法で水や火を生み出し雨を降らすのを見たら、どう思うと思います?」
「・・・びっくりするとか?」
確かに言われれば何もない所にいきなり物質や現象が出てきたら、びっくりするよな。今の僕の状況がおかしすぎてあっさり受け入れてたけど、確かに何もない所に物質が出現するってすごい事か。
そう僕は納得したが、回答としては少し違ったらしい。
「それはそうですけど、やはり人は奇蹟が起きた信じるでしょう」
一呼吸を置き、ブレンダさんは話し続ける。
「貧困、飢餓、重税に苦しむ人々が、目の前で死者を蘇生し、天候を操作し、食べ物を生み出すのを目の当りにしたら、もはや神の奇蹟だと感じるのも不思議じゃありませんか?そしてそれをした魔法使いすら神のように扱うことだって」
魔法って死者蘇生までできてしまうのか。それを見たら僕も確かに神かなんかだと思ってしまうかもしれない。
「そしてそのほとんどの奇蹟を起こした、ディリア教の教祖ディリアに対しての信仰が厚かったらしいですね」
つまりワンマンで今まで残る宗教を築き上げたって、流石本物の偉人だな。ていうか今更だけどしばらく昔に聞いた山の名前と一緒なのを思い出した。
「そういえば山と同じ名前なんですね」
「彼女がその山に籠って抵抗していたからでしょうね」
なるほど、弾圧されてた時の話からのか。
それと後気になることがあるとしたらやっぱ・・・。
「・・・ちなみに、死者蘇生とか天候操作って本当に出来るものなんです?」
「歴史上ディリア以外は出来た人はいませんね。出来て重傷を治せるぐらいです」
そもそも傷自体は治せることに驚いた。石しか魔法で使わないみたいなイメージがついてて、あんまり便利じゃないと思ってたけど違いそうだな。
「ちなみにブレンダさんは、傷を治せるのですか?」
「内臓が飛び出してなければ出来ますよ。フェリクス様も魔力があるので、多分練習すれば出来ると思いますよ」
つまり骨折ぐらいなら治せるってことなのか。これは一番優先して覚えるべき魔法だなこれは。
するとブレンダさんが思い出したように情報を一つ付け足した。
「あ、でも治療出来るのは魔力を十分に持っている人だけです」
「え?なんでです?」
もしかしてディリア教の教義と何か関係があるのだろうか。
だけど全くそう言う理由では無いらしくちゃんと理屈で理由があるらしい。
「治療にはその人本人の魔力を使うからですね。ですので戦場だと、三割程度まで魔力が減ったら、撤退するのが基本ですね」
「自分の魔力は使わないんですか?」
「もちろん治療する側でも魔力は必要ですが、被治療者に魔力が無ければどうしようもないです」
つまり誰でもあれこれ治せるわけじゃないって事は無くて、それに自分の残りの魔力量を把握しないと、手遅れになりかねないって感じか。意外にそう言う制約があるのは面倒くさいけど覚えておかないとだ。。
「と、話は逸れましたが、そのまた次の皇帝の時代に和解が成立し、やっとディリア教は帝国の国教となりました」
「え、それだけですか?」
一番大事な所雑にまとめすぎじゃないのか。今の話の流れでどうやったら和解するなんてなるのだろうか。
「なんでそうなったのか考えてみてください。答えばかり教えてもらえると思っちゃいけませんよ」
そうブレンダさんが僕に優しく笑いかけてきた。まるで高校の頃の英語か国語の先生みたいだ。
そして僕はその期待に応えるべく色々と思考を巡らせ始めた。
今もディリア教が残っていることからも、多分ディリア教有利か互角な条件での和解だったはず。で、帝国も最近まで存続していたってことは、極端にディリア教に有利でもないつまり共依存的な関係だった。そんないい落としどころあるのだろうか。
そうやってなかなか答えが出ないでいると、ブレンダさんがヒントをくれた。
「ディリア本人が神のように扱われてた事から考えてみてください」
「神格化ですか・・・・」
日本の天皇制みたいに権威と権力を別にした感じだろうか。それかイギリスの君臨すれどもなんとやらって奴もあったけか。そう考えると実際地球の歴史でも多少違うけど似たような事何回もあったし、ありえそうと思うがどうだろう。
「宗教的な指導者であるディリアを国のトップに据えるけど、実際の統治を皇帝に委任したとかそういうことですか?」
「・・・・・ふむ」
僕の推測を聞いてしばらくブレンダさんが黙り込んでしまった。この反応はどうやら違っていそうだなと、そう薄々感じた時ブレンダさんが口を開いた。
「いやぁ正解には近いです。それどころか、その選択肢も実際にあり得たなと思いまして。もしかして貴方の世界だと同様の事があったので?」
あぁ良かった別に大外れって訳じゃないか。
「まぁ色々状況は違いますけど、今の考えは僕の世界の国からの発想ですね。厳密には分からないですけど」
「・・・・・なるほど面白いですね、今度フェリクス様の世界の歴史も聞いてみたいですね」
こうやって僕の前世の事を変にはれ物にせず接してくれるのがうれしい。ちゃんと僕を僕として見てくれてるんだと実感を持てる。まだクラウスさん達には打ち明ける決断は出来ないけど、この人に打ち明けて良かったとは思える。
「それで話は戻しますけど、正解は婚姻ですね。当時の皇帝と教祖のディリアが婚姻することで終結しました」
「・・・なるほど?」
確かに婚姻して共同統治なら丸く収まるのか。でもそれはディリアの代限りじゃないか?
次の教祖と皇帝が融和的かも分からないし、そう長続きするとは思えないんだが。
「そしてこの時公会議によって教義の解釈を変え、ディリアの血統こそ神性があるとして帝位の継承権をその子にも引き継がれるとしたのです」
「・・・・つまり皇帝の一族に教祖の血を入れて、宗教的な統治の正当性を出したと?」
「その通りです。もちろん反対する人もいましたので、分派がいくつもできましたけどね」
よほどそのディリアって人のカリスマ性がすごかったから出来た荒業なのだろうな。教祖と呼ばれるだけの事はあるってことか。にしても色々小難しい話になってきて頭熱くなってきたな・・・・。
「そういえば大帝国は滅んじゃってるけど、今はどうなってるんです?」
「あぁ噂の範疇ですけど、ディリア教で生き残りの皇族を祭り上げて再興を目指してると聞きましたね。真偽は確かじゃありませんが」
これはまた戦争の足音がする話だな。分派もいるって話だし色々根が深い問題なんだろう。あんまり宗教関係の問題には触れてこなかったから、あまり肌では感覚が分からない。
「で、ここから伝えたいことなんですが、ディリア教教徒相手に、魔力、魔法といった単語は使ってはいけません。これは弾圧時に使われた単語なので人によっては殴ってきます」
「じゃあなんといえば言えば?」
「順に恩寵、奇跡ですかね。面倒ごとにならないよう教会などでは特に気を付けてください」
やっぱ宗教関連は色々気を付けないといけない事が多いな。
ていうかこれもそうだけど、この世界覚えるべきマナーやら禁忌が多すぎて覚えられない。
ここ数週間もずっとそういう系の事ばっかり教えられてて、どれがどれだか分からなくなってきたし。
「じゃああとは他の礼儀作法へといきましょうか」
「えぇ~」
「将来使いますからちゃんとやりますよ」
そうして新しい日常であるブレンダさんとの座学が進んで行ったのだった。やっぱりブレンダさんに打ち明けて良かった、そう何度も想えた時間だった。