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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第五章
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第八十三話 牢人

少し遅れましたすみません!


 無機質な壁に囲まれた窓すらない小さくて狭い部屋。そんなまさに牢獄ともいえる空間で、体を覆うものすらなく地面と空気から伝わる冷たさも、そのまま受け入れるしかない状況。そしてどこか遠くから見える松明の明りの揺らぎだけが、今の私に残された世界だった。


「・・・・・ここまでかな」


 まぁ最後にあのジジイが何をしたかったのかぐらいは知りたかったけど、これはもう詰みって奴なんだろうな。まぁ今更復讐しても仕方ないし、次はどこを変えてどの選択肢の結果を見るか考えないと。

 そう私が肺の中に溜まった淀んだ空気を吐き出すと、微かに白いそれが目の前を舞い上がっていくのが見えた。そしてそれと同時に私を閉じ込める檻越しに反射する、松明の暖かな明りが揺らいでいた。


「でもやだなぁ」


 フェリクスが先に死なないと私がその間待たないといけない。前の世界だと序盤でミスって私が小さい頃に死んじゃったから、フェリクスが死ぬまでずっと暗い何もない空間でただ待っているだけだった。あれは流石に私でも堪えたしもう二度とごめんだ。それに今回に至ってはフェリクスの中身が明らか違う誰かになっているから、待っていたくもない。


「あいつしぶといしなぁ・・・・」


 私が何度も何度も死んで回避してきた死ぬ可能性のある出来事をあいつは全部回避してるし、この先もなんだかんだ生き残りそう。それでもし老衰まで行かれたらその間の私の精神が持つかも分からない。


 そう私が嫌な予感を感じて冷たい牢屋の壁に後頭部をぶつけて座っていると、段々と松明の揺らぎが近付いてきているような気がした。

 それと共に聞こえてくる二人分の足音から、もしかしたら昨日捕まったばかりなのにもう処刑されるのかもしれない。

 そんな事を思いながら鉄格子の先を眺めていると、こんな薄暗い空間にそぐわない明らか高貴そうなドレスを纏ったブロンド髪の女が現れた。


「じゃあここからは私達だけにしてください」


 私からは見えないがお供らしき兵士が近くにいるのか、女はそう言って振り返っていた。すこしだけその横顔が水面で見た自分の顔に似ている気がした。


「・・・・何かあったらすぐ呼んでください」


 そう言って兵士がコツコツと足音を立てて去って行ったが、随分私は危険な人間扱いをされているらしい。まぁ大臣暗殺犯だし当たり前の反応ではあるのだが。

 そしてその足音が遠のいて行くと、目の前の女は長いブロンドの髪を捲し上げて、私と向き合うようにして鉄格子越しに座り出した。この様子だとどうやらまだ処刑の時間ではないらしい。


「・・・・・久しぶり」


 どんな罵詈雑言が飛んでくるかと身構えていたけど、この空間に似つかわしくない程暖かい笑みで懐かしむように私にそう語りかけてきた。しかもその手に持つ松明のオレンジ色の明りから反射した顔は、私はこれまで一度も見た覚えが無く久しぶりなんて言われる意味が分からなかった。


「ごめんね。私がもっと早く気付いてればよかったんだけど、もうどうしようも出来ないみたいなの」


 私に話しかけているつもりなのか、私の返事を聞くまでも無く勝手に目の前の女は喋り続けていた。私としてはまず自己紹介して欲しいのだけど、本人的には私も知っている前提なのだろうか。


「内々に解決できればよかったんだけどね。取引した相手が悪かったかな」


 それに私の知らない前提の情報で話を進めているのか、この女の言っている事が一切分からなかった。

 そもそもこいつが誰なのかもすら、今の私には分からないのだから。

 するとそれを察してか少しだけ女は少しだけ表情に影を落としたかと思うと、一呼吸を置いて再び微笑みだした。


「自己紹介がまだだったね」


 煌びやかなドレスが床に擦れて汚れてしまっているが、そんな事気にならないのかそう言って立ち上がった。何事かと思っていると、わざわざ罪人相手に対して女は仰々しく貴族らしい礼をしてきた。


「レーゲンス帝国女王ディアナと言います。所謂貴女の腹違いの姉に当たる人物です」


 薄々その可能性は感じていたけど、本当にそうだとは信じられなかった。そもそもそんな上の位の人物がこんな薄暗い所に来ても良いのだろうか。


「まぁエルシアは覚えてないでしょうね。確かあの時は二歳でしたよね」


 いつかあのジジイが話していた話か。話半分に聞いていたけど、自称親族がこの反応って事は私って本当にその血筋の人間だったのか。この情報は次の世界でも使えるかもしれないな。私自身が取引材料になるなら貴族に取り込んでもらって、あの盗賊を撃退するなり出来そうだし・・・・。


 そんな私が考え込んでいる内にも、なぜか目の前の女は自分語りを始めていた。


「あの時は貴女を逃がすだけで精一杯でした。でも後見人だった爺が死んでやっと貴女を迎え入れれそうだったのに、なんであんな事を・・・」


 勝手に手を回して失望されてるっぽいけど、あんな事とは大臣を殺した事だろうか。でも今まで何度やり直しても、お前の助けが来た事なんてただの一度も無いから、それが本当かすらも怪しいのだが。

 そう冷ややかに女を見る私と対照的に、目の前の女は何か訴えるように鉄格子を両手で掴んで、縋るように胸の内を吐露するようにか細い声で語り続けていた。


「貴女を処刑すれば内乱の口実になりかねない。かといって貴女を生かせば内乱の火種が燻り続ける。だから貴女が私の元に居れればと昔から色々手を回していたのに・・・・」


 つまり反乱側の神輿になりうる私を取り込んで、反体制側を抑えたかったらしい。でも私がやらかしたせいで処刑せざる負えなくなって、それはそれで反体制側の反乱の口実になりかねないと。

 

 ま、それもどうせ私が死んだ後の事だし関係ないか。目の前の女だって苦しそうに悩んでるけど、初めて会ったし多分次の世界でも関わらないからどうでもいいし。それに私が死んでフェリクスも死んだらこの世界は終わりなんだから、そんな事心配した所で無駄だしね。


「・・・・・何も言ってくれないんですね」


 女が鉄格子を掴んだまま視線を伏せると、ガンと鈍くて重い金属音がこの牢獄内に響いていた。

 随分やつれているというか落ち込んでいるけど、私としては今勝手に色々語ってくれたお陰で、知りたい事大体知れたし話す意味もあんまり無いんだよな。これで逆に情を移されて殺さない代わりに、地下牢に一生幽閉とかされたらたまったもんじゃないし。


 ま、でも少しぐらいは聞きたい事も無くは無いから話してみるか。


「私の処刑はいつ?」


 私がそう言うと今にも泣きそうな顔でこっちを見てきた。知らない人に知らない重い感情を向けられている様で、ひどくこの場に居づらかったし不快だった。


「・・・・多分一週間か二週間後。替え玉は用意してあるけど、あの人がそれを許すか・・・」

「あの人?」


 そこまで目の前の女と話す気は無かったけど、変に濁すから気になってつい聞いてしまった。


「私が貴方を探すよう依頼した人。良く分からない人だけど腕は確かだし、私も恩があるから強くは反抗出来なくて・・・」


 もしかしてあのジジイとか言うんじゃないんだろうな。それなら全部これもあいつの計画通りって事になるし、私を見捨てたのも思い付きじゃなくて予定通りって事?


 ・・・・・いや今はそれよりも気にしないといけない事がある。女の言い方だと私の捜索をあのジジイに依頼したって事は、あの盗賊がエルム村を襲った原因って私にならないか。

 今までは私やフェリクス、ラースの魔力が多いせいで狙われたと思ってたけど、それもこれも私が居たせいで起こってきたって事なの?


「・・・どうしました?」


 今まで何とかエースイの街に行かないようにしても魔力測定を拒んでも、何をしてもあのジジイの盗賊の襲撃は避けられなかった。私には出来てエルム村の人達が全滅せず一部生き残させれるだけで、あの盗賊から逃げる事は出来なかった。

 でもそれもこれも全部私の存在のせいなのだとしたら。


「・・・・大丈夫です?医者を呼びましょうか?」


 じゃあ私があの村にいるからフェリクス達が不幸になっていたって事?なら私が死ぬかさっさとあの村と縁を切れば、フェリクスも村の人達も死ぬことは無く皆幸せに生きていたって事?つまり今まで私があがいてきたのは、全部自分のまき散らした不幸に対処してたってだけ?

 つまりフェリクスの人生に私は必要なくて、私はただ邪魔な存在でしかなくて一緒に幸せになろうなんて高望みどころか、空の上の手に届かない夢でしかなかったって事?


「あの!本当に大丈夫です?」


 あぁさっきからうるさいな。今更出てきやがってキンキンと響いて頭が痛くなる。

 

「そもそもお前が生かしたせいでこうなったんだよ」


 イラつきからか思った事がそのまま口に出ていた。まぁもうどうせ死ぬからどうでもいいし、こう言ってないとやってられない。

 だって今までの私の苦労が意味も無くて、結局私が居なくなればそれですべて解決なんて結果あほらしすぎる。なんで私がこんな目にあわないといけないんだよ。これだけ神庭っても赦してもらえないのかよ・・・。


「い、いやでも私も貴女を殺したい訳じゃ・・・」


 さっきからこいつは言い訳がましくて、自分は悪くない努力したって保身ばっかりうざったいな。別に私がどうとかじゃなくて自分が罪悪感から逃げたいだけだろ。


「貴女と話したくない。一人にして」


 もうこれ以上情報も獲れなさそうだし、わざわざこいつと話していたくない。見ているだけでイライラしてくる。


「・・・・そう。分かったわ」


 そう私の自称姉は鉄格子から名残惜しそうに離すと、何度も振り返りながらコツコツと足音を立てて目の前から去ってくれた。


 ライサもそうだが、結局は誰かの為じゃなくて自分の為に生きているくせに、口だけは偉そうに善人ぶってまるで悲劇のヒロインかのように振舞う奴が大っ嫌いだ。

 自分の欲しい物は自分の力で掴み取る。それも出来ずに自分は外に踏み出して傷つく勇気もないくせに、外からの都合の良い助けに縋って、口だけは達者に偉そうに耳障りの言い綺麗事だけは吐き続ける。

 あの自称姉だってそうだ。まるで今まで自分がいかに妹を思っていたか言い訳するばっかで、私の事なんて一切聞きやしない。結局他人の為とか言っておきながら自分ばっかなんだよ。


「・・・・・・でもそれは私も一緒なのかな」


 でも結局私も自分の事しか考えてなかったから、これまで自分が原因だって気づいていなかったのかもしれない。今思い返せば、確かに私がエルム村の襲撃の原因だと察せる要素だって沢山あったから自然とそれから目を逸らしていたのかもしれない。

 そう考えるとライサやあの女に対する感情も同族嫌悪ってやつなのかもしれない。


「・・・・ッチ」


 考えれば考えるほど頑張るのがアホらしくなる。これまで何十回と人生をやり直して得た答えがこれってあんまりだろ。神様は私に何を求めてこんな試練を与えたのだろうか。私は何をすればこの世界から解放されるのか。なんで私だけこんなにも苦しまないといけないのか。


「あーもうどうなってもいいや」


 私が今考えてもどうにもならないし、この先も永遠に死んで生き返っての繰り返しだ。ただただ同じ様に世界を繰り返して、私の事を毎回忘れる周りに失望して孤独を感じる。私はそんな牢に閉じ込められ続けるのだろうか。

 

 見上げた天井から水が垂れ、水滴が地面に何も変わらず一定の間隔で落ち続けていた。それがまるで私のこれまでとこれからを示している様だった。


----


 この薄暗い空間に閉じ込められて一週間だろうか。日付感覚などとうにどこかへ行っていたけど、目の前の鉄格子が開かれたことからもそれぐらい経ったのだろうと察せた。


「おい、出ろ」


 看守なのか鎧を着て顔の見えない兵士に腕に鎖を繋がれ、松明がポツポツとあるだけの暗く澱んだ通路を歩いていた。もう服もボロ布に着替えさせられ、まさに死刑囚って感じの見た目になっていた。

 そして今歩き出した通路には私の裸足の足音と、鎖の擦れる音、それに看守のコツコツとした足音が混ざり合って響いていた。


「これは伝言だけどね」


 すると突然看守が足を止め、私を見ることなくそう語りかけてきた。


「この先は君にとって苦しい結末しか待っていない。そこで引き返せば私がなんとかするよ」


 言いたいことが分かるなと、看守の興味のなさそうな暗い瞳が兜越しに私を見ていた。

 どうやらあの自称姉はまだ私を助けたいらしい。あれだけ会話を拒んでも自己満足したいのか、いまだに私に執着しているのか。


「結構です」


 もうこの世界で生き残ってもだし、次の人生でも私が死ねば全て解決するんだから。今更生にこだわる方が馬鹿馬鹿しい。


「そうかい」


 そうして看守は短く返事をして私達は再び歩き出した。パチパチと弾ける松明の音。その中で一定に聞こえる二人分の足音。

 それに遠巻きに聞こえてくる沢山の人の声。もう直ぐ一週間ぶりの空が見えそうだ。


「余分な言葉を発さない様にね」


 外の明かりが眼前に迫った時、そんな言葉と共に私は一週間ぶりの空を見ようとした。だがその空は暗く澱み地面は見物客のつもりなのか、開かれた門の先に見える広場らしき所には大勢の群衆が集まっていた。

 そして今私はどうやら城の周りを囲む水堀の近くに出たらしく、その群衆の待つ広場へと続く橋の上に出たようだった。


「ほら。歩け」


 そして川上からの風を感じながら石畳の橋の上を歩みを進めると、ふと気になって後ろを振り返った。

 するとそこには壮大で荘厳な堅牢な城が建っていた。恐らくどかあの窓からあの女が見ているのだろうな。


「・・・・」


 息が白い。でもそれも直ぐに曇天の空にかき消される。それにこんな服装だからか凍えるような寒さが肌に突き刺さる。


 私の最期にしてはかなり珍しい終わり方。次の人生は試しに誰とも関わらずあの村を離れて、一人で生きていく。それがもし正解だったのだとしたら、その時私はどう思って絶望するのだろうか。


「髪邪魔かな」


 風にあおられ顔に掛かった長くなった私の髪。もう四年以上は髪を切っていない気がする。

 段々と近づいて行く広場の一番目立つ様に立つ木製の絞首台で、私の髪は群衆にどうやって写るのだろうか。これだけ長いと遠目だと人だとすら分からないかもしれない。


 そうして歩いて行くと門をくぐった。皆私を好奇の目で見てきている。どうせ私の出自は明かされて無いのだろうから、大臣暗殺犯を見に来たって感じなのだろうな。


「目隠しするぞ」


 それでも歩き続けて絞首台を登る直前に私の視界は奪われた。もうこの世界での私の人生は終わりは近い様だ。


「そのまま五段登ったらそこで止まる様に」


 最後まで介助はしてくれないのか。まぁここまできたら逃げるのなんて不可能だしそんなものか。死ぬ時はいつだって一人で完結するんだし。


 そう私は一歩一歩階段を踏み締め出した。

 こうやってゆっくりと死を突きつけられるのは初めてかもしれない。いつも理不尽に唐突に殺されてきたからか、変に心構えてしまってどこか緊張してしまう。


「溺死とは違うのかな」


 あれもかなり嫌な死に方だったけど、絞首も同じ様に呼吸が出来ないならあんなの苦しいのかな。痛みや苦しみは何度死んでも慣れない。


 でもやっぱり次の人生に行きたくない。

 そこで私のこれまでの価値が計られてしまう。意味の無かったものとして踏みにじられてしまう。


 でも私の足は階段を登り切って、冷たい風の良く通る位置に立ってしまっていた。

 後ろからは私の罪状を告げる執行官の良く通る声が聞こえる。それに私を見る群衆の思い思いに勝手に喋る声も良く聞こえる。目隠しのせいだろうか。


「もう一歩前へ」


 どこかからさっきの執行官の声が聞こえた。案外感傷に浸る時間は用意してもらえてないらしい。

 

 顔に当たる風がやけに冷たい。

 周りの声が良く耳に入ってくる。


 そして私の首に執行官なのか誰かが縄を掛けた。

 もうあと少しの命。次の人生への準備期間。次気付いたらまたあの家の中にいる。


 そして執行官が離れて少しの静寂の間、少しだけ顔に当たった風が変な匂いをしていた気がした。

 でもそれの正体を探る前に私の耳には、空間が破裂したような爆音と何かが崩れ水に落ちる音。それと人々の叫び声と執行官の慌ただしく焦る声が良く聞こえていた。


 でもその中一人だけ落ち着いたような足音が、一歩また一歩と私の後ろで聞こえてきた。

 もしかしたらあのフェリクスが助けに来たのかもしれない。意味も無いのに大層な事だなと、少し呆れながらも振り返ろうとした時。


「じゃあ第三段階だね」


 これから私に苦しい結末が訪れる。その声を聞いた瞬間に本能でそれだけは分かってしまった。


 






 

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