第七十八話 勉強
投稿遅れました!すみません!
段々と朝日が昇るのが遅くなってきた季節の朝の五時。僕は起きなければいけないと思いつつも、外気の寒さから自分を守る様に毛布に包まっていた。
だがそうやって僕を外気から守っていた障壁は突然何者かに破壊されてしまった。
「起きて。朝」
そんな声と肌に突き刺さる寒さから身を守る様に、僕は体を縮こまらせていた。だが僕の元に毛布が戻ってこなかったので、渋々視線を上げるとそこに僕の毛布を持ったアイリスが立っていた。
昨日の夜も僕が寝るまで帰って来てなかったのに、相変わらず朝には強いらしい。
「・・・・あとで行くから。先行ってて」
正確な時間は分からないけど、もう少し時間はあるはず。流石に寒いし暗いしまだ動きたくない。
だがそんな甘えをアイリスは許してくれなかった。
「だめ。罰走なるから早くして」
僕はそんなアイリスの顔を見てこれ以上粘っても無駄かと思い、白旗を上げて体にエンジンをかけ始めた。そして渋々起き上がって改めてアイリスを見ると、起きてから時間が経ってるのか既に訓練着に着替えて綺麗に髪の毛も手入れしていたらしかった。
「じゃあ部屋の外にいるから着替えて」
「あ、うん」
それだけ言ってコツコツと足音を立ててアイリスは外へと出て行ってくれた。雰囲気は野外演習前の時と同じ感じだけど、わざわざ起こしてくれたりする辺り優しくなったな。
そんな事を思いながら、ベットへ戻りたい誘惑に引っ張られながらも服を着替え終えた。そして欠伸を抑えながら扉を出ると、アイリスが廊下の壁にもたれかかって待っててくれていた。
「待ってなくても良かったのに」
僕がそう言うと、壁から背中を離してアイリスは歩き出した。そして僕に背中を見せたまま小さい声で。
「あんた二度寝するかもしれないでしょ」
実際その考えがよぎったから、それに対して僕は口答えできなかった。
まぁ何はともあれハインリヒの言った通り、アイリスが割と元通りになってくれてよかった。これからストレスが減っていきそうだな。やっぱり野外訓練の時に色々頑張った甲斐があったのだろうな。
そんな事を思っていて口に出していないのだが、何かを察したのかアイリスは僕に振り返ってきた。
「何ニヤニヤしてんの。キモいよ」
「・・・・・はい、すんません」
前のしおらしいのアイリスは違和感あったから戻って欲しいとは思ったけど、その毒舌までも戻らなくてもいいのに。
と、そんな事がありながらも無事遅刻もせず朝のランニングを終える事が出来た。そしてそのまま僕らは教室へと向かって、午前の座学の時間を待っていると。
「なぁフェリクス」
教室の自分の席で座ってボーっとしている中、突然後ろからそんな呼びかけと共にコンラートに肩を掴まれた。
「どうした?」
僕はそれに対して首だけ動かして振り向くと、それと同時に目の前に紙を差し出された。目と紙が近すぎて内容が分からないが、文字の羅列が見えるから何かの記事らしい。
「大臣の暗殺事件だってさ。しかもルイスの奴の親の」
「まじか」
僕はそんなタイミングあるかよと思いつつ、体も後ろを向けてその紙を手に取ると、どうやら今朝の新聞らしかった。異世界で新聞ってイメージないけど、まぁ活版印刷はあるっぽいしあっても違和感ないか。
「ルイス君踏んだり蹴ったりだね」
記事によると昨晩に暗殺されたのか。・・・・そういえば昨日アイリスも夜遅くまでいなかったよな。
そんな思考がよぎって隣にいるアイリスに一瞬視線を向けると、なぜかあちらも僕を見ていたらしく睨まれてしまった。
「やってないから」
「・・・流石に分かってるよ」
大臣殺して普通に学校来てたらそれはそれで怖いしな。てか本人的にもそう疑われる自覚はあるんだな。
「で、それでさ。その犯人ってのがさ」
するとまだ話は終わって無かったらしいコンラートが、僕から新聞を取り返して裏面を見せてきた。そこには流石に顔写真は無いが、情報提供を求めるとして犯人の情報らしき物が書いてあった。
「初老の老人と銀髪の少女・・・・」
その文面から嫌な予感がした。僕の知りうる交友関係の範囲で、その組み合わせになりかねない二人がいるからだ。
でもあの盗賊って人攫いだけで、大臣暗殺なんて大層な事しない集団だと思うんだけど。いやあのジジイならやりかねないのか?
「フェリクスどうした?」
「ん?いや、怖いなーって」
それにルイス君も可哀そうだな。嫌な奴ではあるけど、家族が殺されるのは悲しいし悔しい事だからな。上手く立ち直って欲しいのだが。
そう思っていると、ふと新聞の文章に違和感を覚えた。
「てか犯人は捕まってないんだね」
外見の特徴割れてるし、貴族だから街中にいたはずだから逃げ切るのは容易じゃないと思うんだけど。
敵中突破でもして、無理やりにでも逃げたのだろうか。
「らしいね。追手の衛兵10人以上殺してるからかなりのお手練れだろうね」
そうコンラートが新聞の一文を指差していた。あんまりコンラートに頭良いイメージなかったけど、案外こうやって読み込んである辺り結構マメなんだな。
そんな新聞をまじまじと見ているコンラートを横目に、教室に入ってくるヘレナさんと教官に気付き僕は体を前に向けた。
そしてそれと同時に鐘の音が鳴って野外演習後初の座学が始まった。
「じゃあ前野外演習の講評だが、とりあえず一部棄権者を除いて合格だ。それぞれの班に講評するので分隊ごとに分かれろ」
そんな教官の指示に従って、僕らはそれぞれ分隊ごとに集まった。僕、アイリス、ハインリヒの席が近くにいる事も相まって他の子が僕らの所に来てくれて、そこに何枚のも紙を持ったヘレナさんがやってきた。
「じゃあ全体の講評から始めますね」
そうしてヘレナさんの講評が始まったけど、やっぱりルイスの事はしっかり注意された。命令違反をする奴もする奴だが、それを黙認するのも駄目だと。そして単純に行軍中なのにおしゃべりが多いと注意された。その時僕とハインリヒの方を見てたから、一日目僕らがずっと喋ってたのがダメだったらしい。あの時は注意してこなかったけど、しっかり見られてたのだろうな。
「ですがまぁ、アクシデントに対する対応は良かったですよ。特にアイリスさんとフェリクス君が居なくなった時に、そちらの班の子達の素早い対応は素晴らしかったですね」
一瞬僕の名前が呼ばれて褒められるのかと思ったけど、全然違ったらしい。今回あんまり別の班の子と話してないけど、優秀な子が多いし僕の背中に鉈が刺さってた時も色々やってくれたんだろうな。後で改めてお礼言ってかないとな。
「で、豪雨の際の対応ですがまずハインリヒ君とフェリクス君」
突然ヘレナさんが僕とハインリヒを名指ししていた。それに緊張して僕らが硬くなっていたが、僕はともあれハインリヒは別に何もやらかしていないと思うのだが。
「人を使う事を覚えましょう。あの時も貴方達だけで対応していて、他の隊員に適切に役割を割り振ればもっと迅速に対応出来る場面が散見されました。自分だけ出来ればいいのではなく、周りを使えるようになりましょう」
割とガチ目のダメ出しを食らってしまった。確かに今考えると僕はハインリヒを頼ったぐらいで、あんまり他の隊員に指示何にも出してなかったな。設営はちょっと手伝ってくれてたけど、休むように言っちゃってたし。
「あとこれは出来るときで良いのですが、女の子を脱がす時は仕切りのあるテント内でやってあげてください。それこそフェリクス君が設営したテントを交代で使うなり、他の隊員にそれ用のテントを設営するとかですね」
そうヘレナさんがハインリヒを見て言っていた。
あの時僕は見てなかったのだが、まさかハインリヒあの女の子外で着替えさせていたのか。確かにあの火を起こした天幕って仕切り無いし、緊急時とは言え僕も気が回ってなかったけどちょっとかわいそうだな。
そう思っていると、やっぱりというべきかその倒れた女の子が顔を赤くしてしまっていた。てかヘレナさんも本人の前で言わなくてもいいのにとは思うが、これも訓練だから失敗は失敗として受け止めさせるつもりなのだろうか。
「人間関係、特に男女間家は面倒くさい事になりやすいですからね。無用なリスクは抱えないように」
そうヘレナさんが言い終わると、さっきまでの厳しい様な雰囲気から一転優しく微笑んだ。どうしたのかと思うと、ヘレナさんはプリントを机の上に置いて。
「と、まぁ今のは粗探しみたいなものです。基本的な対処としては良かったですし、不備もほとんどありませんでした。初めてにしては上出来すぎます、自信を持ってください」
そう言ってヘレナさんが全員に配った紙には、この野外演習6日間での講評が事細かく書いてあった。
それは他の子も同じようで、ヘレナさんが全員分書いてくれていたって事らしい。流石というべきか、この人も実務が長いだけあって内容もちゃんとしてる。それぞれの行動のダメな点と良い点それに改善方法まで事細かく書いてあって、普通に参考になる。
「とまぁ私からはこれぐらいですね。色々大変だったでしょうがお疲れ様です」
そしてその後は各自での反省と改善点を纏めさせられて、午前の座学は終わっていった。こころなしかこの野外演習のお陰でコンラート以外とも、少しだけ馴染めてきたから良かった。アイリスとは、良く分かんない関係性になってしまったけども。
そうして僕はコンラート達と昼食を取った後、午後に石魔法での射撃訓練が始まったのだが。
「はいこれ。少し風向き意識しすぎ」
なんとアイリスが僕の外した石魔法まで全部記録をしてくれていた。この学校入学してから一番うれしいかもしれない。これが無いとどれぐらいズレを治せばいいか、感覚でやるしかなかったから助かった。
「ありがとう。てか字綺麗だね」
手に取った記録用紙のアドバイス欄とかを見てもすごい整った品の良さを感じる字だった。僕は未だにあんまり書くの慣れてなくて、字が汚いからうらやましい。
「・・・・ありがと。じゃ今度私の番だから」
そうアイリスは特に反応を示さなかったので、僕もそれ以上何も言わず記録用紙を受け取って、いつものように的の後ろに隠れて記録を開始したのだが。
「今日は外すなぁ」
今のところニ十発中三発しか当たってない。そのせいか更に焦って狙いがぶれているし、まだ野外訓練の疲れが取れてないのだろうか。
そうしてアイリスが三十八発を発射し終わって、僕が記録用紙を渡しに向かうとやっぱりというべきか少し機嫌が悪そうだった。
「・・・・これ」
僕がそう記録用紙を渡したが、アイリスは中身を見る事無く綺麗に二つ折りにたたんでしまった。そして記録用紙を強く持ったまま、僕を睨んだと思うと恨めしそうにして。
「あんたのせいだから」
「えぇ・・・・」
そんな意味の分からない怒りを向けられたりもしたが、この日は僕も魔法をしっかり使えたし命中率もそこそこと、充実した訓練になった。
そしてその後訓練は終わり解散となったが、僕は夜の九時頃まで自主練をして飯を食べ風呂に入ったりと色々している内に、既に時計は十一時を回ろうとしていた。自主練では左手でも剣を振るえるように練習したけど、やっぱり一朝一夕じゃ出来なそうで、これからはもっと遅くなるかもしれない。
そしてとりあえず今日の一通りの訓練を終えた僕は、そのまま次は勉強だと自室で机に向かおうとしたのだが。
「この時間にいるなんて珍しいね」
いつもは僕が寝た後も図書館で勉強しているアイリスが、珍しく部屋の自分の机の上で勉強をしていた。偶にこう言う事あったけど、日が変わる前からここで勉強しているのは初めてな気がする。
「だってあんたに勉強教えないとでしょ」
そうアイリスがペンをスラスラ動かしながら、視線を僕に向けることなくノートに向けたまま言った。
アイリスの髪が少しだけ伸びてて手書くときに邪魔にならないのだろうか。
そんな事を思っていると、ふとお野外演習中にそんな事お願いした事を思い出した。訓練終わりは僕に怒っているのかと思ったけど、そういう所は律儀に守ってくれるんだな。
と、そんな事を思いつつも僕はペンを持って勉強を始めた。分からない所があればすぐに聞ける環境はありがたいし、アイリスの気が変わらない内にこの環境を使わせてもらおう。
そうして勉強を初めて一時間。僕は特段苦戦する事無く勉強を進められていたのだが。
「・・・・・・・」
さっきからアイリスがチラチラ僕の方を見ている気がする。今はノートを見ている振りしているけど、僕が聞きに来ない事気になっているのだろうか。
でも今の範囲って簡単な所で別に分からない単語も無いのだけどなぁ。そう思いながら教科書をペラペラめくっていると。
あ、でもこれ知らない単語だな。漢字とかでも無いから、専門用語だと初見だと前後から意味を推察しないといけなくて面倒臭いな。
そう僕は早速椅子を引いて立ち上がると、アイリスは待っていたと言わんばかりに耳に髪を掛けて僕を見てきた。やっぱり待っていてくれたらしい。
「なに」
僕は教本を持ってそんなアイリスの隣まで行くと、分からない単語を指差して見せた。少し距離感ミスって、近くに寄りすぎて緊張してしまった。風呂上がりなせいかなんかいい匂いするし。
そう僕は少し距離を取ろうとすると、少し考え込んだ後のアイリスが喋り出した。
「あーここまだやってない範囲なんだけど、指揮統制って単語でまぁ軍司令部とかみたいに部隊に指示を出す場所、人、組織の役割の事かな?」
あぁ適当に教本めくったから範囲を超えてしまっていたか。でもアイリスは分かっているって事は、予習までしっかりやってんのか。やっぱり努力家だな。
そうアイリスの説明を聞いて黙っていると、アイリスは再び教本から目を話して僕を見てきた。
「分かった?」
「ん?うん。ありがとう助かったよ」
僕はそう言って自分の机に戻ろうとした時、何かアイリスが言おうとしていたけど引っ込めたようで、アイリス自身も机に戻って行ってしまった。
そしてその後は僕らの間に特に会話も無く、蝋燭の背丈が無くなるまで勉強をして、その日は二人とも同じ時間に眠りに入ったのだった。
講評での豪雨の際の対応の所は、以前前書きで告知したように第七十五話の展開が変わっているのでご容赦ください。




