第七十七話 平穏
色々ありすぎた僕らの野外演習も後少しで終わろうとしていた。
豪雨やアイリスの件で当初の計画からはずれ込んでしまったが、なんだかんだ期限より一日余裕を持った状態でゴール地点が見えてきた。
「何とかなったな」
そう言ったハインリヒの視線の先には少し高い丘の上に路駐をしている二台の馬車があった。この一帯は全部草原で風も気持ちよくて、昨日の豪雨が嘘みたいな心地よさだった。
でもまだ僕の背中は痛いし服もボロボロで、この一週間でかなり体重が落ちた気がする。
「あともう少しだから皆頑張ろうね」
僕はそんな弱気になりそうな自分に喝を入れるように、隣を歩くアイリスにそう声を掛けた。アイリスの他の皆ここまで頑張ってくれたけど、昨日の雨の事もあってかなり疲れているし、風邪気味になっている子も何人かいる。
それの中でも特にアイリスは、メンタル的にも色々あったせいかかなり憔悴してしまっているようだった。今朝からあまり会話をしてくれないし、昨日無理やり休まされたのがそんなに嫌だったのか。
「・・・・・・・・うん」
今朝から口調に棘は無いがただ単に距離を感じる。一歩引いたような僕を怖がっているようなそんな感じだ。それに目も合わせてくれないしで、この野外演習で関係性は色々違う方向に悪化してしまったかもしれない。
そうして歩いていく内に遠く見えていた馬車は段々と大きくなっていき、そこに見覚えのある顔が複数あった。
「お!フェリクスー!!」
どうやら先にゴールしていたコンラート達が笑顔で手を振っていた。それに教官もいるし入学した時に対応してくれた事務局のお兄さんもいる。
「まぁ時間としては例年通りか」
僕らがその馬車へと到着し久々に会ったクラスメイトと話している中、ヘレナさんと教官は事務局の人を交えて互いに評価表を見せ合って何か話していた。
そして僕は一人先に馬車に乗り込むアイリスを横目に、コンラート達の話を聞いていた。
「途中の雨大丈夫だったか?俺ら平原に出てからだったから風が直で当たってさ~」
「あぁ俺らも俺らで体調不良者が続出して大変だったぞ」
ハインリヒとコンラートが話しているが、今更ながらこの二人はどういう関係なのだろう。二人とも割と良い家の出だけど、随分仲が良さそうだし昔馴染みとかそう言うのだろうか。
「で、フェリクスは・・・・。お前やつれたな」
ふいにコンラートが考え事をしていた僕を見たかと思うと、突然そう失礼な事を言ってきた。体感体重は落ちた気がしてたけどもさ。
「・・・そう?痩せたとは思うけど」
「いやいやクマひでぇし、全体的に生気が無いぞ。一回死にでもしたか?」
コンラートは冗談っぽく言ってたが割と当たらずも遠からずな感じだった。
てかそれは良いとしても、自分の顔確認してないけどそんなにひどいのか。アイリスが無理しすぎとか言ってたけど、他人の事言ってる場合じゃなかったのかもな。
「・・・・確かにひどい顔だな。気付かなかった」
ハインリヒもコンラートに乗っかる様に、まじまじと僕を見ながらそう言ってきた。途中から僕の体調気遣って、さりげなく荷物持ったりしてくれてたくせに何を今更。
「でもそっちのルードヴィヒもかなり顔色悪いじゃん」
自分に視線が集まり、やつれた顔とやらを見られたくなく、僕は申し訳ないがそう話を逸らそうとしたのだが。
「こいつはいつも通りだろ。なぁ?」
コンラートがルードヴィヒの肩を叩きながらそう軽口を叩いてた。そう言われればそうかもしれないけど、友達なのにそんな認識で良いのか。
でもそのルードヴィヒ本人も眠そうに眼を細めるだけで、おっとりした雰囲気で。
「・・・・ん?あぁそうだね」
この子とあんまり話さないしいつも補修受けてるから、そもそも印象薄いんだよな。
てかいつもグループにいるオットーはいないのか。そう思って見回していると、コンラートが馬車の中を指差して。
「オットーはもう寝た。あいつ待つの苦手なんだ」
まじかとは思いつつ、そう言えばと気になった事を目の前のコンラートに聞いた。
「そう言えば僕達よりどれぐらい早く着いたの?」
するとコンラートは顎に手をやって、少し考える素振りを見せながら。
「ん~まぁ10時間前ぐらいかな?もう昨晩の段階で手前まで来ちゃってたから夜通しで来たんだ」
あぁだからオットーがこんな昼間まで寝ているのか。いつも子供っぽい所あるからそういう物だと思ってしまっていた。
てか僕らに色々あったとはいえ、コンラート達に10時間も離されてしまったのか。評定下げられてないと良いのだけど・・・。
「お前らもう馬車に乗り込め!」
そんな会話の時間は終わりらしく、教官の号令と共にそれぞれ分隊ごとに二台の馬車に乗り込んだ。行きと違ってルイス達がいないから馬車内は快適だが、僕が馬車に座るとなぜか先に座ってたはずのアイリスが隣ん座ってきた。
まだ何か気を使ってるのかとも思ったが、馬車が走り出すと特に何も言わずそのままウトウトしだして船を漕いでしまっていた。と、まぁそれは良いのだが、肩に頭を乗せるのはやめて欲しい。電車で降りたい駅で降りずらくて気まずい時を思い出す。
「・・・・・まぁ疲れたんだろうな」
心労的にも体的にもかなり疲れたんだろう。この肩を貸してよく寝れるなら、少しぐらい我慢しても良いか。ただハインリヒが眼鏡越しにニヤニヤして僕を見ているのは気に入らなかったが。
そうして野外演習も終わり僕らを乗せた馬車は、学校へと向かって揺れ続けていた。道中皆やっぱり疲れているのか、ウトウトとしてしまい最後の方はほとんど寝てしまっていた。
かく言う僕も朝が得意ではなく、一週間の疲れもあって欠伸が止まらなかった。
「・・・・・ねっむ」
今すぐにでも瞼を閉じたいが、今はそれが出来ないと右肩にかかる重さに目を向けた。
そこには相変わらず寝息を立てて、アイリスが僕に体重を寄せてきていた。随分深く眠っているのか、ここまで一度も起きる事は無く、気絶したのではと思ってしまうほどだった。
だから肩に乗っていいる以上起こしたくないから僕が寝る訳に行かないし、それに僕が単純に至近距離のアイリスに緊張して眠くても寝れない。女性経験が無いデメリットがここに来て出てきてしまった。
そんな事を思っているとどうやら学校に到着したらしく、正門の前で馬車が止まっていた。
「お前ら起きろー」
ヘレナさんも少しウトウトしていたと思っていたが、いつの間にかシャキッと目を覚ましてそう声を張り上げていた。
すると皆渋々腰を上げる者、未だに寝続けようとして叩かれる者。そしてアイリスとはというと、あまりに眠りが深かったのか、姉の声では全く寝息が途切れておらず相変わらず僕の右肩にはアイリスの頭が乗っていた。
「ほら、起きて。着いたよ」
流石にこれ以上寝かさすわけにはいかないから、そうアイリスの左肩を揺らした。するとやっとアイリスの長いまつ毛が動いた。
「・・・・ん、うん?」
目覚めは良いのかアイリスの三白眼が驚いたように開かれ、すぐそばにいた僕を見上げていた。そんなにまじまじ見られると、僕も反応に困るのだが。
「おはよう。もう学校だよ」
僕は声が上ずらない様、必死に冷静を装ってそう答えた。こんな近くで女の子と話すの、昔のライサ以来で緊張するな・・・。あ、でも前のエルシアの時があるか、あれは別の意味で緊張したけども。
「・・・・あ、ごめん」
するとアイリスは僕から慌ただしく離れると、そのまま馬車から降りて行ってしまった。そんなに僕の近くが嫌だったなら、隣に座らなければいいのに。と、少しだけ傷ついているとヘレナさんがこっちを見ていた。
「おい!早く降りろ!」
「あ、はいはーい」
僕はヘレナさんに怒鳴られ、急いで馬車を下りて行った。するとやはりそこにもルイスはおらず、跡で聞くにヘレナさんによると一か月の自室謹慎処置になったらしい。本当はもう少し重いはずらしいが、そういう貴族への配慮らしい。
そしてこの日はこれ以上訓練や座学はしないらしく、まだ昼過ぎなのに解散となった。ちなみに明日から普通に訓練は再開するらしいから、全然大変だとは思うが。また朝五時起きの日々が再開されるのか・・・。
「じゃあフェリクス君はこっち来てください。軍医に診せるので」
どうやら明日野外演習の講評も含めてやるらしく、軽く総括が終えるとそうヘレナさんが僕を呼び寄せた。他の皆はというと、このまま自主練する奴や風呂に行く奴とまちまちだった。
「・・・・私も行く」
アイリスはやっぱり気にしているのか、そう僕に付いて来ようとしていた。僕としてはどっちでも良いのだが、とヘレナさんを見ると別に良いと言う風に頷いてくれた。
「じゃあ行こうか」
そしてヘレナさんに連れられて事務局のある棟に入ると、そこに軍医のいる部屋があるらしくその部屋に案内された。
そしてその扉を開けると、清潔にしているのかアルコールの匂いが最初に鼻をつんざいてきた。どこか前の世界の病室を思い出す匂いに懐かしさを覚えていた。だがその部屋自体は病室というよりは、日本の学校の保健室とあまり差はない様な内装で、色々薬品っぽい瓶とかが置いてあった。
「あ、フェレンツ少佐ですか。野外訓練どうでした?」
「まぁ普通って感じですね。それでその野外訓練でこの子が怪我したから看てほしいんですけど・・・」
木製の椅子に座って、そうヘレナさんと会話をしていたのは気の良さそうな軍医さんだった。そしてそのままヘレナさんに導かれるまま、その軍医の前に座らさせられると上の服を脱がされた。どうやら触診から始めるらしい。
「じゃあ後ろ向いてください。怪我を負ったのは右の肩甲骨あたりですよね?」
何かヘレナさんから書類を受け取ってそう言っていたので、ある程度僕の怪我の具合は伝わっているのだろう。
そしてその指示に従って僕は軍医から背を向けて触診を待っていた。
すると後ろにいたアイリスと目が合って気まずかったが、先にアイリスが少し顔を赤くして目を逸らしてくれた。まぁ男の裸なんて見たくないか。
「んーちょっと強く触りますね」
そう言われ頷くとグーっと指を体の奥に向けて押され、それがちょうどピンポイントで僕の痛い所だった。それに声を上げない様歯を食いしばって耐えていると、軍医さんが指の力を弱めながら言った。
「ここが痛いっすか?」
「・・・ッ、はい」
そう僕が返事をすると、うんうん唸りながら更に僕の背中を触っていた。半裸の男が男に背中を触られ、アイリスとヘレナさんに見られているという、何とも言えない気まずい空間になってしまっていた。
「このレポートだと治癒時デューリングさんの魔力少なかったんですよね?」
「そうですね。意識が落ちる前は二割残ってないぐらいだった気がします」
僕がそう答えると軍医さんはまた黙って、ブツブツ独り言をつぶやきながら触診をしたりヘレナさんのレポートを眺めていた。すぐに結果が出ないと深刻そうに感じて怖いのだが、早く結果を教えて欲しい。
「デューリングさんの元々の体を知らないのではっきりは言えませんが・・・」
そう軍医さんの不穏な前置きに対して、僕は服を再び着つつ振り返ってその続きを待った。
「無理に治癒魔法をかけたので、筋肉の付き方が歪というか全体的にずれていますね。痛むって事はそれだけ体に馴染んでいないって事でしょうし」
「・・・・それって大丈夫なんです?」
言葉だけ聞くとかなりやばそうに感じてしまうが、実際どうなんだろう。治せるなら治して欲しいのだが・・・。
「まぁよくある事例ではありますね。人によってはその部位がダメになりますが、デューリングさんの場合はそこまでですね。静観でもいいですし、痛みが気になるなら治療してもいいかもしれませんが、この深さの傷だと今帝都には治せる治癒師はいませんね」
まぁ大丈夫なのか?違和感とか痛みがあって気にはなりするが、日常生活に支障をきたすレベルでは無いし。それにどっちにしても治せる奴がいないらしいし、我慢をするしかなさそうか。
「でもあまり右肩に負担はかけないようにしてください。いつどうやってその肩が壊れるのかが分からないので」
「・・・・はい」
普段生活している分にはいいが、訓練とか実践だと気を付けないといけないか。左腕でも剣を振るえるように練習しておかないと。
「私が出来るのはここまでですかね。またデューリングさんの肩を治せる人が見つけれたら連絡しますね」
そう僕の診断は終わり、軍医さんも忙しいらしいのですぐに僕らは部屋を後にした。するとそれまでずっと黙っていたヘレナさんが口を開いた。
「申し訳ないです。私がもう少し上手くやってれば」
まぁあの軍医さんの言い方だと、治癒魔法をかけたやつのせいって言い方だったし気に病んでしまうか。
「大丈夫っすよ。今帝都にいるどの人間も僕の肩を治せないらしいんですから、今動かせるぐらいまで治癒してくれたヘレナさんには感謝しかないですよ」
「・・・ありがとうございます」
でもいつかは肩治して欲しいな。ずっと痛むの単純にストレスだし。そんな事口に出したらヘレナさん意地でも探し出そうとしそうで怖いから、口が裂けても言わないんだけど。
「だからアイリスも気にしないでね」
僕はもう一人姉妹揃って気に病んでそうな人物にそう呼びかけた。すると後ろを歩いていたアイリスは小さく頷くと、予定があるらしくどこかへと走って行ってしまった。ついでに仲がこじれてるヘレナさんと話させてあげようと思ったけど、それはまた今度になりそうか。
「じゃあ僕は風呂入ってくるので、ここで失礼しますね」
「はい。じゃあ気を付けてくださいね」
そうやって僕はヘレナさんと別れて風呂へと向かった。3時間ごとに性別で交代だから今は丁度男湯の時間のはず。
そう思って風呂に向かうと、ハインリヒも入る所だったらしく、風呂の入り口でばったり会ってしまった。
「お、ハインリヒも風呂?」
「ん?あぁそうだ。傷大丈夫だったか?」
ハインリヒが自分の右肩を指差しながらそう心配してきてくれた。みんなの前で僕がヘレナさんに呼び出されていたから、気に掛けてくれたのだろう。
「一応大丈夫らしいよ。ハインリヒのお陰だね」
「・・・・そんな事無いよ。俺は少ししか力になれなかったから」
そんな会話をしながら脱衣所で服を脱いで浴場の中へと入ると、昼過ぎな事もあってか割と利用している人が少なくガランとしていた。
「ラッキーだね」
「そうだね」
そう言って隣に立つハインリヒは風呂でも眼鏡を付けていた。普通は眼鏡外すと思うのだが、湯気で曇って見えなくなったりしないのだろうか。風呂で見る度にいつも当たり前のようにこれしてるから、触れずらいんだよな。
と、そんな僕らは備え付けの石鹸で泡立てて体を洗いだした。流石にシャンプーは無いらしいから水洗いで何とかしているけど、我儘かもだけどちょっと物足りない。
「これからアイリスとどうする気なんだ?」
隣で体を石鹸で洗っていたハインリヒが、話の流れでそんな事を聞いて来た。野外訓練中からだけどアイリスの事を気に掛けているっぽいな。
「いやぁ僕からは何もしないかな。僕が近くにいるとアイリスも委縮しちゃうだろうし」
今日もそうだったけど、明らかに僕といる時アイリス様子おかしいからな。まぁ嫌いだった奴に貸しが出来たら接しずらいんだろうな。
するとハインリヒは泡立てた体を湯舟のお湯で流しながら。
「あれはあれで割と立ち直ってはいると思うぞ。だからそんなに気を使わず普段通りの方が良いんじゃないか」
「へぇ~そんなもんなのか」
僕はそう返事をしながらハインリヒから桶を貰い、僕も体の石鹸を湯舟のお湯で流していた。
ハインリヒにはそう見える理由みたいなのがあるんだろうな。
「ま、様子を見ながらかな」
別に今決めなくても良いや。その時その時で臨機応変に行こう。それが僕の結論だった。
するとハインリヒが洗い終わったのか立ち上がると。
「それもそうだな。じゃ先入らせてもらうわ」
僕もそれに続いて洗い終わると湯舟へと入っていった。一週間ぶりな風呂なだけあって多分一時間は入り続けたかもしれない。
その間色々野外演習の事をハインリヒと話してたけど、やっぱりこいつは良い奴だと思う。常に周りを見て気遣ってるし、何より優しい。貴族なのに身分の怪しい冒険者だった僕に対しても、平等に友達として接してくれるし、出来た人間だと思う。
そう思っていると上がり際にのぼせたのか、つい言葉が零れてしまっていた。
「本当にありがとねぇ~」
「・・・?どういたしまして?」
そんな不思議そうにしていたハインリヒを置いて、僕は一足先に風呂を上がった。
そうして僕らの野外演習は紆余曲折ありながらも、こうやって風呂でゆっくりできるぐらいにはちゃんとやり切れたのだった。
明日は投稿が遅れて日を跨ぐかもしれません。申し訳ありません。




