第八十七話 笑顔
私達が連れていかれたのは、ひどく寒くて鉄格子と石壁で囲まれた無機質な牢屋だった。それは松明の明りにすら縋ってしまいそうな寒さだった。
「貴女達の処遇は追って伝えられます。それまではここで我慢してください」
さっきまで肩を貸してくれていた黒髪の女が、私達をその牢屋へと入れてきた。ここまで来るときに言っていた事を信じるなら、私達を減刑するようやってくれるらしいが、反乱に加担したとなれば極刑は免れそうにないか。
だけど少しだけでも可能性を残すために、ここに来るまでに出来るだけ私達の情報は伝えておいた。気に入らないけど、後はもうこいつが上手くやってくれるのを願うしかない
「じゃあ失礼します」
私達が牢屋に入ったのを確認すると、その女は兵士を連れて目の前から去って行った。どこかであの黒髪の女を見た気がするんだが、どうも思い出せない。それに私達にそこまで融通を効かせてくれようとする理由もあんまり分からない。
「イリーナ。お前怪我大丈夫か?」
私が冷たい石壁に背を預けていると、そう心配するように話しかけてきたのはラースだった。ラースは怪我はしてないようだけど、一番あの時頑張ってくれてたんだよな。
「あぁ大丈夫だ」
腹の傷もフェリクスが綺麗さっぱり治してくれたしな。
それに怪我の功名ってやつのお陰か、一度死にかけて色々吹っ切れた気がする。まだ実際恐怖もトラウマも残っているけど、勘違いでも今なら前を向けている気がする。
「ま、どちらにせよか」
結局私はいい加減にあのクソジジイの呪縛から抜け出さないといけない。次会った時はぶっ殺すぐらいの覚悟で生きてかないとだ。それにこの数か月もライサ達に迷惑をかけっぱなしだったんだから、これ以上閉じ籠って迷惑かけるわけにはいかないしな。
「とりあえず事情聴取は私が受ける。お前らにも回ってきたら全部素直に言え」
あのクソジジイの為に義理を通す訳無いし、せめて生き残る可能性があるならそれぐらいやらねば。これまで迷惑かけた分私が頑張らねば。それに拷問ってなったらまだ子供のこいつらに受けさせるわけにはいかない。
「ライサ?さっきから大丈夫か?」
私はラースとライサ二人ともに向かって行ったつもりだったけど、ライサはずっとブツブツ何か呟いて反応を見せていなかった。せっかく懐いていたフェリクスに会えたってのに、そんな部屋の隅に縮こまって何かあったのだろうか。
私は早速何か役立てるかもとそのライサの元へと向かって肩を揺らした。
「体調悪いのか?」
私がそう尋ねるとライサの栗色の瞳が私を見た。相変わらず考え事をする時に爪を噛む癖が治ってないらしい。
「イリーナ姐は・・・色々大丈夫なの?」
この聞き方は多分怪我というより心の事を聞いているんだろうな。でもそこまで複雑な人間じゃないし、私自身ではもう大丈夫だと思ってはいるんだが。でもあのクソジジイの顔見るまでは確実な事は言えないか。
「・・・まぁ元気そうなら良かった」
私の答えを先回りするようにそうライサが言った。そういえば忘れていたけどライサって心が読めるんだった。しばらく他人に気を回す余裕なくてすっかりその事が抜けてしまってた。
「じゃなくてだな。ライサは大丈夫なのか?」
別に普通に話せてはいるから深刻じゃ無さそうだし、やっぱ捕まった事とかを気にしているのだろうか。あの黒髪の女は助命するって言ってたけど、そりゃ自分の命が掛かってるんだから心配にはなるか。
「・・・・分かんない」
「分かんないってなぁ・・・」
他人の相談に乗るのは苦手だが、多少は役に立ちたかったのにそれじゃどうしようも出来ない。もう少し私が頭良かったら気の利いた一言でも言えたのだろうか。
「なんて言えば良いか分からなかった」
「・・・・フェリクスにか?」
その時は私もまだ治療を受けてて意識が朦朧としてたから、事実あんまり覚えては無い。でも薄っすらとした記憶の中でフェリクスが何か喋ってた気がしてたから、てっきりライサと会話していたのかと思ったのだけど。
「ずっとイリーナ姐を必死に治癒するフェリクスに声を掛けれなかった。せっかく色々また会ったら話したい事愚痴りたい事打ち明けたい事沢山あったのに・・・」
堰を切ったようにライサの口からは、沢山の後悔が泣きそうな声と共に流れ出ていた。フェリクスがいないしばらくの間、色々無理をして頑張ってたんだろうな。
「私達死んじゃうんでしょ?さっきの黒髪の人も厳しいとか言ってたし」
さっきあの女の心の声を読んだのか。まぁあいつもダメ元で頑張るって感じの雰囲気だったし、仕方ないか。
でもライサにとってはせっかく会えたのにもう終わりで、次は処刑されますってなったら気が気じゃないだろうな。私だって今は強がってるけど、流石に死ぬのは嫌だし。
でもここで私がなんとかするって言ってもライサはきっと安心できない。だから今の私に出来るのはライサの頭を撫でて抱き寄せる事だけだった。それぐらいしか私の経験と頭じゃ浮かばなかった。
「なんとかなる。これまでだってなんだかんだ生き残ってきただろ?」
「・・・・これからそうな確証はないじゃん」
「これからもそうだと思った方が良いだろ?」
「・・・・・」
私の返しが良くなかったのかライサがムスッとしてしまった。やっぱり私にこんな役回りは向いて無いか。まぁ碌な人生送ってないしそもそも他人を慰めれる程高尚な人間でも無いのなんて、分かり切った事だったしな。
「・・・・イリーナ姐って案外面倒くさいよね」
私がライサの頭を撫でて天井を眺めていると、突然ライサが私にそう毒を吐いて来た。今まで一緒に生きてきてそんな事を言われたのは初めてで、少し動揺してしまって頭を撫でる手が止まってしまっていた。
「適当で雑な感じ出しといて、色々気にしすぎなんだよイリーナ姐は。見た目と合って無さすぎ」
ライサは私から少し離れて、私を見上げてフッと笑っていた。不本意な流れではあるけど少しは元気を取り戻してくれて良かった。やっぱライサには笑顔が良く似合う。
「で、ラース君が気まずいらしいから離れて」
ライサが私から視線をずらして肩越しにいるラースへと視線を向けていた。
「え?い、いや俺はそんな事・・・・」
その視線を追うように振り返ると恥ずかしそうにラースが頬を掻いていた。確かに今の会話だとのけ者にしていた感じはあるし、少し申し訳ない事したか。
と、そんな会話をしている内にもどこかからコツコツと足音が聞こえてきていた。それも複数人が走っている足音だ。
「早速アイツが助けに来たとかな」
同じように足音を聞き取ったラースが冗談交じりにそう言っていた。昔はフェリクスの事嫌ってたはずだけど今はラースから嫌な感情を感じないし、私達がいない間に何か心境の変化があったのだろうか。
そしてその音を探る様に聞き入っていると、ずっと聞こえ続けていたその足音は目の前で止まっていた。
私たちの鉄格子越しの視界には息を切らしたブロンド髪の女が立っていた。服装を見るに高位の人間らしく、明らかにこの場には似つかわしくなかった。
「貴方達エルシアの事は知ってますね?」
息を整えることなく私達を睨んで言った第一声がそれだった。てっきり拷問でもされるのかと思ってたけど、随分直球で聞いているらしい。でも後から来た周りのお付き人っぽい奴らが止めようとしてるし、大方こいつの暴走だろうか。
「知ってるけど答えたら解放してくれるか?」
私がそう問いかけ返すと更に陰からブロンド髪の女が応える前に、さっきの黒髪の女が申し訳なさそうにして出てきた。もしかしてこいつの作戦かとも思ったけど、そんな事は無かったらしい。
「女王陛下落ち着いてください。私共が聞き出すのでどうかお下がりください・・・」
こいつが女王なのかよ。そういえば確かエルシアってブラッツによるともしかしたら王族って話だったし、それ関係でこんなに焦ってるのだろうか。あぁだからあのクソジジイがエルシアと反乱するとか言ってたのか。今更合点がいった。
「逃がすしますし要望も聞きます!だから知ってる事全部吐いてください!!」
見た目は雅な感じなのに随分ご乱心の様子だった。でもその条件なら私も受けない理由はない。一国の主が吐いた言葉を撤回するとも思えないしな。
そう私はエルシアに付随する知ってる限りの情報を話した。もちろん盗賊の構成や拠点それに協力者に内通者。全てあるだけ話している内に、元々拷問する予定らしかった男の兵士が紙にそれを書いて、どここかへと伝令を走らせていっていた。まぁ拠点とかの情報は引き払われる前に動かないと意味ないしな。
そうして私はあらかた話し終わり、胡坐をかいた膝の上に手を置いた。
「で、こんぐらいかな。拠点は多分変えると思うからエルシアの今の居場所は知らないな」
私が話している内に流石に女王も落ち着いて来たのか、肩で息をしながらも多少は冷静さを取り戻していた。
だが側近らしき複数名は私達が気に入らないのか要らない事を言い出した。
「じゃあ聞き終わりましたしさっさと処刑してしませんか?所詮盗賊ですよ?」
「そうですよ。こんな身分も怪しい者を帝都に放つ訳にはいかないですし」
「陛下の兵士を殺した者もいるんですから、処刑しないと軍部が黙ってませんよ?」
まぁ当たり前な事ではあったが。私でもこんな身分も怪しい奴らを生かしておくメリット無いし、殺すべきだと思う。
でもちょっとは希望見せた以上約束ぐらい守ってくれないのだろうか。そうなんとかしてくれるんじゃないのかと、黒髪の女へと視線をやると私を一瞥してからやっと話し出した。
「彼女らと同じ境遇の人間が既に私が教鞭を取っている士官学校にいます。身分がと言うなら学校に入れてその者に預けてはどうでしょうか?事実この三人とも魔力量はかなり多い様ですし、軍部としては喉から手が出るほど欲しい人材かと」
だがまだ決め手には足りないのか女王は悩む素振りを見せていた。だが次の言葉でその女王の表情が一変した。
「・・・・それにエルシア様と彼らはご友人であったようなので、殺してしまったらもう和解は出来ないかもしれませんね」
それが決め手だったのか、女王の目を見開き肩が大きく跳ねた。この焦りようといいやっぱり妹に対して深く執着しているらしい。
だがそれでもまだ側近が色々ワーワー言っていたが、女王の意志は決まったのか側近たちを黙らせると私をまっすぐ見てきた。
「貴女は幹部だったのですよね?」
「・・・あぁそうだ」
私がそう言うと女王は牢屋のカギを看守から奪うと、キーっと音を立てて牢屋の戸を開けてしまった。
流石に兵士や看守も止めてるのにお構いなしにだ。
「貴女がエルシアの捜索に助力する事が条件です。他は好きにするといい」
そう女王が手を差し出して来た提案は、私としては願ってもない物だった。元々解放してもらったらあのクソジジイに決着を付けに行くつもりだったし、それでライサ達が助かるなら旨すぎる話だ。
「分かったよ。全力で仕えさせていただきますよ」
その時黒髪の女が安心したように私を見ていた。
その顔を見てやっと思い出した。あの街にいた兵士の女だ。なんでフェリクスと関わりあるのかと思ったが、そこ繋がりだったのか。全く気付かなかった。
「では今日から働いてもらうのでさっさとここから出てください」
私はそうして連れられて一瞬後ろを振り返ると、ライサとラースが心配そうに私を見ていた。
だから私は大丈夫だとニッと笑って女王の手を取った。またフェリクスと会うのは先になってしまいそうだが、今なら頑張れる気がする。
そう自分の頬を叩いて、私は牢屋から一歩踏み出したのだった。
ーーーーー
「いい加減機嫌戻してくれません?」
広場での騒動があって一週間ぶりの休日。未だにアイリスの機嫌は悪くこうやって話しかけても無視をされる日々だ。この一週間訓練でもまともに記録してくれないし、勉強も聞いても答えてくれ無いしで数か月前の関係に逆戻りだ。
「・・・自主練行ってきまーす」
僕はまだ昼飯まで時間があるしこの部屋にいても気まずいからと訓練義に着替え始めた。
そしてさっさと着替えを終えた僕が部屋の扉を開けると、扉前に誰かいたのかゴツンと音がして扉が止まってしまった。
「痛った・・・・」
「何してんすかヘレナさん」
そう扉から顔だけ出して外を確認すると、そこにはヘレナさんが頭を押さえて尻餅をついてへたり込んでいた。ここ一週間やっぱり忙しいらしく全く学校で見なかったのにどうしたのだろうか。
それにヘレナさんって言葉に反応したのか、妹であるアイリスのペンの音も止まっていた。
「やっと色々と落ち着いたので、少しお話しできないかと・・・」
でもアイリスがいるから気まずくて扉の前で迷ってると、僕が突然開けてしまったと。そんなところだろうか。それはともあれ僕もあの後の経過は気になるし話を聞きたいな。
そうヘレナさんに手を貸して立ち上がらせると、僕は思いだしたようにある提案をした。
「あーじゃあヘレナさんさえ良ければ前行ったカフェにします?」
丁度給金も入って懐事情も温かいし、お礼を兼ねて奢りたい。それと単純にあそこの紅茶が飲んでみたいのもある。
するとヘレナさんも時間はあるのか迷う事無くあっさりと答えてくれた。
「良いですね。そうしましょうか」
じゃあ話は決まりだと僕は一度着替えるために、少し待ってくれるようにヘレナさんに伝えて扉を閉めた。そして待たせる訳には行かないと急いで寒さ対策に着こんでいると、久々にアイリスの声が聞こえてきた。
「”フェレンツ教官”と仲いいんだね」
普通に姉とかヘレナさんとか言えばいいのに、どんだけヘレナさんの事嫌いなんだか。そう面倒臭い所あるなと思いながらアイリスを見ても、声だけだったらしく視線は相変わらずノートへと向かっていた。
「私は生徒と教官が二人で食事を取るの良くないと思うけど」
「・・・・別に良いでしょ。特段禁止される事じゃないし」
僕がそう言うとあからさまにアイリスが大きくため息をついて、椅子の背もたれに頬杖を突いて僕を見てきた。
「じゃあ勝手に行けば」
「・・・・・あぁはい」
言われなくても行くのだが。アイリスってこういうの偶にあるけど、どういう意図で言ってきてるのだろうか。ただ単に僕が贅沢な暮らしをしているのが気に入らないのかな?アイリスって学食以外で飯食ってる所見たことないし。
僕はそんなアイリスの刺すような視線から逃げて、扉を開けさっさと部屋から出て行った。あれは一週間後も不機嫌なままかもしれん。
「大丈夫でした?」
「大丈夫ですよ。行きましょう」
会話が一部聞かれたのかヘレナさんに心配されたが、これ以上姉妹仲がこじれて欲しくないので僕は口を噤んだ。
だがそうして黙って歩くのも気まずいので、木製の廊下の上で僕は隣を歩くヘレナさんに会話を振ってみた。
「てかクマやばいですよ。どれだけ忙しいんですか」
「あんまり見ないでください。髪も手入れ出来てないので・・・」
そうヘレナさんが顔を逸らしてしまった。流石に外見の事はデリカシー無かったか。焦るとこういう要らん事言ってしまう癖どうにかしないとな。こういうの積み重ねで嫌われるんだから気を付けないと。
「じゃ、じゃあ今日は僕が奢りますよ。今回の件のお釣りって事で!」
僕はなんとかそう取り繕うと財布を取り出した。すると階段を下るヘレナさんは少しだけ僕に視線をやって、疲れの残る顔で微笑んだかと思うと。
「・・・・ありがとうございます。じゃあコーヒー一杯ご馳走になります」
それからはなんでもないような日常会話をポツポツとしていた。その間なんとなくライサ達の様子を聞いたりしながら、冬枯れの街中を歩いて行っていっていた。
そしてやっとカフェに着くと今日はお客が少ないらしく僕ら以外に二組しか店内にはいなかった。そして僕らは丁度暖かそうな暖炉近くのテーブル席へと腰を落とした。
「じゃあコーヒーお願いします。フェリクス君はどうします?」
「あ、僕は紅茶をお願いします」
そう店員に注文を伝え終えると、その待ち時間にヘレナさんは頬杖を突いて外の景色を眺めていた。こう見るとアイリスと似ている気もするけど、イメージのせいか大人っぽい雰囲気がアイリスより強い気がする。
「ん?どうしたの?」
「いや、大人だなぁって」
僕は言いながらなんとなく恥ずかしくなって視線を逸らした。女の人を褒める時ってどんな表情すれば良いか分からない。だがそんな僕を見てかライサさんは少し吹き出して笑ってくれていた。
「急にどうしたの。褒めても何にも出ないって」
ヘレナさんは笑いながらも少しだけ嬉しそうにしていた。僕からしたらかなり頼りになるし、割と目標の人だから本心ではあったのだが、あまり真には受けていないようだった。
すると笑いを収めたヘレナさんは再び外へと視線をやって、優しい様な寂しい様な口調と共に言った。
「私なんて頑張って背伸びしてるだけだから」
「・・・・でも僕にとってはそんなヘレナさんが頼れる大人に見えますよ」
少し意識しすぎた言い方だろうか。思った事をそのまま言ったけど、少し冷静になると恥ずかしくなってしまう。でも僕の想ったままの言葉だ。
「ありがとね」
ヘレナさんがそう小さく答えて目を細めて外を眺めていた。
すると案外早く僕らのテーブルの上には、コーヒーと紅茶が運ばれてきていた。今更だけどコーヒーとかってどこの国からやってきてるんだろうか。
「・・・・で、あの子達の話なんだけどね」
コーヒーに口を付け一息置いたヘレナさんが、改めて真剣そうな眼差しで僕に向き直ってきた。僕もそれに対して紅茶を持つ手を下げ、受け皿へとそのティーカップを戻した。
「上手く行きましたよ」
ヘレナさんはさっきまでの神妙な表情から一転、両手を合わせて嬉しそうにしていた。僕もそんなヘレナさんの言葉を聞いて、色々心配事が解決したらしいと肩の荷が下りたように力が抜けてしまった。後はエルシアの事だけだな。
「でも、イリーナさんがあの盗賊達の捜索への協力が条件ですので、しばらくは会えないかもしれません」
「・・・・そうですか」
まぁ死刑や長期間の禁固刑みたいな事にはならなくて良かった。イリーナは会えないのは寂しいけど、あの人サバサバしてるし実力も申し分ないしで心配は要らないか。でもちゃんとお金の管理出来るかなぁ・・・。
そんな僕の心配をよそに、まだあるのかヘレナさんは淡々と言葉を続けた。
「で、ライサさんとラースさんは貴方と一緒で士官学校に入れることになりました。敷地外への外出は許可が無い限り卒業まで禁止の条件付きですが」
そもそもライサ達は罰則らしい罰則すらも無いらしい。ヘレナさんどんな交渉したらそんな結果を出せるのだろうか。聞いても機密だろうし教えてはくれないのだろうけど、やっぱすごい人だな。
「それで貴方のクラスに入れる事になってるので、勉強とかの諸々の世話はお願いしますね」
「あ、はい。分かりました。でも一年分ってなると一個下のクラスに入れた方が良くないですか?」
待遇自体に不満は無いけど、一年も訓練や座学も遅れるしそれに野外演習だってやってないなら、わざわざ僕らのクラスに入れない方が良いと思うのだけど。
「欠員が出てしまったのもありますが、何よりフェリクス君があの子達の責任者って事になるので、世話と監視をさせるって事らしいです」
それぐらいの責任は負えって事か。まぁラースはともかくライサは心読めるし試験とかは苦労し無さそうか。それに盗賊上がりってなるとライサ達がいじめられそうだし、僕が傍に居れた方がありがたいし確かにその方が良さそうだ。
でも欠員ってなんだ。前の騒動でもしかして誰か怪我でもしてしまったのだろうか。
「・・・欠員って何かあったんです?」
そう僕が聞くとヘレナさんは少しの間考え込んで、周りを気にしながらも顔を僕の方へ近づけ小声で僕に教えてくれた。
「ルイス君が家督を継ぐからですね。あの家も槍玉に挙げられて今大変でしょうし・・・」
確かあの演説で戦争を扇動したとかどうのって言われてたな。ルイス君って野外演習のは自業自得だったとは言え、不幸が重なりすぎてて少し可哀そうだな。
するとヘレナさんは自分の席に戻ってコーヒーに口を付けた。
「と、まぁこれぐらいです。私は暫く軍の方で仕事があって学校には来れないので、ライサさんとラース君でしたっけ?彼らをお願いしますね」
随分準備が早いらしく明日に早速来るらしい。でも時間は関係なく僕はやれるだけ精一杯頑張るだけだしな。
そう僕が承諾の意味を込めて頷くと、ヘレナさんは微笑んでコーヒーカップを手に取って飲み干してしまった。そしてそのままヘレナさんが、コツと音を立てて受け皿にコーヒーカップを置くと何かメニューを見始めた。
「昼食べて無くてお腹空いたんですよねぇ・・・」
そういえば僕もまだ昼食ってないな。曇り気味で時間感覚が少しずれてるせいか忘れていた。
でもメニューは一つだし後で見せてもらおうと、そうメニュー眺めるヘレナさんを僕はただ眺めていた。
そして僕のティーカップの底が見え始めた頃。うんうんと悩んでいたヘレナさんがやっと顔を上げて、僕に向かってメニューを見せてきた。
「フェリクス君も何か食べる?」
やっと差し出されたメニューを見るが、やっぱり全体的に食事は割高な気がした。珍しくスイーツとかも色々揃っているけど、ちょっと手を出しずらい値段だな。
給金があるとはいえラース達が来るなら日用雑貨ぐらい揃えてあげたいし、節約しないといけないから一番安いのはどれだろうか・・・・。
「じゃあこのベリータルトの一番小さいのにします」
コーヒー奢るとか言っておいて一番安いの頼むの卑しい感じがして恥ずかしい。そう僕は恥を隠すように顔を伏せてメニューをヘレナさんに返そうとしたのだが、そのヘレナさんはというと口を手で隠して肩が揺れていた。
「・・・どうしました?」
「いや、多分考えてる事一緒なんだろうなって」
そんなヘレナさんの言葉の意味が分からず首を傾げていると、ヘレナさんはそのまま店員を呼んで注文を伝えていた。
「ベリータルトの小さいの二つで」
そうヘレナさんは言っていたずらっぽく僕をチラッと見てきた。なぜだかいつもよりヘレナさんが機嫌がいいように見える。姉妹揃って甘い物が好きだからとか、そういう理由だろうか。
そうして珍しく白い雪がパラパラと降る外と暖炉のパチパチとした音の中、何でもないような会話を僕らはしていた。なんだか落ち着くような優しいそんな雰囲気の中、紅茶を飲んでいるのに少しだけ眠気が僕を襲ってきた頃。やっと注文したベリータルトが僕らのテーブルの上にやってきた。
「・・・小さいですね」
「ですね」
思った以上に小さかった。これであの値段はかなり損した気分になってしまう。まぁでも文句を言っていても仕方ないと僕らはフォークを持った。
「ん、美味しいですね」
ヘレナさんの言う通り値段だけはあるのか、ちゃんと甘くておいしい。損した気分とか思って申し訳なくなるレベルだ。
だが量自体は少ないので、僕らは一分も経たない内にそれを全て胃袋の中へと仕舞ってしまった。そしてヘレナさんはこの後まだ仕事が残っているらしく、すぐに僕らは会計を済ませて雪が未だ降る外へと出た。
「じゃあお互い頑張りましょう」
「はい!頑張りましょう!」
僕らはカフェの前でそう互いにエールを送り合って、互いに背を向けて歩き出した。行とは違って少しだけ寂しいその帰り道は、とても寒い昼での事だった。




