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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第四章
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第六十六話 それぞれの想い


 士官学校に入校してから一か月が経った。入校して最初の週こそ色々あったけど、最近は朝練座学訓練と決まったサイクルでの日常が繰り返されるようになってきた。未だにエルシア達やイリーナの事も気にはなりするが、今はとりあえず目の前の事を頑張ろうと僕は図書館で自主学習をしていた。


「・・・・・・うん、なるほど」


 魔術師は割と突破に使われることも多いのか。でもその時に衝撃力を継続する必要性があるから、相手に比べて優勢な戦闘力が無いと難しい。それに防御をする敵に無理押しで攻めるから、損害も多いので望ましい攻勢手段では無いと。


「・・・・むっず」


 パラパラとページをめくってみるが一つの戦術でも色々覚える事が多いし、単語自体馴染みがなくて難しい。今僕がやってる範囲も皆は前期にやってる基礎的な内容らしいし、ここで躓いてたらだめたな。

 

 でもそれにしても魔術師の扱いが分からないな。今の所教本を読んだ感じ戦場の主力にはなりえないけど、便利屋みたいに色んな場面で有用みたいな。あ、でも長期戦になりやすい陣地防衛は魔力量がすぐ切れる魔術師は役に立たないのか。一応ここは大事そうだし線引いとこ。


「・・・・・・・腹減ったな」


 僕は丸まった背中を伸ばすように椅子の背もたれに体重を掛け、椅子をカタカタさせながら時計を見た。


「8時か」


 訓練そのままタオルで汗拭いてから図書館で勉強してたけど、もうそんなに経ってたのか。ならもう少しキリの良い所までやって飯食うか。コンラート達は座学と訓練で、それぞれ補修食らっててどうせ一人だし。それにそろそろあの人が来る頃だし・・・・。


 そうして僕は筆記用具を片付けて、席を後にすると図書館の入り口にそのある人が見ていた。


「・・・・・・」


 そこで入館手続きをしていたのは、風呂に入ってきたのか髪が少し湿っぽくなっていたアイリスだった。普段決まったようにこの時間に図書館を使いだすから、なんとなく気まずくて代わるように僕は図書館を出るようにしていた。まぁ気にしすぎかもしれないが、変に絡まれて喧嘩したく無いしな。

 僕はそう少しだけ気構えながらアイリスとすれ違って、その時チラッと睨まれた気がしたが何事も無くそのまま食堂へ到着する事ができた。

 

 さっきはアイリスに合わせたみたいな言い方をしたが、この時間は上級生が訓練で同級生が夕飯を食べ終わったタイミングだから、比較的食堂が空いているのだ。ゆっくりと飯を食えるだけでもこういう生活のサイクルをするメリットがある。


「ありがとうございます」


 早速食堂のおばちゃんからプレートを受け取ると、どうやら今日の夕飯は魚のムニエル的な料理らしかった。食堂はサイドメニューも多いしお代わり自由だから、もう一般の飯屋には戻れないかもしれない。

 

 僕はそう逸る足取りと腹の音を抑えて、席に座ろうとすると後ろから突然声が聞こえてきた。


「お、フェリクス君じゃん。夕飯遅いね」


 振り返ると仕事終わりなのか疲れ気味に目を細めたヘレナさんが、僕と同じようにプレートを持って立っていた。


「あ、お疲れ様です。そっちも遅いですね」


 僕らはそのままなんとなく向かい合って二人席に座った。どうやらヘレナさんの話を聞くに、今の時間までコンラート達の補修訓練に付き合ってくれてたらしい。僕も個別でハインリヒに治癒魔法を教えてるけど、中々苦戦してるし補修させる側も大変だろうな。


「・・・はぁ。てか私の妹が色々ごめんね」


 そうヘレナさんは疲れた表情と共に、前髪を掻き分けて目を伏せてしまっていた。まぁヘレナさんの前でもお構いなしに、アイリスは変わらず自分中心だったしそりゃ気にもするか。

 でもヘレナさんはこうやってアイリスの事気にかけているっぽいけど、姉妹仲は大分悪そうに見えるけどなんでなんだろうか。


「ヘレナさんとアイリスさんって何があったんです?」


 聞いてもいいのか躊躇いながらも気になってそう聞くと、ヘレナさんは気まずそうにして頬を掻いていた。でも少しの間の後に私目線の話だけど、と前置きをしてから話し始めてくれた。


「君が責任感じてほしくないんだけどさ、多分私があの盗賊に負けたせいなんだよね」


 そうヘレナさんが言ってくれたけど、突然僕のいた盗賊の話が出て体が硬直する感覚を覚えた。


「あの時負けてさ。そこで死んだ部下には、私と同じ地区に住む子がたくさんいたのね。だからその私が死なせた部下の遺族の怒りはアイリス達私の家族に向いちゃったの」


 つまり僕らがあそこで戦ったせいで、ヘレナさんだけじゃなくその家族までに迷惑をかけてしまっていたのか。つまり今のアイリスの現状も周り廻って僕の責任でもあるのか・・・。


 そう目線を伏せて考えてしまっていると、突然額にペチッと痛みが走った。


「ほらやっぱり気にしてる。それもこれも君を攫った盗賊が悪いの。背負わなくていい責任まで負うなんて馬鹿のする事だよ」


「は、はい・・・・」


 以前みたいにヘレナさんは殴ってくるのではなく、デコピンだけで済ませてくれた。こう言ってくれてるし、話の腰を折らない為に僕も表面上だけでも気にしないようにしないと。そう思いヘレナさんの話の続きを催促した。


「それでね。うちの母がそれが原因かは分からないけど病気になっちゃったの。でもその効くかも分からない薬も高いし、私も給料をしばらく部下の遺族の人にお金を支給してたから、元々貧乏貴族だった私の家だとかなり苦しかったの」


 だから前はカールの店で買い物した時も、お金の事を異様に気にしていたのか。じゃああの時に店に誘ったのは申し訳ない事してたのか。


「で、私が部下の遺族にお金渡してたのって、うちの家族が嫌がらせを受けないためでもあったの。でもアイリスからしたら、母親の高い薬にはお金は出さないくせに、なんで自分らをいじめるやつらに金を出すのかってね。それぐらいからかなアイリスがトゲトゲしくなったのは」


 ヘレナさんのやってる事も正しいし、アイリスの言いたい事も分かる。てかそんな理由があったからアイリスは、あんなに必死になって値引きしてたのか。

 それに確かあの薬って銀貨一枚だから僕の給金とほとんど一緒だし、アイリスって給金の全部を母親の為に回しているのか。


「まぁ私の稼ぎが少ないせいだし、あの時は私も荒んでて強く当たってアイリスに寄り添ってあげれなかったの。だからお金を稼ぐために体壊してまで色々日雇いやってたアイリスに、償いって言ったら偉そうだけど私がこの学校に推薦入学させたの。それなら入学金も免除だし、ここ給金も一般よりいいでしょ?」


 アイリスにそんな事情があったのか・・・。貧乏なんだろうなぐらいの認識でしか無かった。

 でも今考えるとどうりで部屋の小物も少ないし、あそこまで身を削って頑張っている理由もよく分かる。そういう背景を知ると、中々アイリスの事を悪く思いずらくなってしまうな。本人はこういう同情なんて要らないのだろうけど。


「ま、私の言い訳はこんな感じかな。あんまり本人に今の事言わないで上げてね?家族の事は家族の私が何とかするからさ」


「はい、それは分かってるつもりです」


 他人でアイリスの苦境の原因の一部である僕が、首を突っ込むわけにはいかない。それぐらいわかってるし、僕が何を偉そうに言ってもアイリスの現状を改善させる事は出来ないしな。


「でも妹が色々迷惑かけると思うけど、それは本当にごめんね」


 そう両手を合わせて謝罪すると、ヘレナさんは冷めかけた夕飯を急いで食べ始めた。どうやらまだやるべき残業があるらしい。


「じゃ、明日もがんばって。またね」


 ヘレナさんがいそいそとプレートを持って立ち上がると、カールの店で買った匂いがした。どうやら気に入ってくれたらしい。

 そんなヘレナさんがプレートを返して食堂を出るのを見送ってから、僕も夕飯を食べて風呂へ向かったのだった。


ーーーーー


「ふぅ~いい湯だった」


 途中偶々補修終わりのハインリヒと会って、湯船で一時間丸々話し込んでしまった。大体補修の愚痴だったけど、どうやら治癒魔法はまだ使えなくて明日も補習らしい。だからまた僕が時間ある時に教えてあげる約束をしてあげた。


 そうして風呂を上がった後、僕はハインリヒと別れて部屋に戻っていた。アイリスはまだ図書館で勉強しているから、この時間は基本的に僕は部屋に一人だ。というかアイリスいつも深夜遅くまで図書館にいるから、次の朝までにアイリスの姿を見る事は少ない。


「・・・うっし、やるか」


 僕も負けてられないと、教本を開いて勉強を始めた。最近は冬が近づいてきて寒いけど、防寒設備なんてものは無く重ね着をして耐えるしかない。蝋燭の光だけがこの部屋の温かみだ。


 そうして3時間ほどだろうか。勉強を続けていると突然部屋の扉が開かれた。振り返ると、どうやら珍しくアイリスが勉強を終わらせて部屋に戻ってきたらしかった。


「・・・おかえり」


 アイリスと目が合った以上無視するわけにはいかず、そう言うがアイリスは返事代わりにまた僕を睨んできた。そしてすぐにプイっと僕から視線を外すと、自分の机にコツコツと足音を立てて向かって行ってしまった。まだまだ部屋で勉強は続けるらしい。

 そう認識して僕が再び勉強に戻ろうとすると。


「・・・・治癒魔法」


 聞き間違いか、この部屋で一か月振りにアイリスの声が聞こえてきた。そのせいか反応が遅れて何を言ったか聞き取れなかった。


「え?なんて言った?」


 僕がそうもう一回言ってくれとアイリスを見ると、それでイラついたのか声を荒げて。


「治癒魔法!!出来るでしょ!!!」


「あ、うん。まぁそうだけど」


 気圧されながらもそう答えた。確かハインリヒによると、アイリスも治癒魔法が出来なくて補修組になってたんだっけか。あぁだからさっき食堂でヘレナさんがアイリスの話題を出したのか。

 

 だがそれ以上何をしたいのか分からないけど、なぜかアイリスはキレたまま僕から背を向けてしまった。

 

「・・・・・やっぱいい」

「はぁ・・・・?」


 結局何が言いたかったのだろうか。まさかあのアイリスが僕に教えを乞いにくるとは思えないし、ただの確認だろうか。・・・・でも母親の事もあるし本当にそう言う可能性もあるのか?

 そう思い僕から確認しようと再び視線を向けると、アイリスは机に向かって、当てつけのようにペンの音を立てながら勉強を再開していた。


「・・・・意味分かんね」


 そう聞こえないようにボソッと呟いて、まぁいいかと僕も再び机に向かって勉強を始めた。

 でも視界端に見える蝋燭で照らされたアイリスの横顔は、どこかいつもより切羽詰まっているように見えたのだった。


ーーーーー


 私は1ヶ月をかけて見慣れた洞窟へと戻ってきた。正味このジジイは何回会っても同じ様に意味分からないから、この一か月の旅はかなり嫌だった。


 だがそれもやっと解放されたと思っていた私を待っていたのは、更に嫌で面倒臭い事だった。


「ねぇエルシアちゃん。どこ行ってたの」


 お迎えでもしてくれたのかと思ったけど、何やらご立腹の様子のライサが立っていた。相手をしなくてもいいんだけど、こいつ心読めるから鬱陶しいんだよな。偶に先回りして答えてきてうざいし。


「わざわざ悪口どうも。で、どこに行ってたの」


 こいついっつもフェリクスの事になるとうるさいんだよなぁ。王子様の迎えを待つ悲劇のお姫様にでもなったつもりかよ。私だってお前なんかの何倍も苦しんでるし、いつもは私たちの邪魔する癖にこんな時に限って気持ち悪い。


「今日は随分敵意を隠さないんだね」


 盗賊のジジイの方を見ても、面白そうに遠目に眺めているだけだった。まぁあいつはフェリクスにしか興味無いだろうし、興味本位で聞いてるだけだろうな。そのフェリクスもいつか私が殺すのだけども。


 そんな事を思っていると、それが気に障ったのかライサが距離を詰めて襟元を掴んできた。


「いっつも思ってたけどさ!!何なのその態度!?別にお前の事情は知らないけど、私にとってはこれで終わりの世界なの!!お前と違って次は無いの!!!」


 うわぁそう言う事言うか。あのジジイの前でそう言う話すると、変に興味持たれるから嫌なんだよなぁ。今までは黙ってくれてたのに、精神安定剤のフェリクスが居なくなったせいかな。

 そんな事を思っていると図星だったのかライサは、私の襟元を掴んで壁際に追い詰めてきた。


「ッチ、お前は本当にッ!!」


 あ、やべ。珍しく怒ったな。そんな髪の毛を逆立てなくても良いのに。

 最近は偉そうにお姉さん面してたけど、やっと化けの皮がはがれていつもの情緒不安定なライサに戻ったな。この方が私にとっては見慣れたライサだけど。


「私は私だよ!!知らない私の話はするなッ!!!」


 全部心読んで返事するじゃんこいつ。知らない私って言われても、別に私にとっちゃお前が外れ値みたいなもんだし。


「まぁまぁ二人とも落ち着きなって」


 そうしていると珍しく頭のジジイが私たちの間に介入して、無理やりに距離を離してくれた。いつもはいらない事しかしないクセに、偶には役に立つらしい。


「フェリクスは元気そうにやってたよ。あの感じライサちゃんの事なんて微塵も覚えてないんじゃないかな?」


 私はそれだけ言って寝室に歩いて行った。後ろでジジイに抑えられたライサがキレてたけど、やっぱフェリクスの事になると単純だなぁ。そんなにフェリクスと会いたいなら、自力で脱出する根性ぐらい見せればいいのに。

 そんなただ耐えて待っていればいつか誰かが助けてくれる。そんなあいつの心根が私には心底気に食わなかった。


「お姫様気取りかよ」


 手に入れたい結果があるなら、何度苦しんだとしても自分で動かなきゃ手に入らない。それも分からないガキの相手なんかしている暇は無い。


「・・・・ほんっと気に食わねぇ」

 






 

 

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