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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第四章
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第六十七話 知りたい事


「はい、じゃあ今日は終わり。補修組はまた一時間後にここに集合」


 そうヘレナさんが告げグラウンドでの訓練が終わった。今日も変わらずアイリスとのペア訓練は大変だったけど、最近はもう嫌な事に慣れてしまった。逆にそれを見たヘレナさんが気まずそうな顔をしてるのが、申し訳なく感じてしまうぐらいだし。


「・・・・・はぁ」


 そんなため息が聞こえその方を見ると、皆が自主練や飯に行こうと思い思いに動き出したグラウンドの上で、ハインリヒは座ったまま眼鏡を外して項垂れていた。


「まだ治癒魔法出来ない感じ?」


 僕がそう聞くとハインリヒは、銀色の髪を垂らすように更に頭を下げてしまった。座学も運動も出来て器用な感じなのに、なんでこれだけ出来ないのか不思議だ。


「じゃあ時間あるなら、、、」


 一応中級までは治癒魔法使えるから何かアドバイス出来ないか、そうハインリヒの肩を叩いて言おうとした時。そんな僕に肩を組んでくる男がいた。


「今日もあんな奴の相手大変だったなぁ~。フェリクス~」


 イリーナが昔吸っていた煙の臭いを漂わせ、クラスメイトのルイスはアイリスを見てそう話しかけてきていた。それにその後ろを見ると、いつも一緒に居るお仲間5人もニヤニヤして僕を見ているようだった。


「いやぁー、的に当てれない僕が悪いからねぇー」


 コンラートによると大臣の息子らしいから、変に嫌われない方が良いらしい。実際アイリスはルイスの告白をいつもの毒舌で振ったら、ずっと粘着されてるらしいし。将来絶対人の上に立つだろうに、そんなので大丈夫なのか心配だが。


「いやいやあんな相手だと”元”冒険者のフェリクス君でも難しいっしょ~」

「あーそうかもね~」


 それにそもそも冒険者って職業自体偏見あるらしく、こうやって嫌味の様にチクチク言ってくる。まぁ貴族からしたら安定しない冒険者って野蛮に見えるだろうけどさぁ・・・。


「お~い聞こえてんだろ~!早く治癒魔法出来ないと進級出来ねぇ~ぞ~!」


 訓練が終わってからグラウンド端の倉庫にもたれ掛っていたアイリスに聞こえる様、大声で嫌味ったらしくそう言っていた。お仲間の五人組もクスクスと嫌な笑い方していて、嫌な集団って感じだった。

 

「・・・・ッチ、無視かよ」


 振られたからってそんな粘着しなくてもいいだろうに。そんなにプライドズタズタにされる振られ方でもしたのだろうか。


「お~いフェリクス~!」


 すると今度はコンラートが、救世主の様に手を振って僕らの元へ歩いてきていた。どうやらオットーとルードヴィヒも一緒らしい。


「・・・ま、いいか。じゃあな」


 何故かは知らないけど、ルイスはコンラートが苦手なのかいつも一緒に居たがらず、すぐにどこかに行ってしまう。コンラートに聞いても誤魔化されるから、貴族間でのいざこざでもあるんだろうな。

 そんな事を思っているとルイスは僕の肩から手を離して、五人組を連れて校舎へと戻っていってしまった。


「ありがと~助かったよ」


 そしてコンラート達が心配そうに来たので、僕は笑って拝めるように手を合わせた。


「お前も絡まれて大変だなぁ」


 そうコンラートが頭を掻きながら去っていくルイス達を見ていた。まだアイリスに何か言っているっぽい。

 だがその時ふとコンラートで思い出した事があった。


「てかコンラート補修は?」


 このメンツだと、僕とハインリヒ以外は座学の補修だったはずだけど。それにルードヴィヒに至っては、何科目も補修だしな。

 するとコンラートはオットーとルードヴィヒの肩を叩くと。


「俺とオットーは昨日終わったんだよ。・・・ルードヴィヒはまぁ半分は終わったからな!!」


 そう言われたルードヴィヒは更にクマを深くした目元で項垂れていた。いつもこんな感じだから、未だにあまり話した事が無い。


「でさ!俺らこれから夕飯いくけどどうする?」

「・・・・あー夕飯か」


 そう言えばみんな揃って夕飯食ったの最初の一週間ぐらいだったしな。それからは週ごとの試験で誰かしら落ちてたし。

 でもハインリヒはまだこれから補修なんだよな、そう思って項垂れたまま座るハインリヒの方を見ると。


「いや、俺の事は気にせず行きな。何とかなるさ」


 諦めたかのように姿勢を起こして天を仰いでいた。

 以前聞いたのだが、どうやら一週間後に野外訓練があるらしく、それまでに治癒魔法が出来ないと参加が出来ないらしい。しかもそれが必須の項目らしくて、今回のを逃すと来期の野外に参加する事になるから、実質進級が出来ないって事らしい。だからルイスもアイリスにあーやって煽ってたんだろうしな。


「ん~まぁいいや。僕は今回パスで。ごめんね」


 流石にハインリヒが進級出来ないのは可哀そうだし、僕が出来る事はしてあげたい。だからそうコンラートに断りを入れた。正直こう言えばコンラート達も、ハインリヒに手伝ってくれるかなとか思ってたけど、そんな事は無いらしく。


「おうそうか。じゃあまた明日な」


 それだけ言ってコンラート達も校舎へと戻っていってしまった。冷たいって言ったらあれだけど、もうちょっと何かあっても良いんじゃないかと思ってしまう。


「うし、じゃあやろうか」


 僕は気持ちを切り替えて、ハインリヒと視線を合わせるように屈んで目を合わせた。その目の前にあったハインリヒの顔は、毎晩遅くまで訓練か勉強してるのか、かなり疲れ気味でやつれていた。


「でも俺本当に出来ねぇぞ・・・・」


 そうまたハインリヒは視線を下ろしてしまった。まぁすぐに出来たからこれまで苦労してないって話だしな。

 でもそんな事言ってられないと僕は現状把握から始めた。


「じゃあどうやって治癒魔法が出来ないの?イメージが掴めないとか、魔力の通し方が分からないとか?」


 そう聞くとハインリヒは少しの間考え込んだ後、たどたどしくも話し出してくれた。


「・・・・・なんか自分の傷だと出来るんだけど、他人だと治癒魔法を掛けようとしても、魔力がこう・・散るっていうか・・・・力が籠めれないって言う感じていうか・・・」


 言語化はなんとか出来てるけど、その現象の原因まではつかめてないって感じか。じゃあ分からないなら実物を見ればいいか、そう僕はブレンダさんのナイフを取り出した。


「ん?ってお前!何やってんだ!!」


 そんな僕の突然の行動を見て焦るハインリヒを置いて、自分の腕に切り傷をつけて目の前に差し出した。自分の腕ならハインリヒの魔力の流れが分かりやすいしな。


「ほら、ここに治癒魔法かけてみて」


 僕は良いからと、そうハインリヒにやるように言うと、渋々と言った感じで治癒魔法を掛けようと両手をかかげてくれた。


「・・・・・っし」

 

 でもやるからにはしっかりやるつもりなのか、スイッチを入れるようにして、そう気合を入れると共に僕の傷口に魔力を込めだした。

 

 そしてその感触を逃さないように僕も腕の感覚に集中していた。


 ・・・・・確かに空ぶってるような感じがするな。それに自分の魔力だけで治そうとしてるから、僕の魔力と反発して上手く行ってない感じかな?

 これは一発で多分原因は掴めたぞ。後は教え方だけど、そこが感覚的な部分で一番難しいな。


「・・・やっぱ無理か」


 ハインリヒは力が抜けたように尻餅をついて天を仰いでしまった。こんな失敗を今まで何百回も経験してきたんだろうな。


「うーんっとさ。ちょっと僕の腕に魔力だけ流してみてくれない?」


 僕は傷口の血を拭くだけにして、ハインリヒに僕の腕を掴ませた。

 それを怪訝そうにしているハインリヒに向かって、僕は伝わりやすいように僕も腕に魔力を意識して流した。


「僕の魔力が流れてるの分かる?」


 僕がそう聞くとハインリヒは、うんと頷いた。ならばと僕は深さ一センチもない傷口を、更にナイフで少し深めに差し込んで指差した。


「ここの肉が無い部分にも魔力流れてるの分かる?」


 僕の行動に驚いていたハインリヒも、そう聞くと真剣に僕の魔力を感じ取ろうと眉間に皺を寄せ出した。


「あー確かに言われてみれば・・・・」


 よし、それが分かったなら次の段階だな。


「魔力って必ず肉体と連動してるわけじゃないのね。だから肉体が削られてもしばらくは、魔力がその肉体を記憶するようにそれがあった場所に留まってるんだよ」


 これは完全に僕の体感と経験、そしてブレンダさんの教えからの話だけど、多分間違ってはいない事だと思う。実際こうやって傷口で削られた所に魔力が流れ続けてるんだしな。


「でさ、治癒魔法はその留まった被治癒者の魔力を使って肉体を復元するんだよ。でもハインリヒは自分の魔力だけで治そうとしてるから、被治癒者の魔力と反発しちゃって上手く行ってないんだよ」


 長々と説明して分かりにくかっただろうか。でもこれならハインリヒが自分の傷口なら治癒魔法が出来る理由も説明可能だ。

 そう思いながらハインリヒを見ると、何度も頷きながら自分なりに今の話を咀嚼してくれているようだった。流石座学成績トップなだけあって、僕の至らない説明でも納得したようで視線を戻して僕を見てきた。


「じゃあどうやってその反発?ってのをせずに傷口を塞ぐんだ?」


 ならまた実践しようとハインリヒに僕の腕に魔力を流させたまま、僕は自分の傷口にゆっくりと治癒魔法をかけ始めた。


「こう魔力を傷口の上から被せる感じじゃなくて、周辺の健康な部位から被治癒者の魔力と混ぜるようにするの。で、そのまま傷口の外側からマ六を流し込んで、健康な所を伸ばすように治す感じね」


 ふんふんと頷きながら、ハインリヒは治っていく傷口を眺めていた。まぁ教本とはやり方は違うけど、ブレンダさん流のだし信頼性はある。


「じゃあハインリヒもやってみようか」


 もう一度ナイフで腕に差し込み傷を作ってハインリヒに差し出した。

 そしてそれをハインリヒが掴もうと腕を伸ばした時、その腕にいくつもの切り傷があるのが見えた。どうやら自分を実験台に何度も治癒魔法を練習していたのが分かる。

 まさに努力の跡だなって思っていると、ハインリヒは早速治癒魔法をかけるように力を入れ出した。


「・・・・じゃあいくぞ」


 ハインリヒが力を込めだすと同時に、僕の腕に魔力が流れ始めた。まだ腕全体に魔力が分散しがちで効率は悪いけど、言った通りに傷口周辺から魔力を流してくれていた。


「・・・・・っお」


 すると驚くべきことに、僕の視線の先では段々と僕の傷口が塞がっていった。そしてそれと同時にハインリヒの表情も段々と明るくなり、目を輝き始めていた。正直何回もトライ&エラーで練習かと思ったけど、やっぱり地頭が良いのか上手く吸収していたようだった。


「おぉぉぉぉ!!出来たッ!!!」


 いつも冷静な感じなハインリヒが、嬉しそうに両手を上げてそう声を上げていた。そんな反応をしてくれると僕まで嬉しくなってくる。

 そんな事を思っていると、ハインリヒは上げた両手をそのまま下ろして僕の両手を握ってきた。

 

「いや、本当にありがとな!!教え方上手いなフェリクス!!!」


 ハインリヒはそう僕の両手をブンブンと上下させながら、満面の笑みで僕を見ていた。


「ハインリヒが今まで頑張ってきたからだよ。切っ掛けになれて良かった」


 僕はそう言いながらハインリヒを落ち着かせた。でもまだ興奮収まらないようで、自分の両手を見て嬉しそうに噛みしめていた。


「・・・・・・あっ」


 でも僕はそんなハインリヒの向こうの倉庫にもたれ掛かるアイリスと目が合っていた。そういえばアイリスも補修組だから今のハインリヒの喜び方で、どうしたのか気になったのだろうか。そんな僕の視線に気づいたのかハインリヒも振り返って、アイリスの方を見た。


「・・・・あの子も俺と一緒でずっと上手く行ってないね」


 ハインリヒは案外悪感情を持ってないのか、心配そうにアイリスの方をそう言って見ていた。まぁある意味ずっと一緒に補修頑張ってきた仲間だろうし、思う所があるのだろうな。

 

 と、それは置いといて僕は立ちあがって、アイリスの方へ歩き出した。


「・・・・ん?行くの?」

「うん。どうせ拒否されるだろうけど、放っておく訳にはいかないしね」


 これはヘレナさんの為だ。これでアイリスが進級出来なかったら学校辞めそうだし、そうなるとヘレナさんの顔に泥塗られちゃうだろうしな。それは僕としても忍びない。

 そう、だから決してアイリスが心配とかそういう事じゃない。


「アイリス?」


 僕が向かってきていた事には気づいていただろうが、アイリスはグラウンド脇の倉庫にもたれかかって下を向いていた。


「・・・・何?」


 そう言ってアイリスは顔を上げると相変わらず睨んでくるし、刺々しい物言いだった。でもさっきも僕らを見ていたり、以前も部屋で治癒魔法の話を出してたりしてたから、もしかしたら誰かに聞きたい事があるのかもしれない。


「治癒魔法は出来そう?」


 お節介でしか無いのは分かってるけど、ヘレナさんから事情を聴いてしまった以上見て見ぬ振りは出来ない。

 だがアイリスはキッと僕を睨んで壁から背を離すと、どこかへと歩いて行こうとしてしまっていた。


「一週間の内に出来ないと進級出来なんでしょ?」


 僕はそう言って、逃げるようにどこかへ行こうとするアイリスの右手を掴んだ。


「・・・・うっさい。あと触んな気持ち悪い」


 アイリスはそう僕の手を振り払おうとするが、僕は力を込めてその手を離そうとはしなかった。

 それにアイリスの事だ。他人に治癒魔法をする練習なんて、手伝ってくれる人いなんだろうし苦労しているのは目に見えている。


「僕の腕使ってみない?練習出来てないでしょ」


 僕は手に力を入れアイリスを引き寄せて、至近距離でアイリスの三白眼を見てそう言った。だが、不愉快そうに眼を細めたと思うと、アイリスは。


「何偉そうに言ってんの。ちょっと成功したからって調子乗んなよ」


 それなりに距離はあったと思うけど、やっぱり気にはなって僕らの話聞いていたようだな。


「って事はさっきのハインリヒとの会話聞いてたんだね」


 僕がそう言うと、アイリスは舌打ちと共に視線を僕から逸らしてしまった。


「・・・・・・うっさ」


 でもこんな態度だが、聞いていた事は否定していなかった。使えるものがあるなら意地張らずに使えばいいのに、本当に不器用な人だなぁ。


「・・・・ほら、もう切っちゃったから治してよ」


 これ以上会話で説得は難しいと考えた僕は、勢いで押し切ってしまおうと考えた。だからアイリスから手を離してナイフを取り出すと、腕にさっきと同じように傷口を作った。


「ちょ、なに勝手に、、、、」

「ほら、いいから。早くしないと僕が貧血で倒れちゃうよ」


 グイグイと嫌そうな顔をするアイリスの方へと傷口を向けた。案外押しに弱いのか強めに拒んでこないし、これは行けそうかもしれない。


「お前っ、ほんとに意味わかんないって・・・・」


 もう一押しと僕はわざとらしく頭を押さえて、アイリスを見ながら棒読み気味に言った。


「あーなんか頭フラフラしてきたなー」

「・・・・・すぐにそうなる訳ないだろ」


 でもあと一歩が届かない。いつもより言葉に刺々しさは無くなったけど、どこかプライドなのか拘りなのか分からないが、何か邪魔しているのだろうか。

 だから僕は切り口を変えようと、一転真面目そうな顔を作った。


「僕に言われるの不快かもしれないけどさ、母さん病気でしょ?こんなとこで躓いていていいの?良い役職に就いてまともな治療受けさせたいんじゃないの?」

 

 後半は完全に推測だけど、アイリスの現状を考えたらそんな思考があってもおかしくない。でもデリケートな家族の話題に踏み込むことになるから、賭けっちゃ賭けだけども。


「・・・・お前に何が分かんだよ」


 だから一発殴られる事ぐらい覚悟して食いしばっていたのだが、僕の言った事が図星だったのかアイリスはそう弱々しく言っていた。

 もしかしてこの切り口ならもしかしたら行けるかもしれないな。そう思い少しだけ僕は自分語りをすることにした。


「実は家族は皆死んでるんだよね。たしか8歳の頃だっけかな?」

「・・・・・・・え?」


 すると興味を持ったのか、驚きからなのかアイリスは視線を戻して僕を見上げた。それに手ごたえを感じて僕は更に話を続けた。


「家族を失う悲しみも分かってる。だから今どんな気持ちでアイリスが頑張ってるのかも理解出来ているつもりなんだよ」


 アイリスのこれまでなんて断片的な事しか知らないから適当な事は言えない。でも家族を失う怖さや悲しみは人一倍味わってきたんだ。それと戦うアイリスの気持ちを理解してるって本人は言われたくないだろうけど、その苦しみが分かってるからこそ躓いているなら手を差し伸ばしたくなる。


「だから僕に手伝わせてくれない?」


 僕は改めて血の流れる腕をアイリスの目の前に差し出した。


「・・・・・・理解出来るからなんだよ」


 アイリスはまた視線を鋭くしてそう言っていた。これでも駄目か、そう思って諦めかけていたら突然アイリスが僕の腕を取った。

 

「お前の同情はいらない。でも使わせてくれるなら使ってやる」


 ・・・・まぁ想定とは違ったけど練習してくれる気になったなら良いや。やっぱこの子の感情の動き方は全く想定できなくて大変だな。

 するとすぐに始めるらしくアイリスは僕の肩を掴んできた。


「クソ姉貴が来るまでだからな。早く座れ」

「はいはい。ゆっくりね」


 ヘレナさんの事そんな呼び方してるのか。そう主ながら僕が座ると、アイリスは急ぐように早速治癒魔法をかけ始めた。どうやら僕のアドバイスなんていらず、練習だけ出来ればいいらしい。


「・・・・・・ッチ」


 でも案の定失敗してた。

 さっきのハインリヒのアドバイスを聞いて無い振りをしたいのか、わざと傷口を上から押さえつけるように魔力を流し込んでいた。まぁ一応それが教本どうりで効率的だけど、難しいんだよな。僕もそのやり方だとあんまり出来ないし。


「周りからゆっくり馴染ませるように、、、、」


 そう一応役に立てばとアドバイスしようとしたのだが、集中したいのかアイリスは声を荒げていた。


「分かってるから!黙ってて!!」


 集中するように傷口に顔を近づけて、もう一度治癒魔法にトライしていた。どうやら自分の力で成し遂げたいらしいから、邪魔はしない方が良いか。

 そんな事を思っていると再び僕の腕にアイリスの魔力が流れ始めた。どうやら最初は教本のやり方でやろうとしただけらしく、今度は僕の言った通り周辺にしっかり魔力を流しているようだった。


「・・・・・ッチ。もう一回!!」


 今回は流しすぎて周囲に魔力が分散してしまっていた。こういうのがあるから、このやり方教本ではおすすめしてないんだろうな。それにこっちの方が消費魔力も多いしな。


 そしてそんな悪戦苦闘するアイリスを見ながら続く事五回。その時は来た。


「やった!出来た!!!」


 僕の傷口が狭まると共にアイリスが姿勢を起こして、珍しく笑顔でそう言っていた。 

 こんな明るい顔も出来るんだな、そう少し驚いてアイリスの顔を見ていると、すぐに焦ったようにいつもの仏頂面に戻ったかと思ってしまった。


「・・・・・ありがと」

 

 いつものトゲトゲしい言葉が来ると身構えたけど、そんな事は無かった。それどころか恥ずかしそうに視線はそらしてたけど、アイリスはそう素直にお礼を言ってくれた。本当に貧血なのか頭がフラフラしだしてたけど、なんだかんだ成功してよかった。


「うん、お役に立てて良かったよ」


 そう僕が言うと同時に鐘の音が鳴ってヘレナさんがグラウンドに現れた。


「補修開始するから集合しろ!!」


 その言葉にアイリスは、最後に僕にペコっと少し頭を下げたと思うと走っていった。

 案外礼儀正しかったりするのだろうか。・・・・・いやただ単に普段からの落差のせいか。


 そうしてグラウンドに集まるハインリヒやアイリスを尻目に、僕は満足げに自主練をしに向かったのだった。


ーーーーーー


 私ライサは広場の入り口で、エルシアちゃんの帰りを待っていた。

 なんで今日帰ってくるのが分かるのかって言うと、前に食料を運び込みに来た盗賊の心を読んだからだ。それにそこでフェリクスの事も・・・・。


「・・・・・なんで」


 私にも言ってくれればいいのに、なんでエルシアちゃんが黙って行ったのかが分からない。別にやましい事が無いなら言ってくれればいいのに。私が心を読んでも分からなかったって事は、わざと私の前で考えないようにしてたって事だし。


 それにまだ断片的にしか分からないけど、エルシアちゃんはフェリクスを殺そうとしてる。理由は良く分からないけど、「殺せばリセットしてやり直せる」私が聞いた時は隠そうともせず、当たり前のようにそう言っていた。

 でも流石に冗談だと思ってた。いや冗談と思おうとしてたけど、何故かエルシアちゃんだけでフェリクスの所に、行くってなると私の不安は更に増幅され渦巻いていた。だからここで全部私の知りたい事に応えてもらって、私の不安を払しょくしてもらう。


 そんな事を思っているとコツコツと二人分の足音が聞こえてきた。そんな足音に向かって私は小さく呟いた。


「最初っからそう」


 いつも私の知らないフェリクスを知ってるし、私より近い所にいる。そのくせ殺そうとしてたり意味の分からない事を言い出す。

 それに前の世界ではとか、やり直すとか、この世界は捨てだとか、私たちを何だと思ってるんだよ気に入らない。最初はフェリクスに秘密にしてって言うから従ってたけど、こんな事になるなら打ち明けて相談しておけば良かった。


 そんな後悔や疑念が渦巻く中。暗闇の中から銀色の光が反射したような気がした。


 




 



 

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