第八十六話 想い
広場は処刑台の上に立つ男に支配されかけていた。
その中心の処刑台の上に立つ男は、数分前に突然の爆発に混乱していた群衆に向かって熱弁を始めて今に至る。最初はそんな異様な行動に対して懐疑的な雰囲気だった広場の人々だったが、処刑台の上の男が言葉を発する度にそれらは異様な熱気へと飲み込んでいっていた。
「この少女と共に戦い!!あの城の住人達を引きずりだそうじゃありませんか!!!」
そして何よりも許せなかったのは、明らかにあの男がエルシアを利用しようとしてる事だった。以前会った時にも同じような事を言っていたが、本当にエルシアを使ってこの国を乗っ取るつもりらしい。
「アイリス離して」
ここで止めないとエルシアは間違いなく、あいつが身勝手に起こす戦争に巻き込まれる。それに今僕が何とかしないと戦争で大勢の人が死ぬのは分かり切っている。あいつの本当の危険性を分かっているのは、今この広場では僕しかいない。
「・・・・嫌」
すぐにでも走り出したい僕に対して、アイリスは顔を伏せたまま僕の右腕を強く握りしめていた。心配をしているのか知らないけど、この状況の異常さが分かってないのか。
「フェリクスが行かなくても兵士がなんとかするって」
だけどそんな押し問答を繰り返す内にも、男の演説に感化され広場の熱気がどんどんと増してしまっていた。あいつの言っている事なんて根拠も無いし、やってることはただの国家転覆なのにだ。
「この少女と共に戦い!!あの城の住人達を引きずりだそうじゃありませんか!!!」
だがこれが集団心理なのだろうか。さっきまでは突然の爆発にパニックに陥り恐怖の感情で一色だった広場が、今では熱を帯び私達へと食い入らんと演説に反応するように声を上げ迫ってきていた。
「ごめん」
僕はこれ以上はまずいと右腕を諦め、アイリスから処刑台へと視線をやった。左腕を掲げて狙いを定めるが、生半可な攻撃で殺せる相手じゃないのは分かってる。だからこそ僕の全てを込めて出来うる最高の威力と速度であいつを狙い撃つ。これまで散々石魔法を訓練した距離より短いんだから当てれるはずだ。
「貴方達の力を見せつけようじゃありませんか!!!!」
そう処刑台の男が両手を空に挙げた時。僕はアイリスの制止を振り切って、左腕が溶けてしまいそうな程の熱を帯びながらも、それを無視して魔力を注ぎ続けて魔法を放った。
だがそこまでしたというのに、風がその時吹いたせいか狙いが逸れ男の顔を潰す事は叶わなかった。だが確かに魔法は当たりはしたのか、男は処刑台の上で蹲っていた。
僕はそれを見て後ろで魔法の衝撃のせいか座り込むアイリスを尻目に、使い慣れない新品の剣を構えて走り出した。
「・・・・逃がすかッ!!」
広場の人間の戸惑った瞳が一斉に僕を向いていた。だけどそんな事を気にも留めず群衆を掻き分けて、処刑台へと一直線に走って行ったのだが。
どうやら僕は間に合わなかったのか処刑台の上では男が何か手に持ったかと思うと、それを地面にたたきつけていた。そしてすぐにそれは音を立てて白い煙を辺りにまき散らしていた。
「ッチ、煙幕なんてあんのかよ」
万が一に備え口元を抑えて処刑台の上へと昇るが、既にそこにはエルシアもあの男の姿も無かった。
だがまだそこまで遠くまでは行っていないはずだ。そう白い煙が立ち込める中辺りを見渡すと、一瞬煙の間から銀色の髪が光ったような気がした。それが見間違いかどうか判別する前に、僕の足は既に動き出してその煙の中から飛び出した。
「待てッッッ!!!!!クソジジイィィイイイ!!!!!」
咄嗟だったが精一杯叫んだ。だが僕がそうやって煙幕から出た時にはどこにも銀色の髪は見えず、その叫びは空振ってしまっていた。
でも逃げた方向を追えばいつかは背中を捉えれる。そう僕は地面へと着地して、恐らく逃げた方の路地を目指して走りだそうとした時。
とても懐かしい様な聞き覚えのある男の声が、やけに鮮明に背後から聞こえてきた。
「立てッ!!まだ敵の前だぞ!!!」
でもその声は昔聞いた時よりも少しだけ低くなっている気がする。
そう思いながらも一瞬の間に僕はエルシア達を追いかけるのと天秤にかけた。そして一瞥だけ確認するだけだと、そう言い聞かせて僕は後ろへと振り返った。
「・・・・・・え」
そこには昔から変わらず綺麗なブロンドの髪のラースが剣を構えて立っていた。それに戦闘をしていたのか血を全身に浴び地面に座り込んだライサもいた。
そしてなによりそのライサの視線の先には血を地面に流して、伏している青髪の女の人の姿があった。
「ここで何やってるんですか!!!」
僕が情報を処理できず茫然とその光景を眺めていると、そんな女性の声と共に右肩を強く掴まれた。でも僕の視線は一切動かず、倒れている女の人へと縛られ続けていた。
そんな中ひどい耳鳴りで当たりの音も聞こえず、自分の早くなった脈拍と呼吸だけが良く聞こえてしまっていた。
でもそんな僕の鼓膜を破らんとするほどの大声が、僕の耳元で聞こえてきた。
「フェリクス君!!しっかりしてください!!!!」
その声でやっと僕の鈍い思考は再び動き出し、やっと視界の右側に映る焦ったように覗き込んでいるヘレナさんを認識出来た。
「・・・・・え、なんでここに」
違う今はそんな事を言っている場合じゃない。早くあそこへと行かないとイリーナが危ない。
僕はそう思って足を踏み出そうとするけど、それをヘレナさんが進路を塞ぐように立ちふさがってしまった。
「昨日に警備に駆り出されるって言いましたよね。それよりもなんでフェリクス君がここにいるんですか?」
怒りすら感じられる真面目な顔でヘレナさんは、僕の両肩をしっかり掴んでいた。それにその時には戦闘も沈静化してきていたのか、辺りにいた兵士が僕らの脇を通り抜け、エルシア達を追うように走っていくのが視界端に入っていた。
そしてその時。ヘレナさんの背中越しに兵士らしき男の声とラースの声が聞こえてきた。
「剣を地面に置いて両手を後ろに組め」
「・・・・分かったからこいつを治療してやってくれ」
そんな僕の視線に気付いたのかヘレナさんも後ろを振り返った。その時にヘレナさんの髪の間から、チラッと見えたイリーナにはライサが覆いかぶさって、必死に治癒魔法を掛けようとしている所らしかった。
「あの子って確か・・・・」
すぐにヘレナさんが驚いたような表情で僕へと視線を戻して来た。そういえば僕がヘレナさんと戦闘した時にラースもいたから顔を覚えていたのか。
でも僕はこんな所で立ち止まってちゃいけない。そう思うと腹に力が入ってやっと一歩を踏み出せた。
「あそこで倒れてるのも僕の恩人なんです。助けてくれませんか?」
僕は肩に乗るヘレナさんの手を取った。この人なら確か少佐で力もあるだろうし、イリーナ達を助けてくれるかもしれない。そう希望に縋ったのだが、ヘレナさんの表情は芳しい物では無かった。
「・・・・・治癒はしますが、反乱に加担した以上重い刑罰が下りますよ」
無茶かもしれないがじゃあ僕が全員連れて逃げ出せばいい。この国と戦争してる南の国とやらに逃げれば、そこでまた生活をすればいい。僕はそれだけをする覚悟も責任もあるつもりだ。
そう思ったのだがヘレナさんは優しく微笑んで僕の肩から手を離した。
「でもせっかく頼ってくれたんです。大人として出来る事をするので危ない事は考えたらダメですよ」
そうヘレナさんは僕から背を向けて、ラースと対峙していた兵士達の元へと歩いて行った。
そして僕思い出したかのように開けた進路を再び走り出して、地面に倒れるイリーナの元へと走った。
するとそこではライサによって治癒魔法が行われていたが、傷が深いのかそれともライサが動揺しているのか全く治癒魔法が進行しておらず、ただライサの魔力が散っているだけだった。
「ごめん。ちょっとどいて」
僕はそう優しくライサの肩を押した。その時ライサの相変わらずの癖ッ毛な茶髪が当たったが、それ以上に僕を見たライサの瞳はひどく潤んで瞳の輪郭すら分からない程だった。
「・・・え、あ、え」
そう声にならない声を上げているライサを尻目に、僕はイリーナの傷口を確かめた。見た所背中側から腹を切られてるけど、多分肝臓とかの内臓には当たって無さそうだし命の危険は無さそうか。ただ傷が深いから早くしないと出血や感染症でまずい事になる。この傷なら何度か治して来たし治癒できるぞ。
「・・・・・フェリクスか」
そう僕が治癒魔法を開始した時。うつ伏せに地面に伏せていたイリーナが顔を横にして、息も絶え絶えながら一言そう発した。声は掠れてしまって弱々しいが、まだ意識はある様で良かった。
「・・・・ライサとラースを頼んでもいいか?」
突然そんな今から死ぬような発言がイリーナから飛び出した。だが僕がそんな事させないし、善意だとしてもそんな事を今言って欲しくない。そう僕はイラつきを覚えながら強い口調でイリーナに言った。
「僕が学校卒業したら迎えに来るんだろ!!!変な事言ってんじゃねぇ!!!」
そうやって僕が治癒を続けている内にもヘレナさんが兵士たちと話を付けたらしかった。そしてそのまま僕らの元へとやってきてイリーナを挟んで僕と反対側で膝を折り畳んだ。
「この人って確かイリーナさんですよね」
「は、はい。でもこの人も僕らと同じで誘拐された子で、、、」
僕がそうイリーナも被害者だと説明している内にもヘレナさんが治癒を手伝ってくれて、すぐにイリーナの傷口は塞がって行った。
本当にヘレナさんが居なかったらここまでしっかり対処出来なかったかもしれない。
「ヘレナさん。ありがとうございます」
僕はイリーナの体を仰向けにしつつ、そうヘレナさんにお礼を言った。多分これからこの人に無茶をさせてしまうと思うし、これだけじゃ足りないのは分かっているけどだ。でもお金でもなんでもお返しは絶対にするつもりだ。
「これでアイリスの件はお相子ですかね?」
そう僕の緊張を解そうとしてくれているのか、珍しくヘレナさんがいたずらっぽく笑っていた。本当にこの人には気を使ってもらって助けて貰ってばかりな気がする。
「それだと僕がお釣りを払わないといけないですね」
僕が精一杯そう返してそんな会話をしている中、近くではラースとライサは兵士たちに拘束されていた。ヘレナさんが何とかするとは言ってたけど、流石に無罪放免はされないか。
「私に考えがありますけど、それだとフェリクス君にも責任を負ってもらいます。それでもいいですね?」
さっきからの雰囲気は一転。ヘレナさんが縄をかけられる二人を見ながら、そう真剣そうに話しかけてきた。いつも仕事をしている時のかっこいい大人の表情だった。
「覚悟はありますよ。皆を助けれるなら」
僕がそう言うとヘレナさんは表情を崩しニコッと笑った。そしてイリーナの両手に縄を結ぶと肩を組んで立ち上がらせていた。
「じゃあここからは大人が処理をします。あの銀髪の子を追うことなく学生は早く帰る様に」
エルシアは今から僕が動いても追いつけない。それにあのジジイが逃げる算段を付けてないとは思えないし、流石に僕もこれ以上ヘレナさんに迷惑を掛けたくない。悔しいが今は救える命を優先しよう。
そうやってイリーナ達三人が連れ去られていったが、ラースは最後まで僕に気付いてなかったのか全く目線が合わなかったけど、ライサは何かを言おうとして口を開いては諦めて目を伏せるのを繰り返していた。
僕はそんな三人が見えなくなるまで見送っていると、広場も群衆が散らされたのかさっきまでの熱量はどこかへ散り落ち着いた雰囲気になっていた。エルシアの事はあるけど、とりあえず誰も死ななくて良かった。
そう安堵して全身の力が抜けそうになった時。それらを打ち破る様に荒い足音が僕の背後から迫ってきていた。そしてそれに気づいた時には、僕の背中は蹴り飛ばされ頭から地面にぶつかってしまった。
「・・・・痛った」
地面から頭を話すように腕を立てると血がポタポタと、石畳の間を流れていっていた。どうやら額から血が流れているらしい。
そんな事を思っていると背後から、僕の背中を蹴ったと思われる人物の声が聞こえてきた。
「私止めたよね」
振り返るまでも無くその声の主がアイリスだと分かった。それに言葉からも僕の背中と額の痛みからも、その怒りがひしひしと伝わってきていた。そういえば置いていてしまっていたんだった。
「でもあの時はあぁするしか・・・」
ハンカチで額を抑えながら立ち上がって振り返ると、やっぱりアイリスが目尻を上げて腰に手を当て、明らか怒っている雰囲気を出していた。というか実際怒っているのだろうけど。
「まだ怪我だって治ってないんだから無理しないでよ!!」
なら僕の背中を貴女が蹴ったのはどうなのか。そう突っ込みたくなったが、そんな事を言ったら更に面倒くさくなりそうなので僕は口を噤んだ。
「それに敵を治癒なんて馬鹿な事もしてさ!あれで仲間扱いされたら捕まるのフェリクスだよ!?」
そうアイリスが言ったがそれは割と真っ当な指摘だった。確かにヘレナさんがいなかったら、アイリスの言う通りそうなってたかもしれない。でもそうだとしても僕はイリーナを見捨てるつもりはないから、その時は逃亡生活が始まるだけだったが。
「ねぇ聞いてんの!?」
今日は随分アイリスの感情が荒ぶっている。それだけ僕が無理をして心配を掛けさせてしまったのだろう。この一週間かなり僕を気遣ってくれてたし、流石にこのまま怒らせるのは申し訳ないか。
「ごめんごめん。色々ありがとうね」
そう毛が逆立つぐらいに怒るアイリスの右肩に手を置いた。こんな姿を姉のヘレナさんが見たらどう思うのだろうか。未だ仲直りは出来ていないけど、恩返しとして二人が話せる機会でも今度設けてみるか。
それにアイリスだって方向性があれなだけで、悪気は無いんだろうし。
「なんか顔腹立つ」
そうアイリスは僕を睨み捨て台詞を吐くと、そのまま僕の手を振り払って背を向けて歩き出してしまった。これはまたしばらく不機嫌になりそうか。
「ちょ、ちょっと待ってって!」
エルシアの事もイリーナ達の事も何もまだ解決できておらず、これからの課題が僕には山積みになって背中にかかっていた。
でもそれはそうだけど今は生きていてくれた事を喜ぼう。そう僕は痛み出した左腕を抑えながら、急いでアイリスを追って広場を走って行ったのだった。
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「本当にこいつら大丈夫なんすか?」
前を歩く兵士がそう私に問いかけてきた。一応私は少佐だから信用はしているけど、やっぱり疑いの念は晴れないようだ。
「重要な参考人です。まだ殺すわけにはいかないでしょう」
実際あの既にこの世にいないはずのエルシアと名乗った銀髪の少女の行方を知るには、こいつらが必要だ。建前としても実情としてもこれは事実だ。
それにこの人達が殺されるってなったらフェリクス君が何をするか分からない。
「予備の通路を使って城へ向かいます。そこからなら地下牢にも行けますし」
橋はもう使えないし復旧の目処もすぐには立たないだろう。だから非常用の地下通路を使う。既に他の兵士や高官が走り抜けているのか、人の出入りが多いようだが。
そう私達も建物に入り地下通路を進んで行った。もう既に城へと情報は伝達されている様で、近衛まで出張ってきているようで、私たちのすぐそばを綺麗な服と鎧で包まれた集団が走り去っていった。これは暫く私の睡眠時間が短くなりそうだ。
「あんたはフェリクスの知り合いか?」
すると意識がはっきりしてきたのか、肩を貸していたイリーナが喋り出していた。この人が倒れているのを見てフェリクス君もかなり焦っていたようだったし、彼にとって大事な人なのだろう。以前街で会った時も仲が良さそうだったし。
「あの子の教師です。そちらは?」
私がそう聞き返すとイリーナは黙ってしまった。いや答え方が分からないのか迷ったように視線を落としてしまっていた。実際フェリクス君とはどんな関係だったのか気にはなるのだが。
でも今はそんな事どうでもいい些事だ。
「これから私が貴女達が処刑されない様にします。ですので情報提供等は拒まないでください」
「・・・・しないと拷問か」
何かトラウマがあるのかイリーナは表情を暗くしてギュッと唇を噛んでいた。まぁ盗賊なんてものに所属していたら、嫌な過去の一つや二つはあるか。
「でも死ぬよりかはましでしょう。フェリクス君も外で待ってますよ」
それで私たちの会話は一度止まってしまった。元々顔見知り程度だったとはいえ、あまり話したことも無かったから初対面の様なものだし、わざわざ話す昔話もない。それに変に仲が良いと思われると、私が介入しずらくなる。
だがそんな足音だけ響く空間で、イリーナは静かに私へ向かって呟いた。
「こんな事初対面のあんたに言う事じゃないのかもしれんが」
肩を組んでるせいで私の顔が見えずらいのか、私の正体に気付いていないようだった。
だがそんな私の思考をよそに、前置きを済ませたイリーナは少しの間を置いて話し出した。
「もし私がダメそうならあんたにフェリクスの事頼んで良いか?あいつ無理ばっかするからさ」
そう言うイリーナの顔は少しだけ悔しそうだった。でも彼女なりにフェリクス君を思いやってこういったのだろうが、私からしたらそんな事言われなくてもってやつだ。
「そんなの言われなくてもですよ。これまでも互いに助け合ってきましたから」
「・・・・ん?あぁそうか」
私の言っている意味が分からなかったのか、そう明らかに困惑した表情を浮かべていた。
だが貴女の言いたい事伝えたい事は分かったつもりだ。イリーナ達が死ぬような事には私がさせないけど、その想いはしっかり受け取った。
「・・・・よし」
そう私は気合を入れ直し、長い地下通路を抜けて眼前の城を見上げたのだった。
すみません。また明日は投稿が遅れて日を跨いでしまうかもしれません。出来るだけ急ぐのでご容赦ください。




