第八十五話 叫び
かなり更新遅れてしまいました。すみません!!
八月十二日 誤字修正
「諸君が混乱する気持ちも良く分かる。だが少しだけ私達に時間をくれないか」
私の肩を掴んだその声の主は、演説でもしているのかと思うほど抑揚の付けた感情の籠った話し方で、広場の空気感を支配していた。
私はというと目隠しをされているから状況は上手くつかめないけど、今のこの空間の静寂さと言い私達に視線が集まっているのは肌で感じていた。
「今貴方たちの生活はどうですか?十年近くに及ぶ戦争が続き物の値段は上がり続け、街の裏へと行けば傷痍軍人や戦災孤児が視線を落とせばすぐそこに見る事が出来る現状。そして大切な家族を失ったという人もこの中にも多くいる事でしょう」
突然長々と何を言い出すかと思えば、急にこの国を批判しだしていた。そもそもこいつ自身が戦闘が好きなくせに思っても無い事を言って何がしたいんだ。でもそれが広場にいた人達も思っていた事ではあったのか、少しだけざわめきが聞こえてきていた。
「こんな現状誰も望んでいない!!!それなのに誰が作り上げているんだ!!!!なぜここまで貴方達が苦しまなければいけないのか!!!!」
すると誰かが止めに入っているのか背後で剣と剣がぶつかり合う音がしていた。流石に護衛はいると思うけど、少しすれば大勢兵士も来るだろうにここで演説ごっこをする余裕があるのだろうか。
でもそんな私の懸念をよそに更に声を張り上げて、群衆へ向かっていた。
「教えましょう!!全てあの城に住む王族達のせいです!!戦争も貴方達の家族が死んだのも!!明日の生活の確証を得れないのも!!!全てあいつらのせいなんです!!!!これでも本当に貴方達の王足り得る存在なんでしょうか!?!?」
そう段々と熱を帯びてヒートアップする演説の途中。どこかを身振り手振りで演説でもしているのか、ヒュンと耳元をかすめるように風を切る音がした。
「私は決してそうは思いません!!だから私達と共にあの城の住人達を引きずり出そうじゃありませんか!!!!」
未だに私の視界は奪われているが、広場にいる人たちのザワザワとしたどよめきだけが聞こえていた。
さっきまでのどよめきとは違って、明らか賛同するような声もちらほらと聞こえ始め空気感が変わり始めていたのが、目隠し越しでも分かった。
そして今度は緩急なのだろうか。訴えかけるように感傷的な声を絞り出すように言葉を作っていた。
「でも得体も知れない人物なんて信用できない。それは当たり前の事です。ですが私の後ろに立つこの方を見てください!」
突然肩を押され一歩前へと出された。もうあと一歩踏み出せば地面へと自然落下してしまうのだろう。
「皆さんも先日の大臣の暗殺の話は聞いたことあるでしょう。ですが奴こそが貴方達から搾取し!私腹を肥やし!!あまつさえ戦争を扇動していた張本人なのです!!!」
大きく息を吸い込む音が耳元でしていた。そして私の顔を覆う目隠しに後ろから手を掛けてきた。
「そんな圧政を敷くあの城の住人の一人から、貴方達を救おうとしたのが彼女なのです!!!」
その言葉と同時に私の視界は光を取り戻して、少しの眩しさの跡曇天の空と広場を埋め尽くす群衆の目玉が気持ち悪い程良く見えていた。そして視界端に映る右前さっきから演説を続ける髪の乱れたジジイの姿も。
「彼女はただ一人で苦境に喘ぐ貴方達の為に立ち向かってこの国を変えようとした!!!だがそれも城の住人達の陰謀によって、罪人として歴史の闇に葬られようとしていました!!!」
一斉に広場の目玉が私を向いた。疑念や不安の色が強いが段々と期待や羨望ともいえる色も見え始めてきていて、それに呼応するようにジジイの演説も一段と熱を帯びていった。
「こんな可憐でか弱い少女が一人立ち向かったのです!!!そんな彼女を殺していいと本当に貴方達は思いますか!?」
流れるようにいつ呼吸もしているのか分からないぐらいに、隣の男からは嘘か本当かも分からない情報が流れ続けていた。
だけどその熱はただ行き場が無いわけでは無いのか、少しずつ群衆の私達を見る目が変わって行っているのは確かだった。
「いいえ!!私は絶対にそうあってはいけないと確信してます!!!本当にこの処刑台に吊るし上げないといけないのは、あの城の住人達だとは思いませんか!?!?」
段々と喉がしゃがれてきている。それでもなお声量は変わらず、逆にそれが本心での心の叫びの様にすら感じれる圧力があった。
「そんな市井を顧みないあの城の住人達と違い、この方は貴方達と同じ、いやそれよりも苦境な幼少期を遠い東方の片田舎で過ごしていました」
胸に手を当て私の背中を支えているつもりなのか、手を腰に回して来た。もう状況が移り変わりすぎて意味が分からなすぎる。
「そんな彼女は8歳の頃家族を全員失いました。・・・・ですが!!!そんな一人残された苦境の中でも、自らを顧みず貴方達を救おうと立ち上がったのです!!!」
するとジジイの演説に感化されたのか、賛同するような感嘆の声がポツポツと上がり出していた。執行官が群衆を広場から追い出そうとしたり、兵士が止めようと戦闘をする声が聞こえるが、それでも広場の彼らの熱を帯びた視線は今私の隣で熱弁する男へと向けられていた。
だが梯子を外すかの様に再び落ち着いて、男は震えるような声で語り掛けていた。
「そして十数年前。この国があの城の住人たちに簒奪された時です。ある銀色の髪をした年端も行かない幼児がこの場で処刑されました」
私の切っていない長く伸びた髪を、ジジイは優しく両手で挟むように持つとそのまま持ち上げた。こんな状況にまるで私は人形みたいな感じを味わっていた。
「ですがここにその少女は生きていました!!そして貴方達を救う為にまた舞い戻ったのです!!!こんんな彼女を応援せずにはいられるでしょうか!!!!!」
そんな演説に狂気とも言える熱を帯び始めた広場の中に、私はある人物を見つけていた。
ここからだと少し離れた位置。周りの人々とは違いひどく困惑したような表情で私達を見つめている黒髪の少年。私が何度も何度も救おうとしてきたけど、何故かこの世界では中身が別人になってしまった人。こんな時彼はこれからどうするのだろうか。
「この少女と共に戦い!!あの城の住人達を引きずりだそうじゃありませんか!!!」
これが集団心理なのだろうか。さっきまでは突然の爆発にパニックに陥り恐怖の感情で一色だった広場が、今では熱を帯び私達へと食い入らんと演説に反応するように声を上げ迫ってきていた。
「貴方達の力を見せつけようじゃありませんか!!!!」
その時風が吹いて私の髪が舞い上がると共に、隣の手を掲げていたジジイが視線をどこかにやった気がした。
だがその視線の先を追う前に、ジジイの胸を貫かんと石の槍が飛んできているのが見えた。だけど私は反射なのか瞬きした瞬間には耳元で空を切る音がして、目を開くとすでにその石の槍は見えてなかった。
「・・・っと、やっぱ君はそうするよね。遅いんだからもう喋る事無くなりそうだったよ」
隣でジジイは血が流れる耳を抑えながらも、何故かそう嬉しそうに笑っていた。
そして私は風で広がる自身の髪を抑えることもせず広場へと視線を戻すと、その広場を埋め尽くす群衆の両目の先にいる人物が目に入った。
「あいつ・・」
ここからでも分かるぐらいに肩で呼吸をして、魔法を撃ったのがまるわかりなぐらいに右手を私達に掲げていた。それに近くで止めようとしていたのか女の子が尻餅をついてしまっていて、構わずぶっ放したらしい。
「皆さん!!!!」
だがそんな一瞬の静寂も許さないのか、いつの間にかジジイは立ちあがって胸を張った。
「今は我慢の時です!!私たちはまた一年後に貴方達を救いにに力をつけ再びここに舞い戻ります!!!だからそれまで貴方達には城の住人達を見張っていて欲しいのです!!!!」
そんな再会された演説の途中。フェリクスは近くの女の子の静止を振り払って剣を抜き、覚悟を決めたのか私たちの元へと走ってきているのが見えた。
「共に戦い続けましょう!!!!」
するとジジイは私の腰を掴むと、何か紐に火のついた球の様なものを持ち出した。
「目を閉じて息も吸わないようにね」
そう私に囁くとその球を地面に叩きつけた。すると一瞬で視界を白い煙が覆って、否が応でも私は瞼と口を閉じざる負えなかった。
そしてすぐに私の体が持ち上げられたのか浮いた感覚を味わうと共に、悲痛な叫び声に近い様な声が聞こえた。
「待てッッッ!!!!!クソジジイィィイイイ!!!!!」
そんな喉が破けてしまいそうな叫び声を無視するかのように、私の体は抱えられたままどこかへと連れてかれていた。
「申し訳ないけど君だけは一緒に破滅してもらうよ」
そう不吉な言葉だけを私に残して、私たちは街の外へと逃げていったのだった。
ーーーーー
「イリーナ姐すごいね」
一週間弱の道のりを終えて私たちの馬車は、大きな大きな街の城門の前に来ていた。今まで外に出た事が両手で数えれるほどしかない私にとっては、見上げるだけで首が痛くなりそうな城門だった。
「手続き終わったから入るぞ。指示に従って大人しくてろよ」
見張りの盗賊の男がそう睨みを効かせてきた。やっぱり一度逃亡を図ったから警戒はしているのかもしれない。
そんな会話をしつつ私達を乗せた馬車は再び動き出して、城門を潜っていった。道端には露店や屋台が立ち並び、活気がよくある様に見えるが、ふと暗い路地の上に目をやると孤児の眼球が恨めしそうに日の当たる場所を睨んでいるのが見えた。
「とりあえず合図があるまで馬車の中で待機するぞ」
そんな裏と表の差が激しいこの街の並を眺めていると、直ぐに何かが始まるらしく明らかに馬車内の空気感が変わった。まだ作戦も何も聞かされてないけど、この盗賊の心の声聞くに爆発が合図で処刑台を守るのか。でもそれ以上の事は知らないっぽいしどうなるんだろう。
「ラース君」
そう言って振り返ると、ラース君は昔より場慣れしたのか剣の柄を握って既に戦闘態勢を整えていた。
「どうした?」
エルシアの断片的な心の声からだけども、あいつは恐らくこの街でフェリクスと接触した可能性が高い。もしフェリクスが死んでいないのなら、何かしらこの騒動に乗じて再び会えるかもしれない。
「フェリクスが生きていたらどうする?」
「・・・質問を返すようで悪いが、ライサはフェリクスが生きてたらどうするんだ?」
私達はルーカス君を拠点に残してきている以上逃げることは出来ない。でも逃げ出すなら今が一番の機会だと言ってもいい。だからルーカス君を見捨てて、外で生活を築いているはずのフェリクスに頼るのも選択肢の一つだ。
「逃げれそうならフェリクスを頼って逃げ出さない?」
私がそう他の盗賊に声が聞こえない様抑えて言うと、それに反応してか隣で私の袖を掴むイリーナ姐の体がこわばった気がした。でも例えそれが人としてひどい事だったとしても、これ以上のチャンスは滅多に来ないから、どうしても可能性として考えてしまう。それに会えることならフェリクスと会いたい。
これまで頑張ってきたんだからそれぐらいのご褒美が合ったっていいじゃないか。
だがそんな私の思考に反してラース君は違うのか、ひどく険しくなった顔で私を睨んできた。
「お前それ本気で言ってんのか」
私が心の声を聞くまでも無く、明らかに目の前のラース君が怒っているのが分かった。
「可能性の一つとしてね。このままあそこにいても碌なことにならないよ」
「逃げるなら俺はお前を捕まえるぞ」
何を言われても絶対に譲らない。そんな意思をラース君の視線と言葉からは感じていた。多分この数年でラース君なりに得た答えがそれなんだろう。
でも私だって限界なんだ。これまで散々皆が滅茶苦茶する中尻ぬぐいをして頑張ってきたんだから、少しぐらい我儘を言ったっていいじゃないか。
そう思ってしまった瞬間。そんな自分本位な自分に嫌気がさしてしまった。結局フェリクスと会う前から何も変われて無いんだと。
だがそんな自己嫌悪に陥る前に、私たちの耳には空間を切り裂くような破裂音が聞こえてきていた。
「よし、剣を構えて出ろ」
否応なしに私たちはその音と共に馬車から引きずり出されると、降りた先では広場なのか沢山の人が集まっていた。そしてその中心のにはあれが処刑台なのか上にエルシアちゃんが立っているのが見えた。
「あれに誰も近づけさせるな」
そう私たちは連れられて走っていくと、その処刑台の裏側へと向かわされていた。城へと続く城門は崩されているから、前後だけを警戒すればいいのだけど、すでに他の盗賊の奴らが兵士らしき人達と戦闘をしていた。
ぱっと見た所人数差で優勢なようで私達の出番はなさそうに見えたけど、これから何をするつもりなのか分からない以上気は抜けない。
「逃げんなよ」
隣で剣を構えて周囲を警戒するラース君に、そう釘を刺されてしまった。私だって今はイリーナ姐が頼りないから一人では逃げる気は無いってのに、そんな言い方しないでいいじゃないか。
そうしている内に背後の処刑台では、あの盗賊のおじさんの珍しく張り上げられた声が聞こえ続けていた。何か話しているようだけど、それが目的でこんな大掛かりな事をしているのだろうか。
でもそんな事よりも私たちは、段々と増え向かってくる兵士の人達を抑えることに精一杯だった。
そして上手く動けていないイリーナ姐をかばいつつ、私が迫ってきていた兵士に止めを刺した時。突然背後で剣と剣がぶつかる高い金属音が響いていた。
「ボーっとしてんじゃねぇ!!」
最早乱戦気味になっているせいか、いつの間にか背後を取られてしまっていたらしい。今ラース君が庇ってくれなかったら危なかった。
「分かってるって!!」
でもどうにもこの周囲に人が多すぎて頭が痛い。人の心の声が聞こえるのは便利だけど、こんなに人がいると情報が多すぎて頭がパンクしそうになる。というかもう耳も良く聞こえなくなってきてるし、これ以上ここに居たくない。
「・・・なんで私達がこんな事をしなきゃッ」
戦闘をしながらもそんな不満は漏れてくる。
今行われてるのが何を目的としているかなんて分からないけど、どうせ碌な事じゃないのは分かる。それに私たちは片棒を担がされている。何も正しさも正当性も無い戦いだ。
「イリーナ姐!!こっち来て!!!」
段々と迫る兵士の数は減っている気はするけど、やっぱり正規兵なだけあってか粘られるし手ごわい。
流石にイリーナ姐も自衛ぐらいは出来てるっぽいけど、動きにキレは無いし目を離すと不安になってしまう。
そうイリーナ姐を近くまで寄せて背中合わせにして、周囲を警戒しだした時。頭上で何か質量のある物が風を切る様に飛んで行ったらしく、上から押さえつけるような風圧と音が迫ってきていた。
それに対して私は一瞬目を瞑ってしまったが、すぐに目を開くと既に崩れかけていた城門が大きく崩れ土煙を上げていた。
「・・・・意味わかんないって」
誰がこんな事やったのか知らないけどここまで人が密集してるのに、魔法を使うバカがいたらしい。周りへの被害とかちゃんと考えて欲しい。
「ラース君!!!」
私はなんとなく今ので戦場の流れが変わる。そう思ってラース君を呼び寄せた。魔法の乱発戦になれば私とラース君が断然有利になる。そんな判断だったのだが、それは空振りをしてしまっていたらしかった。
そう私が振り返るとそこでは何かが破裂でもしたのか白い煙のようなものが上がり、処刑台を包むように辺りへと広がっていた。
「皆頑張って時間稼ぎよろしく~」
そんな煙から出てきた頭はエルシアを抱えながら、間の抜けたような声でそう言ってさっさと路地へと消えて行ってしまった。どうやら目的は果たしたらしいけど、今の台詞からして私達って・・・・。
「俺達捨て駒なのか」
ラース君がそう呟いていた。私も正直そんな気はしていたけど、実際に半ば見捨てるような指示を出されるとそう諦めてしまいそうになる。
でもさっきはラース君に反対されたけど、これはチャンスでは無いのだろうか。そんな希望が私の中で湧いて来た。
「見捨てられたって事は、ここで逃げてもルーカス君が殺されることは無いんじゃない?」
私はイリーナ姐の右手を私は強く握った。どうせ見捨てられるなら逃げたってあいつからしたら大差ないはずだ。それに盗賊側から私達が死んだのかも区別付かないだろうし、ルーカス君が危険にさらされる事も無いはず。
「・・・・・でも・・・・いやそうか。どうせこれだと帰れそうにないか」
そうラース君が視線をやった先には、援軍なのかエルシア達が逃げた方と逆側の路地から大勢の兵士達がやってきているのが見えた。
「どうする?乗る?」
「・・・・いずれルーカスを助けに行く事が前提だぞ」
ラース君は剣を握りしめて、迫ってくる兵士の波を見ながらそう言っていた。昔なら素直に聞いてくれなかったと思うけど、やっぱりラース君も成長して自分なりに色々考えているんだと感じられた。
「じゃあ頑張らないとね」
そう私もイリーナ姐を背後にやって剣を構えた。逃げれそうにないなら投降するしか無いけど、多分それをしたら処刑されるのは目に見えている。だからうまい具合に民衆に紛れるか潜伏をするかだけど、どうしたものだろうか。
そう思案しつつ他の盗賊達と援軍の兵士の戦いを見ていると、突然背後から叫び声に近い喉が焼き切れそうな声が聞こえてきた。
「待てッッッ!!!!!クソジジイィィイイイ!!!!!」
その声に私は何か聞き覚えを感じて振り返ると、丁度そこには白い煙幕を振り払って処刑台をから飛び出てくる人物の姿が見えていた。
「・・・・・え」
その光景がスローモーションで私には見えていた。
私が何度も再び見たいと願った横顔。何度も助けて欲しいと寝れない夜に願った人の顔。でもいつの間にか少しだけ高くなった身長と髪の毛。少しずつ私の知らない事が増えているけど、その横顔は確実に私が恋焦がれた人物の物だった。
「ま、待って」
上手く声が出ない。早くしないと置いてかれてしまう。でも緊張のせいか舌も上手く回らないし喉も上手く開かない。だとしても更に声を張り上げないと。そう思って一歩を踏み出して息を目いっぱい吸った時。私の体は一瞬宙を浮いていた。
それに思考が奪われたけど、少し眼球を動かすとなぜかイリーナ姐の右手が私の肩を押しているのが見えた。
突然のそんな行動に意味も分からず困惑していると、何故かイリーナ姐は笑って私を見ていた。
「え、急に何を・・・」
イリーナ姐の口が動いて私に伝えようと何かを言っている。でもさっきから上手く聞こえない私の耳は、その言葉すら上手く受け取る事が出来ていなかった。
でもその時にやけに周りがゆっくり見えていたせいかイリーナ姐の体全体が良く見えた。
恐る恐る私は乾いた眼球を動かすと、その笑っているイリーナ姐の背中にはキラリと光る何かが背中を貫いているのが見えてしまった。
その時私の体は時間を取り戻して、気付いたら地面へと尻餅をついて座り込んでしまっていた。この時からの記憶が薄いけど、私はさっき自分が見た光景を受け入れられずただ茫然とイリーナ姐を眺めていたのだと思う。
でも事実として私の視線の先では、血まみれで地面に伏しているイリーナ姐の姿だけがあったのだった。




