第七十一話 誰かの為に
微妙な湿り気と血の錆びた鉄のような匂いが漂う洞窟を、僕らは真っ暗な中足元を確かめるように進んでいた。
「・・・・何か声しない?」
後ろを歩くハインリヒのそんな言葉に僕も耳を澄ませると、どうやら洞窟の奥から誰か男の声が響いているようだった。
「静かに行こうか」
アイリスの声じゃない、誰か別の声。それに加えルイスの怪我。この二つの要素で明らか良くない事が起こっていると察して、僕は剣を握り直して姿勢を低く洞窟を進んで行った。
そうして歩いて行くと地面に落ちた松明の明りが見えてきた。ルイスが落とした物だろうか、そう思ってゆっくりと近づくと、その松明の橙色の明りに照らされて地面の血と複数人の人影が見えた。
「・・・・・・」
僕は後ろで緊張した面持ちをしたハインリヒに確認するように振り返った。見える範囲で分かる敵は3人。それでアイリスらしき小柄な人影が少し広がった空間の左奥にいるのが見えた。
「僕が突っ込むから援護お願い」
僕がそう声を抑えて言うと、ハインリヒは静かに頷いた。正直二対三でこの狭い空間だと大分戦いずらい。石魔法もぶっ放そうものなら天井から崩れかねないから、剣術で何とかしないといけない。だが相手の人数もさらにいるかもしれないのに、無鉄砲に突っ込んでもいい物か。
「・・・・まずい」
三人の内一際大きな人影が何か振り上げるような動作を小さな人影に対して見せていた。もう少し相手の情報を集めたかったが、何故かアイリスらしき小さな人影も避けようとする気配もない。だから僕は思考を打ち切り咄嗟に剣を握って走った。
そうして走り出すとすぐに少し広くなった空間に入った。その空間に入ってすぐの左右にいた男二人は突然現れた僕らに動揺しているのかあっさりとそこを抜ける事が出来た。そしてそいつらを無視してそのまま、鉈の様な物を振りかざす男の背中目掛けて剣を突き刺した。
その時やっとアイリスらしき人影の顔が見えた。
「もう大丈夫だから!!!」
血まみれになったアイリスは、右肩が大きく抉られており右腕がプラプラとしてしまっていた。今すぐ治癒魔法をしないと危ない状況なのは誰が見ても明らかだった。だから剣を抜いてアイリスの元へ駆け寄ろうとしたのだが。
「ッッ痛ってェなぁ!!!」
心臓を刺したつもりだったが、目の前の巨漢は体を捻り僕を確かめるように振り返ってきた。そこで目が合った瞬間、その巨漢は無理な姿勢ながら鉈を振り下ろそうとしていた。
「ッチ、抜けない」
鉈が今にも迫ってきている中巨漢に突き刺した剣が抜けなかった。だから僕は一度それを諦めてナイフを取り出しつつ巨漢と距離を取った。
その避ける瞬間、顔スレスレまで鉈が迫っており、一瞬でも諦めるのが遅かったら死んでいた。
そうして一旦落ち着き状況を確かめるが、どうやらハインリヒは他の二人と戦闘になっている様で、互いに剣を構え合って牽制しているようだった。だから僕は目の前の巨漢をどうにかしなければいけないのだが。
「少しずれてたら死んでたな」
目の前の巨漢はそう言って急所を外してしまったとはいえ、かなり体深く刺したはずの僕の剣を、あっさりと抜いてその辺に捨ててしまっていた。
だがそんな事よりもその後ろにいるアイリスだ。明らか多すぎる出血量に今にも倒れてしまいそうになっている。これ以上思考に時間はかけていられない。そう判断した僕は出し惜しみなしで全力で行く事にした。
「噂のガキだよな!!かかって来いよ!!!」
姿勢を低くして突っ込む僕に対して相変わらず、巨漢は大きな動きで鉈を振り下ろそうとしていた。僕のナイフなんて刺された所で大丈夫という判断なのだろうが、さっきの奇襲が決まらなかった時点で僕の目的はそれじゃない。
鉈を振り下ろそうと姿勢が伸びきった巨漢に向けて、至近距離での火魔法を放った。洞窟内だとあまりしない方が良いが、目くらましをするにはこれぐらいしか手段が無かった。
「・・・ッチ、小細工がよッ!!」
もちろん一瞬の火を顔面に当てただけだから、そこまでのダメージは無い。だが唐突な炎の熱さによる怯みと、この明かりもほとんどない中での急な光源が目の前に来たことによる一時的な視力の低下。そんな作戦もある程度成功して、目を覆った巨漢の脇を通り抜けてアイリスの元へと走った。
「アイリス行くよ!!」
近くで見ると、顔が真っ白になってしまっていたアイリスの元へと駆け寄った。だが僕が見た時にはアイリスは既に立つ力が無いのか弱々しく座り込んでしまっていた。
「・・・・ごめん、歩けそうにないかも」
この状況で治癒魔法は無理、巨漢を倒すビジョンも見えない。その上で入り口側ではハインリヒ達が戦闘していて逃げるのも容易では無い。
「でもやるしかない」
自分に発破かけるようにそう呟くと、僕はアイリスを抱きかかえた。アイリスの右肩が千切れかけている以上背負う訳には行かないから仕方ないが、これで近接戦闘は不可能になってしまった。そうして抱えると、胸には温かい血が滲む感覚と弱々しく脈打つアイリスの心拍が感じられた。
だがそうこうしている内にも、目くらましの効果は切れたのか巨漢がこちらを振り返ってきてしまっていた。
「このガキ、ジジイが拘るだけあるな」
目元を抑えながらも指の間から、しっかり僕らを視線に捉えて逃がそうとはしていなかった。やはり小細工は小細工でしかなかったらしいが、この数秒の時間稼ぎは役に立った。そう僕は用意した石魔法をひっそりと構えた。
そしてイチかバチか僕は叫んだ。
「ハインリヒ!!出口に走れ!!!」
ハインリヒは僕の叫びに対して予め予想していたのか、すぐにその指示に従って走り出してくれた。そして僕も遅れまいと走り出したが、やはりそれを見て巨漢は追いかけてきていた。それに加え僕だけも逃がさないつもりか、ハインリヒと戦闘していた二人は出口を塞ごうと動き出していたが。
「邪魔ッ!!」
死ぬぐらいなら一緒に生き埋めになってやる覚悟で、石魔法を男たちに向けて飛ばした。すると言い方は悪いが、ハインリヒでも抑えられていた相手なだけあって石魔法を躱そうとしていた事で出口への経路が確保された。
ハインリヒも走りながら振り返って援護するように、石魔法を僕らを追いかける巨漢に向けて放っていてくれた。少し僕らに当たりそうで怖いが、当たらなくてもそれで牽制になっているし助かった。だがそれに気を取られたせいだろうか、それとも洞窟を出てしまえばそれでこっちの勝ちだと一瞬気が抜けたせいだろうか。
「・・・・・ッチ」
風を切るような音と共に、僕の背中に冷たい金属の感覚と生暖かい液体が流れる感覚がした。
「・・どうしたの?」
抱えられながらまだ意識があったらしいアイリスが、心配そうに僕を見上げていた。でも僕は心配させないように走る速度を更に上げて笑いかけた。
「大丈夫だから!!」
そうしてハインリヒを先頭にして洞窟を走り続けて、やっと外の夜空が見えてきた。でも僕の背中には生暖かい間隔が広がり、額には脂汗が滲んできていた。
「頭伏せて!!」
だがアドレナリンのお陰か痛みに耐えれていた僕は、洞窟から出ると同時にハインリヒにそう呼びかけた。そしてそのまま振り向きざまに洞窟の天井へと放ってそのまま崩落させた。これで僕らを追いかけてくる事は不可能だろう。
「じゃあハインリヒはヘレナさん達呼んできて!!!」
僕はそう言って崩落するのを確認するとアイリスを地面に寝かせた。そして治癒魔法の準備を始めていたが、この時にはアイリスの意識も途切れ呼吸が浅くなっていて、一刻を争う状況だった。
「で、でもお前、その傷・・・・」
だからハインリヒに理由を説明している暇は無い。そう僕は思いやる事が出来ず強めに叫んだ。
「良いから!!早く行けって!!!!」
まだ痛みはそこまで気にならないし、僕よりも先に出血していたアイリスの方が危ない。そんな僕の考えを分かってくれたのか、ハインリヒは足元が覚束ない様子ではあったが、そのまま森の中へと走って行ってくれた。
「・・・・・・頼むぞ」
そんな背中を見ながら僕は早速治癒魔法を開始した。このレベルの傷を治癒するのは初めてだし、以前ラースの肩を治した事はあるがこれほど抉られては無かった。
「これは僕の分の魔力残らないかもな」
確か被治癒者に魔力が三割残ってないと治癒魔法を掛けれないんだっけか。アイリスはまだあるようだけど僕は残って二割だろうか。そんな事を思いながら、段々と塞がっていくアイリスの右肩を見ながら治癒魔法を続けていた。
後ろをさっきから警戒はしているが、流石に崩落した以上出てくることは出来ないらしく、まだ物音一つしなかった。
「ほんとこんなんばっかだな」
そんな中段々と滲む汗をぬぐいながら、ふと昔の事を走馬灯なのか思い出してしまっていた。
あの盗賊のジジイとの戦闘も洞窟だったし、いつも背中に剣とかナイフを刺されている気がする。まぁ僕の人生背中を見せて逃げてばっかりだからだろうな。
そんな思考の中また後悔が湧いてきていた。エルシア達をあそこから逃がす事だってまだ出来てない。それにイリーナとの約束だってまだだ。それに父さんのショートソードだって洞窟に忘れてきてしまっていた。
「・・・忘れ物が多いな」
そんな中やっとアイリスの傷が塞がり切った。流れ出た血はどうしようも出来ないが、それが許容範囲内の出血ならこれでアイリスの体は大丈夫なはずだ。
そうアイリスの破けた服を隠すように上着を掛けようとしたのだが、何かに引っ掛かってそれが出来なかった。どうしたのかとゆっくりとその背中の何かに手を伸ばすと、さっきの巨漢が僕の背中に苗飛ばした鉈が刺さってしまっていた。
ここで下手に抜いても治癒できる自信は無いし、それで失敗したら僕が失血死してしまう。それを意識すると途端になんとか我慢できていた痛みが、僕の脳髄に襲い掛かってきていた。
「まぁ最後に人救って死ぬのも悪くないか」
父さんや母さんブレンダさんみたいに誰かを守って死ぬ。僕みたいな奴の死に方としては上等じゃないか。今まで僕を生かす為に死んでいった人達みたいに、僕もそうやって誰かを生かす為に死んでいく。世の中そんな風に回っているのかもしれないな。
「・・・・・・っと」
魔力が足りないせいか血が足りないせいか、はたまたその両方か。僕の意識はそこまで長く持つことは出来ないらしく、段々と遠のいて行ってしまった。
そして僕は背中が冷たくなる感覚の中、座ったままゆっくりと頭を地面につけた。
「今行きます」
僕の意識はその瞬間プツりと切れてしまった。
ーーーーー
俺は振り返りたい気持ちを抑えながら、必死に森の中を走り続けていた。
最後に見たあの傷だとフェリクスもかなり危ないのは明白だった。それなのにアイリスに治癒魔法を掛けようとするなんて馬鹿だ。言っちゃ悪いがあんな奴、命を張ってまで助けるべき人間ではないだろうに。
「・・・・・ッチ、クソが」
そんな考え事をしていたせいか、木の根に足を引っかけて転んでしまった。こんな重要な時だと言うのに自分は何をやっているんだ。そんな自分の無能さかはたまたフェリクスへの理不尽な怒りのせいか、俺はイラつきながらも再び立ち上がって走り出した。
そうやって森の中を走り続けていると、いくつもの松明の光がポツポツと見えてきた。その光達へと走っていると、その中の一つの明りが俺の目の前に現れた。
「アイリスは!?フェリクス君は!?」
その松明の光に照らされたのはヘレナ・フェレンツ少佐だった。だがいつもと違い明らかに取り乱した様子で俺の肩を掴んできていた。俺はそんな少佐に少したじろぎながらも、自分が走ってきた方向を指差した。
「あっちです!!!それに、、、」
俺が言い切る前に少佐は一緒に捜索していたであろう分隊員すら置いて、走り出してしまっていた。俺もどうしたらいいか分からなかったが、俺もそんな少佐に追いつこうと後ろを何とかついて行くと、雨なのか一瞬顔に水滴が当たった気がした。
そうして俺らは走り続けて再びフェリクスの元へと戻った。するとそこでは治癒魔法が間に合ったのかアイリスがフェリクスに覆いかぶさるようにして、泣きわめいているのが見えた。
「アイリス邪魔!!!」
だがそんな様子の妹でも構わず無理やりにどかすと、少佐はフェリクスの心音を確かめようと胸に耳を当てていた。
「まだ心音はある。私が治癒魔法かける」
「で、でもフェリクスほとんど魔力使い切って、、、、」
俺がそう言うとすると少佐に睨まれてしまった。だがすぐに少佐はフェリクスに視線を戻して俺に対してなのか呟いた。
「それは分かってます。でも今はやるしかない」
通常重度の傷の場合、被治癒者の魔力三割と治癒者の魔力三割と半分半分を折半しないと、治癒魔法は成功しずらい。上級者になればなるほど自分の魔力消費を増やして被治癒者の負担を減らせるが、そんな人材既に戦争で払底してしまっているはずだ。
だが目の前の人物は出来ると確信しているのか、既に治癒魔法を始めてしまっていた。
「こんな所で死ぬような人間じゃないでしょ!!!戻って来い!!!」
そんな血気迫った少佐の姿を見て俺は何も出来なかった。それどころかその時俺はふと湧き出るように言ってしまった。
「・・・・諦めろよ」
俺は人として言っても、思ってもいけない事を発してしまっていた。俺は今まで隠してみようとしてこなかった、自身の心の醜さに自己嫌悪に陥ってしまっていた。
ーーーーー
最初はフェリクスの事を所詮は冒険者だと思っていた。聞いたことも無い様な家名に、冒険者上がりの男。貴族の多い士官学校なら誰でも、軽蔑して軽視して相手にもしないだろう。かく言う俺もコンラートがちょっかい出さなければ、話しかけるつもりすらなかった。
でも関わる内にあいつは俺よりも上回る事の多い人間だった。俺の方が地位も高くて誰よりも勉学に励んで訓練だって一日たりともサボった日は無かった。でもそんな俺をあっさりと飛び越えるように座学の成績を上げ、実技に至っては最初から俺に勝ち目は無かった。
だから今でも正直嫌いだし気に食わなかった。ルイスの奴の態度も嫌いだがあいつの言うように身分の低い癖に調子に乗りやがって、そんな事を俺の心のどこかでは思っていたのかもしれない。
「まだ治癒魔法出来ない感じ?」
ある日補修の為グラウンドで待機していた俺に、フェリクスが放った言葉だ。本人的には俺を気遣ってたのだろうが、俺からしたら今の情けない自分に対する煽りにしか聞こえなかった。
でも俺は将来国を背負う人間だ。ルイスの奴みたいに、そう簡単に感情を出して他者に嫌われるような事をしてはいけない。だから軽くいなして断ろうとしたけどあいつはズカズカと俺に踏み込んできた。
それでも教えるって言うから渋々やってやると、すぐに治癒魔法出来るもんだから、悔しさや情けなさやそれどころか逆恨みまでしていたと思う。だからあの時は自分のそんな醜い感情を隠す様に、大げさに喜んでしまった。
俺の中ではただそんな汚い劣等感だけが大きくなるだけだった。ただ努力するだけではどうしても減らない、そんな劣等感を。
そんな中この野外訓練があった。正直またフェリクスと一緒かと嫌な気持ちになって、俺自身あまり話し合いに参加する事はしなかった。唯一したのはルイスとアイリスの仲裁ぐらいだろうか。
そして野外訓練の途中でもそんなつもりは無いのだろうが、フェリクスは隣の俺に見せつけるようにして部隊を仕切っていた。またここでも差を見せつけられているようだった。
だからだろうか。自分でもガキだとは思うが、変に拗ねてルイス達が勝手に森の中に行ったのも俺は止めなかった。どうせフェリクスがなんとかするんだろと、汚い期待からそう俺は放置したのだ。
でのそれがダメだった。ルイスのバカさには俺が一番知っていたはずなのに、俺が止めなかったせいでこんな事になった。洞窟での初めての戦闘も防戦一方で今にも逃げ出したかった。だからフェリクスが逃げろと言った時は真っ先に逃げた。その時錯乱気味に魔法を放っていたが、この時はフェリクスに当たる可能性なんか考えず、自分だけ逃げきれればいいと思ってすらいたと思う。
で、結果は目の前の光景だ。逃げ腰だった俺と違い、フェリクスは俺と違って最後まで他人の為に生きて戦い続けた。俺みたいな利己的で自己中心的な人間には到底出来ない様な事だ。またこいつは俺との差を見せてきてたのだ。
そんな自己嫌悪が繰り返される中、突然張り裂ける様な声が耳に入ってきた。
「何突っ立てんだ!!!」
視線の先では治癒魔法をかけている少佐が俺に向かってそう叫んでいた。なんで俺なんかに頼るんだ、そう後ずさりをしようとする俺を逃すつもりが無いのか、少佐を俺から視線を離すことは無かった。
「お前こいつに治癒魔法教えてもらったんだろ!!!!」
なんだよまたフェリクスかよ。俺はこんな時なのにそう思ってしまった。つくづく俺の中では汚い劣等感が育ってしまっているようだった。
そんな黙りこくってしまった俺を見てか諦めたように少佐は視線を落として治癒魔法を続けた。
その時フェリクスの体から抜いたのであろう、野盗の血まみれになった鉈が目に入った。あんな大きなものが刺さっていたのに、こいつは走り続けてアイリスに治癒魔法をかけたのか。
「・・・・ハッ」
乾いた笑いしか出なかった。ことごとく俺の持っていない物を見せつけられているようだった。
でもそれと共に俺が昔憧れた姿でもあると思ってしまった。
それは昔よく読んでいた冒険譚の英雄の話だ。常に先頭で戦いその武勇と知略で伝説になった男。数多の傷を負っても引かず、それでも仲間を守り通すその戦い方に幼いながら憧れていた。ありきたりな英雄譚だが、小さい頃の俺にとってはそれが眩しくてそうなりたくて努力を積み重ねた。
でも憧れは憧れにすぎず、結果俺の今の姿はそんな英雄とは真反対の姿だった。何事にも上はいるからとそれなりに諦めて、そのクセ他者への劣等感は一人前に持ち合わせている。
英雄って言葉はこんな俺より、今あそこで横たわってている男に相応しい言葉じゃないのか。
それで良いの?
グルグルと回り続ける思考の中、ふと俺の心で誰かがそう問いかけてきていた。
まだ間に合うんじゃないの?
うるさいと思ってもその声は俺の頭の中から消える事は無かった。でもその声の正体を俺はどこかで知っている気がした。
この本の英雄になるんじゃないの?
今更こんな俺に何でそんな期待を寄せれるのか。そう思ってしまう。でもそんな思考に反して、俺の中でその言葉は何度も繰り返され増幅して行った。
すると俺は気づくと視線を上げフェリクスをじっと見ていた。何が正解なんて分からない。でもここでただ立ち止まってフェリクスが死んでいくのを汚い感情を抱えて眺めていたら、一生俺は俺を認めれなくなる気がした。
俺はなりたい自分になる為に、身を挺して誰かを守る英雄への憧れを取り戻す為に、汚い自分を脱ぎ捨てようともがいてみる事にした。
そうして俺は一歩を踏み出す事が出来た。
次はアイリス視点の話です。




