第七話 新しい日常
七月三十日 加筆修正 各描写をより詳しく加筆しました。全体の流れが多少変わってますが結果に変更は無いです。
僕が転生者であると打ち明けてから少し僕の情緒も落ち着き出した頃。どこかこんな状況に恥ずかしさを覚えた僕は、そっとブレンダさんから距離を取った。
するとそれを見てブレンダさんも安心したように微笑むと、僕に椅子に座る様に言ってブレンダさんの正面に向かい合って座った。
「じゃあこれからの事を話しましょうか」
「はい」
どこか勢いで僕の事を話してしまったけど、これはまだこのフェリクスという体にとって他人であるブレンダさんだからこそ受け入れられた話だ。これがクラウスさんやニーナさんとなると、自分の子供がそうだとなると今みたいに受け入れられるとは考えずらい。だからこれからの僕の身の振り方も考えないといけない。
そういった僕の考えとブレンダさんの考えは一致している様で、ブレンダさんはゆっくりと語り掛けてきた。
「じゃあまず確認するのですが、今の話を旦那様方に打ち明けますか?」
僕は思考を巡らせるように天井の木目を見た。
打ち明けるべきか否か。今僕はブレンダさんに打ち明けた、それを貫くならあの二人にも打ち明けて謝るのが筋だ。だけど素直に言っても到底受け入れられるとは思えない。僕でも自分の子供が知らない男だったら、気持ち悪いと思ってしまうかもしれないのだから。それも腹を痛めて産んだ母親だったら猶更だろうし。
「・・・・私の直感なのですが」
僕が延々と悩んでいるとブレンダさんがそう前置きをした。
「私は打ち明けるべきだと思います。いつか互いに後悔すると思うので」
真っすぐとした石の籠った眼だった。僕はそんな視線に息がつまるような感覚を覚えつつも、なんとか思考を巡らして僕がすべき事を考える。
打ち明ければ確実に僕と二人の関係は拗れる。最悪追い出される事だってあり得る。でも打ち明けなければ僕は一生あの二人に嘘を付き続ける事になってしまう。後者は一応二人を傷つける事は無い・・無いがそれは不誠実だしそれは、僕が責任から逃げている事になる。
「・・・・・どうすべきなんですかね」
天なんて見えないけど天を仰いだ。多分正解のない選択肢って奴なんだろう。騙し続けて偽物の関係を維持するか全部吐き出して一から関係を作るのか。
「迷うならするべきです。それにあの二人は受け入れてくれると思いますよ」
あやすような窘めるような優しい声色だった。僕はゆっくりと視線を戻すとまだまとまらない結論を先送りにした。
「じゃあ前向きに考えてみます。まだちょっと頭の整理が出来てないのですぐにはですけど・・・・」
僕のそんな曖昧で優柔不断な選択肢もブレンダさんは優しく笑って受け入れてくれると、ある提案をしてくれた。
「なら来月の誕生日までに決めるのはどうですか?」
誕生日か・・・・・。七歳の誕生日ってなるとまぁタイミングとしては良いっちゃ良いのか。そうやって期限が指定されてた方が、逃げずに決めれそうに感じる。
「そうしてみます。本当にこんな僕に色々ありがとうございます」
僕は改めてブレンダさんに頭を下げた。ブレンダさんだって僕の突拍子も無い話をまだ理解しきれてないだろうに、こんな僕を受け入れて相談にまで乗ってくれた。
でもブレンダさんは僕の頭をすぐ上げる様に言うと。
「私はフェリクス様としてじゃない貴方を見て信じれると思ったんです。これでも歳だけは食ってるので人を見る目には自信があるので」
冗談っぽく笑いながらもブレンダさんはそう言ってくれた。そう言ってくれた事が今の僕にとってどれだけ嬉しかった事か。それだけブレンダさんが僕を僕として見てくれた事が嬉しかった。
するとブレンダさんは何か思い出したように両手を合わせると立ち上がった。
「っともう時間ですか。じゃあ一階に降りましょうか」
「はいっ!」
僕は出来るだけ元気であるように返事をすると、夕日の差し込む部屋を後にしたのだった。
ーーーーーーー
それから一週間ほどが経った。
特に生活は変わらずフェリクスとしていつも通り過ごしていると思う。どうやら今日は村の集会をするらしく、今回は僕もついて行かないといけないらしい。
だからクラウスさんの帰りを待っている間、一階でニーナさんと昼ご飯を食べていた。ブレンダさんもクラウスさんに付いて行っていたから、珍しく二人きりだけど僕らの間にはどこか気まずい空気が流れていた。
「・・・・・」「・・・・・・・」
フォークが更にカチカチと当たる音だけが響き、緩い風が屋内に入ってくる。ここ一週間どこかニーナさんとの会話が減っているように感じる。もしかしたら僕が引け目からか上手く話せていないからかもしれない。
「美味しかったです。じゃあ片付けておきますね」
「・・・・うん、ありがと」
でもニーナさんも僕と距離を作っているように感じる。今もスープに入れたスプーンを見て僕と視線を合わせてくれない。
カタッと台所に皿を置く。日本だと見慣れないような調理器具や食材がちょくちょくあって、ここが別世界だと教えてくれる。
そうして僕は台所から出てさっきまで座っていた椅子に座った。
「・・・・・・」「・・・・・・・」
電子機器が無いとどうしても暇になる。死ぬ前も似たような生活ではあったけど暇にはどうしても慣れない。
それにニーナさんと一緒って言うのも気まずさから時間の流れが遅く感じた。でもそんな中食事を終えたニーナさんが、カタッとフォークを更に乗せると僕を見た。
「フェリクスはさ━━」
そう言いかけた時タイミング悪くクラウスさんの帰ってきてしまったらしかった。
「ただいま~フェリクス~行くぞ~」
「えっあっはーい!今行くのでちょっと待ってください!」
僕はそう玄関にいるのであろうクラウスさんに返事をしつつ、再びニーナさんに向かい合った。
「そ、それで何ですか?」
「・・・・いや、今は良いよ。行ってきな」
「・・・・?分かりました?」
まぁそこまで大事な話じゃないって事なんだろうか。
僕はそう納得して玄関で待つクラウスさんの元へと走って行った。
「・・・・・・はぁ」
そんなため息と頭を抱える一人の母親の姿を残して。
ーーーーーー
そうして僕はクラウスさんと合流すると村の集会とやらに向かっていた。ブレンダさんはそのまま家に帰るらしく軽く会釈しただけだった。
「今日は何のための集まりなんですか?」
村へ歩いている中、暇で道の脇の石を蹴り転がしながらなんとなくに聞いてみる。するとクラウスさんは、手を頭の後ろで組みながら言った。
「うん?あー前言ったやつだよ。街に行くって話しただろ?その顔合わせ」
「何しに行くんでしたっけ?」
「まぁ色々だな。納税やら買い出しやら。あとはお前ら子供の魔力測定だな」
あー納税ってまぁそりゃそうか。徴税の担当者とか見たことないし、自分から行かないといけないの面倒くさそうだな。それに買い出しも村じゃ生産出来ない物も買わないと行けなくなったしな。うん。
でも・・・・・最後のがどうにも理解が出来ない。順番に考えれば理解出来るかと思ったけど、常識の外過ぎて思考が追い付かなかった。
「・・・・・ちなみに魔力測定って?」
僕はまさかなと言う可能性を浮かべながら恐る恐る尋ねた。でもクラウスさんはさも当たり前かの様に言った。
「そのまんまだよ。八歳になる子供は街の教会で魔力を測らないといけないんだよ」
クラウスさんの言い方的に強制で皆やる事らしい。今まで魔法なんて見たことないけど、そういう宗教的な物だろうか。本当にあるのだとしたらロマンはあるけど、それはそれで僕の居た世界とは陸続きである可能性が無くなってしまうのか・・・・。
そう思いつつ僕はクラウスさんに質問を投げた。
「じゃ、じゃあお父様は魔法使えたりするんですか?」
「俺は使えるぞ!魔法使えるやつって割と珍しいんだぜ?」
やけに自信満々だし嘘を付いていそうでは無さそうか。ならちょっとだけ見たい気持ちが湧いてくる。
「見せてもらえることって出来ますかね?」
僕がそう聞くとクラウスさんは嬉しそうにパーッと顔を輝かせると、鼻息荒く自信満々に胸を張った。
「おぉ!そうかそうかぁ!!いいいだろう!見てろよ!!!」
クラウスさんは肩を回しながら腕まくりをすると、道脇のちょっとした空き地に入って行った。そして何をするのかと思っていると、クラウスさんは何やら右手を突き出すポーズをとり出した。
「・・・・・えっ何して━━」
真顔でそんなことをするもんだから、少し笑いそうになったけど、せっかくやってくれているんだからと必死に笑いを抑えた。
でもクラウスさんは至って真面目なようで集中しているようだった。
「・・・・ふぅ、うし」
どうやら準備が終わったようだった。
魔法って言うと火とか雷的なやつだろうか。
そんな初めて見る光景を期待をしつつその結末をじっと眺めていた。眺めていたのだが、それは僕の創造とは少し違ったらしい。
「おぉ・・・ん?」
クラウスさんの右手の数センチ先から十センチぐらいの塊が出現した。僕はそれをジッと眺めつつボソッと。
「石?」
その石がぷかぷか動くわけでもなく、その空間座標に固定されているように浮いている。雑コラ感がすごいが、確実にその場に在る。
クラウスさんは僕に何か期待したような視線を向けつつ。
「石だぞ」
「石ですか」
「ほれこっちも」
更に今度は五センチの石を空中に浮かせて見せていた。魔法使いというよりどっちかというとサイコキネシスみたいだった。
「これはなんで浮いてるんですか?」
石に近づき空中に浮く石をつんつん触りながら理由を聞いてみる。ツンツンしてもその石が全く動く気配が無いのだが。
「魔力で作った物は自由に動かせるんだよ」
「・・・・へぇ、すごいですね」
ピュンピュンと目の前の空中を小さな石が動き回っていた。
すごい事はすごいしこの石が大量にやってきたら恐怖がすごいと思う。でもなんとも反応しきれない期待とのギャップがそこにはあった。
そんな僕の感情が伝わってしまったのかクラウスさんは不満そうに拗ねたように唇を尖らせると。
「・・・・なんかがっかりしてないか?これでも軍の中じゃ優秀な方だったんだぞ?」
「いや、なんか火を飛ばすとか雷とか、そういうのをイメージしていたから・・・・」
そういうとクラウスさんに何言ってんだこいつみたいな顔をされた。そしてその顔から長々と説明するように言った。
「俺は竜じゃないんだぞ。それにそもそも魔法使えるやつの中でも火を生み出せる奴ってかなり珍しいぞ。出来て火を延焼させれるぐらいだな」
「へぇーーーえ?」
今度は竜が出てきた。まぁ魔法があるなら存在しててもおかしくないのかな。
なんだか常識の感覚がおかしくなるのを感じつつ、クラウスさんの話の続きを聞いた。
「すでに燃えてる火を延焼させるのにすら魔力大分かかるんだぞ。でもな、火と違って石はなんといっても魔力のコスパがいい!それに十分な殺傷能力もある!どうだ!!すごさ分かったか!?」
「な、なるほど・・・・」
この感じ石がこの世界での魔法のスタンダードなのだろう。まぁ戦国時代で人を殺したのって石と矢って話どっかで聞いたし、当たり前な話なのかな?
すると思ったような反応を僕から引き出せなくて不満らしいクラウスさんは、腕を捲り直してさっきの変な姿勢で構えた。
「・・・・ちょっと待ってろ」
この姿勢本当に必要なのだろうか。そんな事思いつつもせっかく僕の為にしてくれているのだからとジッと見ていると、クラウスさんに少し離れるように言われたのでニ、三歩ほど下がりそれを眺めた。
「・・・・うぉらッッ!!!」
そんなクラウスさんの雄たけびと共に、手元に浮いていた十数センチの石が手から飛んで行き、道端の岩を激しい音を立て粉々に砕いた。
大きく舞い上がる土煙に散る石の破片。元々そこにあったはずの岩は形なく姿を消し去ってしまっていた。
あれは死ぬ、当たったら絶対死ぬ。そういう実感だけを僕に与えた。
「・・・す、すごいですね。あれが戦場飛び回ってると思うと怖いですね」
あれに当たったら肉片にしかならなさそう。あれが飛び交う戦場ってかなりの地獄な様子だろうな。
そう目の前で見せられた魔法の威力に少しビビっていると、クラウスさんがだろ?とでも言いたげに自信満々に胸を張っていた
「ふふん、そうだろそうだろ。やっとわかったか!すごいだろ!」
少し息切れをしながらクラウスさんが詰めかけてきた。でも僕としても予想以上の凄さから興味が湧いて、そんなクラウスさんに詰めかけ返した。
「戦場にはお父様ぐらい魔法が使える人ってどれだけいるんです?」
「うーん、大体使えるのが騎士とか傭兵ぐらいだから・・・・。まぁ三十人に1人ぐらい?俺ぐらいの魔力量なら、魔法使いの中でも三、四人に一人とかかな」
一万人の軍隊がいたなら、今ぐらいの魔法が使えるのが大体百人しかいないのか。そう考えると貴重な才能ではあるって事なのか。
「つまりは、ほとんどの兵士は魔法使えないんですか?」
「そうだな。だから魔法の使えない兵士は基本、魔法使えるやつを中心にして守る感じだな」
想像しただけで一般兵士がどんな扱いを受けているか想像に容易い。でもここまで詳しいって事はやっぱりクラウスさんも戦場に出ていたんだろうな。
戦場を話しているクラウスさんはさっきの自信ありげな感じはどこへやら、少し遠い目をして思い出しているように見える。やっぱり石が飛び回る戦場だと相当苦しいかったんだろうか。
そんな僕の感情が顔に出てたのか、クラウスさんが焦ったようにフォローしてくれた。
「ま、まぁあれだ。フェリクス、お前にも魔力があるかもしれんからあきらめるな」
「でも、三十人に一人ですよね?そうそうなくないですか?」
「ある程度は親の影響もあるらしいから、大丈夫だよ、きっと・・・うん、多分」
つまり魔力量は遺伝するってことなのだろうか。
でもそんな自信なさげに言われると期待しずらいな。
「なんでそんな自信ないんです?」
「いや、俺も又聞きした話だし・・・・・・あっ!もう着いたなこの話はまた後でな!」
自分の専門外の話だと自身が無いのか丁度良いと逃げるように村を指差した。まぁ別にそこを詰めてもしょうがないし良いのだけども。
それよりも今は村だ。
クラウスさんが指さした村は、エルムの木と逆方向にあるから初めて見ることになる。ぱっと見た感じおよそ民家が十軒前後ってところだろうか。
そしてその民家らの中心にある、あまり人気のない広場を通り抜けると、クラウスさんがある民家の扉を開けた。
「こんちゃーす、もうそろってるか?」
「お、お邪魔しまーす」
恐る恐るクラウスさんに付いていって挨拶をする。木の匂いと少しのアルコールの匂いが鼻腔を通った。でも内装とか家の構造の感じはあまりクラウスさんの家と変わらない感じだった。
「あ、騎士様。一週間ぶりですね」
そう言ったのはどうやらこの家の主らしいディルクさんだった。それにすぐ傍のテーブルには前の兄妹がそろって座っていた。相変わらず目の引く銀色と金色の綺麗な髪だ。
「お、ディルクも元気そうだな。フリッツは・・・・」
ちょうどクラウスさんがそう言って辺りを見渡すと、そのフリッツと呼ばれた男とその子供が扉を開いて入ってきた。
「すみません、遅れてしまいましたか?」
「いや俺も来たところだから大丈夫だ。じゃあ始めようか」
村の集会なのに参加する大人は三人だけらしい。結局参加する子供も、ディルクさんの所の双子と、フリッツって人の所の男の子と僕だけか。まぁ規模の大きい村じゃなさそうだし、今年で七歳の子供を集めるとなると逆に多いぐらいか。
「じゃあとりあえず、教会に行くときの引率だが、、、、」
どうやらクラウスさんはエースイの街でこの辺一帯の領主の所に行くから、魔力測定で子供と一緒に行く人を決める必要があるらしい。その話し合いを足が地面に届かない椅子に座って聞いていると、フリッツさんが手を小さく上げた。
「私はちょっと女房の看病と小さい子もいるし厳しいですね」
どうやらフリッツさんの所は家庭環境が随分大変そうな感じがするな。そしてディルクさんも腕を組んで渋い顔を作ると。
「私のところはお金がちょっと厳しいですね。二人分の魔力測定費だけでも割と厳しいので・・・」
わざわざ出向いて検査しなきゃいけないのにさらにお金必要なのか。この感じだと旅費も自腹だろうし大分負担重そうだな。そりゃこの人たちも渋る訳か。
するとクラウスさんは天井を見上げて唸ると。
「う~ん、じゃあ仕方ないしうちのブレンダに行ってもらうかぁ」
結局はそうなるらしい。僕としてもブレンダさんが居た方が安心だしそのほうがありがたいし助かった。
でも次の話題に移るかに思えたその話し合いはそれだけで終わってしまったらしい。それはクラウスさんが、いつの間にか持ってきていた酒を机の上にドンと置くのを見て分かった。
「よし、じゃあ話し合いは終わりってことで、今日は飲もうや!」
「お、いいですね!干し肉ぐらいしかありませんがつまみ出しますよ」
「じゃあ私も何か家から持ってきます」
別に僕ら子供が来る必要なかったし、この大人たち飲む口実が欲しかっただけじゃないのか。そう思えるぐらいの速度で宴の準備が進んでいく。
僕もどうしたらいいか分からず体を伸ばして、隣にいたフリッツさんの所の男の子に話しかけてみた。
「これ僕らってどうするの?」
「わ、分かんない。多分外出てた方が良いの・・・・かも?」
「まぁそうだよねぇ」
この子は優しそうな雰囲気を感じた。
それに金と茶色の間ぐらいの髪色ですごい綺麗だった。僕の髪色は黒に近いから少しうらやましいし、この村全体的に美形が多くないか。
「・・・・ん?外出ないの?」
少し困ったように男の子が首を傾げて僕を見ていた。初対面の人ガン見しちゃだめだって学んだのにまた同じことしてしまっていた。この癖気を付けないと。
「あーごめんごめん。出よっか」
僕は大丈夫かクラウスさんに視線を送るが既に酒を口に入れており、諦めて男の子と一緒に椅子から降りた。
そして少し背伸びしてドアノブを捻って外に出ると、村の中心のちょっとした空間に向かった。あるものと言えば井戸ぐらいだけど何をするか。
そう考えていると後ろから元気そうな男の子の声が聞こえてきた。
「お、久しぶりだな、えー、フェ、フェなんだっけ?」
振り返るとニコニコな笑顔で右手を上げるラース君に、どこか詰まらなさそうにそっぽを向くエルシアちゃんが居た。
「フェリクスだよ。そっちは確かラースだっけ?」
記憶違いじゃ無きゃラースだったはず。
僕がラースと呼んだ男の子は前歯の抜け落ちた口を開いて笑うと、握手を求めてきた。
「おう、そうだよ!よろしくなフェリクス!」
僕は握り変えすけどブンブンと振り回されて少しだけ肩を痛めてしまった。そしてそれに続いて、さっき少し話した男の子が少しおどおどしながら名乗った。
「え、えっと僕の名前は、る、ルーカスです。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
「俺は名前知ってたけどな!」
ルーカス君とラース君は元々知り合いなのか。いや僕が離れた所に住んでるから、僕だけが知り合いじゃなかったの方が適切か。まぁ別に悪い子達じゃ無さそうで良かった。
そしてあと一人だと思い視線を向けるが、その女の子は何か考えているのか空を見上げたまま何も言おうとしなかった。でも兄であるラースが右ひじで小突くと。
「おい、エルシア挨拶しろ!」
ずっとラース君の後ろにいたけど人見知りなのだろうか。前会った時はそんな感じしなかったけど勘違いだっただろうか。でも白い服を着ているだけあってどこか雰囲気のある子だな。
「・・・エルシアです。このバカの妹です。よろしく」
「あ゛?お前少し頭いいからってなぁ!!」
やっと口を開いたと思ったらそう身内弄りをしつつ自己紹介をしていた。良い家族関係を気付けているんだなと感じる。でもやっぱりそう言うのを見ると未だに心に違和感が蠢く感覚がしてしまう。
「え、えーっとそれでこれからどうするんです?」
ルーカス君が二人の喧嘩を気まずそうに眺めつつ、どうにかしようとおどおどしながらもそう言ってくれた。
僕としてはおままごととかじゃ無ければ何でも良いっちゃ良いけど、どうやらラース君はやりたい事があるらしく妹から離れる僕にせがんできた。
「じゃあ俺チャンバラやりたーい!」
「おっいいねー。僕も好きだよチャンバラ」
まだ木刀握ったばっかで何も技無いが、一応合わせてそう返事した。
まぁでもやっぱラースは活発な元気系の男の子だな。普通に子供って感じがして意外と接しやすい。でも妹は違う様で、長い銀色の髪を手で弄びながらそっぽを向いてしまった。
「・・・私は良いから二人でやってて」
流石に女の子はチャンバラには興味無いって事だろうか。ていうか男女の子供って普段何して遊んでるんだ?昔すぎて覚えてないな。
それにルーカス君の表情見てもあんまり乗り気ではなさそうだし、チャンバラは無しか。普通に危ないし。
「ルーカスは何したい?」
「ぼ、僕はお話ししたい」
「話?」
「そ、そう!前商人の人から聞いた星の話がすごくて!」
急に声が大きくなってびっくりしたけど、それだけ星の話がしたいって事なのだろうか。こういう環境で自然科学系に興味を持てるのはすごいな。でも色々話してあげたいけど、それはそれでラースがつまんながりそうだなぁ。
と、その不安は当たっていたようで、ラースが要らないことを言い始めた。
「星?なんだそれ。星の話聞いたって何にもなんないじゃん」
「そ、そうかな?僕は好きだけど・・・・」
せっかく好きなこと話そうとしたのに拒否されたら悲しいよな。気持ちは分かるけど、タイミングと相手が大事だから、今の反応は仕方ないと言えば仕方ない。
それにこの感じだと皆で遊ぶにも、なかなかバランスとるの大変そうだな。まぁとりあえずルーカスにフォローだけでもしておこう。
「いいよね星。僕も見るの好きだよ」
「だ、だよね!やっぱ分かる人には分かるよね!」
「そ、それでさ!さっきの話でさ!7年前西のほうの街で、星が空を泳いでたらしいの!不思議じゃない!?」
どうしても話したかったことなのか、こっちが喋る暇も与えずまくし立ててきた。でもラース君はつまらなさそうにぶつくさしてるし、これどうすれば良いんだ。
ちょっと星が泳ぐって話気になるけど、今のラース君を見ると聞ける雰囲気じゃないしなぁ。
そうラース君に視線をやると案の定ルーカス君に強気に言った。
「星が泳ぐわけねーだろ。またあの商人が適当言ってるだけだろ」
「ぶ、ブラッツさんはそんな人じゃないよ!優しい人だし色々詳しいんだし!」
また新しい名前が出てきた。しかもフリッツさんと名前似ててややこしいな。てか星泳ぐって多分流れ星とかそんな話だろうに、信じて貰えなくて可哀そうだな。
でもそう言う話をするって人がいるなんて興味あるな。
「ブラッツさんってどんな人?」
「うさんくせー奴だよ。いつもへらへらしてるし」
「そんなことないって!前少しからかわれたからってブラッツさんのこと悪く言わないの!!」
「そ、そんなんじゃねーし!俺はただあいつが嫌いなだけなんだよ!!」
二人して真逆の評価らしい。まぁこの村に来てる商人っぽいし確認するのは、僕もいつか会えるだろうしその時でいいか。
子供っぽいどうでもいい喧嘩だけど、今はこの二人を何とか止めないと。
そう思い何とか二人の間に入って止めようとするけど、ヒートアップしてお互い止まれなくなっていた。もうただの悪口を言い合っているし、この感じラースとルーカスは性格的にも正反対であんまり引き合わせない方が良いかも知れない。でもこの狭い村で関わらないなんて無理だしどうしたものか。
そうやって子供のたしなめ方をどうすれば良いのか分からず、あたふたしていると面倒くさそうにため息をついたエルシアちゃんがラース君の肩を叩いた。
「・・・・兄さん。落ち着いて」
今まで黙っていたエルシアが口を開いた。どうやら仲裁してくれるらしい。
「いやだってこいつが・・・・」
「いいから。またパパに怒られるよ」
「いやでも・・・・」
「言いつけるよ」
「・・・・・はいよ」
妹だから慣れっこなのか随分手短に荒ぶっていたラース君を収めてくれていた。そして一方のルーカス君もまだ要らない事言っているけど。
「僕はブラッツさんに謝るまで許さないけどね!」
「ルーカスもうるさい。また夕飯抜かれるよ」
「・・・・え、いやでも・・・うん、まぁわかったよ」
僕が何も喋ってないのに、エルシアだけで場を収め切ってしまった。この歳でここまで手慣れているなんてこの子は将来有望って奴か。
でも僕が頼りなかったせいか、さっきから少し睨まれてる気がするしてちょっと怖い。
そしてその視線から逃げるように、僕は何とか話を逸らそうとした。
「じゃ、じゃあ話し戻して何して遊ぶ?」
「お、じゃあチャンバラしよーぜ!」
「えー、、、僕痛いのやだなぁ」
ルーカスの言う通り、実際チャンバラを木の棒でやったらケガする可能性あるし無理だな。
多分この二人の案だと話し進まないから、僕が案出した方が丸く収まりそうだな。
そう思い無難な所を考えてみた結果。
「じゃあさ鬼ごっことかどう?」
「ん~僕はそれぐらいならいいけど・・・・」
「えー俺チャンバラがいいんだけど~」
ルーカスは渋々といった感じだけどOKしてくれた。
あとはラースを納得させるだけだけど・・・
「チャンバラはまた今度僕とやろ?」
「んーーーーーまぁそれならいいぜ!」
遊び一つ決めるのでも大変だな。というか遊び一つでなんでここまでしなきゃいけないんだよ。
保育士さんってこんな思いして働いているのだろうか。まぁあまり考えても仕方ない事だしさっさと進めよう。
「じゃ、鬼はどうする?」
「いいだしっぺのフェリクスがやれよ」
「そういうのは良くないって!公平に決めないと!」
あ、これまた言い合いになってめんどくなる奴だ。
そう感じ取り僕はすぐに行動に移した。
「いいよ、僕が鬼やるから早くみんな逃げて」
「いいの?」
「いいよ、鬼好きだし。あ、あと畑までは出ないようにね。この辺だけね」
そうして十秒を数えながら井戸の前で待つ。
そうして目を瞑って子供の人間関係も大変だなとしみじみしていると、どうやら既に十秒を過ぎていたようだった。
「おーい!もう十秒たったぞー!」
「ん?あ、はーい!」
とりあえず思考を中断して動き出す。子供と遊ぶ元ニ十歳男性とか恥ずかしさで死にそうになるけど、この村で生活するなら同い年とは仲良くしないといけないしな。
そう足を動かし一番近くにいたラースを追いかけてみる。鬼ごっこをするなんて何年ぶりだろうか。
「うおおっと!お前足早いな!」
「毎日走ってるからね」
実際はまだ一週間とちょっとしか走ってないけど。
そうやって追いかけている内にラースと井戸で向き合って停滞してしまった。右に行けばあっちも連動して動く、よくある手詰まりっていう状況だった。
だから僕は一瞬右行く振りしてラースがつられたのを確認すると、すぐに左に方向転換しようとしたが、その時足を引っかけ転んでしまった。
次瞬きすると地面がすぐそこに見えた。そして顔面から土の香りを嗅ぐ事になってしまった。
「お前何やってんだ」
「大丈夫ですか?」
「・・・・・」
三人の子供に見下ろされ顔を覗かれ心配されている。
恥ずかしすぎる。調子に乗って変なことしなければよかった。
そう赤くなった顔を見られたくないから、顔を伏せて立ち上がろうとすると、エルシアが手を差し出してきた。
「・・・・大丈夫?立てる?」
「うん?あ、ありがとう」
差し出された手を取り立ち上がる。細くて白くて小さな今にも折れそうな手だった。
すると脳に痛みが伝わりその元をたどると、右ひざに出来たかすり傷から血が出ているのに気づいた。
それと同時にエルシアは屈んで僕の膝を掴むと。
「とりあえず傷口きれいにするから足だして」
「あ、はい。ありがとうございます・・・」
ポケットから出した布で患部を拭いてくれてる。
まだ七歳の女の子にこんなことさせてしまうなんて、自分が情けなさすぎる。そんな自分への恥ずかしさから、目をつぶって耐えていると父さんの声が聞こえた。
「おーい、フェリクス大丈夫か~?」
目を開くと、ディルクさんの家からクラウスさんが扉を開いて出てきていた。
「も、もう飲みは終わったんです?」
なるべくさっきの失態を忘れ冷静を務めて返事をする。でもクラウスさんは何か察したようにニヤニヤすると僕に手を振ってきた。
「今日はちょっと飲むだけだからな。もう帰るぞ~」
そう言い残して、先にクラウスさんは家の方に歩いて行ってしまった。
僕も置いて行かれるわけにもいかないので、それを急いで追いかけるように立ち上がる。
「あっエルシア治療ありがとうね。助かった。布は洗って返すよ」
「・・・はい、お大事に」
危ないお礼を言い忘れる所だった。こういうのはしっかりしないとな。
「フェリクスー、今度はチャンバラしよーなっ!」
「ま、またもし興味あったら星の話しましょう!」
「はーい、またねー」
ブンブン手を振ってくれる男の子達に手を振り返す。まぁやらかしたけどなんだかんだで仲良くなれて良かった。エルシアちゃんには多分嫌われたか呆れられたけどまあ仕方ない。それにエルシアちゃんと僕が下手に関わるのは前世の倫理観が僕の心を攻撃するし。
「ずいぶん仲良くできたみたいだな」
僕がクラウスさんに追いついて並んだタイミングでいつものニヤニヤ顔で話しかけてきた。
「えぇはい。みんないい子で仲良くできそうです」
「なんかエルシアちゃんの世話になってたけど?」
「・・・それは」
僕の恥がどんどん拡散されていく。完全に僕の自己責任だから言い訳出来なくて余計に苦しい。
「まぁケンカとかしないようになぁ~」
クラウスさんは僕の頭をわしゃわしゃとかき回してきた。それを振り払おうとしたけど、僕は一週間前のブレンダさんとの会話を思い出し、家族らしくして見ようと大人しくそれを受け入れた。
その時のクラウスさんもいつもより嬉しそうだった気がしていた。そんな夕焼けで赤くなった帰り道を親子らしく手を繋いで進んで行ったのだった。




