第八十一話 人生観
「・・・・ひ、久しぶり?」
僕が目の前に現れたエルシアに対してそうなんとか絞り出した時。
カールは焦ったように僕らを交互に見て、アイリスは事情も分からずどうしたのか不思議そうに僕らを見ていた。
そしてその当人であるエルシアはというと、そこまで驚いていないのか淡々と返事をしてきた。
「久しぶりだね」
目の前のエルシアはやっぱり件の暗殺犯とある程度特徴は合致している。でもあの頭のジジイは見えないし、この子だっているから勘違いであって欲しい。
そう僕はいきなり抱き着いて来た女の子に視線をやった。
「な、なんでここにいるの?」
やっぱりエルシアと話すのはどこか気まずい所があった。前会った時もそうだけど異様というか別人というか、腹の底が見えない感じだった。
だから逃げるように答えてくれそうなこの子に聞こうとしたのだが、その時エルシアが僕の元まで歩み寄ってくると。
「この子は預かるから」
女の子が何か答えようとしてくれた気がしたが、その前にエルシアに抱きかかえられてしまった。そしてその子に何か耳元で囁いているし、何か言われたらまずい事だったのだろうか。
そう更に合って欲しくない未来が近付いてきているような気がしていた。
「え、えーっと二人とも知り合い?」
そんな会話の中、ひどく汗をかいたカールが僕かエルシアにか分からないがそう聞いて来た。
それに対して僕はどう答えたら波風が立たないか考えようとしたのだが、その前にエルシアが口を開いてしまっていた。
「うん。昔のね。そうでしょ?」
そう長くなった銀色の髪を揺らして、エルシアは僕に投げかけてきた。ここは変に間を作らない方が怪しまれないだろうか。
「そ、そうだね。出身地が同じでさ」
もし仮にエルシアが暗殺犯だとしたら、僕も共犯で逮捕とかになってしまうのだろうか。そうなったら全員連れて逃避行するしかないが、そうなるとあの頭のジジイと国家権力と戦わないといけないのか。
すると今まで黙っていたアイリスが、エルシアの目の前までコツコツと歩み寄ってきていた。
「じゃあ貴女はなんでこの店の奥から出てきたの?今指名手配されてる人と特徴一緒だけど」
アイリスが腰に下げた剣に手を掛けているのを見ると、明らかに警戒しているようだった。僕の知り合いだとかは関係なく、仕事としてエルシアを処理するつもりなのか。でも僕らは訓練生とは言え軍人だから、それが正常な対応ではあるのだが・・・。
「ん~旅行かな?お金無くなっちゃったから、泊めて貰ってるの」
エルシアがそう言いながらカールの方に視線をやると、カールも同意するようにブンブンと首を縦に振っていた。
でも正直怪しいか怪しく無いかと言われれば、かなり怪しい。僕は今のエルシアがあの盗賊に所属している事も知ってるし、このタイミングでこの街にいるって事は暗殺に関わっていないと言い切るほうが難しい。
「じゃあ身分証明できるの見せてよ。正規の窓口でこの街に入ったなら持ってるよね」
アイリスが更に詰めてかなりの至近距離でエルシアを睨んでいた。それに対してエルシアは薄く笑っているだけで、あまり表情から感情が読み取れなかった。
「あ~ちょっと待ってね~。どこだったかなぁ」
まるで焦ってないのかエルシアは、そうポケットやらを漁り出していた。
一連の会話を聞いて怪しいとは思うが、もし仮にそうだとしたなら僕はエルシアを捕まえられるのだろうか。
捕まったら確実に処刑されるし、エルシアに抱き抱えられてる子だって無事じゃすまない。僕彼女らを殺す覚悟があるのか。
そう思うと僕は腰に掛かった剣に手を掛けるのに躊躇われてしまい、動きかけた右手は固まってしまっていた。
「いやぁどっかに落としちゃったかな?ごめんね」
そうエルシアが言った時、アイリスがこっちを一瞬見てきた。恐らくやっても良いかって言う確認だろう。
でも僕は未だに迷ってしまいその視線に応える事が出来ていなかった。
「あ!もしかしてこっちにあるかも。ちょっと待っててね~」
そんな僕らを見てかエルシアは抱き抱えていた女の子を下ろして、体中のポケットを漁り出していた。
でもその時にはアイリスの中での疑念は増大していたのか、今にも剣を抜きそうな状況になってしまっていた。
僕はそんなアイリスをどうやって止めようかとも考えるが、もしエルシアが本当に殺したのなら庇った時点で僕だけじゃなくアイリスにも迷惑がかかる。それに僕らが捕まればヘレナさんやコンラート達周りにも疑いの目が向くかもしれない。そう考えれば考えるほど、今エルシアを取り押さえた方がみんなの為に良いように感じてしまう。
「・・・・・でも」
曲りなりも同じエルム村の出身で十年以上一緒に過ごして来た仲だ。今まさに助けが必要なはずなのに、僕はエルシア達を見捨てて手を差し伸べなくていいのか?それが僕がこれまで色んな人に生かされてきた人生の結論なのか?
それにそもそもラースのたった一人残された家族でもあるエルシアを、僕は死へと差し出す事が出来るのだろうか。僕はまたこんな誰かを死なせないといけない二択を迫られているっていう状況にさせられてしまっているのか。
そう長々と葛藤を繰り返しても結果が出ない僕に対して、エルシアは何か見つけたのか「あっ!」と声を上げていた。
そんな光景を見て僅かな希望と共に、エルシアが無実ならそれが皆助かるルートだと思って固唾を飲んでエルシアの手元に注視していた。
「ん?あったの?」
アイリスがそうエルシアを覗き込もうとした時、僕の目にはアイリスの手に何も持っていないように見えた。
そして僕の当たって欲しくない予想は当たってしまっていたらしかった。
「って、何も、、、」
アイリスもエルシアの様子を見て何か異変を感じたのか、体をエルシアから離そうと一歩引こうとしていた。
だがその前に視線を上げたエルシアの上段蹴りがアイリスの眼前まで迫っていた。
「やっぱり!!」
するとアイリスも流石に訓練しているだけあるのか、体を後ろに捻ってそれをギリギリで避けると、数歩分すぐに距離を置いて剣を抜いた。やっぱりエルシアは黒らしかった。
「フェリクス。剣抜いて」
アイリスが覚悟を決めろと言わんばかりしに、僕に向かって厳しい視線と共にそう言ってきた。
その声に僕は震える手を抑えて剣の柄に手を掛けようとするが、これまでと違って相手は敵でもなく知らない他人でもなくエルシアだ。僕にこの子を殺す覚悟なんてあるのか、そう思ってしまうと剣を抜こうとする手に力が入らなかった。
そんな僕を見透かしたのかこっちを見てエルシアが嫌に笑ってきた。
「やっぱお前は無理だよね。結局は自分が傷つきたくないだけ」
その言葉を僕が咀嚼出来る前に、エルシアは女の子を再び抱き抱えると僕へと向かって走ってきた。いや、僕というより僕の後ろにある店の出入り口だろうか。
「ほら!剣抜いてみなよ!」
試すような、嘲笑しているような、そんなエルシアの叫びだった。でも僕はその煽りに対して反発する事も出来ず剣すら抜かず立ち竦んでいると、気付いたらエルシアの長い銀色の髪が視界から消えてしまっていた。
「何してんの!追うよ!!」
すぐにエルシアを追いかけてきたアイリスにそう言われ、ハッとした時には、店のベルが乱暴に鳴っているだけで振り返ってもどこにも銀色の髪は見当たらなかった。
「・・・・ほんっと甘い奴」
僕はなんとか覚束ない足を動かして店の外に出ようとするアイリスを追いかけるが、ただ頭が混乱して何を自分がすればいいか分からなくなってしまっていた。追いかけてまたエルシアを捕まえたとしても、僕はそれを衛兵に突き出せるのだろうか。そんな思考がグルグル回ってしまっていた。
「ッチ。逃げ足早い奴」
そうやって外に出てエルシアの姿がどこにも見えなかった時、僕はどこかホッとしてしまっていた。汚いと言われるかもしれないが、自分が手を下さなくて済んだとどこか責任から逃れれたと安堵ししていたのだ。
「フェリクス。一応衛兵に通報するよ」
でも結局僕がエルシアの潜伏先を暴いて追い出したことに変わりはない。それにこんな厳戒態勢の街中に追い出したって事は、ほとんど僕が直接手を下した事と同義なのではないか。もしそうならラースの家族を殺して、長い間助け合って生き残ってきた仲間を殺した事になる。しかもまさに今助けを必要としているエルシアに事情も聞かず、あまつさえ追い詰めるような事をしたんだ。
僕の行動は本当に誰かの為にの行動なのだろうか?そう考えるとさっきのエルシアの言葉が頭の中を反すうしてしまう。
「フェリクス!!行くよ!!!」
だがその声でやっと思考の沼から抜け出して視線を上げると、目の前でアイリスがそう叫んでいた。そして僕がまとまらない頭で何か答える前にアイリスが、僕の右手を取って走り出してしまった。
「ちょ、ちょっとまって・・・」
「うるさい!!黙ってついてきて!!!」
いつにもなくアイリスの口調が強かった。
僕はそんなアイリスに何も言い返せず、ただ右腕を引っ張られるように歪な走り方をしているだけだった。
そうして僕らが大通りに出ると、アイリスは丁度いた巡回中の衛兵に向かって話しかけ始めた。
「さっきあそこの路地で暗殺犯っぽい銀髪の女見ました!!」
あぁこれで結局僕はエルシアを殺したことになるのか。しかも自分で決意したわけでも無く、ただ人に流されるままみっともなく。
僕はその光景を見ながらまるで他人事のように、そう思ってしまっていた。
そしてその後、アイリスと衛兵の会話をなんとなく眺めていると、すぐに動き出すようで衛兵たちが慌ただしく走り去っていった。僕はその間一切話せもせずアイリスに手を汚させてしまったのだ。
僕はそんな申し訳なさか自分の情けなさからか自分の靴のつま先を見ていると、少し息が切れ気味なアイリスが言った。
「私が通報したんだから。変に気負わないでよ」
それだけ言ってアイリスは先に帰るつもりなのか、僕らか背を向けてさっさと歩き出してしまっていた。でも僕はその背中を見ることが出来ず、ただアイリスの去って行こうとする足音だけが耳に入ってきていた。
「・・・ありがとう」
アイリスの気遣いが逆に僕が困っていたエルシアに、何も出来なかったと突きつけられている様だった。だからこの時の僕は罪悪感や色々な暗い混ざり合った感情を押し込めて、絞り出したようにそう言うのが限界だった。
ーーーーー
「ッチ、タイミング悪すぎだっての・・・」
あの女が明らか私達を捕まえる気満々だったから、勢いで店から逃げだしたけどこれからどうすれば良いのか。
まだここは狭い路地だから良いけど、ちらほらと巡回している衛兵も見えるし、このガキを抱えてるしであまりにリスクが多すぎる。
「・・・・とりあえず隠れれるところは」
そう辺りを見渡しても家家家と都合よく隠れれそうな場所なんてそうそうあるわけなかった。そしてどうしたものかと悩んでいると、突然背後で足音がした。
「二日ぶりだね。元気してた?」
その不快な聞き馴染んだ声に恨みを込めながら振り返ると、やっぱりあのクソジジイだった。しかも身を隠す為か帽子をかぶっているしこれまで何をやってたんだか。
そんな聞きたい事も問い詰めたい事も沢山あるけど、まずはやるべき事がある。
「とりあえず逃げるから手伝って」
こいつが姿を現したって事は、何か逃げれる算段がついたか私がいないと逃げれなくなったって事だ。
そう思っての嫌々ながらの私の提案だったが、目の前のジジイはわざとらしく残念そうに首を振ってきた。
「どうやら”君は”逃げれないようだよ」
そう違和感のある言い方だったジジイの後ろからは、何故かこの街の衛兵達がぞろぞろと出てきていた。それに逃げ道を塞ぐように後ろからも来ていて私達に逃げ場がない。こうなったら嫌だけどこのジジイと共闘してここを切り抜けるしかないか。
そんな風に私が頭をフル回転させていると、何故か一人の衛兵がジジイに話しかけていた。
「情報提供ありがとうございます。ここからは私共がやるので下がっててください」
「うん。ありがとう。頑張ってね」
その会話の意味が分からなかった。まずこいつが情報提供って、こいつ自身が指名手配されているはずなのに、なぜか見逃されてるし全く理解が追い付かない。
・・・・裏切ったのか?
いやでもならなんでこんな回りくどいやり方で私を裏切るんだ。こいつの意図が全くと言っていいほど読み取れなさすぎる。
「じゃあ君ら大人しくしててね」
そう言ったジジイの表情は、偶にこいつがする歪な笑い方だった。
それを見てかラウラが怖がって私の服をギュッと掴んでいた。ラウラがいると多分私も逃げ切ることは出来ないから、私一人で逃げるのが合理的だ。でもここでこいつ見捨てると後味悪いし・・・。
「このガキは人質だ。それ以上動いたら殺す」
私はナイフを取り出してラウラの首元に向けた。これがこいつらにどれほど効果があるか分からないが、今の私の精一杯出来る事だ。
そんな銀髪の女の子の足掻きを、私は遠巻きに眺めていた。
「おぉやるねぇ」
私としては一応取引だから、さっさと捕まって欲しいんだけどなぁ。ま、多分あの子があの子供を見捨てれないと判断して連れてきたから、あの子が逃げ切る事なんて無いと思うんだけどね。
「確かにどことなく似てるな」
するとこの帝都の守備を預かるトップの男が私の隣に並んでいた。流石に立場からして先代の正妻の顔は覚えているらしい。
「似ているというか本物だからね。ちゃんと報酬は払ってもらうよ」
私はそう右手を差し出して、男に催促するようにしていた。するとその時にはあの銀髪の子は取り押さえられて女の子の方も保護されているようだった。まぁあの小さい女の子も一味って言ってあるから人質作戦は意味なかったしね。
でもあの銀髪の子ならもっと粘れるかと思ったけど案外あっさり捕まった物だな。
「子供を売って金を稼ぐ気分はどうだ」
「いやぁ良い気分だね」
ずっしりと私の右手にジャラジャラと音を鳴らす袋が置かれた。別に今回の主目的はこれじゃないけど、過程でここまで金が手に入ると、これからの選択肢が増えるからありがたいね。この先金はいくらあっても足りないんだし。
「・・・・下衆が」
そんな下衆の取引を受けたのは、君の主様である女王様なんだけどね。ま、そんな事どうでもいいしまだあの銀髪の子にはまだ頑張ってもらわないとね。
「お」
縛られた銀色の髪の子がすごい顔でこっちを睨んできていた。まぁちゃんと作戦も伝えてないし仕方のない事ではあるけどね。でも失敗したら君は死ぬからそこはごめんね。
「じゃあ第二段階の準備しますか」
割とこれまでアドリブで色々やってるけどこれは上手く行くかもしれないね。なんか銀髪の子がフェリクス君とも接触してくれてたし最高の結果を今のところ引いてるし、やっぱり私は運がいい。まさかあの薬草屋がここまで役に立つなんてね。
「それに失敗してもそれが新しい展開になるからね」
予測通りの展開なんてつまらない、ハプニングがあって二転三転と展開が転がっていくのが面白い人生ってものだ。それがたとえ自分の死がゴールだったとしても、それがこの世界の結末なら喜んで受け入れる。それがこれまでの私の人生で得た答えだ。
私はワクワクする心を抑えながらも、未だ騒がしい衛兵達を置いて薄暗い路地裏へと歩を進めていったのだった。
「私の人生を面白くしてくれよ。フェリクス君」




