表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第四章
65/149

第六十四話 再会


「何話してた?」


 ヘレナさんとの会話を終え僕が部屋に戻ると、いつもは一切話しかけてこないアイリスが突然そう問いかけて来た。そうやって机に手を当てて僕を見るアイリスは、見るからに不機嫌って感じの雰囲気で下手な事言うとまた面倒臭そうな事になりそうなのは明白だった。


「・・・・まぁ妹を頼みますみたいな事言われたよ」


 さっきのヘレナさんとの会話をそのまま話すわけにはいかないので、一番ありそうな当たり障りのない言い訳を選んだつもりだった。

 だがその返答がダメだったのか、アイリスは机の上にあった紙をクシャッと握ると。


「・・・・今更姉貴面かよ」


 何か二人の間にあった事を察するのは、アイリスの怒気に満ちた表情を見れば容易かった。でもそんな事ただの他人である僕が聞けるはずも無く、ただ気まずい沈黙が部屋の中に流れていた。


「二度とあいつの話私の前でしないで」


 アイリスはくしゃくしゃにした紙を綺麗に伸ばすと、それだけ言って教本を手に僕のすぐそばを通り抜けて行ってしまった。


「・・・そもそもその話を出したのそっちでしょ」


 閉じられた扉を目の前にして、そう僕はぽつりと不満を漏らしたのだった。


ーーーーー


 それから三日が経った。その間は基本座学でヘレナさんが出てくることは無かったけど、今日はグラウンドでヘレナさんが訓練をしてくれるらしく、昼食後に僕らは集められていた。


「じゃあ、とりあえずペアで柔軟から始めようか。今日はかなり体動かすから入念にね」


 僕らの前に立つヘレナさんは軍服ではなく軽装になっていた。

 そして、そのヘレナさん言うと共に各自教本通りの柔軟を始めた。一人じゃ出来ないのもあるから、ペアとの協力が必要なのだが・・・・。


 アイリスの方を見ると僕とやるつもりはさらさら無いのか、既に一人で柔軟を始めてしまっていた。


「ま、ばれないか」


 まぁまともなペア行動はしてくれないと、この一週間で身をもって知ったしな。そう諦めて僕も一人で柔軟を始めたのだが。


「そこ、ちゃんと教本通りにやりなさい」


 やっぱりと言うべきか、ヘレナさんに目を付けられてしまった。まぁ妹がいれば常に様子ぐらいは窺っているだろうし当たり前か。


「じゃあ、アイリス、、、、」


 僕がそう声を掛けようとすると、アイリスは立位前屈をしながらもすごい嫌そうな顔をして睨んできていた。そんなに隠そうともせず嫌がられると、僕としても傷つくしやりたくないな。てか体柔らかいな。

 

 そんな事を思っていると、アイリスは渋々と言った感じに姿勢を起こして僕の元まで歩いてきた。


「・・・ッチ、早く終わらせるよ」


 僕は足を開いて長座体前屈をしていたのだが、アイリスが僕の背中を触ったかと思うと急に力を入れてきた。手伝ってくれるのは嬉しいが、背筋伸ばしとかそっちをペアでするのだが・・・。


「ちょ、ちょっとまって、これ一人でもいい奴だよ?それ以上はまずいから!ねぇ!!まずいって!!」


 地道に柔軟を繰り返してはいたが、正直僕の体はそこまで柔らかくない。だがそんな限界を突破するように更にアイリスがグーっと体重をかけて押してきていた。


「固すぎでしょ」

「そう!!固いの!!又が裂けるって!!!ねぇ聞いてる!?!?」


 加虐思考でもあるのか叫ぶ僕を見て、フッと笑うとアイリスは更に力を込めてきた。もうこの時の僕は声にならないような叫びをあげていたと思う。


「何やってんだお前ら。柔軟もまともに出来ないのか」


 ヘレナさんの声と共に影が僕の頭上にかかっていた。いつもの優しい雰囲気を纏ったヘレナさんとは違い、明らかに声のトーンも低く怒っているのが地面を見ていても伝わってきた。


「ケガに繋がるからしっかりやれ。教本通りにすら出来ない奴が、実戦で役に立てると思うなよ」


 すると僕の背中を押す力が段々と弱まっていった。流石に姉からの叱責は聞いたのかと、僕はアイリスの方へと振り返えると不満そうに顔を伏せていた。


「・・・・母さんに顔すら見せてないくせに」


 上手く聞こえなかったが、明らか不満そうに何かボソッと呟いていた。それはヘレナさんも何か聞こえていたようだったが、特に反応することも無く他のペアの所へと向かって行ってしまった。


「まぁ普通にやろうか」


 僕らは気まずい空気の中柔軟を再開して、それが終わるまでアイリスは一切喋る事は無かった。

 

 そしてその間僕はと言うと、アイリスとヘレナさんの姉妹間の確執について考えていた。

 事情も知らない僕が勝手に何言ってんだって感じだけど、家族っていつ居なくなるか分からないから、わだかまりがあるなら一度は後悔しないように面と向かって話し合って欲しい。それで無理なら無理でそれは家族と言う間柄では、どうにも出来なかった関係だったって事だしな。


「ま、それに本人達次第だし首は突っ込むつもりは無いが」


「・・・・なにブツブツ言ってんの。キモいよ」


 そんなアイリスの毒を僕は無視して、改めて列に並び直すとヘレナさんが今日の訓練の内容を説明しだした。


「まず自分の魔力の7割を使い切るまで石魔法であの的を狙ってもらう。七割な理由は分かるな?」


 確か治癒魔法の事を考えて3割は残ってないと、重症の場合に魔力不足で治癒できないんだっけか。大分前にブレンダさんに教えてもらったけど、そこの常識は変わってないらしい。


「基本魔力が減ると心肺機能及び筋力も落ちる。だが戦場で数分戦えばお前らの魔力なんざすぐ無くなってしまう。だからその状態での戦闘に慣れるために、魔力が減った状態でランニングと剣術訓練をしてもらう」


 これもこの一週間の座学で教えてもらった内容だった。理由までは分からないらしいけど、実際3割を切ると人によっては気絶したり、痙攣しだしてしまうらしい。僕はブレンダさんの言いつけ守って3割は切った事がほとんどないから、どういう感じなのか分からないけど。


「じゃあ各自はじめ」


 一応今回も記録は取るらしく傍にいた教官に記録用紙を何枚か貰って、以前の様にアイリスが先に訓練を始めた。

 そして今回のアイリスの結果はというと三十六発中二十七発命中だった。


「最後の方は大分外れちゃったね。もう少し風向きを意識した方が良いかもね」


 僕が要らない事かなと思いつつも、そうアドバイスしてみるが。アイリスは僕から記録用紙を奪い取るとさっさと的の向こう側へと行ってしまった。でもアイリスは七割削れと言われて、30発以上をかなりの威力で飛ばしてたから大分魔力があるのが分かる。


「って皆終わりかけてんじゃん」


 周りを見るとアイリスが長すぎたせいか、ペア二人そろって終わってしまっている子もちらほら見え始めていた。僕も多分魔力多い方だし、最後に残って目立ちたくないため急いで訓練を始めた。


 そして二十発撃ち終わった頃。多分命中率は六十パーセント行くかどうかだった。前よりは命中率が高いのは良い事なのだが・・・・。


「やりずらぁ・・・」


 皆終わったようで各自座っていて、今グラウンドで立っているのは僕とヘレナさん達だけだった。持久走で最後まで残ってた子ってこんな気持ちだったのだろうか。


 そんな事思いながら三十発撃ち終わった頃。風もやんだおかげか一発外しただけでほとんど的に当てる事が出来た。魔力は多分まだ残ってるからあともう少し行けると思う。


 そして最後に三十八発目を撃った時。貧血の症状みたいにフラッとし始めたので、この辺が終わり時かと終了の合図を出した。それを見て最後まで律儀に記録を取ってくれていたアイリスが戻って来て、記録用紙を雑に渡して来た。


「長い。あと外したのは記録取ってないから」


「はいはい。ありがとう」


 外した記録こそ修正するために欲しいのだけどなぁ。

 そんな事を思っていると再びヘレナさんの張り上げた声が聞こえた。


「想定以上に時間がかかったから、残り時間は終わるまでランニングをする!!」


 時計を見るとまだあと一時間はありそうだった。僕らはこの状態から二十キロ弱をこのグラウンドで今から走らないといけないらしい。

 

 そうして言われた通りに走ると、確かに意識が浮ついている気もするし足がいつもより重い気がした。

 そう言われたから思い込んでいるだけかもしれないけど、皆明らかいつもよりペースも遅いし本当なのかもしれない。でもヘレナさんと教官が見張ってるから、それ以上下手にペースを落とせずかなりきつかった。


 そして走っている内に鐘が鳴ると訓練は終わり、ヘレナさんも用事があるのかすぐにどこかへ行ってしまった。

 僕もコンラート達の誘いを断って外出届を出しに事務局へ行って、その日は飯食って風呂に入ったら勉強もせず泥のように眠った。


ーーーーーー


 そして次の日。

 僕は片頭痛なのかジンジンする頭を押さえながら、久々の街へと繰り出していた。楽しみな日に限って体調が悪いのはやめて欲しい。

 それはそうと今日の目的はカールの薬草屋と日用雑貨の買い出しだ。

 

「久しぶり~」


 そうして日用雑貨を買い終わり薬草屋へと入ると、いつものように濁ったガラスから入る太陽光と、色々な薬草やアロマの混じりあった匂いが全身を包んだ。そしてその奥の店頭で暇そうに頬杖を突いていたカールも見つけた。


「お、久しぶり。学校どう?」

「まぁぼちぼちかな。・・・あっ!でも聞いてよ!」


 僕は早速学校でアイリスとペアで同室になった事を愚痴っていた。それの苦痛は店員として対応していたカールにも分かるようで、話を聞いていく内に明らかに苦い顔をしていた。途中アイリスが入ってこないか怖かったけど、カールによると一か月に一回しか来ないからまだ大丈夫らしかった。


「それっていつまで?」

「まぁ多分向こう半年は変わらないかなぁ」


 もしかしたら卒業まで同じな可能性もあるが。

 と、これでアイリスの話は終わりそれからは機密に漏れない範囲で学校の話や、カールの最近あった事の話を聞いていた。


「そうそれにさ、最近綺麗な銀髪の女の子が来るんだよね。王族だったりするのかね」

「へぇー銀髪って珍しいね」


 僕も今まで冒険者やってたりして、色々な街に行ったけど銀髪の人は中々見たことない。昔ブレンダさんに聞いた話によるとエルシアは違うけど、割と高貴な血の人に銀髪の人が多いらしい。だから一般にはあまりいない髪色だから、それこそ本当にお忍びでこの店に来ているだけかもしれないが。


「それに色々アロマとか買って行ってくれるから、ありがたいんだけどね」

「常連出来て良かったじゃん」


 アイリス以外だとごくたまにおばさんの客がいるぐらいで、普段は僕とカールの二人しか店内にいない事の方が多い。経営どうやってしてんだとは思うが、なんだかんだどこかで儲けているらしい。


「で、俺の目の前の常連さんは何を買ってくれるのかな?」


 そんな事を考えていると、カールが僕を指差して来た。もちろん話に来ただけじゃないので僕は、いくつか欲しい効果をカールに伝えた。


「リラックス効果に集中力あげるやつね。分かったちょっと待ってて」


 リラックス効果のアロマは、それで少しでもアイリスが落ち着いてくれという切実な理由だった。それであの性格が収まるとは思えないが気休めだ。

 

 そうしている内にすぐカールは何本かの遮光瓶を持ってきてくれた。


「これがリラックスと安眠。で、こっちが集中力とリフレッシュ効果のある奴」


 少しだけカールが匂いをかがせてくれたが、柑橘系だったり花みたいな良い匂いがしていた。値段は少し張るが、こういう所でしかお金を使う機会も無いので僕は即決でそれを買った。


「まいどありー。いやぁ値段でごねられないと楽だね」

「ごねたら値引きしてくれんの?」


 僕がそう言葉尻を捕らえるように突っ込むと、カールは少し苦い顔をしていた。


「やめてよ。君までそうなった店畳むよ」


 カールにとっては本当にアイリスのあれが迷惑らしい。まぁ経営側からしたら値引きする理由なんて、付き合い以外でほとんどないもんな。


「ごめんごめん」


 僕はとりあえず手を合わせてカールに謝った。そしてその後もだべっていると夕日が傾いて来たので、僕はカールに挨拶してから店を出た。


「今日も良い買い物したな」


 歩きながら覗いた紙袋にはさっきのアロマと日用雑貨が色々入っていた。これで生活の質が色々上がりそうだ。

 そう思って顔を上げて、建物が所せましと並んだ狭い通路を左に曲がった。すると誰かが同時に向こうから歩いてきていたのかぶつかってしまった。


「あっすみません。大丈夫ですか!?」


 僕が転ぶことは無かったが、相手方の女の子は転んで尻餅をついてしまっていた。だから手を差し伸べて、起き上がらせようとしたのだけど・・・。


「・・・エルシア?」


 ヘレナさんの話だと盗賊の所にいるはずのエルシアがそこに座り込んでいた。そのせいか長く伸びた銀髪が地面に散らかっていた。

 僕はそんなありえるはずの無いその光景に、差し出した右手が固まって動けないでいた。だがエルシアは僕の手を取る事無く一人で立ち上がると、僕を真正面から見てきた。


「久しぶりだね。外は楽しい?」


 そうやって僕を見るエルシアは、風で揺られる髪が西日に照らされてとても綺麗だった。でもそんな神々しいとも言える光景とは裏腹に、エルシアの表情は一切動くことのなく目は暗く沈んでいた。

 





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ