第六十一話 1人の夜
士官学校の学生としての一日を終えた僕は、コンラートと一緒に宿舎へと向かっていた。流石にそこまでの軍全は無くコンラートと相部屋ではなかったけど、同じ階ではあるらしくそこまで一緒に案内してくれるらしい。
「ここで朝点呼するから寝坊しないようにな」
宿舎の玄関前でコンラートが止まってそう言っていた。聞いた話だとその朝礼を終えると、朝5時から強制でランニングをさせられるらしい。僕は朝弱いから同室の子に起こしてもらうしかなさそうだ。
そして宿舎に入ると外見もそうだったが内装も木製の造りで、しいて言えば昔の小学校を大きくしたみたいだった。
「で、あそこが大浴場だ。俺らは21時から22時までが使用時間だから、後で一緒に行くか」
玄関を超えた所にある長い廊下に出ると、コンラートが左手を指してそう言っていた。この世界で温泉につかった事無いし、何気に普通に楽しみだな。
「んで、その向かいが食堂な。夜中以外は大体開いてるぞ」
それからも色々案内されて、どうやら一階には共用のスペースが固まっているらしく、図書館やちょっとした売店まであるらしい。本もこの世界の情勢を知れるきっかけになりそうだし、時間があったら行きたい。
「この階段上って4階が俺らの部屋がある所だな」
建物自体が4階建てで、2、3、4階でそれぞれ別のグループの部屋になっているらしい。と言う事はこの建物には3クラスつまり60人ほどが住んでいることになる。思ったより人が詰まっていそうだな。
僕がそうやってコンラートの丁寧な説明になるほどと耳を傾けていると、最後にまだ伝えることがあるのかコンラートは気まずそうにして言葉を詰まらせてしまっていた。
「でだな。非常に言いずらい事がある」
やっと階段を上り終えて4階のフロアに入った時、コンラートの意志が固まったのか真剣な目で僕を見てきた。
「部屋は相部屋なのは知ってるよな?」
僕は事前にそう説明を受けていたからと、素直にその質問に頷いた。
「で、基本今日みたいな訓練でのペアが同室になるんだよ」
「・・・・・・・つまりアイリスが同室って事?」
コンラートはゆっくりと僕の疑問に頷いてしまった。ただでさえ異性と同部屋ってだけで休まらないのに、相手がよりにもよってアイリスなのが状況の悪化に拍車を掛けているな。
「でも異性と同室って大丈夫なの?」
そんなのでは男女間の問題とか頻発しそうだと思ってしまうが。
「基本魔法使えるやつって女が多いから、軍隊に入る前に慣れさせるためだってよ。あと手出したら10年は牢屋行だから、バカじゃない限りはやらないな」
男女で魔法の適正に違いがあるのか。初めて知ったけど、確かに言われて見れば僕の周りも女の人の方が魔法使う人多かった気がする。
てかそれを置いといても、同室はやりすぎじゃないか。先に慣れるためとはいえ16とか17の男女は流石にまずいだろ。それに刑罰があるって事は、そう言う事をしでかすアホはいるって事なんだろうし。
「てかアイリス相手にお前そんな事ならんだろ。俺だったら逆に寝首をかかれそうで寝不足になるな」
「・・・まぁ確かに」
僕の事薬草屋の一件で嫌ってそうだし、部屋の空気最悪になるだろうな。変に刺激しないように、上手く穏便に済ませないとな。
「ちなみに前期にアイリスと同室だった俺のダチは病んでここを辞めたぞ」
結局辞めようが兵役あるのが変わらない上、高い金払ってここに来てるんだからそう簡単にやめないとは思うのだが。最早アイリスが追い出したんじゃないかと思ってしまうレベルだな。
そんな話をしている内に僕の部屋もとい、アイリスとの相部屋の前に着いた。
「じゃあ頑張れよ。夕飯の時間になったらまた呼び来るわ」
「うん、色々ありがとね」
コンラートは僕に手を振って何個か先の部屋の扉を開いた。そして一人になった廊下で、僕は一回深く深呼吸をしてからドアノブを回した。
そうして入った部屋の中は思ったより普通で、木を基調とした落ち着いた十畳ぐらいの広さだった。一つの窓が奥にあって、それを挟むように二つの机とベットが左右に置いてあって、まさに相部屋って感じだった。右側が色々私物らしきものが見えるから、アイリスのテリトリーだろうか。
そう部屋を観察していると、突然後ろから声が聞こえてきた。
「そこ邪魔だからどいてくんない?」
「え?あっはい。すんません」
割と気配とか気にするようにはしてたんだけど、アイリスの声が聞こえるまで全く気付けなかった。
僕は跳ね上がった心拍数を抑えるようにして、脇に逸れてアイリスが部屋の中に進むのを見届けていた。そしてアイリスが自分の机に荷物を置いたのを見て、なんとかなったかと少し胸をなでおろしていると、アイリスが振り返ってきた。
「あと人の悪口言わないでくれる?気分悪いから」
もしかしたらずっと僕らの後ろにいたかもしれない。そんな恐怖を覚えるような言葉と共に、アイリスは風呂に行くのかさっさと着替えを持って部屋の外に出て行ってしまった。
「・・・・・やばいかもな」
早速やらかしてしまったと後悔しながらも、僕は持ってきた手荷物を解いて広げだした。と言っても持ってきたのは着替えと武器類ぐらいだから、ベットの下にしまうだけですぐにやるべき事が終わってしまった。
そして暇になった僕は、ダメな事かなと思いながらも向かいに視線が向いてしまっていた。
「寂しいな」
小物はあまりなく、必要最低限の物しか置いていないようだった。その代わりにボロボロになった教本やノートが積んであったりして、彼女の努力の跡が見えていた。
「なんであんな攻撃的なんだろうな」
他人が勝手に類推するのもあれかもしれないけど、薬草屋で親の薬を買いに来ていたって話が本当なら家庭環境とかそういう関係だろうか。実際僕が金払って薬買った時は、嬉しそうにしていたようにも見えたし、色々複雑な事情を抱えているのかな。
「ま、でも干渉されるの嫌だろうしな」
あの子はあの子なりに頑張ってるんだろうし、僕に直接危害を加えない限りは不干渉で行こう。その方が互いに取っていいだろうしな。あと部屋追い出されたくないし。
そうして僕は考えをまとめて、遅れを取り戻すべく机に向かって教本を読み込み始めた。そしてキリの良い所で窓の外を見ようと顔を上げると、いつの間にかアイリスも帰ってきていたらしく、濡れた髪をタオルでくるんで机に向かって勉強をしているのが見えた。
あのタオルを巻く理由あんまり分からないけど、よくお母さんが風呂上りで同じことをしていたの思い出す。てかドライヤーが無いのにこの世界の人は、風呂上がりにどうやって髪の毛乾かすんだろうか。
そんな事を色々考えていると、気づくとアイリスも顔を上げて視線が僕を向いていた。
「・・・・・なに」
「え、あ、いやぁ。勉強頑張ってるなーって」
僕は咄嗟にそう言い訳すると、すぐに興味が無くなったようで、呆れたようなため息と共にすぐに机に視線を戻してしまった。
ここまでの感じ態度は悪いけどあんまり嫌がらせもしてくる感じ無いし、以前一緒だった子はなんで退学なんてしちゃったんだろう。
そしてそうこうしている内に食事の時間になっていたらしく部屋がノックされた。多分コンラートだろう。
「はいはーい」
当然の如くアイリスはピクリとも動かないので、僕が扉を開けるとコンラートとその後ろに数名の友達らしき男達が見えた。見覚えのある顔だから多分同じクラスだった子達だろう。
「じゃあ飯行くぞ!」
僕はアイリスの方を少し見るが、やはり飯に行くつもりは無いらしくペンが忙しく動いていた。
僕はまぁ良いかと思いコンラート達について行くと、食堂へと向かう途中他の子とも少しだけ話す事が出来た。コンラート以外に3人いていつもこの4人で一緒に行動する事が多いらしい。で、それぞれオットー、ハインリヒ、ルートヴィヒと言う名前らしく、元居た世界の某国で聞いたことあるような名前ばかりだった。
でもそれぞれの三人の教えてくれた苗字はなんか長くて覚えきれなかったから、多分コンラートは簡易的な苗字を教えてくれたんだろうな。まぁ下の名前で呼んでいいって言ってくれたし、変に苗字に拘らなくてもいいんだろうけど。
「お、まだ食堂人いねぇな」
むわっとした向かいの大浴場からの湿気のある風を感じながらも、食堂の方へと入ると既にちらほらとプレートを持って歩く生徒らしき姿が見えた。そして調理場で忙しそうに大きい調理道具を回すおばさん達の姿も見えて、どうやら今日は何かのスープらしく良い匂いが漂ってきていた。
そして食事の配膳場所に向かうと流石に食事は選択制じゃなく、予め決められていた。そしてその夕飯を受け取ると、50席はありそうな食堂を見渡して6人席を見つけると、僕らはそこに腰を下ろした。
「じゃあフェリクスの入学を祝って!かんぱーい!」
中身は水だけどそうコンラートが音頭を取ってくれて、それに続いて皆もやってくれてここでの初めての夕飯が始まった。
そして僕らの目の前にある食事は思ったより豪華で、スープにパンそれに味は塩だけだけど焼いた肉が付いていて、それなりに腹に溜まりそうなメニューだった。
「フェリクスって今日の訓練で的に当てたらしいけど、冒険者の時何やってたの?」
オットーと自己紹介してくれた背の低い茶髪の男の子が、パンを口に入れながらそう聞いて来た。僕が的に当てた話は、おそらくコンラートがしたのだろうな。
「まぁ色々だね。直接戦争に出たことは無いけど、衛兵の仕事もやったし護衛もやったりしたよ」
「へぇ~だから魔法の扱い上手かったんだねぇ。やっぱ実戦経験ってやつか」
こう褒められると、素直に受け取れなくて少し恥ずかしくなってしまう自分がいる。そういった少しここに居づらい感情を持ちながらも、ソワソワしていた。そんな僕に次の質問を飛ばして来たのは、ハインリヒと自己紹介をしてくれた銀髪に眼鏡を掛けた優しそうな面持ちをした男だった。
「魔法はどこまでできるの?基礎的なのは使える感じ?」
ハインリヒはさっきのオットーと違いと食事マナーをしっかり教わっているのか、既に食事を綺麗に食べきってから口を開いていた。
「まぁ治癒魔法も中級?ぐらいまでは使えるしそこまで足は引っ張らないと思うな」
どうやら魔法の習熟度でランク分けがされているらしく、上級が内臓が外に零れても治せるレベルらしい。
今日の昼やった石魔法はというと、命中精度、威力とか諸々計って認定するから時間がかかるけど、コンラートに聞くと僕はおおよそ中級の下ぐらいらしい。
「お、じゃあ今度治癒魔法教えてくれないか?俺初級レベルすら出来ないから進級できるか怪しいんだよな」
ハインリヒはお恥ずかしいですと、頭を掻きながらそう軽く頭を下げてきた。なんでもできそうな出来る男みたいな雰囲気だったけど、そうでも無かったらしい。
「いいですよ。代わりと言ったらあれですけど、僕は座学が遅れてるので教えてくれると助かります」
するとハインリヒは眼鏡を掛け直すと、ニコッと笑って。
「あぁそれはもちろん。勉学は得意だしな」
見た目はクールな感じな人だけど、そんな見た目とは裏腹に愛想も良くて雰囲気含めて優しい人だった。そして最後の一人のルートヴィヒはと言うと、特に僕に聞くことは無いのか既に食べ終わり急いで席を立とうとしていた。
「ちょっと俺は補修あるから・・・」
そう言ってプレートを持って立ち上がるルートヴィヒは、目に濃いクマが出来てしまっていた。後で聞いた話だと、魔力はあるけど扱いが下手で中々上達しないらしい。それで座学も苦手で、補修と課題に手間取っていつも眠そうにしているらしい。
「じゃあ、俺は風呂行くか。そろそろ夜間訓練し終わった上級生が来るしな」
ルートヴィヒが食堂を出たあたりで人も込み合いだしたので、僕らはプレートを返却するとそのまま浴場へと向かった。その途中泥まみれの人が風呂にも入らず、腹を空かせて食堂に向かっているのを見て、将来自分もあれをやるのかと、少しだけビビってしまっていた。
「・・・?フェリクスー?」
「ん?あっはーい。今行くー!」
そうして僕はこの世界で初めての湯舟につかる事が出来た。流石に時間が時間だからか、浴場は人も多くて窮屈だったけど、コンラートら友達と入ると修学旅行みたいでどこか楽しかった。どことなく距離も縮まったような感じもして、やっぱ風呂っていい物だと再確認できた。
そして時間いっぱいまで湯に浸かった後、僕はもう寝るらしいコンラート達と別れて図書館へと足を運んだ。浴場と食堂とは玄関を挟んで反対側にあるが、そこまで距離は離れてないのでせっかくだし勉強に仕えそうな本を探そうと立ち寄ってみた。
「まだ使えます?」
図書館へと入るとすぐそこに受付の司書さんがいた。どうやら聞いてみると何と24時間ずっと開いているらしく、ほんの貸し出しもやっているらしい。
そんな好条件のはずなのに、時間のせいか図書館に人はまばらで、さっきの浴場とは打って変わって静かで落ち着く空間だった。そして僕はその静かな部屋の中を歩き出して、まずどんな本があるか見てみようと視線を左に動かすと、今日何回も見た人と目が合った。
「・・・・よく会うなぁ」
どうやらアイリスもこの図書館で勉強をしているらしかった。机に積んである本の題名を見るに。医療系だったり、治癒魔術の勉強をしているらしい。
そんなことを考えていると、アイリスが一瞬僕を睨んだかと思うとまた視線をノートに戻してしまった。
「ま、いいか」
僕はとりあえず何冊か本だけ借りて、部屋で読もうと図書館を散策し出した。そして軍史や魔術史の本などいくつか見繕って、自筆に戻って小さな蝋燭と一緒に勉強をしたのだった。
そして僕の蝋燭も短くなり夜も更けた時。僕が寝ようとベットに入った時にも、アイリスが部屋に帰ってくる事は無かった。
ーーーーー
「イリーナ姐?夜ご飯だよ〜」
扉の向こうで、ライサがあたしを呼んでいた。もうこんな生活が始まって1ヶ月は経とうとしてしまっていた。最近はあたしのメンタルも何も考えなければ落ち着いたとはいえ、未だにあたしは外に出れないでいた。
「じゃあここ置いておくからね〜冷めないうちに食べてね!」
多分ライサは心が読めるのと昔のあたしを知ってるからなのか、深くは干渉せずに放っておいてくれている。昔はあたしがいつも泣いていたライサを慰めていたのに、今では立場が逆転してしまっている。
「何やってんだろうなあたしは」
あのクソジジイに殺される事を覚悟したが、どういう意図かあいつの気まぐれであたしは生かされていた。こうやって部屋に篭っていても放置する辺り、もしかしたらあたしを使ってフェリクスを釣るつもりなのかもしれない。
いや、本当にただの気まぐれで今のあたしの命に意味は無いのかもしれない。
「でもあたしが死んだら・・・・」
ここに来る前あたしが死を選んだら、ライサ含めラース達を殺すと脅されてしまった。フェリクスの邪魔になりたくないから、死ぬことも選択肢だったけどあのクソジジイなら本当にやりかねない。だからあたしはどうすることも出来ずに、こうやって部屋に籠っていたのだ。
「・・・・・いや言い訳か」
色々偉そうに理由を考えたが、正直に言うと外が怖いだけなんだ。今は強がりで冷静を装っているけど、今でも手の震えは止まらないしあの時の事がフラッシュバックする度に、胃液だけが床に撒き散らされている。
それは昔ここに来て、悲惨な体罰を受けていた時もこうだった。鞭打ちは当たり前、骨が折れてもどうせ治癒魔法でなんとかなるから放置で訓練。ミミズ腫れなんて体中にあって当たり前の環境だった。
そんな中でも嫌だったのは水責めだ。普通は拷問でしか使われないものだが、あたしはただのお遊びとして盗賊共に何回もそれをされた。8歳だったあたしには、それがどんな痛みよりも死を実感してしまって、今でも水を頭から被るのはトラウマになっている。最近はゆっくり水浴びが出来るぐらいには回復したと思ってたのだがな・・・・。
「クソジジイが」
そんなあたしのトラウマを知ってか、ここに連れてくる時逃げようとするあたしを、散々殴った後川で水責めをしてきた。多分抵抗する意思を折るつもりだったのだろうが、それは大正解であたしにはそれが効きすぎてしまっていた。
やっぱりあたしは自分が思うほど強い人間はなれなかったらしい。
「こんなことしてる場合じゃないのは分かってる・・・」
でも足も手も思うように力が入らない。ドアノブを捻ろうとしても、それだけで震えと動悸が止まらなくなる。
心だけじゃなくて体が拒否をしてしまっているのだ。
「・・・ッチ、情けねぇ」
あたしにはただ振り絞った微かな力で、一人ぼっちの部屋の扉を叩くのが精一杯だった。




