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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第五章
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第七十五話 雨

五月十八日 誤字修正と少しの描写の変更と加筆をしました。


 野外演習一日目の騒動を終え、二日目の朝には僕らは出発の準備を済ませていた。当初よりルイス達の班が抜けた分人数は減ってしまったが、分隊行動は続けて教本通りに事を進めていた。


「痕跡は残さないようにね」


 僕らは教本に書いてある事を見よう見まねで、ここにいた痕跡を消して後ろで眠そうなヘレナさんがそれを採点していた。昨日あんなことがあっても、何事も無かったように淡々と野外訓練が進んで行ったのだった。


「ハインリヒこれお願いしても良い?」


 僕はまだ昨日の怪我が治りきっていないのか、未だ背中が痛むので一部の荷物をハインリヒにお願いしようとしていた。

 するとハインリヒはそれを快諾するように笑顔で。


「うん?あぁいいよ」


 僕はそう言ってくれたハインリヒに荷物を渡そうと取り出した時、そこにいつの間にか隣に居たアイリスが間に入ってきた。


「私が持つ」


 そう僕の返事を聞かずにハインリヒに渡そうとした、荷物を強引に奪ってしまった。チラッとハインリヒの方を確認すると、仕方ないって感じで笑ってくれていた。


「ありがとうね」


 ここで押し問答しても時間の無駄だし、やりたいならやらせてあげようと、僕はそうお礼を言って軽くなった背嚢を背負った。ズキッと右肩から背中にかけて鈍い痛みがしたが、まだ我慢は出来る範疇だ。


「・・・・うん」


 これまでのアイリスと感じが違いすぎて正直ちょっと怖い。親切にしてくれるのは嬉しいけど、なんか調子がくるってしまう。あまり無理をしないでくれるとありがたいのだが。


 と、そんな会話をしている内にも出発時間が迫ってきたので、僕はも一つの班の子達の確認を済ませて出発の号令を発した。ルイス達の一件で評価が下げられている可能性は大いにあるし、出来るだけ早く終わらせておきたい。


「うし、がんばろう」


 僕は痛む背中を意識しないようにしながら、一歩また一歩と道のりを歩み出した。


ーーーーー


 それから野外訓練が始まって3日目の昼頃。丁度僕らは折り返し地点に到着していた。山がちで少し予定よりは遅れたが、気候も荒れることなく僕の背中が痛み続ける事以外は全て順調だった。


「フェリクス君背中大丈夫?ずっと気に掛けているようだけど」


 一旦休憩にして一人木陰で休んでいると、基本不干渉な立場を取っていたヘレナさんが心配そうに覗き込んできた。やっぱり軍人だとそういう他人の異変に気付きやすかったりするのだろうか。


「ずっと痛み続けてはいますね。我慢できない程では無いですが」


 多分治癒魔法をかけてもらった時僕の魔力が足りなくて、不十分な形で治ってるんだろうな。それが大丈夫なのか分からないけど、下手にいじると悪化しそうで触れないではいるが。


「戻ったら軍属の医務局まで連れて行くので、無理はしないでくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 以前ヘレナさんに偉そうに頼ってとか言ってたけど、結局こうやってヘレナさんに頼りっぱなしだ。情けないし恥ずかしい限りだな。


「・・・・それでちょっと相談があるんですが」


 そんな事を思っていると、ヘレナさんは心配そうにアイリスを見ながら僕の隣に腰を下ろして来た。何かアイリスについての相談だろうかとは予想に容易いが、僕がヘレナさんに相談したいぐらいなのに、ちゃんと相談に乗れるか不安だな。


「あの子明らかに無理してますよね。フェリクス君から何か言ってあげました?」


 どうやら僕の抱いていた心配と同じ物をヘレナさんも抱えていたようだった。

 それはそうで、この二日間ずっと僕の事を気にかけて、夜番を変わろうとしたり荷物肩代わりしようとしたり、明らかに一人が背負うにはオーバーワーク気味で顔色も悪かった。無理をしているのは明らかだけど、大丈夫って言っても一歩も引いてくれはしない。前に気を使わなくて良いって言ってるけど、やっぱり本人的には何かしてないと気が済まないのかもしれないのだろうか。


「僕は言うべきことは言ったつもりです。それをアイリスが自分なりに咀嚼してくれればと思ってますけど・・・・」


 二日目の朝に川岸で言いたい事は言ったつもりだ。結局あの時も分かってはくれてなくて流れで押し切ったのが悪かっただろうか。でも僕も上手く言語化出来てないし、未だ上手くアイリスを説得できていない。


「私は何をしてあげられるんでしょうね。姉として何かしてあげたいのですが・・・・」


 教官としての立場を忘れているな、そんな事を思いはしたが妹の事だから仕方ないか。

 と、そんな事を二人で話しているとアイリスの視界に僕らが入ったのか、立ち上がって僕らの元へと歩み寄ってきた。


「またこの話は後日で良いです?」


「えぇ。そうしましょうか」


 ずっと一人っ子だから兄弟関係とか分からないけど、それ特有の悩みとか距離感があるんだろうな。二人ともいつか仲直り出来ると良いのだけど、それよりも今はアイリスのメンタルをどうにかしてあげないとな・・・。


「・・・・水いる?」


 目の前に来たアイリスが仏頂面のまま屈んで、そう自分の水筒を差し出して来た。雰囲気は固いけどいつもこうやって気に掛けてくれている。


「いやまだ自分のあるから大丈夫。ありがとね」


 僕は自分の水筒を揺らして水の音を鳴らした。僕に気を使いすぎだとは思っているが、どうしようも出来ずアイリスはこの二日間ずっとこんな感じだ。


「・・・・そう。また何かあったら言って」


 口数は少ないけど定期的にこういう事を言ってくる。気を使ってくれてるから無下にもしにくいし、アイリス自身が自分に負荷をかけすぎていて見てられない。夜も寝れて無いのかクマも日が経つごとに深くなってるし。まるで自分へと罰を与えているかのようだった。


「無理しないでね」


 僕がそう言うとアイリスは小さくコクっと頷いて、また背を向けてさっき座っていた所へと戻って行ってしまった。本当に分かってくれているのか心配だな。


「じゃあ出発しましょうか」


 僕はそんな不安を抱えつつも背嚢を背負って、立ち上がった。アイリスの事は今は自分がやりたいようにやらせてあげよう。でもその無理が祟らないと良いのだけど・・・・・。


「・・・・・私もいい加減向き合わないとですね」


 ヘレナさんもあのアイリスを見てそう呟いて、僕に続いて立ち上がった。姉として色々アイリスの姿を見て思う所がるんだろうな。

 そんなヘレナさんを置いて皆を呼びよせると、残りの三日の内に評定の為早く帰ろうとすぐに出発をした。


ーーーー


 順調だった野外訓練も五日目の朝を迎えた。だがこの日は昨晩から天候が悪く朝出発してから豪雨となってきて、雨合羽を着て、雨でぬかるんだ道を僕らは歩いていた。


「フェリクス。どこかで休まないか?」


 もう夕方付近で冬が近い事もあって更に寒い中、ハインリヒが分隊を心配してそう提案してきたが。


「訓練だからね。実際もこういう時に行軍する事だってあるだろうし、もう少し頑張ろう」


 実際訓練の要綱にも天候での中止なんて書いてなかった。こういうのも込みでの訓練だろうし、到着時間までに間に合わなかったらそれこそ皆進級が出来なくなってしまう。


「あぁまぁそれはそうなんだが・・・・」


 だがそうまだ心配し続けるハインリヒだった。だから僕はハインリヒに一応歩きながらメディカルチェックだけ分隊の子にしてもらうように任せて、僕も手分けして分隊員に体調を聞いて回った。


「大丈夫?」


 別の班の男の子に聞いてみるが、流石に一年訓練しているだけあってまだまだ大丈夫そうで力強く頷いてくれた。一応雨に体温を奪われて低体温症になったりしない様、少しだけでも暖めるように手袋をしてもらってから僕は他に回った。

 そしてあと二人回ってから最後にアイリスの元へと向かった。これまでもかなり無理して昨日も夜番をしていたから、一番体調的には不安な人だ。


「アイリス。大丈夫?」


 僕が横を歩いてそう聞くと何故か少しの間があった。そしてその後雨合羽越しに小さく頷くだけで特に声を発してくれず、少しそれが心配になった僕は屈んでアイリスの顔色を窺ってみた。


 すると明らかに顔色が悪いし歯をカチカチ慣らして震えていた。素人目でもどう見ても正常な状態じゃないのは分かるが、どうしたらいいのか。でも一旦アイリス含めちゃんと皆の体調を検査した方が良いか、そう思い激しい雨音に負けないように声を張った。


「休もうか!」


 そう言ったのだが、雨音で聞こえずらかったのか少しの後に首を横に振った。やはり無理をしている自覚はあるのだろうが、皆に迷惑を掛けたくないとか思ってるんだろうか。

 そんな事を思っていると他の分隊員の診断を終えたハインリヒが戻って来ていた。


「一応大丈夫そうだけどそっちは?」


 雨粒で眼鏡が見えずらそうだが心配そうにハインリヒが声を張り上げてそう問いかけてきた。


「・・・・ちょっとまずいかも」


 僕がそう答えると「やっぱりか」とそう呟いてアイリスの方に視線をやっていた。建前は分隊員だったけどアイリスの事が心配であんな提案をしていたのだろうか。ペアの僕が気付かないといけない事なのに、情けないな。


「俺は他の子にもう一度回るから、アイリスの方はお願い」


 アイリスの対処は僕よりハインリヒの方が良いと思ったのだが、僕の返事を待つことなくまた後ろに戻って分隊員の子に話して回っていた。


「仕方ないか」


 とりあえず反応を確かめたい僕はそう小さく呟いてアイリスの肩を雨合羽越しに叩いた。するとそれにも特に反応を示さなかったので、僕は声を張り上げて。


「僕が休みたいから休もうか!」


 と、アイリスが受け入れやすいように呼びかけものの、肝心のアイリスの反応がやはり無かった。そして段々とフラフラとしただして歩行速度も落ちていったと思うと、ついにはフラッと倒れようとしてしまっていた。


「ちょ、ちょっと大丈夫!?」


 僕は前向きに倒れようとしたアイリスを抱えて何とか倒れるのを防いだ。だが、それ以上アイリスが動くことは無く、力が抜けた様に僕の腕に体重がかかってきた。


「ハインリヒ!!ここで休むよ!!!」


 僕はすぐに木の傍にアイリスを寝かせ、少し開いたスペースを見つけてテントを広げだした。低体温症ならすぐに温めたいが、この雨だと火が付きそうにないか。


「こっちも一人まずそうな子がいるからもう一個テント開く!!」


 ハインリヒの方でもあと一人の女の分隊員の子の体調が悪いのか、肩を組んでこっちまで歩いてきていた。雨もやみそうにないしこの状況は色々まずそうか。

 そう僕は開こうとしたテントをスペースをハインリヒ達様に開けるように脇にずらしつつ、とにかく急いで設営を開始した。ハインリヒの方は大きめの天井だけの天幕だったけど、他の大丈夫な分隊員の子の手伝いのお陰で、すぐにそれは終わっていた。

 僕が設営したのは2人用のテントだったけど、アイリスをその中に運び込んだ。そしてほかの分隊員の子達には休むように伝えてヘレナさんを見た。


「すみませんヘレナさん!アイリスの服着替えさせてあげてくれませんか!」


 濡れた服を着替えさせたいが、もう一人の女の子もハインリヒに連れられてダウンしているし、かといって男の僕や他の子がするわけにはいかない。だからそう思って仕方ないとヘレナさんに頼ったのだが。


「・・・・すみません。規定で私が介入する訳にはいかないです。過去の事例でも同様の対処が取られてましたし」


 申し訳ないと表情に出てはいたが、返ってきた言葉はまさに冷たい物だった。命の危険があるのにそんな事言っている状況かと思ったけど、これは訓練で実践でも同じことがあった時どうするのかって話になるのか。僕はなんとかそう自分を納得させて、雨合羽を脱ぐとテントの中に入った。


「おーい!意識はある!?」


 とりあえずアイリスの雨合羽を脱がして頬を叩くが一切反応が無い。呼吸は浅い中生きてはいるが意識が無いと流石に焦る。

 だがここで僕が恥ずかしがって対応が遅れたらアイリスが危ない。そう僕は責任を逃れようとする思考を打ち切って、アイリスの背嚢から着替えの訓練服を取り出した。


「じゃあ脱がすからね!!」


 そうして何とか重ね着していた雨で濡れた訓練服を脱がしていく内に、段々とアイリスが薄着になっていった。雨合羽を着ていたはずなのだが、随分内側まで雨水が染みてしてしまっているようだった。それは僕も一緒で肌に服が張り付く気持ち悪い感覚を覚えながらも、出来るだけアイリスを見ないようにしつつ一枚一枚濡れた服を脱がして行った。


「・・・・これ以上は流石にか」


 そう目の前のアイリスは残りは薄着の一枚だけになってしまっていた。これ以上は命がかかっているとは言え、毛布で包めばいいだろう、そう判断して僕は自分の背嚢から濡れていない毛布を取り出した。


「背中持ち上げるよ!!」


 僕は薄手になったアイリスを持ち上げて、体温を下げさせないために体の水滴を拭きだした。そうしている内にも布越しに感じるアイリスの体温がかなり低く冷たく感じてしまっていた。

 どれだけ無理をして歩いていたんだとそう怒りすら湧きながらも、前掛けのボタンで着やせやすい訓練服を着させてから毛布でアイリスを包んだ。だがそれでもまだアイリスの意識は戻らず、更に僕の中に焦りが滲んできた。


「ッチ、この雨じゃ火も起こせない」


 そう悩んでいると隣のテントで他の子の処置をしていたはずのハインリヒがテントの中に入ってきた。


「こっちの子をここに入れて良いか?あっちの天幕の下で火をつけようと思うんだが」


 まさに渡りに船の提案だった。僕はその提案に乗るとすぐにハインリヒが動いてもう一人の女の子を抱えて僕らのテントにやってきた。どうやら着替えさせてあげていたらしく、僕と同じでその上から毛布を被せていた。そして少しでも体温を上げさせるために、その子とアイリスを引っ付けるようにして毛布で包むとすぐに僕らは立ちあがった。


「じゃあすぐ始めようか」


 会話も少なく、大丈夫そうな他の分隊員の子にアイリス達の見守りを頼んで隣の天幕の下に入った。この天幕だと天井だけしか仕切られてないが、広さも十分だから火をつけても大丈夫そうか。

 でも一応一酸化炭素中毒も怖いので、念のため僕は天井へ向けて石魔法を飛ばした。


「ここは穴開けるよ」


 僕はその天井付近の部分に穴を空けた。雨粒は入ってくるが、これぐらいなら穴から少しずらせば火は消えない。そう僕らは火を起こせるものを探そうとしたのだが。


「全部湿気ってるな・・・・」


 そう昨日からの雨でほとんどの木々が濡れて使い物にならなかったのだ。だがそうは言ってられないと、僕は乾いた毛布を取り出して天幕の奥に置くとそれに火魔法で火をつけた。そしてその上に濡れた木の枝を乗せつつ、乾いて燃料になるのを待っていた。天幕の中で火をつけると延焼とかも怖いが、広さもこれだけあるし言ってられないか。


「じゃあこれに雨水貯めてきて!!」


 僕は煙を吸わないようハンカチを口に当てながら、一日目に使った湯沸かし用の簡易的なポットを取り出してハインリヒに任せた。そして僕はというと、その後火の中にその辺に落ちていた石を投げ入れていた。そうしてい内にも火の勢いは衰えようとするから、濡れている木の枝を探して投げ入れ、それでも無理そうなら僕の手持ちの最後の毛布を投げ入れた。


「一応全部入れてきたぞ!!」


 ハインリヒも他の隊員からも同じ物を貰って来たのか、四つのポットに水を入れて持ってきてくれた。これなら二つは湯たんぽに出来るか。そう判断しつつ僕は火の中に投げ入れて、逆にもう熱を帯びたであろうと石を取り出そうとしたのだが。


「・・・・・ッチ」


 熱すぎるし多分今の一瞬で手のひらがやけどをした気がする。でもそんな事を言ってられないし、治癒魔法で何とかなるんだと熱を帯びた石を根性で二つ持ち上げて、それが雨に濡れない様抱え隣のテントへと向かった。

 

 そしてテント内に入ると、僕はそれぞれアイリス達を他の隊員に持ち上げて貰い、その横たわっていた下の地面にその石埋め込んでいた。あと何個も石はあるからこれを繰り返せば、多少はテント内の温度は温まるはずだ。これこそ焼け石に水なのかもしれないけど、暖を取るってなったらこれぐらいしか思いつかない。


「じゃあ体調に変化があったらまた呼んで」


 見守りをしていたその子は確か治癒魔法も使えたはずだし今の面子だとハインリヒに次いで頼りになる。無理をさせてしまうが今は仕方ない。

 そう指示してから僕は石を三往復してテント内に持ち込んだ。途中ハインリヒが手伝うって言っていたけど、別の物が必要だった僕はそれを探すのをハインリヒに頼んだ。


 そして三往復の後、赤くただれていた手のひらの痛みを考えないようにしつつ、テント内で待っていたハインリヒに尋ねた。


「じゃあ蓋のある入れ物用意してくれた?」

 

 僕がそう聞くと、どうやら別の型なのか僕は持っていない軍用の飯盒窯の様な調理器具を三つ取り出してくれた。一応金属っぽいしこれなら代用できそうか。そう思っていると、ハインリヒはそのに既に水を入れて沸かしてくれていたようで、手際が良くて助かった。


「じゃあ布で包んで持っていこう」


 そう二人で持っていくと、流石に人三人がいて熱した石を埋め込んだだけあってか隣のテントの中は外よりかは熱気を帯びていた。


「まだ意識は無いか」


 僕らは二人を包んでいた毛布を一度取り払い、お腹付近にその飯盒窯を抱くように置いてあげた。そしてすぐに熱が逃げないように毛布で包み直すと、僕らは慌ただしく再び火を起こしていた隣の天幕へと戻った


「これ以上やる事は無いかもしれない。だからあとは起きた後に温かい飲み物だけ用意しておこう」

「じゃあ俺が用意するから、フェリクスはあっちで様子を見ててくれ」


 僕らは手際よくそう方針を決めて、僕は以前飲んだローズマリー似のハーブを手渡して再びアイリス達のいるテントへと向かった。

 そして見守り役をしていた分隊員の子の肩を叩いて。


「ありがとうね。君も他の子と少しでも休んでて」


 ずっと疲れているはずなのに気を張ってくれていた子に、僕はそうお礼を言って他の分隊員の子達がいるテントへと帰らせた。

 そしてアイリスの様子を確かめようと上から覗き込もうとした。するとやっとアイリスの目がゆっくりと開かれた。


「・・・・・・ここは?」


 やっと意識が戻ってくれて良かった。ただそれだけだった。でもここで油断してはいけないと少し汗ばんだアイリスの額をハンカチで拭きつつ、様子を窺った。


「どこか悪い所ある?頭がボーっとするとかある?」


 そうやって色々聞いていると隣の女の子も意識が覚めたようだった。とりあえずこれで死者は出なくて良かった。でもアイリスは未だ状況が掴めないのか混乱気味に、眼球だけを動かして辺りを見渡していた。


「あれ、私訓練してて、それで・・・・」


 そんな会話の中ハインリヒがポットを片手にテントの中に入ってきてくれた。そして二人の様子を見ると、安堵したように微笑んで軍配給のコップにハーブティーを淹れだした。


「二人ともこれ飲んで」

 

 ハインリヒがそう差し出す中、僕は二人をまとめて包んでいた毛布を一度取り払って動きやすいようにしてあげた。そして起き上がった二人にそれぞれ毛布を掛け直して、色々大丈夫なのか聞いていたのだが。


「大丈夫だから。もう時間ないでしょ。早く行こう」


 さっきまであんな状態だったのにアイリスはすぐにでも動き出したいのか、毛布を脱いで立ち上がろうとしてしまっていた。だがまだ心に体はついて行かないのかフラッと僕の方に倒れ掛かってきていて、僕は急いで腕を広げて、アイリスを抱きかかえた。


「雨が止むまでは絶対安静だから」


 僕はそう言って、執拗に動こうとするアイリスを無理やりそのまま元いた位置に寝かせた。


「迷惑になりたくない。私が足引っ張るわけにはいかないからッ」


 僕はもう一人の女の子の対処をハインリヒにお願いして、そう言って暴れようとするアイリスを上から抑え込んだ。


「また倒れられたらそれこそ迷惑。だから大人しくしてて」


 僕は少しでも本気で言っていると分からせるために、強めにアイリスの両腕を抑えた。するとアイリスは悔しそうに顔を横に倒して。


「・・・・うっさい。私が大丈夫って言ってんだから良いでしょ」


 ここでいつもの調子に戻るのかと思いつつも、その言い方に少しカチンときた僕は少し声を荒げて。


「自分一人で抱え込んで自滅されると迷惑っつってんの。今アイリスがやってるのただの独り善がりの自己満足ってやつだよ」


 今病人にこんな強く言ってはダメなのかもしれないが、これだけは言っておきたかった。今アイリスは自分の罪悪感を消すために、周りに迷惑をかけている自覚が無いんだ。

 だが隣の女の子が怯えているのが視界端に見えた僕は、少し声を和らげて窘めるように視線を逸らすアイリスに言った。


「気を使ってくれてるのは嬉しいけどさ。それはアイリス自身が自己管理した上でやって欲しいの。身を削ってまで心配を押し付けられても嬉しくないし、ありがたくも無い」


 ここに来てやっと僕がアイリスに言いたかったことが言語化が出来た気がする。でもそれがいけなかったのか、アイリスの両目からポロポロと涙が零れてしまっていた。


「・・・・じゃあ私はどうすれば良いの。迷惑かけてやっと気づけたから、頑張ったのにこんな事になって・・・・」


 アイリスのそれは今にも消え入りそうな声だった。突然変わったと思ったあのアイリスの行動が、アイリスなりにこれまでの自分を顧みての行動だったのだろうか。それだけ想いの籠ったような本音の言葉だったと思う。

 

「だから迷惑はかけていいんだって。互いに迷惑をかけあって助け合うのってそんなにおかしい事?」


 そんなにゼロか百みたいな極端に物の見方をして欲しくない。迷惑をかけてばっかりも駄目だし、自己犠牲ばっかりでも駄目なんだ。人間そんな完璧じゃないんだから。


「・・・・・それはそうかもしれないけどッ」


 そう言い返そうとするアイリスに被せるようにして僕は言った。


「頼むから自分を大切にしてくれ。アイリスは自分が思う以上に周りに心配されてるんだよ」


 ずっとヘレナさんも手出しできないとはいえ、しれっと木の枝を集めてテントの前に置いたりチラチラとアイリスの事を窺っていてくれた。それに僕だってアイリスの事情を知ってしまっているから、同情って言い方はあれかもしれないけど心配している。

 僕はそんな想いからそう言うとアイリスの腕から手を離して、弱く冷たくなったアイリスの手を取って頭を下げた。


「・・・・・本当になんなのあんたって」


 頭を下げているとそんな戸惑うようなアイリスの声が聞こえてきた。今まで大して仲も良くなかったのにこんな事言われて気持ち悪いかもしれない。でも心配だし無理をして欲しくないのは事実だ。そう僕は何とか説得しなければと、顔を上げるとやっとアイリスと目が合った。


「だから今は休んで」


 そう短いけど、精一杯僕やヘレナさんの想いが伝わる様に手を強く握ってそう伝えた。


「・・・・・訳わかんない」


 そう言ってアイリスは目を伏せて僕の手を振り払ってしまった。

 また失敗かそう思っていると、僕を拒絶する様にして毛布に包まってしまった。まぁ何はともあれ。どうやら僕らの言いたい事は分かってくれたようだった。

 そんなアイリスを確認して肩の荷が下りた僕はハインリヒを見た。


「じゃあ一回外出ようか」


 僕は隣で世話をしていたハインリヒにそう声を掛けて外に出た。するとテントの外で聞き耳を立てていたのか、テントを出るなり眼前にはヘレナさんの横顔がすぐそばにあった。


「何してんすか」

「あっ、い、いやっ。ちゃんと出来てるか採点をですね・・・」


 焦って隠そうとしてたけどやっぱり心配だったんだろうな。この人ももう少し他人にちゃんと素直になればいいのに。これだとこの姉妹が仲直りするのは少し遠そうだな。

 

 僕はそんなの事を思いつつ、まだまだ雨が降り止まない暗い濁った空の元に出た。そして他の分隊員の子に交代でアイリス達の様子を見るように頼むと、僕は雨空の下欠伸をしながらハインリヒに言った。


「じゃあちょっと休もうか」


 僕も流石に疲れたと他の分隊員の子が設営してくれてたテントに入った。そして僕は泥の様にハインリヒと一緒に深い眠りの中に落ちたのだった。

 

 


 

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